介護保険の特定疾病、進行性核上性麻痺とは?
進行性核上性麻痺は脳の病気のひとつで、介護保険の特定疾病です。原因不明で、発症から5年程度で寝たきりとなりと言われています。
ここでは進行性核上性麻痺の症状、治療、ケアのポイント、受けられる公的支援などを解説します。
進行性核上性麻痺とは?原因は不明
進行性核上性麻痺は、パーキンソン病と似た症状が現れ、徐々に歩くことが難しくなって寝たきりになる病気です。
発症から平均4〜5年で寝たきりとなります。
患者数は人口10万人あたり10〜20人程度です。発症するのは40歳以上で、50〜70歳代で多くみられます。
進行性核上性麻痺の患者では、脳の神経細胞やグリア細胞に異常なタンパク質が蓄積し、大脳基底核、脳幹、小脳の神経細胞が減少します。なぜこのようなことが起こるのか、原因はわかっていません。
多くは遺伝しませんが、一部で家族性が認められています。
進行性核上性麻痺は介護保険の特定疾病
進行性核上性麻痺は介護保険の特定疾病です。そのため、申請することで40歳以上65歳未満であっても、介護保険サービスを利用することができます。
進行性核上性麻痺の症状
進行性核上性麻痺の症状の現れ方はさまざまです。
最も多いパターンでは、発症初期に姿勢保持障害などのバーキンソン病に似た運動障害や、認知症が見られます。転倒しやすく、何度も同じところで転ぶことで発症に気づく人が多いです。
- 初期に見られる運動障害
- 姿勢が不安定になる(姿勢保持障害)、足がすくんで前に出しづらくなる(すくみ足)、歩行がだんだんと速まって止まれなくなる(加速歩行)など、パーキンソン病に似た症状が見られます。転んでも手が前に出ず、顔や頭のけがが増えます。
- 認知症
- 注意力や判断力が低下して、転びやすくなったり、質問にすぐ答えられなくなったりします。アルツハイマー型認知症とは違い、時間や場所などがわからなくなる見当識障害や物忘れは軽度のことが多いです。
性格の変化が初めての症状になることもあります。
また進行すると、頸部後屈や反り返った姿勢などの運動障害も現れ、徐々に歩くことが難しくなって寝たきりになります。また眼球の運動障害も出現します。
- 進行すると現れる運動障害
- 首や体幹部分の筋肉が異常に緊張して硬くなります。その影響で首が後ろに反り返る頸部後屈が見られたり、姿勢が後ろに反り返ったりするようになります。
- 眼球の運動障害
- 眼球を上下に動かすことが難しくなります。症状が進むと左右の運動もできなくなり、正中で固定してしまいます。
- 構音障害、嚥下障害
- このほか、口・舌・のどがうまく動かせなくなり、言葉がはっきりと発音できなくなる構音障害や、食べ物が飲み込みづらくなる嚥下障害が出現します。口からの食事が難しくなって経管栄養や胃ろうが必要になったり、誤嚥性肺炎を引き起こして命に関わる事態となったりすることもあります。
進行性核上性麻痺の診断にはMRI検査が用いられる
進行性核上性麻痺では、脳のMRIを撮影して、脳の萎縮の程度を確認します。このほかに、脳室SPECT血流検査で、脳の血流を調べます。
また、DATスキャン(ドパミントランスポータシンチ)にて、脳内のドパミン神経の状態を検査します。
進行性核上性麻痺の治療はリハビリ中心
進行性核上性麻痺には、根本治療がありません。パーキンソン病の治療薬や抗うつ薬を使用することはありますが、その効果は一時的です。
そのため、いま残っている機能を最大限に活かし、維持するためのリハビリテーションが治療の中心となります。
具体的には、転倒予防のための筋力維持やバランス訓練、口・舌・のどの運動機能の維持を図るために嚥下運動や発声運動を行います。
また筋肉の緊張によって手足の関節を動かさないでいると自力では関節が動かなくなってしまうため、それを予防するために関節の動く幅を広げる訓練を実施します。
進行性核上性麻痺のケアは転倒・肺炎予防が重要
進行性核上性痺では転倒によるけがが増加します。また誤嚥性肺炎によって亡くなる人が多いです。そのため、転倒予防と肺炎予防がとても重要なケアとなります。
- 転倒予防
- 転倒の多くが、トイレに行こうとしたときや物を取ろうとしたときに起こっています。普段からよく使う物はすぐに手の届くところに置くなど、環境を整えて転倒を予防しましょう。
また、進行性核上性麻痺では運動障害があるため、トイレに行くまでに思っている以上に時間がかかってしまいます。定期的にトイレ誘導するなどの対策を取るようにしましょう。
- 肺炎予防
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嚥下機能が低下するため、誤嚥しやすくなります。
食事の形態を工夫したり、とろみ剤を活用したりして、飲み込みやすい食事を提供します。必要であれば経管栄養や胃ろうの導入を相談してもよいでしょう。また、口の中が汚れていると肺炎の原因になります。定期的な歯磨きを続けましょう。
また、寝たきりで体が動かせなくなると、自力では痰を出せなくなります。窒息予防のために、定期的に体の向きを変えて痰の吸引を行いましょう。
進行性核上性麻痺の方が利用できる公的支援
進行性核上性麻痺は介護保険の特定疾病ですので、申請することで45歳以上であれば介護保険サービスが利用できます。そのほかにも利用できる公的支援があります。
- 指定難病の医療費助成制度
進行性核上性麻痺は医療費助成制度の指定難病です。申請すると医療機関の窓口で支払う患者負担割合が低くなります。
また所得に応じて限度額が設定されるので、それ以上は支払う必要がなくなります。
申請には主治医の診断書が必要ですので、まずはかかりつけ医に相談しましょう。
- 障害者手帳の交付
歩行障害や認知症などの程度が条件を満たすと、障害者手帳の交付を受けることができます。
税金の控除や公共交通機関・公共施設の割引、公営住宅の優先入居などの各種サービスが利用できるようになります。
申請を検討する場合には、市町村の担当窓口に問い合わせてみましょう。
- 障害福祉サービス、地域生活支援事業
指定難病の診断を受けた18歳以上の人であれば、一定の障害があれば障害者手帳の有無に関わらず障害福祉サービスと地域生活支援事業の対象者になります。
居宅介護などの介護給付や、就労継続支援などの訓練給付を受けることが可能です。
市区町村に担当窓口があります。
- 日常生活自立支援事業
認知症などで判断能力が十分でなく、自分1人では福祉サービスの契約が難しい場合に、福祉サービスの利用援助や金銭管理などの支援を受けられるサービスです。
利用を検討する場合には市町村の社会福祉協議会に相談しましょう。
ただし、このサービスを利用するには、患者本人がこのサービスの内容を理解し、契約を締結できることが条件となります。難しい場合には成年後見制度を利用しましょう。
- 成年後見制度
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認知症などにより判断能力が十分でなく、財産の管理や介護・福祉サービスなどの契約が難しい場合に、家族などの周囲の人が後見人となって代わりに契約をしたり、不当な契約を解消したりすることができる制度です。
利用するには家庭裁判所への申し立てが必要です。
病気の治療にはお金がかかりますし、認知機能が低下すると判断能力が低下して不利益を被ることもあります。困ったことがあれば、公的支援を積極的に活用しましょう。
イラスト:坂田 優子
この記事の制作者
著者:矢込 香織(看護師/ライター)
大学卒業後、看護師として大学病院やクリニックに勤務。その後、メディカル系情報配信会社にて執筆・編集に携わる。現在は産婦人科クリニックで看護師として勤務をするかたわら、一般生活者のヘルスリテラシー向上のための情報発信を行っている。
監修者:伊東 大介(慶應義塾大学医学部神経内科・准教授)
1967年生まれ。1992年、慶應義塾大学医学部卒業。
2006年より、慶應義塾大学医学部(内科学)専任講師。総合内科専門医、日本神経学会専門医、日本認知症学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本医師会認定産業医。
2012年、日本認知症学会学会賞受賞。