【ドクターごとう】訪問歯科診療チョー入門⑫|(訪問記)自宅で行う入れ歯調整
施設から在宅復帰された方の歯科診療
国田クリニックは何人もお医者さんがいて、外来も訪問も力を入れてやっておられる。そのクリニックには堀田君という相談員がいて、地域のいろいろな活動に顔を出している。
そのおかげで在宅ケアを担う多くの専門職が堀田君のことを頼っている。ある日、地域のミーティングで堀田君と会う機会があった。
「五島先生、今度、老人保健施設から退所されて自宅に戻られる方がいるんですが、どうやら入れ歯の調子が悪いみたいなんです。診てもらっていいですか」
「もちろん。いつでもいいよ」
「ありがとうございます。じゃあ、うちの担当医から依頼状を出させますのでよろしくお願いします」と硬い返事。
「別に堀田君からでいいよ」
「そうですか。来週初めに退所されるのでそれまでに僕から依頼状出します」
と、なぜか明るい声。ま、いろいろ人間関係はあるだろう。
翌週、堀田君から依頼のあった唐木田房子さん(88歳・仮名)のマンションに訪問をした。
マンションの3階に上がり唐木田さんの部屋の呼び鈴を鳴らすと「は~い」と明るい声。一人暮らしと聞いていたので少し違和感。ドアがガチャっと開くと、
「こんにちは。訪問歯科の五島です」
「本当にありがとうございます」
ときれいなご婦人が明るくご挨拶。
この人?という当惑が表情に出ていたのかすかさず、
「妹の久子でございます」と種明かし。
大きくないマンションの奥の部屋に電動ベッドがあり、ベッドサイドに腰掛けていた房子さんが満面の笑みでこちらを見ておられた。さっそくベッドサイドに近寄ります。
「はじめまして。五島です。よろしくお願いします」
「唐木田です。このたびはお忙しいところ申し訳ありません」
「いえいえ。さて、入れ歯が調子悪いんですって?」
「そうなんですよ。私ね、骨折してから1年半も入院したり施設に行ったりしてたものだからその間全然食べられなくてね。どんどん痩せちゃって」
「それは大変でしたね」
「国田先生のところで歯医者さんが来てくださるって聞いたので本当にびっくりしましたよ」
「そうですか…実は唐木田さんに残念なお知らせがあります」
と言うと房子さんと久子さんが目を合わせて不安な表情。
僕はもったいぶらせて、
「実はね、唐木田さん。私は唐木田さんが以前入所されていた施設にも訪問したことあるんですよ」
と言うと姉妹が声を合わせて
「え~!」
房子さんは上下総入れ歯。上下とも外してもらい懐中電灯を照らしてお口の中を拝見。左下全体が白っぽくなっている大きな傷はない。
「唐木田さん、痛かったでしょうね」
「そうなのよ。とにかく口の中で転がして柔らかくして飲み込んでいたから胃腸の調子も悪くなっちゃって」
「その状況はよくわかります。左下の歯ぐきが荒れているんです。ただ、傷にはなってないんです」
「でも痛かったですよ」
「分かります。何かというと、痛くてしっかり噛んではいないから傷にもなっていないんです」
「そういうことなんですか」
というと脇で見ていた久子さんが、
「やっぱりプロの方は一目見ただけで分かるんですねぇ」
改めて房子さんの方を見て、
「絶対に直しますからね。入れ歯は粘膜と当たる部分とかみ合わせのバランスなんです。この2つをしっかり調整していきますからね」
と言うと姉妹が声を合わせて
「よろしくお願いします」
唐木田さんのお宅への3回目の訪問。呼び鈴を鳴らすと今日も久子さんの明るい声。
「先生ありがとうございます」
「どうですか、調子は…」
と聞いてみたが久子さんからの答えはなし。すぐにベッドサイドに向かうと房子さんが満面の笑み。
「どうですか、調子は」
と言うと笑みが隠れ、
「先生ね、噛んだ時に少しずれる感覚はなくなってきていて、前歯から少し奥ぐらいまで噛める感じが出てきたんです。だけどね、左下の奥の方が硬いものを噛んだ時に…」
とまだまだ続きそうな話を久子さんが横取り。
「先生、姉にいろんなこと教えるからすごく詳しくなっちゃってね。昔からこういうことに凝ると自己流に研究しちゃうんですよ。でも、前に比べれば本当によく食べるようになりましたよ。体重も増えたんでしょ」
と言うと房子さんが…
「はい」
と小学生のようなかわいい返事に一同大爆笑したのでした。
※この物語は実話をもとにしたフィクションです
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この記事の制作者
著者:五島 朋幸(日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授、新宿食支援研究会代表)
1991年日本歯科大学歯学部卒。1997年訪問歯科診療に取り組み始める。2003年ふれあい歯科ごとう代表。ラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」(全国15局で放送)「ドクターごとうの食べるlabo~たべらぼ~」(FM調布)パーソナリティー。著書に「訪問歯科ドクターごとう1: 歯医者が家にやって来る!?」、「口腔ケア○と×」、「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」などがある。