質問

父は自分がしたことを忘れてしまったり、火の不始末でボヤをおこすなど認知症の疑いがあります。専門の病院に連れて行こうとするのですが「ボケてなんかいない」と、病院に行ってくれません。どうしたらいいのでしょうか?
また、本人が認知症を認めていないと治療も難しいですか?

回答
志寒 浩二

ご本人が認めていないのに病院に無理に連れていくことにはメリットとデメリットがあります。しかし健康診断などの流れを利用して、診察を促すことはできます。また、極論ですが実際の治療に関しては、ご本人が認知症の症状を認めていなくても可能です。

ここでは、認知症を認めてもらうことが必要なのか、診察の促し方からどうしても認めない場合の勧め方などを解説しています。ご家族が認知症かもしれないと気付いたときにお役立てください。 志寒 浩二(認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者)

【目次】
  1. 本人が自身の認知症を認めることは必要か
  2. 本人に診察を受けてもらうために
  3. 認知症の診察を促す方法
  4. 認知症が診断された場合の告知方法
  5. 認知症を認めない人への認知症対応


本人が自身の認知症を認めることは必要か


ご本人が認知症であることを受け入れ、家族や支援者とともに、認知症に向き合いながら生活を送る。それは理想的な姿かもしれません。

しかし、現在、認知症は実態以上に恐ろしい病気として語られがちです。「認知症になったら何もできなくなる」「異常な言動をするようになる」という誤ったイメージが流布しています。

それらが消え去り、認知症の正しい知識が行き渡り、認知症をお持ちでも望む生活を安心して送ることができる社会が来るまで、ご本人が認知症の可能性を認めたがらないのはやむを得ないことです。

「早期発見、早期絶望」と揶揄されるほど、日本の社会と日本人はまだまだ、認知症を自然に受け入れるほど成熟していないのです。

一方、ご本人に認知症を認めさせるよりも先に、ご家族がすべきことがあります。

(1)本人の気持ちに近づき、愛情を伝える

「認知症の可能性がある」と認めない人が、認知症状の自覚がないと思うのは早計です。

認知症という確固とした自覚はなくとも、漠然と「何かがおかしい」「不安だ」「これからどうなるのか」「恐ろしい」という認識を感じていることがほとんどです。

まずはその気持ちを「不安だよね」と受けとめ、寄り添いつつも、家族として「あなたが大切だ」「心配だ」と伝えてください。「火事になったら大変だよね。お父さんに何かあったらと思うと悲しくなる」などと伝え続けましょう。


(2)現状を整理し、解決の優先順位をつける

まずはご本人の生活の現状をよく観察し、そこから得られる情報を整理し、「ご本人が何を困っているのか」「認知症の自覚を恐れる理由」「これからどうしていきたいか」を考えます。これらの情報は、今後の介護や生活にとても役立ちます。

「困りごと」が見えたら、優先順位をつけそれらに対するアプローチを始めてください。ご相談の例の場合は「火の不始末」が最優先でしょうね。

防火設備はどうでしょう。燃えやすいものが寝室にありませんか。不燃のカーペットや家財道具を利用できるでしょうか。見守る目があれば安心でしょうか。このような具体的な情報を集め、対応策を練ります。


(3)認知症を知り、協力者を集める

ご家族のあなたが認知症を「怖い」「知りたくない」と思っていれば、ご本人もそれ以上に同じことを感じています。認知症の正しい知識を知り、協力者を探すことも必要です。

特に診察を拒否するご本人の気持ちを知るには、認知症当事者が著作した書籍を読むとよいかもしれません。ご本人が在住する地域の地域包括支援センターに相談すれば、認知症に関するさまざまな情報や資料を得たり、信頼して相談できる人ができるかもしれません。

診断を受けていないくても、ほとんどの介護家族会に参加することも可能です。何より、今後も、ご家族自身の孤独や不安を分かち合い理解してくれる人々が必要なのです。

決して焦る必要はありません。この3つに取り組んでいるうちに、ご本人の気持ちが和らいでいくこともあります。そこまで思ってくれるのなら受診してやるかとご本人が決心されることもあります。

ご本人から「実は認知症が気になっていたんだ」と本心を吐露してくれることもあります。また、ご本人が認知症を自覚しなくても、認知症への対応手段はとることができます。

>認知症の基礎知識


本人に診察を受けてもらうために


診断を受けるメリットVS無理に病院へ連れていくデメリットを考える

これ以降は、前項のような働きかけをしても、ご本人が認知症の可能性を認めたがらなかったとしてお伝えします。

そもそも、認知症の診断を受けるメリットとはなんでしょうか。

(1)抗認知症薬による治療の可能性がある

(2)介護保険の要介護認定を受けやすくなる

(3)認知症専門サービスを受けることが可能になる

認知症の診断のメリットは、あえていうなら上記くらいのものです。

このうち、(1)の抗認知症薬は現状、認知症を完全に治すことはできません。診察にこぎつけても、ご本人が診察に非協力的だったり、認知症が軽度の段階では正確な診断が下されない場合もあります。

ご家族が焦って嘘をついたり、だましたりなど強引な方法をとって診察に連れ出せば、家族の信頼関係に長期的なひびが入る恐れもあります。認知症の診断を受けるメリット、関係を壊しかねないデメリットのバランスをとって、以下のような方法を試しながら慎重に進めましょう。


認知症の診察を促す方法


健康診断の流れを利用する

かかりつけ医院があれば、その医療関係者から「健康診断」として通院を持ち掛けてもらうとよいかもしれません。認知症だったとしても、総合健康チェックは必要なのですから、これは嘘ではないでしょう。

認知症と思っていたら重大な病気が隠れているケースもあります。その流れで、認知症という言葉を使わなくても、「脳の健康チェックも受けましょう」などと医療関係者に促されれば、抵抗が少なく受診してもらえます。


他の人の例を示す

持病がなく、ご本人が病院嫌いなら、認知症の診断を受けに行った体験談や、認知症かと思って病院に行ったら脳血管障害だったなどの話を、折にふれて何度か伝えるのもよいでしょう。人は自身のことよりも、他人事なら受け入れやすいものです。


第三者に促してもらう

先述の医師のように、ご本人が信頼している第三者に伝えてもらうのも有効です。家族や若い世代が促すよりも、同じ年代の身近な第三者が、「早期発見対応」などの認知症の正しい知識や診断の重要性を語るのは、効果的な場合があります。


地域包括支援センターを利用する

地域包括支援センターは、認知症医療疾患センターや専門医の知識や資料をもっているだけではなく、診察のサポートを行ってくれる場合もあります。

どの場合もそうですが、第三者を巻き込むと「自分の恥を他人にさらした」とより意固地になる場合もあります。まずは、ご家族が相談し、その後ご本人にかかわってもらうようにしましょう。


認知症が診断された場合の告知方法

認知症の診断があったとしても、ご本人に告知をするかどうかはケースバイケースです。

たとえ、ご本人が以前に「もしも認知症になったら告知をしてほしい」と話していたとしても、現実に自分の身に降りかかってきたらパニックを起こしてしまうこともあります。

ガンの告知と比べてみましょう。ガンには固有の治療法や治療薬があり、本人が早期から積極的に治療に取り組むことによって完全寛解の可能性も高まるでしょう。

ガンの種類や状態によっては、自覚して取り組んでほしい生活スタイルもあるでしょう。そのためには告知が必要となります。

しかし、認知症の場合、現状では完全に治癒させる治療法や治療薬はありません。そのため、予後で大切なのは「心安らかに」「誇りをもって」生活していただくことであり、現在のご本人の精神状態に合わせる必要があります。

「なぜこんなにもの忘れするんだ」「どうして道に迷うんだ」と困惑しているのなら伝える必要性があるとも言えますが、望まず、受け入れず、告知のショックで負の感情は残るのに記憶としては忘れてしまうのなら、告知にこだわる必要はありません。

ご本人の心情をはかりながら、ご本人がわかりやすい、受け入れやすい言葉で伝える必要があります。認知症という言葉に過敏なら、「もの忘れが強くなっているみたいね」「頭が疲れやすくなってぼんやりしたり、イライラしたりするんだって」などという伝え方もできるでしょう。


認知症を認めない人への認知症対応

認知症予防や、ご本人に適した介護サービスなどの準備や導入、栄養や住環境などの改善などは、ご本人が認知症を認めていなくても可能です。実際に私の勤めている認知症グループホームのご入居者も、「もし認知症になったらどうしようかと思っているの、何かいい方法ない?」と質問されます。

医療・介護関係者は、「もの忘れが気になるなら、これをやってみたらいいみたい」「脳を健康に保つにはこういうリハビリがいいんだって」など、ご本人が明確に認知症を認めていなくても様々な治療や支援を行う対応法を身につけています。身近な支援者にその方に合った対応法を教えてもらいましょう。

ご家族が対応する場合、例えば抗認知症薬の服用は、「頭の働きをよくする薬」「イライラをおさめてくれる薬」などと伝えると、ご本人の抵抗がない場合もあります。

ただし、いずれにしても、本人が認知症を認めていないという情報は、関係者に相談や連携をしておく必要はあるでしょう。


ご本人が認知症に否定的なイメージを持ち、それによってご本人に不利益が生じる可能性があるのは、私たち支援者が啓発しきれていないからであり、今後の大きな課題でもあります。

「認知症」は、まだまだわからないことも多い病気で、一つの「概念」に過ぎません。ご本人が認知症を認めるか、認めないかにかかわらず、大切なのは、認知症だったとしても、その時の状況なりにあるがままで生き、穏やかに心地よくすごし、ご本人がご家族とともにそれぞれの幸福に向かって歩むことだと思います。

>認知症の進行のしかた|中核症状と周辺症状

>認知症介護、5つの心得と7つの原則

編集:

編集工房まる株式会社  イラスト:安里 南美

(監修:森 裕司 株式会社HOPE代表、介護支援専門員、社会福祉士)

このQ&Aに回答した人

志寒 浩二
志寒 浩二(認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者)

認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者
介護福祉士・介護支援専門員

現施設にて認知症介護に携わり10年目。すでに認知症をもつ人も、まだ認知症をもたない人も、全ての人が認知症とともに歩み、支え合う「おたがいさまの社会」を目指して奮闘中。