【2021年最新】認知症のリハビリ|生活に密着した「作業療法」
私たちの生活は、調理や掃除などの家事、職場での労働、趣味の活動などの「作業」に満ちています。
そうした「作業」をリハビリや治療の方法として活用するのが「作業療法」です。
ここでは作業療法の概要と、認知症と作業療法のかかわりについてお伝えしたします。
作業療法がもらたす効果
作業療法では調理や手芸、園芸など、日常生活の作業を通して、心身の機能の維持や強化、幸福感や自尊心の充足、人々や社会とのつながりの回復などをはかります。
その結果、心と体のリハビリテーションの効果が得られます。
日常的な作業に自覚はないかもしれませんが、筋力や精密な動きなどの身体機能、集中力や判断などの心理機能を総合的に活用しています。
このため、作業に取り組んでいるうちに、自然に心身両面のリハビリになるのです。
また、入退院など心身の状態や環境に変化があった際、ご自宅の環境を調整したり、新しい福祉用具を活用できるよう支援することにより、新たな適応を促進する効果もあります。
人と人とを繋げる|作業療法の特徴
生活に密着している
作業療法では、生活の中の作業に焦点をあてます。調理など家事は生活になじみがありますし、手芸や工作などはこれまでの生活で行っていることもあるでしょう。
障害や疾病でできなくなった日常生活動作の回復を目指すのも作業療法の一つです。生活に密接に関係しているので、違和感なく取り組むことができます。
目的や成果がわかりやすく、続けやすい
人間は、目的のはっきりしないものには進んで取り組みたくないものですが、作業療法で取り上げられる多くの作業は「なぜそれをするのか」という目的がはっきりわかる作業で、製作物などの成果もわかりやすいものです。
このため、無理なく取り組み、続けることができるのも特徴です。
作業を通じたかかわり・つながりが得られる
人々は古来、作業をともに取り組むことで、社会や絆を形成してきました。子どものころの遊び、家族で一緒に行う家事、仕事での協働など、作業は人と人とをつなげます。そうして失われた社会性や交流を回復するのも、大切な特徴です。
認知症と作業療法
拒否感なく取り組みはじめることができる
認知症の人は、認知症と発見・診断される過程で、「できなくなったこと」に注目され、自尊心の傷つきや悲しみの経験が多くあり、試されたり、課題を与えられることに拒否感をもつことが少なくありません。
リハビリテーションだとしても、「できないのではないか」「難しいのではないか」と思うと、尻込みや嫌悪を感じるのです。
その点、作業療法は、リハビリテーションと感じないような日常的な作業を活用するため、安心して取り組むことができます。
失われにくい「なじみの作業記憶」を活用する
認知症の人は、なじみのない行動は苦手です。
リハビリテーションの目的や手順を説明されても理解が難しかったり、忘れてしまったりして、混乱・困惑し、時にはやらされていることへの怒りを感じることもあるでしょう。
一方、積み重ねてきた作業を体が覚えていることってありますよね。認知症の人は、そうした「体で覚えたこと」「なじみの作業」は、失われにくい傾向があり、作業療法ではまさにその人のなじみの作業を行います。
慣れた行動、わかりやすい目的のため、上のような感情にとらわれずにすむのです。
例えば、農家の人なら土に触れ、料理人なら包丁に触れて作業を取り戻し、同時にこれまで生きてきた中で感じた、作業の喜びや、仕事への誇り、懐かしい思いがあふれてきます。
なじみの作業に触れることは、強力な回想法としての側面もあるのです。
いきいきとした心を取り戻す「回想法」作業の回復で自信や安心感を取り戻す
認知症の人は、発症や進行に伴い、それまでできていた作業ができなくなる体験をしています。得意だった料理が作れなくなり、自慢だった趣味ができなくなる。
それは大きな喪失感を感じるだけでなく、自分が自分でなくなっていくように感じることもあるでしょう。
作業療法はそうした作業の回復を目指し、さらに作業を取り戻していく中で、自尊心や自分が自分であるという安心感を回復するのです。
どうやって提供する?介護施設での実践方法
作業療法は、医療施設(病院・デイケア等)、通所施設(デイサービス等)、入居施設(グループホーム等)、訪問サービス(訪問リハビリ等)などで広く行われています。
集団で行う場合も個人で行う場合もあります。所要時間はプログラムによって変わり数時間から十数分と幅広く、連続して取り組むプログラムや、単発で終了するプログラムもあります。
作業療法の専門職は「作業療法士」ですが、実践は必ずしも作業療法士が担うとは限りません。
日本作業療法士協会によると、作業療法とは、「人々の健康と幸福を促進するために、医療、保健、福祉、教育、職業などの領域で行われる、作業に焦点を当てた治療、指導、援助である。作業とは、対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為を指す」としています。
この定義に沿えば、多くの職場やご自宅での実践も作業療法といえるでしょう。
ただし、漫然と作業をしていただくのを「作業療法」とは言いません。
対象となる人の状態や作業への思いを事前に情報収集・分析(アセスメントといいます)し、その人にふさわしいプログラムを設定し、的確なアドバイスや実施を行い、その実践を評価してフィードバックする。
さらにその結果に応じて、さらに再アセスメントやプログラムの修正を行っていく。この一連の過程が作業療法の大切な核といえます。
作業療法の実例
ご飯の盛り付けにこだわるAさん
Aさんは調理も食べることも大好き。グループホームでも調理や配膳を進んでなさっていましたが、脳血管障害を患い、後遺症でそれらの作業が難しくなりました。
退院してしばらくしても、食欲が戻りません。用意された食事を見て悲しいような不満そうな表情をしていました。
この状態は、何かの作業ができなくなったことに原因があると思い、振り返ってみると、以前、Aさんはご飯の盛り付けは他の方に譲らず、全員分のご飯を慎重に盛り付けていらしたことにスタッフが気付きました。
半身まひになり、立ち仕事が難しい今の状態では、テーブルに乗せた電子ジャーからご飯を盛り付けることができません。
そこでおひつを購入し、そこに電子ジャーからご飯を移し、座ったままで作業が行えるよう、専用台を用意しました。
片手でご飯を盛り付ける作業は、何度もトライを重ねていましたが、何とか全員分のご飯を盛り付けられるようになりました。
Aさんは農家の大家族の長女。大切なお米を家族に盛り付けることは、切り盛りを任された長女の役割であり、誇りだったのでしょう。
その後、別の病気で亡くなられるAさんは、寝付く直前まで、ご飯の盛り付けを続けられました。
最期のひととき、食欲も落ちているのに、最後に自分の分をおひつから一粒も残さず盛り付けて、笑顔を失うことなく過ごされました。
作業療法の注意点
無理強いをしない
ご本人の意欲を最優先し、決して無理強いをしないでください。明確な拒否ではなく、少し躊躇しているだけの可能性もあります。この場合、家族や周囲の人々が作業をしているのを、興味深く見ていたり、途中から自発的に参加してきたりすることがあります。
なじみの作業でも注意
「ずっとやってきた」「仕事でやったことだから」といっても、ご本人が拒否をすることがあります。やってきたことだからこそ、できなくなっていることに直面するのが恐ろしいのかもしれません。
誇りをもって仕事で取り組んできたからこそ、安易にやってと言われ、冒涜されたように感じているのかもしれません。過去に行っていたものでも、やはり無理強いは厳禁です。
ちょうどよい難易度を
作業が難しすぎれば、怒りや悲しみを感じたりやる気をなくします。簡単すぎても、飽きてしまったり、馬鹿にされているようにも感じます。
少し頑張ればできる、ちょうどよい難易度が大切です。そのためにはご本人の能力を丁寧に見極め、気づかれずに手伝ったり、あらかじめ難しいところはこちらで行っておく工夫もあるでしょう。
過剰に期待しない
どんなに優れた作業療法も、認知症そのものを治療する効果は立証されていません。個人差もあり、常に心身が改善していくとは限りません。
また、症状の進行に伴い、できていたものができなくなることもあるでしょう。認知症の人にとっての作業療法は、作業を通して尊厳を取り戻し、安心や充足感を感じることが主な目的です。
疲労に注意する
認知症の人は脳が疲れやすくなっています。ご本人がどれだけ楽しんでいたとしても、脳の疲労がたまれば集中力が欠け、できていたものができなくなり、失望や苛立ちに駆られます。
その疲労がとれずに、一時的に認知機能が低下したり、夜間まで長引くとせん妄状態にもなりえます。適度に休憩を入れ、無理のない時間で切り上げる工夫が必要です。
専門職とご相談を
可能なら作業療法士、その他の専門職、利用している医療や介護サービス事業所にご相談ください。適切なアドバイスをもらえる場合があります。
例えばデイサービスとご家庭で連絡しながら同様の作業を取り組むなど、連携することで効果が高まることもあります。
作業療法は、直接に生活と密着し効果を発揮します。認知症によって失われたようにみえる「作業」を取り戻すことは、ご本人の体と歴史に秘められた力を呼び起こし、きらめいていた姿を取り戻すことに他なりません。
「作業」を通して、ご本人、ご家族が、その人自身に再び出会い、人々とのつながりを取り戻し、認知症とともにあゆむ未来につながっていくことでしょう。
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この記事の制作者
著者:志寒浩二(認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者/介護福祉士・介護支援専門員)
現施設にて認知症介護に携わり10年目。すでに認知症をもつ人も、まだ認知症をもたない人も、全ての人が認知症とともに歩み、支え合う「おたがいさまの社会」を目指して奮闘中。
(編集:編集工房まる株式会社)
監修者:伊東 大介(慶應義塾大学医学部神経内科・准教授)
1967年生まれ。1992年、慶應義塾大学医学部卒業。
2006年より、慶應義塾大学医学部(内科学)専任講師。総合内科専門医、日本神経学会専門医、日本認知症学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本医師会認定産業医。
2012年、日本認知症学会学会賞受賞。