
「認知症」は一つの病名ではなく、何らかの原因により記憶や認識、判断などの認知機能が低下し、生活に支障をきたしている状態を指します。
その類型のうち最も多いとされているのがアルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)です。
ここでは、アルツハイマー型認知症の特徴や症状、対応方法について解説しますが、この類型の症状は他のすべての認知症患者さんに出現することも多く、対応方法も参考になります。
- 【目次】
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アルツハイマー型認知症とは?
研究によって差はあるものの、認知症の半数近くがアルツハイマー型認知症であるといわれています。
かつては「アルツハイマー病」が40代の女性から発見されたことから、当初は比較的若い世代に発症する病気を指し、高齢になってから同様の症状を示す状態を「アルツハイマー型認知症」と分類していました。
しかし、現在は病理学的に同じものであると認識されるようになり、近年では「アルツハイマー病」と「アルツハイマー型認知症」はほとんどの場合区別せず、同様の状態を指す言葉として使われています。
アルツハイマー型認知症の原因
アルツハイマー型認知症は、脳にアミロイドβやタウタンパクというたんぱく質が異常にたまり、それに伴い脳細胞が損傷したり神経伝達物質が減少したりして、脳の全体が萎縮して引き起こされると考えられています(諸説あり)。
しかし、なぜそうしたたんぱく質が蓄積してしまうのかははっきりわかっていません。
アルツハイマー型認知症では、このような脳の変性や萎縮がゆっくりと進行します。
発症(診断)時点で、既に長年にわたり原因たんぱく質が蓄積しているため、現在では効果的な予防や根本的治療が困難といわれています。
60代以上で年齢が高くなるほど多くみられるようになりますが、40~50代など若い世代で発症する若年性アルツハイマー病も存在します。
若い世代の発症の場合、近親者にアルツハイマー病がみられるなど、遺伝性が推測されますが、高齢発症の場合は遺伝との関連性は薄いとされています。
症状と、その進行
アルツハイマー型認知症の主な症状は下記の通りです。
- 物忘れなどの記憶障害
- 時間や場所や人物の認識がうまくできなくなる見当識障害
- ものごとを計画立てて順にこなすことが困難になる実行機能障害
- 更衣や道具の使い方がわからなくなる失行
- 計算や言葉の能力の低下
上記の症状はアルツハイマー型認知症に限らず、認知症をもつ方のほとんどに多かれ少なかれみられるものです。
ただし、人により症状の出かたの差は大きく、これらの症状が一律に出現するわけではありません。
一方、このこれらの症状から派生して、うつや無気力、妄想や幻覚、暴言や暴力などの行動・心理症状が生じることがあります。
これらは適切な支援や環境によって生じないこともある二次的な症状とされています。
初期
症状の進行は人によりさまざまですが、アルツハイマー型認知症の初期には以下のような症状が目立ち始めることが多くあります。
物忘れ
アルツハイマー型認知症の初期段階から脳の記憶の場所である海馬が損傷されるため、物忘れが発生します。
アルツハイマー型認知症の物忘れは、最近のことほど忘れる、部分的にではなく全体を忘れてしまうというもので、加齢による自然な物忘れには見られない特徴があります。
アルツハイマー型認知症初期の物忘れ例
待ち合わせの約束で……
- 待ち合わせ場所がどこかを忘れる
→加齢による自然な物忘れ - 待ち合わせしたこと自体をまったく覚えていない
→アルツハイマー型認知症の心配あり?
時間の見当識障害
昼夜や日時、季節の取り違えがみられはじめます。
実行機能障害
料理がうまくできなくなるなど、手順や計画が必要な行動が難しくなってきます。
こうした症状は、初期の段階から二次的な症状へと移行してトラブルを引き起こし、ご本人や周囲の人々につらい思いをさせることもあります。
例)財布を置き忘れたことを「盗まれた」と認識する「物盗られ妄想」「被害妄想」
中期
アルツハイマー型認知症の中期には以下のような症状が目立ち始めます。
場所の見当識障害
なじみの場所でも道に迷い、ご近所からも帰ってこられず警察に保護されたり、自宅でもトイレの場所がわからなくなり排泄が間に合わなかったりなど、ご家族気の抜けない場面が増えていきます。
失行
衣服の着脱、テレビのリモコンや照明のスイッチなどの使い方、お金の払い方、トイレのしかた(失禁)など、簡単な生活上の動作ができなくなり支援が必要な場面が増えてきます。
初期~中期にかけて、ご本人は日常的にできていたことができなくなり周囲から責められると、自信や自尊心がとても傷つけられます。
しかし、言語能力の低下も伴っているのでつらい気持ちをはっきりと伝えられず、無気力や抑うつ、時には暴言などの二次的な症状につながりやすくなる時期でもあります。
後期
かなりの言葉が失われ、会話が困難になっていきます。また、歩行能力や食事動作、排泄など、身体の基礎的な能力も衰え始め、生活の大部分で身体介護が必要になっていきます。
身体能力の低下による転倒や拘縮の予防、食事や水分不足に対する栄養支援、嚥下障害からの誤嚥性肺炎など、最期の時に向けて医療支援の必要性も大きくなっていきます。
一方で、喜怒哀楽などの感情は失われにくいため、ご本人の気持ちを尊重した対応は最期まで必要です。
多くの場合、5~10年ほどでこうした経過をたどるとされていますが、個人差は非常に大きいため、一概に「アルツハイマー型認知症になったからあと○年」とはいえません。
適切な支援があれば、より良い状態で長くアルツハイマー型認知症と付き合っていくことも可能なのです。
診断・治療
診断
アルツハイマー型認知症を含め認知症の診断では、認知機能、記憶、実行機能などについて、口頭で簡単な質問をするなどの神経心理学検査(長谷川式認知症スケールやミニメンタルステート検査など)が実施されます。
また、CTや頭部MRIによる脳画像検査なども行われます。
そして神経心理学検査が一定の水準を下回ること、脳の萎縮がみられることなどで診断が下されます。
しかし、診断結果が判明することへの不安からご本人もご家族も受診を避け、発見が遅れてしまうことがよくあります。
治療
現在のところ、アルツハイマー病に対する根本的治療法はみつかっていません。
しかし、早期発見ができれば、ご本人やご家族にとっても心の準備ができ、進行をゆるやかにするなど選択する支援の幅が広がります。
薬
低下した脳の働きを改善するといわれるアリセプト、レミニール、リバスタッチ、脳細胞の損傷を防ぐとされるメマリーの4種類が抗認知症薬として使用されています。
これらは、アルツハイマー型認知症の進行を改善させるとされています。
第一義的な処方ではありませんが、以下のような対症療法薬もご本人とご家族の負担を軽減するために役立つ可能性があるかもしれません。
アルツハイマー型認知症の人への対応
環境整備
ご本人が理解しやすく、ミスやエラーを起こしにくい環境を考えて、あらかじめ準備しておくことが必要です。
- 例:トイレの場所がわからない
- 「トイレはここでしょ」と何度も言葉で教える。
- トイレのドアに「トイレ」「お手洗い」「厠」「便所」と張り紙をする。
- 夜、足元にトイレまでの誘導灯をつける。
ご本人への対応
アルツハイマー型認知症の方はご自分の病識(自分が病気であるとわかること)がないことが多いですが、それでも症状が進行し、日常でわからないこと、できないことが増えていくと自信を失い、不安に苦しみます。
その状態の中でもご本人が少しでも安心して過ごしてもらうために、周囲の人々はどのようにしたらよいのでしょうか。
アルツハイマー型認知症に限らず、認知症の方への対応は、右のようにご本人の気持ちに敏感になりそれを尊重することが基本です。
また、ご本人ができることをしっかりやっていただき、「私も役に立っている」と感じていただくのもよいでしょう。
認知症の方への対応の基本
- どうしてご本人がそのような行動をしたのか考える
- 自尊心が保てるように対応する
- 「できないこと」を責めず、「できること」に注目して引き出す
- 役割を奪わない
- 一人の人間として対等に接する
具体的な場面では、アルツハイマー型認知症に特によくみられる症状へは以下のような対応が考えられます。
- 例:同じ品物を何回も買ってきてしまう
- 「まだたくさんあるのに!」と、家にあるものを出してきて見せる。
- ホワイトボードなどで買い物リストを作る。買い物メモをもたせる。
- 多すぎるものはこっそり処分する。
- 可能なら、いつも行く店に事情を話し、「奥さん、昨日も買っていったよ!」などとさりげなく声をかけてもらう。
- 例:「財布を盗られた」と家族や他人を責める
- 「盗るわけないじゃない!」と怒る。
- 一緒に探し、財布を発見したら見つかりやすい位置に置き換えて、自分で発見してもらう。
- 例:コンロの火を消し忘れている
- 「火をつけっぱなしだ」と叱り、今後は火を使わせない。
- 見守りを増やし、「火がついてるね」とさりげなく声をかける。
- IH・過熱防止コンロに買い換える。
- 例:食べたことを忘れてまた食事をしたがる
- 「いま食べたばかりでしょう!」と叱る。
- 仕方がないので延々と間食をさせる。
- 季節の小鉢やフルーツなどを食事途中に追加で増やすなど、印象に残る食事を工夫する
- ゆっくりと食事を楽しむ。
※アルツハイマー型認知症では脳内の糖代謝がうまくできていない可能性が指摘されています。軽い糖分補給になるような間食を楽しみながら、一緒に何を食べるか、作るかなどを会話し、脳に糖が行き渡るまで様子を見るとご本人の満足感が得られやすいでしょう。
同じアルツハイマー型認知症でも、すべての人に同じ対応が有効とは限りません。基本の考え方に従って個別に対応を考え、トライアンドエラーで対策していきます。
アルツハイマー型認知症とともに生きるには、ご本人の自尊心を傷つけないようにしながら、安全な環境をつくり、安心して過ごしてもらえるようにすることが大切です。
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イラスト:安里 南美
この記事の制作者
著者:志寒浩二(認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者/介護福祉士・介護支援専門員)
現施設にて認知症介護に携わり10年目。すでに認知症をもつ人も、まだ認知症をもたない人も、全ての人が認知症とともに歩み、支え合う「おたがいさまの社会」を目指して奮闘中。
(編集:編集工房まる株式会社)
監修者:伊東 大介(慶應義塾大学医学部神経内科・准教授)
1967年生まれ。1992年、慶應義塾大学医学部卒業。
2006年より、慶應義塾大学医学部(内科学)専任講師。総合内科専門医、日本神経学会専門医、日本認知症学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本医師会認定産業医。
2012年、日本認知症学会学会賞受賞。