【栄養士が解決】胃ろうになってしまった。その時、本人や家族の生活はどうなる?
2011年3月、東日本大震災が起こりました。その時から、「想定外」という言葉が日常的に使われるようになったような気がします。
思いもよらない出来ごと、想像し得なかったこと、「想定外」の出来事により、生活が一変してしまうことがあります。
近藤さんのエピソード
81歳の近藤雄二(仮名)さん。奥様と娘さんご夫婦、そして二人のお孫さんとの二世帯住宅で、にぎやかに生活していました。
ところが、突然、脳梗塞でたおれて、入院。右半身麻痺と摂食・嚥下障害が後遺症として発生しました。
病状が安定したので、回復期病棟に移り、近藤さんは、早く自宅に戻りたいと思い、リハビリを頑張りました。入院当初は立つこともままならなかったのが、手すりを捕まり歩けるようになりました。
しかし、言語聴覚士のリハビリを受けていましたが摂食・嚥下障害の著しい回復はみられず、誤嚥性肺炎を繰り返したため、胃ろうを造設し、近々退院することとなりました。
入院前の体重は、60Kg(BMI 26)でしたが、入院中に減ってしまい、退院する時は52Kg(BMI 22)。今まで着ていたスーツは、すべてブカブカになってしまい、着られなくなっていました。
奥様と娘家族、そしてケアマネージャーの方は、近藤さんの退院に向け、準備を始めました。
3階建てのご自宅の階段は介助がないと昇り降りできないため危険なので、バリアフリーのマンションを近くで借りることにしました。
まずは、介護用ベッドと冷蔵庫、テレビをそろえて、新しいマンションでの近藤さんと奥様の二人の生活が始まりました。
胃ろうからの栄養補給は、1日3回。朝の6時、昼12時、夜6時に栄養剤と水を2時間かけて注入します。注入操作は、近藤さんご本人が管理し、準備も片付けも完璧です。
胃ろうからしっかり栄養が入るので、近藤さんは、体重も1㎏増え、少しずつ体力が戻ってきました。
同居していたお孫さんたちも、学校帰りに近藤さんの部屋に寄るようになり、午後からはいつも通りのにぎやかさが戻っときました。すると、ご本人は「口から食べたい」と思うようになりました。
近藤さんの奥様も「一緒に食事がしたい」、お孫ちゃん達からも「おじいちゃんとおやつがたべたい。」と言われ、ケアマネージャーも「近藤さん口から食べられるんじゃないかしら」と思い始めました。
そこで、ケアマネージャーが嚥下評価を依頼し、その結果は「3か月口から食べていなかったので、飲み込む筋力が落ちています。まずはゼリーを1日1個食べることから始めましょう」とのこと。
そして、胃ろうから経口摂取(口から食べる)への移行計画が立てられ、管理栄養士の訪問が始まりました。
初めて近藤さんの家を訪問した時の印象は、「生活感がないなぁ・・。」
この日もお孫さんたちが来ていて、宿題したり、お友達と遊んだりとにぎやかなのですが、台所は料理をしている痕跡はなく、食卓もない。
「奥様の食事はどうしているのですか?」と聞くと、「夫が食べられないのに料理を作るのも、目の前で食べるのも悪い気がして、適当に食べてます。」 食べられないのは近藤さんご本人だけでなく、奥様も食べられない環境になっていたのです。
まずは、嚥下訓練用の小さなゼリーから始め、コンビニで売っているゼリー、プリン、ヨーグルト。
歯はしっかりそろっていたので、易しく咀嚼できるものに食形態はアップ。里いもの煮物や煮魚、ふんわり卵焼き等お料理上手の奥様が工夫をして食べやすく調理してくれました。
そして2か月後には、30分以内に1食分約400kcalの食事が食べられるようになったので、1日1食お昼の食事を胃ろうからの栄養剤注入を止め、口から食事を食べることにしました。
それから2週間後の昼食時にあわせて、私は訪問しました。玄関のドアを開けて、見える景色が変わっていました。
今までがらんとして何もなかった居間に、ダイニングテーブルが設置され、きれいな黄色い花柄のテーブルクロスがかけてあります。
そしてランチョンマットがしかれた上に、昼食が用意されていました。そして、笑顔で近藤さんと奥様がむかえてくれたのでした。
昼食の1食を口から食べられるようになったことは、単に食事が栄養剤から料理に変わっただけではありません。近藤さんと奥様の生活と表情が変わりました。
3食胃ろうの時は、胃ろうの時間に行動が制限され、ほとんど外出はできません。
でも、昼を経口摂取にすれば、朝の胃ろうが終わってから、夕の胃ろうまで10時間が自由になり、お孫さんの運動会を見に行ったり、元の自宅に戻り、衣替えをすることができました。
そして、今まで心苦しく食事をしていた奥様が、近藤さんと一緒に気兼ねなく昼食を食べ、外食に出かけることもできます。
お孫さんたちとも、一緒におやつを食べる楽しい時間をすごしています。
管理栄養士のアドバイス
食事は、様々な環境が整って成り立つ日常生活です。
買い物、調理、誰とどこで食べるのか、片付け、ゴミ出し等々。栄養補給だけが目的ではありませんよね。
栄養補給だけが目的であれば、宇宙食のように栄養計算されたレトルトやサプリメントでもいいはずです。
そうではなく、お母さんが作ってくれた梅干しおにぎりが懐かしいとか、大好きな人とお気に入りのレストランで、美味しい料理を食べる楽しい時間を過ごしたい、とか、そんな食事にまつわるエピソードがあるはずです。
今、近藤さんのように胃ろうを使って在宅療養している方は大勢います。
胃ろうは栄養補給方法です。経口摂取が難しい方でも、奥さん手作おりのお味噌汁を胃ろうから注入するとか、お祝いの時には、ビールで乾杯し、少しなめて味わってみるとか、日常生活の食の場面を一緒に楽しむ工夫はできると思います。
そして、近藤さんのように、胃ろうと経口摂取の併用で、生活が一変することもあります。
食事内容や栄養補給経路が変わるのでなく、生活環境自体が変わることを、近藤さんからきづきました。
本人、ご家族、寄り添う介護スタッフ、みんなで食を話題にすることが、楽しい生活のきっかけになるといいなと思います。
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著者:安田 淑子(beside びさいど 在宅訪問管理栄養士)
北海道登別市出身。高血圧の母が行っていた減塩食をきっかけに栄養士を目指し、上京しました。
総合病院、デイサービス、歯科医院での経験を経て、2010年から複数の医療機関と契約し、在宅訪問栄養指導を行っています。笑顔で楽しい、うれしいと言える空間づくりのヒントをお伝えできればと思っています。