介護保険の特定疾病「脊髄小脳変性症」とは?
脊髄小脳変性症とは、小脳などに起こる異常によって、ふらつきなどの運動失調症状が見られる病気の総称です。一部は遺伝することがわかっており、介護保険の特定疾病となっています。ここでは症状や治療法などについて解説します。
脊髄小脳変性症とは?
脊髄小脳変性症とは小脳を中心に神経細胞が変性し、脳が萎縮(いしゅく:縮んでしまうこと)してしまうことで、ふらつき、巧緻運動障害(こうちうんどうしょうがい:手や指が動かしづらくなり、ボタン掛けなどの細かな作業が難しくなること)、ろれつが回らないなどの運動失調症状が見られる病気の総称です。
代表的な病気には多系統萎縮症があり、全国に3万人を超える患者がいると言われています。根本的な治療法はなく、ゆっくりと進行して寝たきりになることもあります。
極端な認知症症状は見られず、進行しても意思疎通を図ることは可能です。
どのような経過をたどるか、寿命はどれくらいかなどは病気の種類によってさまざまです。
また脊髄小脳変性症の3分の1は遺伝性で、その原因となる遺伝子の多くがわかってきました。
脊髄小脳変性症は介護保険の特定疾病
脊髄小脳変性症は介護保険の特定疾病です。介護保険サービスは本来、65歳以上でなければ利用できませんが、脊髄小脳変性症の場合は申請すれば、40歳以上65歳未満であっても利用することができます。
脊髄小脳変性症の症状
脊髄小脳変性症にはいくつかの病気が含まれていますが、どの病気にも共通して運動失調症状が見られます。
運動失調症状とは、動きの協調性が悪くなるためにスムーズに体が動かせなくなることです。
例えば、「歩く」という動作は足を動かすだけでなく、姿勢を維持したり、バランスを取ったりなど、さまざまな動きを一度に行うことで成り立っています。
これらの動きの協調性がなくなってしまうと、歩行時にふらつきが見られるようになります。
ろれつが回らない、字が上手く書けない、ボタンがかけられないなども運動失調症状の一つです。
進行すると寝たきりになったり、食事の飲み込みが難しくなったりして、介護が必要になります。
運動失調症状の他に、病気の種類によってはパーキンソン症状(パーキンソン病に似た手の震えや筋肉のこわばりなど)、錐体路症状(異常な腱の反射や手足のつっぱりなど)、自律神経障害(起立性低血圧、便秘、発汗障害など)、認知症、睡眠時無呼吸症などが現れることがあります。
脊髄小脳変性症の治療
脊髄小脳変性症には根本的な治療法はありません。そのため、対症療法が治療の中心となります。
脊髄小脳変性症に共通してみられる運動失調症状には、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)誘導体が使われます。
投薬には、注射薬と内服薬があります。
また、リハビリテーションを集中的に行うことで運動失調症状の改善効果が期待できます。
歩行訓練、段差の上り下り、体幹と腕や足の協調性を高める運動、バランス練習などを行います。
自助具の使用、会話、飲み込みの練習なども実施します。
このほか、現れた症状に合わせて抗痙縮薬や抗パーキンソン病薬などが使われることもあります。
脊髄小脳変性症のケア・生活上の注意点
脊髄小脳変性症で見られる症状の中には、生活に支障をきたすものも少なくありません。状態を悪化させないために、注意したいことを紹介します。
転倒予防
脊髄小脳変性症ではふらつきがよく見られるため、転倒に注意が必要です。
特に、歩き出しや方向転換の際に転びやすくなるので、普段使う椅子の近くや曲がり角に手すりを設けるなどして対策するとよいでしょう。
適度に体を動かすことも大切です。
リハビリを継続し、必要であれば杖などの自助具を使用しましょう。
誤嚥予防
飲み込みにくさが出てきて、誤嚥しやすくなります。
医師や言語聴覚士などに相談しながら、状態に合った形態の食事を準備しましょう。
場合によっては胃ろうの検討が必要になることもあります。
排尿・排便ケア
自律神経症状によって、頻尿、尿失禁、残尿などが現れることがあります。
症状に合わせて薬を使用します。
場合によっては、尿道にカテーテルと呼ばれる管を入れっぱなしにして、自動的に排尿できるようにするケアを行います。
また、便秘になりやすいので、水分を十分に摂り、適度な運動を心がけます。
必要に応じて薬の使用も検討しましょう。
コミュニケーションのケア
ろれつが回らないことで上手く言葉を話せなくなったときには、文字盤やコミュニケーション機器を使用することができます。
感染予防
嚥下障害や排尿障害が進行すると、肺炎や尿路感染を起こしやすくなります。
咳や痰が増えていないか、尿の混濁や血尿は見られないか、発熱していないかを確認して、異常があれば医師に相談しましょう。
予防のために、入浴・シャワー浴や口腔ケアを継続することも大切です。
また、インフルエンザや肺炎球菌のワクチン接種も検討しましょう。
脊髄小脳変性症の診断・検査
ここまで、脊髄小脳変性症の症状や治療法などを見てきました。
ここからは、病気が疑われる際にどのように検査・診断が行われるかを見ていきましょう。
診察
脊髄小脳変性症が疑われる場合は神経内科を受診します。
診察では、家族に脊髄小脳変性症の患者がいないかや、運動障害の有無などを確認します。
画像検査
MRIで脳の萎縮やその程度について調べます。
また、ドパミントランスポーターシンチグラフィー(ドパミンと呼ばれるホルモンの量を調整する部分がどれくらい減少しているかを確認する検査)で脳の中のドパミンの状態を評価します。
遺伝子検査
遺伝性の病気が疑われる場合には、正確な診断に遺伝子検査が必要になることがあります。
遺伝子検査を実施できるのは、専門の医療機関に限られます。
また、結果によっては家族や親戚にも影響を与えるため、医師やカウンセラーと相談しながら進めていきます。
この他、病気の種類に応じて必要な検査が行われます。
脊髄小脳変性症で使える公的支援
脊髄小脳変性症の診断や治療では、経済的な負担が大きくなることがあります。
また、寝たきりになるなど、家族の介護負担が増すことも予想されます。
公的支援を利用することで、負担を軽減していきましょう。
脊髄小脳変性症では、介護保険の特定疾病のほかにも、さまざまな支援制度を利用することができます。
指定難病の医療費助成制度
脊髄小脳変性症は指定難病です。申請することで、この病気の治療にかかった医療費の一部について助成を受けることができます。
高額療養費制度
ひと月にかかった医療費が高額になった場合、上限額を超えた分は払い戻しを受けることができます。
あらかじめ申請しておけば、上限額を超えた分を窓口で支払わないようにすることも可能です。
身体障害者手帳
運動失調症状によって体の自由がきかない場合は、申請することで身体障害者手帳が交付されます。
取得すると所得税・住民税の控除や日常生活用具の給付・貸与、公共料金や公共交通機関運賃の割引などを受けることができます。
申請にはかかりつけ医による診断書が必要となります。
申請を検討する際にはまず、かかりつけ医に相談してみましょう。
障害基礎年金・障害厚生年金
病気・ケガによる障害がある方が受給できます。
国民年金に加入している人は障害基礎年金の対象です。厚生年金に加入している人は障害基礎年金に上乗せして障害厚生年金が支給されます。
イラスト:坂田 優子
この記事の制作者
著者:矢込 香織(看護師/ライター)
大学卒業後、看護師として大学病院やクリニックに勤務。その後、メディカル系情報配信会社にて執筆・編集に携わる。現在は産婦人科クリニックで看護師として勤務をするかたわら、一般生活者のヘルスリテラシー向上のための情報発信を行っている。
監修者:伊東 大介(慶應義塾大学医学部神経内科・准教授)
1967年生まれ。1992年、慶應義塾大学医学部卒業。
2006年より、慶應義塾大学医学部(内科学)専任講師。総合内科専門医、日本神経学会専門医、日本認知症学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本医師会認定産業医。
2012年、日本認知症学会学会賞受賞。