【ドクターごとう】訪問歯科診療チョー入門②|歯医者も経験が第一!
訪問歯科の役割の変化
私が訪問歯科診療を始めたのは約20年前。この20年間を一言でいうと「思わぬ展開」。
皆さん当然歯医者さんが何をやっているか知っていますよね。むし歯の治療をしたり、型をとって差し歯を入れたり、歯石を取ったり…。では、訪問歯科診療で何をやっているか知っていますか?
実は20年前、私が訪問診療を始めた時、皆さんとまったく同じイメージでした。「本来なら診療室に行って治療すべきところだけど、残念ながら様々な事情で外来に行けなくなったので訪問してもらう。診療の場所が違うだけだ」と思っていました。
ところが、まさにその頃、「口腔ケアによって誤嚥性肺炎※が予防できる」(※食べ物や唾液など、本来食道や胃に入る物が気管に入ってしまうと発症する高齢者に多い肺炎)というセンセーショナルな論文※1が発表されたのです。
当時、高齢者の肺炎が注目され始めた頃で、その予防に口腔ケアが有効ならば訪問歯科でもしっかり口腔ケアをやってください!と社会に言われるようになったのです。
現在でもそうですが、高齢者の肺炎による死亡率は大変高く、時代の救世主として訪問歯科はいきなり注目を浴びるようになりました。
同時期に注目を浴び始めていたものが摂食嚥下障害(口から食べることが困難な障害)でした。
当時は黎明期でまだまだ知られていない分野でしたが、その中で口腔ケアも摂食嚥下障害の訓練の1つと位置づけをされていました。
当時、在宅ケアを受けておられる方の多くは入れ歯を外されていました。ですから、私自身は「外された入れ歯を入れさえすれば食べられるようになるだろう!」と思った訪問診療でした。
しかし、現場で求められたのは口腔ケアであり、摂食嚥下障害への対応でした。実は!
私は平成3年に大学を卒業したのですが、口腔ケアや誤嚥性肺炎、摂食嚥下障害という言葉を聞かずに大学を卒業した世代です(今では教育の中に含まれています)。
気軽に考えていた訪問診療は一変しました。ブラッシング指導や歯石を取ったり、いわゆる歯周病の治療は普段からやっていましたが、肺炎の予防って何?そもそも摂食嚥下障害って何?本当にゼロからのスタートになってしまいました。
そうは言っても口腔ケアに関して私たちはプロフェッショナルです。いや、私たち以外にプロフェッショナルはいないのです。
もちろん学習実習から口の中を観察する機会は多く、そこを清潔にしていくテクニックも十分に身に着けています。しかし、在宅の現場に行くことで大きく2つの戸惑いがありました。
1つ目は、機能をしていない口というのは著しく崩壊していたのです。
皆さんは口の機能が低下していないと思いますので、唾液もしっかり出るし、すべての歯がむし歯で壊れているなどと言うことはないでしょう。
しかし、寝たきりでチューブ栄養(胃ろうなど)、口腔ケアも十分に実施されていない方の口の中は全体が乾燥し、膜を張って黒くなっているなんてこともあるのです。
機能をしている(使っている)と、ここまで汚れることはないのです。
2つ目は、口腔ケアを実施するときの姿勢です。皆さんご存知のように、歯医者に行くと頭が下がり、寝かされた状態で治療を受けることになります。
もちろんこれは全て歯医者都合です。歯医者が作業しやすい体勢がそのような状態なのです。
しかし、在宅の方は…いろんな体勢でケアを行わなければならないのです。
電動ベッドに寝ている方もいますし車椅子の方もいます。それぞれの体勢にこちらが合わせるのですが、だいたいは診療が難い、つらい姿勢になってしまいます。
実は歯科医師自身も診療室と在宅の違いを感じながら実施しなければならないのです。まだまだ学生時代にそのような教育はなく、私たちも経験をしながら一歩一歩進んでいるのです。
おわりに
いかがでしたか。このように、訪問歯科診療の役割は外来診療とは少し違います。訪問をする歯科医師も新しい環境を経験しながら日々成長しています。
※1 引用:米山武義ら「要介護高齢者に対する口腔衛生の誤嚥性肺炎予防効果に関する研究」日歯医学会誌
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この記事の制作者
著者:五島 朋幸(日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授、新宿食支援研究会代表)
1991年日本歯科大学歯学部卒。1997年訪問歯科診療に取り組み始める。2003年ふれあい歯科ごとう代表。ラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」(全国15局で放送)「ドクターごとうの食べるlabo~たべらぼ~」(FM調布)パーソナリティー。著書に「訪問歯科ドクターごとう1: 歯医者が家にやって来る!?」、「口腔ケア○と×」、「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」などがある。