失語症とは?構音障害や認知症との違い
言語障害のひとつである失語症。コミュニケーションの取り方に悩む介護者も多いことでしょう。
失語症には症状の種類が複数あるだけでなく、構音障害や認知症と勘違いされることもあります。違いを正しく理解して、症状に合った対応をし、スムーズに意思疎通が図れるようにしましょう。
失語症とはなにか? に加え、普段の生活で介護者ができる心がけや、言語聴覚士によるリハビリ内容についてもわかりやすく解説します。
失語症とは
失語症とは、脳の損傷による高次脳機能障害の症状のひとつで「話す」「聞く」「読む」「書く」といった言葉を操る機能がうまく働かず、言葉によるコミュニケーションが難しい状態のことをいいます。
脳が損傷する原因として脳梗塞や脳出血などの脳血管障害が代表的ですが、事故や怪我による脳外傷も原因となります。
認知症や記憶障害と誤解されることがありますが、失語症は「言いたいことがうまく伝えられない」「言葉や単語を言い間違えてしまう」状態ですから、混同しないようにしましょう。
失語症のような言語機能の障害は、長期にわたり回復がみられることが特徴です。また、早い段階からリハビリを始めることで回復率は高まるといわれています。
失語症の症状は?
症状や重さは損傷した言語中枢の場所や大きさによって変わりますが、言葉に関するすべての機能に困難が現れます。
機能ごとの主な症状は以下の通りです。
- 話す
- 日常会話は問題なくできる場合から、まったく話すことができない場合まで、症状の程度が異なります。
喚語困難……発話の際に、思った言葉が出てこない症状
錯語……「テレビ」と言いたいのに「テビレ」などと言い間違えたり、「テレビ」を「時計」など、違う単語が出てしまう症状
残語……「ある」「だめ」など、言葉の断片のみを発話する症状
保続……同じ言葉が繰り返し出てくる症状
- 聞いて理解する
- まったく理解できない場合、短い会話は理解できるが長文になったときには難しいなど、程度は異なります。
理解力障害……言葉が聞こえているのに理解できない、また、聞いたことを頭に留めることが困難な場合がある。
- 読む
- 文字は見えているのに理解ができない、読み間違えてしまう症状などがあります。
錯読……「目」と「月」など、意味や形の似た漢字やひらがなを、違う文字と読み間違える(または、まったく違う言葉に読み間違える)症状。
- 書く
- 失語症の症状が比較的軽い場合は文章を書くことができますが、文法上の間違いがあったり書きたい文字が書けなかったりします。症状が重い場合には、自分の名前も書けない場合があります。
- 失語症と一緒に起こりやすい症状
- 右半身の麻痺、口や舌の麻痺からの構音障害、注意力の低下、感情のコントロールがうまくできないなどの症状が一緒に起こりやすくなります。また、計算力の低下も症状のひとつとしてあげられます。
構音障害や失声症とは何が違う?
言語障害にはさまざまな種類があります。ここでは、失語症と混同されやすい「構音障害」と、「失声症」について詳しく説明します。
構音障害との違い
失語症は、病気やけがにより脳の言語中枢が損傷することで起こる症状です。構音障害は脳の運動中枢に損傷が生じることで起こります。声帯や舌など口の周りがうまく動かせなくなり、発声が難しくなったり呂律が回らなくなったりする状態です。
失語症とは違い、障害が生じるのは「話す」ことのみで、言い誤りに一貫性があります。「聞く」「読む」「書く」ことに支障はありません。
失声症との違い
失声症は、何らかの原因で声が出なくなってしまう障害です。原因は神経麻痺やポリープなどの声帯の異常によるものと、ストレスやショックなどから急に声が出なくなる心因性のものがあります。
認知症との見分け方は?
失語症と認知症は混同されがちですが、症状はまったく違います。認知症は新しいことが覚えにくい、状況を把握しにくいといった「認知機能」の障害です。
対して失語症は認知機能には問題がないことが多く、言葉を使うコミュニケーションが難しいという状態なのです。母国語である日本語が、言葉の通じない国へ海外旅行に行ったときのような状況になる、というとわかりやすいかもしれません。
認知症と失語症について、わかりやすい例を出してみましょう。たとえば「今日、朝ごはんは何を食べましたか?」と尋ねたとします。認知症の場合は、何を食べたか、食べたかどうかわからないという答えになります。
失語症の場合では、何を食べたか明確に記憶しているけれども、それを具体的な言葉でうまく伝えられないのです。
失語症の原因
右利きの場合、9割以上の人が言語を司る「言語中枢」を左脳に持っているといわれます。失語症はその言語中枢が、脳血管障害や脳外傷によって障害を受けたことが原因で起こる症状です。
なかでも、脳梗塞や脳出血などによる脳卒中によって脳血管障害が起こり、その後遺症として失語症の障害が起こることがとても多いとわかっています。他にも、事故や怪我による頭部外傷や、脳腫瘍などによって障害が発生する場合もあります。
損傷した場所や、大きさの程度によりどのような症状が出るか、障害の重さはどの程度なのかが変わりますので、失語症の症状は人それぞれです。
失語症の種類
失語症にはいくつかの種類があります。それぞれの種類に当てはまるか、いくつかの質問に答えてもらうことで分類できます。検査では、出ている症状が構音障害や認知症など他の障害からではないことも確認されます。
ブローカ失語(運動性失語)の例
言語中枢は「ブローカ野」と「ウェルニッケ野」の2ヶ所に大別されます。そのうちの、ブローカ野が損傷されたことが原因で起こる失語症が「ブローカ失語」です。ブローカ野は手足を動かす運動野に近い位置にあり、ブローカ失語を発症した方は右半身の麻痺を伴うことが多くあります。
聞く力よりも話す力が低下するため聞いた言葉は理解しやすいものの、話すことに支障が出るタイプで、喚語困難や錯語、保続の症状がよくみられます。
書く能力に関しても、漢字よりも仮名文字のほうが難しくなります。話しにくさと同様に、文章に文法的な誤りが確認できるほかにも、文字自体が書けない、浮かばない事も多いといわれます。
ウェルニッケ失語(感覚性失語)の例
もう一方の「ウェルニッケ野」が損傷されたことによる失語症は、話すことに比べて、聞いたことの理解が困難になります。
すらすらとした話し方ができますが、錯語の症状が顕著に表れます。無意味な言葉が会話の途中で挟まれる場合もあり、話の内容の辻褄があわないなど、意味不明な会話になることが多くあります。このような理由から、失語症の中でも認知症と誤解されやすいタイプだといわれています。
健忘失語の例
「健忘失語」では、話す、聞くという機能に大きく問題はありませんが、具体的な物や人の名前がさっと出てこないという症状があります。
出てこない単語の意味を伝えるために、回りくどい話し方になることがあるのが特徴的です。たとえば「りんご」を伝えるときには「赤くて、秋に食べる、甘くておいしいもの」というような抽象的な表現をする場合が多いでしょう。
健忘失語は、日常生活においては支障がない場合もあり、失語症の中では比較的軽度な種類といわれています。
全失語の例
「全失語」は言語中枢の広範囲に損傷を受けた場合の、最も重度な失語症です。
「話す」「聞いて理解する」「読む」「書く」、言葉に関するすべての能力が著しく失われます。まったく話すことができない場合もあり、発語ができても残語の症状であることがほとんどです。その場に合った言葉を発することはなく、意味のある言葉を発することも難しい状態ですが、目で見たその場の状況を理解することはできます。
加えて、読み書きができるケースはほとんどないため、コミュニケーションを取るのがとても難しくなります。また、右半身の麻痺を伴うことも多いでしょう。
失語症の人への対応方法
言葉でコミュニケーションを取ることが難しい失語症。言葉が理解できず不安に感じたり、言葉を発することができないことを恥じたりする方もいることでしょう。
また、失語症は症状が突然出始めるため、発症直後は混乱されている場合もあります。周りの方々は、以下のポイントに注意してコミュニケーションを取るのがよいでしょう。
話しかけるときのポイント
- 騒がしい場所は避け、会話に集中できるようにする
- ゆっくり、はっきり話す
- わかりやすく短く話す
- ジェスチャーを加えて話す
- イラストカードや漢字など、文字提示を併用する
- 「はい」「いいえ」で答えられる質問をする
- 話題を急に変えない
- ひとりの人間として接する。幼児言葉で話しかけない
話を聞くときのポイント
- 相手が何か伝えたいときにはゆったりと待って、答えを先回りしない
- ポイントは書き出す。仮名文字よりも漢字を使う。文章にはしない
- 繰り返したり、別の表現に言い換えたりし、正しく伝わっているか確認する
- よく使う言葉や必要な事柄をまとめた、ノートなどをあらかじめつくっておく
失語症のリハビリ
失語症の言語リハビリテーションは、「話す」「聞く」「読む」「書く」という言葉に関する機能を取り戻すための専門職である言語聴覚士が担当します。まず、言語聴覚士が「標準失語症検査」などの検査を行い、症状や度合いを確認します。
加えて言語聴覚士は失語症の方とその周りの方々の希望に沿って面談や検査を行い、それぞれの症状に合った言語訓練を行います。失語症の言語リハビリテーションは長く継続することが重要とされますから、症状の回復と変化に合わせて訓練の内容も見直されます。
たとえ回復が不完全であっても、話したり書いたり、ジェスチャーなどをあわせてコミュニケーションが取れ、人生を豊かに暮らせるようになることが大切です。
具体的には、以下のようなリハビリが行われています。
聞く能力のリハビリ
- 複数のカードの中から、言われた単語や短文のものを選ぶ
- 2種類の音を聞き、同じ音か違う音なのかを判定する
話す能力のリハビリ
- 絵が描かれたカードを見て、対応する単語を言う
- 写真を見て状況を説明したり、単語の意味を説明する
- 「おはよう」「こんにちは」「いただきます」など、あいさつをする
読む能力のリハビリ
- 簡単な文や、短い文章を読んでその内容についての質問に答える
書く能力のリハビリ
- 絵が描かれたカードを見て、その単語を漢字や仮名で書く
- 漢字が含まれた短い文章を書き写し、漢字に振り仮名を振る
- 一日の行動や、その日のニュースの感想などを日記として書く
失語症からの回復
失語症は適切なリハビリで回復する可能性があります。
回復の程度は人それぞれで、日常会話は支障なくできる程度ということもあれば、仕事に復帰できるまでに回復する人もいます。また、回復の過程は長く、何年もかかることもあります。
失語症の方が利用できる制度
失語症の方は障害の程度に応じて「発声・言語機能障害」3級もしくは4級の身体障害者手帳を申請できます。
また、後遺症による麻痺がある場合、「肢体不自由」も交付対象となります。それぞれ申請すると手帳に併記されますが、実際には複数の障害がある場合には「発声・言語機能障害」以外で手帳を取得する場合が多いようです。
詳細はお住まいの自治体の窓口にお尋ねください。
まとめ
脳の損傷により「失語症」を発症すると、言葉でコミュニケーションを取るのが困難になります。さまざまな種類の症状があるので、それに合わせたリハビリをなるべく早い段階から始めることが重要です。言語聴覚士による専門的なリハビリを継続することで、回復が期待できます。
会話するときは相手を尊重し、ゆっくりはっきり話しましょう。また、「失語症」は身体障害者手帳の交付対象で、3級もしくは4級を取得できます。
この記事の制作者
監修者:髙田 耕平(言語聴覚士。一般社団法人 京都府言語聴覚士会地域・訪問部門理事、はなすたべるくらす舎代表)
言語聴覚士として急性期、回復期、維持期、外来、通所、訪問、保険外、施設での臨床を経験。現在は在宅、高齢者施設、小児施設等での保険外での言語療法の提供や「ことばの教室」や「失語症当事者によるお茶会」などの通いの場の運営、都道府県、市区町村、民間医療介護関連施設や企業での講師活動なども行っている。日本摂食・嚥下(えんげ)リハビリテーション学会認定士、認知症ケア専門士の資格も持つ。