任意後見制度とは?手続きの流れや特徴、成年後見とのちがいを解説
人生の最期を準備する「終活」。葬儀や相続について、生前に準備される方が増えています。
しかし、認知症等により判断能力が低下したり、自らの意思を伝えられなくなったりすることもあり得ます。
そのような場合に備えるのが「任意後見制度」です。
任意後見制度とは?成年後見制度との違い
任意後見制度とは何か、成年後見制度との違いをみていきましょう。
任意後見制度とは
任意後見制度は、認知症や障がいなどで、将来自身の判断能力が不十分となった後に、本人に代わってしてもらいたいことを備えるための制度です。
本人の判断能力があるうちに、自己の生活、財産管理や介護サービス締結といった療養看護に関する事務の全部または一部を信頼できる方に依頼し、引き受けてもらうための契約を結びます。
この契約を任意後見契約といい、委任する内容は公正証書によって定められるものです。依頼する本人を委任者、引き受ける方を任意後見受任者(後に、任意後見人)といいます。
実は成年後見制度の1つが任意後見制度
よく聞く言葉で成年後見制度がありますが、任意後見制度は成年後見制度のうちの一つです。
成年後見制度には、法定後見制度と任意後見制度の大きく2つの種類があります。任意後見制度は、判断能力が不十分になる前に、本人が自分の意思で後見人を決定できる制度です。
一方で法定後見制度は、判断能力が不十分になってしまった後に、周囲の方などが申し立てを行って家庭裁判所が後見人を選定する制度となっています。
任意後見制度で介護施設の入所に備えることも可能
任意後見制度では、制度を利用するかどうか、任意後見人を誰にするのか、どんなことを依頼するのかといったことはすべて本人が決めることができます。
そのため、判断能力低下後も、これまでの生活スタイルを維持できるというメリットがあります。
身寄りがない方の施設入所等に備える
施設入所契約を締結する際、身元保証人が必要になります。
施設によっては、身寄りがなく身元保証人が立てられない場合は、身元保証会社との契約または任意後見人を定めることを前提としているところもあります。もちろん、これはご本人に判断能力がある場合です。
手続の流れ 5つのステップ
任意後見制度の手続きの流れを、5つのステップに分けてご紹介していきましょう。
1.任意後見受任者を決める
任意後見人になるためには資格は必要ありません。家族や親戚、友人、弁護士や司法書士等のほか、法人と契約を結ぶこともできます。
また、任意後見人は複数選ぶことも可能です。ただし、以下に該当する人は任意後見人になることができません。
- 未成年者
- 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
- 破産者
- 行方の知れない者
- 本人に対して訴訟をし、又はした者及びその配偶者並びに直系血族
- 不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者
2.任意後見人にしてもらいたいことを決める
次に、本人に代わって任意後見人にしてもらいたいことを考えてみましょう。
契約内容を決めよう
契約内容を考える際には、たとえば、身体が動かなくなったら○△施設に入所希望、かかりつけ医は○×病院、墓参りは年○回行きたいなど、将来の生活に関する具体的な希望や金額等を記載したライフプランを作成するとよいでしょう。
また、病歴も確認し、任意後見受任者に伝えるのがおすすめです。
任意後見人にどのような事務を依頼するかは、契約当事者同士の自由な契約によります。
任意後見契約で委任することができる(代理権を与えることができる)内容は、財産管理に関する法律行為と、医療や介護サービス締結といった療養看護に関する事務や法律行為です。
加えて、上記法律行為に関する登記等の申請なども含まれます。
Q.任意後見人にペットの世話を頼めるの?
たとえば、ペットの世話、食事を作るといった家事手伝い、身の回りの世話などの介護行為は、任意後見契約の対象外です。
これらをお願いしたい場合は、別に準委任契約を結ぶことが必要になります。準委任契約において、任意後見契約発効後も終了しない旨を定めておくとよいでしょう。
Q.任意後見人に死後の葬儀等を頼めるの?
たとえば、葬儀費用の支払いなど、本人の死後事務は、任意後見契約の対象外です。
葬儀など死後の事務をお願いしたい場合には、任意後見契約とセットで死後事務委任契約を結んでおくとよいでしょう。
なお、上記以外に、入院・入所・入居時の身元保証、医療行為についての代諾も任意後見契約の対象外となります。
Q.任意後見人へ支払う報酬はいくらかかる?
報酬の額、支払方法、支払時期などは、本人と任意後見受任者との間で自由に決めることができます。
法律上、特約のない限り任意後見人は無報酬です。そのため、報酬を支払うためには、公正証書に報酬規定を盛り込んでおく必要があります。
また、報酬の支払時期は、規定がなければ任意後見事務終了後となりますので、報酬を定期的に支払うためにはその旨を規定に盛り込んでおきましょう。
報酬の相場は、任意後見人が第三者の場合月5,000円程度から3万円程度が一般的です。
なお、任意後見事務を行う際に必要となった交通費等の経費や、本人に代わって支払う医療費、介護サービス利用料などは、本人の財産から支払うことができます。
3.任意後見契約は「公正証書」で締結する
任意後見受任者、任意後見契約の内容が決まったら、本人と任意後見受任者の双方が、本人の住居の最寄りの公証役場に赴き、公正証書を作成します。
事情により本人が直接公証役場に出向けないときは、公証人に出張してもらうことも可能です。
公正証書とは、公証役場の公証人が作成する証書のこと。公正証書によらない任意後見契約は無効となりますので注意しましょう。また、公正証書の作成に係る費用は、以下のとおりです。
公正証書作成の基本手数料 | 11,000円 |
---|---|
登記嘱託手数料 | 1,400円 |
登記所に納付する印紙代 | 2,600円 |
その他 | 本人らに交付する正本等の証書代、登記嘱託書郵送用の切手代など |
参考資料:法務省民事局発行「いざという時のために 知って安心 成年後見制度 成年後見登記」
4.判断能力が低下したら「任意後見監督人選任の申し立て」をする
認知症の症状がみられるなど、本人の判断能力が低下したら、任意後見契約を開始します。このタイミングで、任意後見監督人の選任を申し立てましょう。任意後見契約は、任意後見監督人が選任されたときから効力が発生します。申し立て先は、本人の住所地の家庭裁判所です。
任意後見監督人は、任意後見人が契約内容どおりに適正に仕事をしているかどうかを監督する役割の人です。また、本人と任意後見人の利益が相反する法律行為を行う際に、本人を代理する役割も。このような事務について、任意後見監督人は家庭裁判所に報告を行い、監督を受けています。
申し立てができるのは、本人、配偶者、四親等内の親族、任意後見受任者です。原則として、本人以外が申し立てを行う場合には、本人の同意が必要とされています。
任意後見の手続きの流れは以下のとおりです。
1.任意後見監督人の選任を家庭裁判所に申し立てる
2.任意後見監督人が選任される
3.任意後見契約の効力が発生。任意後見監督人による監督のもと、任意後見人による支援が開始される
任意後見監督人を通じて、間接的に家庭裁判所が任意後見人を監督することにより、本人の保護を図っています。
公正証書に本人が希望する任意後見監督人候補者を記載しておくこともできますが、本人の希望どおりの任意後見監督人が選任されるとは限りません。
Q.任意後見監督人の報酬はどれくらい?
任意後見監督人に支払う報酬額は、家庭裁判所が決定します。また、任意後見監督事務を行うに際し必要となった経費は、本人の財産から支払うことが可能です。
報酬額の目安は「管理財産額が5,000万円以下の場合には月額1万円~2万円,管理財産額が5,000万円を超える場合には月額2万5000円~3万円」(注)とされています。
注:資料「成年後見人等の報酬額のめやす 平成25年1月1日」東京家庭裁判所
5.任意後見監督人選任後、任意後見受任者は「任意後見人」になる
任意後見監督人の審判が確定すると、任意後見受任者は任意後見人となり、任意後見契約に基づき職務を行うこととなります。
任意後見には即効型・将来型・移行型の3種類ある
任意後見制度は、本人の健康状態や判断能力の程度によって3種類の契約に分けられます。それぞれの内容を解説していきましょう。
即効型とは
法定後見における補助相当の場合(軽度の認知症・知的障害・精神障害など)であっても、本人がまだ意思能力を有しており、任意後見契約を締結することが可能な場合に検討します。
このような場合、任意後見契約締結と同時に、家庭裁判所に任意後見監督人の選任の申し立てを行い、任意後見をすぐに開始するものです。
ただし、本人が制度や内容について十分に理解できておらず、不利益を被る契約内容になっていたり、任意後見開始後に本人との間でトラブルになったりすることも考えられるため注意を要します。
将来型とは
本人に判断能力があるときに任意後見契約を締結します。その後、本人の判断能力が不十分となったときに任意後見監督人の選任の申し立てを行い、任意後見を開始するものです。
「将来型」の場合、任意後見契約締結から任意後見の開始まで相当な期間が経過することから、任意後見を開始せずに本人が死亡することもあり得ます。
また、任意後見受任者が、本人の判断能力の低下に気がつかなかったり、本人が任意後見契約を締結したこと自体を忘れてしまったりすることもあるでしょう。
そのため別途、「見守り契約」を結び、任意後見の発効まで継続的に支援する仕組みを作ることをおすすめします。
移行型とは
移行型は、任意後見契約で最も多く使われている類型です。
任意後見契約締結と同時に見守り契約(本人の健康状態等を把握するために定期的に訪問するなどして見守るという契約)や任意代理契約(財産管理・身上監護に関する委任契約)や死後事務委任契約(死亡時の葬儀等事務に関する委任契約)などを締結します。
本人の判断能力がある当初は見守り契約や委任契約による支援を行い、本人の判断能力が低下した後は任意後見契約による支援を行うため、支援の空白期間がないのがメリットです。
ただし、本人の判断能力が低下した後であっても、任意後見受任者が任意後見監督人の選任の申し立てを行わず、権限を濫用する恐れもあります。
防止策としては、委任契約書に「任意監督人の選任請求義務」を記載したうえで、受任者を監督する者を置いたり、受任者を複数にしたりするなどが挙げられるでしょう。
任意後見契約が終了するとき
任意後見契約は、本人または任意後見人が死亡・破産すると契約は終了します。また、任意後見人が認知症などで被後見人等になったときも同様です。
また、任意後見人に不正行為、著しい不行跡、その他任務に適しない事由があるときは、家庭裁判所は任意後見人を解任することができます。
解任請求ができるのは、任意後見監督人、本人、その親族または検察官です。
契約内容の変更や契約をやめたくなったときは
任意後見契約の内容を変更することは可能です。どこを変更するかにより手続は異なりますが、どのような場合でも公正証書で契約します。
また、任意後見契約の解除は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任する前か後かで、手続きが異なるので覚えておきましょう。
選任前:本人または任意後見受任者は、いつでも契約を解除することができます。ただし、公証人の認証が必要です。
選任後:正当な事由がある場合に限り、家庭裁判所の許可を得て、契約を解除することができます。申立てができるのは、本人または任意後見人です。
任意後見は老い支度のひとつ
元気で判断能力がある内に、判断能力が低下したときに備えておくのが任意後見制度。将来、安心して老後を迎えるために自己責任で備える制度であり、老い支度ともいわれます。
任意後見人には、本人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならないという義務があります。
任意後見人を決める際は、信頼できる人であるのはもちろんのこと、自分にとっての最善を常に考えてくれる人を選ぶようにしましょう。
また、任意後見契約を締結するにあたっては、残りの人生をどう生きていきたいかを任意後見人となる人にしっかり伝えることが大切です。
まとめ
任意後見制度は、信頼できる人を選任して本人が望むことをお願いできるのがメリットで、上手く利用すれば安心した将来が送れます。財産管理のほか医療や介護サービス、生活支援の手配をしてもらえるため、介護施設入所に備えることも可能です。
今回の記事を参考に、任意後見制度のくわしい内容や手続きの流れを知って、頼れる相手と任意後見について話し合ってみてはいかがでしょうか。
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イラスト:安里 南美
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この記事の制作者
著者:三次 理加((株)りか 代表取締役社長 CFP® マイアドバイザー®登録FP)
ラジオNIKKEI第一「ファイナンシャルBOX」等に出演後独立。2012年、経産省・産業構造審議会商品先物取引分科会委員。東京大学「市民後見人養成講座」修了。NPO法人市民後見センターはままつを設立し成年後見制度の普及啓発を行っている。
監修者:阿部 正昭(東海大学健康学部健康マネジメント学科教授)
介護福祉士、社会福祉士、介護支援専門員、ソーシャルワーカーやケアマネジャーの実務を経て現職。介護職をはじめとする対人援助職の働きがいと働きやすい職場づくりを研究する。
主な著書・論文
『介護職の働きがいと職場の組織マネジメント』ブイツーソリューション
「職業エートスの形成に関する一考察」『キリスト教社会福祉学』第47号 など