質問

認知症の母が訪問販売を契約していました。年金生活にもかかわらず高額なものを買わされており、明らかに不要なので契約を解除させたいです。娘の私が代わりに取り消すことは可能でしょうか?

回答
黒田 尚子

原則として、認知症などで判断能力が衰えた方でも、いったん締結した契約を取り消すことはできません。

契約には法的拘束力があり、一方の当事者の都合だけで契約の取消しができてしまうと、社会生活が不安定になる恐れがあるためです。

しかし、そもそも有効な契約を結ぶためには本人に一定の判断能力が必要ですよね?
そこで民法では、認知症など本人に意思能力が無かった場合の契約を無効としています。

ただし、取消しや解除ができるのは、基本的に契約を締結した本人のみ。
ですから、娘さんが認知症のお母様に代わって契約を取り消すことはできません。

しかし、すでに娘さんが家庭裁判所に成年後見制度の申立てを行い、成年後見人として選任されているのであれば例外です。日常生活に必要な買い物以外の契約について、お母様が行った契約などの法律行為を無条件に取り消すことができます。 黒田 尚子(ファイナンシャル・プランナー)

【目次】
  1. 意思能力がなければ契約は無効になる
  2. クーリング・オフでも解約は可能
  3. 消費者契約法に基づく解約も可能
  4. 成年後見制度を利用していれば後見人による解約も可能

意思能力がなければ契約は無効になる

「契約」とは、当事者同士による、申し込みとそれに対応する承諾のそれぞれの意思表示が合致することで成立する法律行為です。

例えば、スーパーで買い物をする場合、商品をレジに出し、店員さんが了解した(レジを打ち始めたら了解とみなされる)ときに売買契約が成立。購入者は商品の代金を支払う義務、店側は商品を引き渡す責任が発生します。このように、契約は日常生活において身近なものです。

契約の成立には契約書や押印などは不要で、口頭で成立するのが原則です。しかし、契約が口約束でもOKといっても、いったん成立すると、当事者が一方的に「やめる」ことはできません。

契約を無効あるいは取消し、解除などができるのは、一定の理由がある場合のみ。しかも、それらは法律できちんと定められているのです。


民法改正により、意思能力のない人が行った法律行為は無効に

今回のご相談は、認知症の親が行った契約に関してですが、民法では、このような意思能力のない人が行った契約は無効であるとされています(民法3条の2)。

無効となった場合、その契約は、法律上「なかったもの」として扱われます。なお、「意思能力」とは、自分でしたことの結果の良し悪しが判断できる能力のこと。

2020年4月1日に施行された改正民法では、意思能力のない人が行った法律行為が無効とされることが明文化されました。また、その契約の成立が有効であっても、未成年者や成年被後見人など判断能力が不十分な人が行った契約などは取り消すことができます。

今回のケースも、認知症のお母さまの判断能力が不十分であったとして、娘さんが契約を取り消し、商品を返品することで支払った代金の返還を請求できる可能性があります。


クーリング・オフでも解約は可能

さらに、契約直後ならクーリング・オフの適用が受けられないかどうか検討してみましょう。

クーリング・オフとは、文字通り「Cooling-off(頭を冷やす)」という意味です。
何かモノやサービスを購入したとき、あとから冷静になって考えてみると、必要のない契約だったと後悔することはありませんか?

消費者保護の観点から、特定商取引法では、一定の商取引について解除権を認めており、クーリング・オフという制度が設けられています。

これは「消費者から」「一方的に」「無条件で」契約を解除できるしくみで、適用になれば支払った代金は全額返金され、消費者は手元の商品を返品します。返品費用は事業者負担です。


クーリング・オフの注意点

クーリング・オフは、消費者にとって有利な制度なのですが、注意点もあります。まず、解除できる期間が、契約書などの書面を受けとってから8日間と短いこと(期間は取引形態によって異なる)。

「もしかして解除できるのでは」と思ったら、すぐに解除する必要があります。その際、必ずはがき等の書面で通知を行います。

また、どんな契約でも申し込みの撤回や解除ができるというわけではありません。訪問販売、電話勧誘販売など「不意打ち的な」勧誘による契約等で、これも法律で定められています。

消費者契約法に基づく解約も可能

クーリング・オフと同じく消費者保護の観点から、消費者契約法では、「自由な意思でなされたと認められないような状態」で契約が締結された場合、その契約を取り消すことができます(消費者契約法4条)。

一般的に、契約では、消費者よりも事業者の方が扱う商品やサービスなどの情報を多く持っており、交渉力もあると考えられています。

消費者契約法は、こうした消費者と事業者の格差による不当な勧誘行為や契約から消費者を守るための法律です。2019年6月の改正で、取消しできる契約の範囲が拡大されました。

この法律では、例えば、事業者が誤認や困惑して締結した契約や通常の分量や期間などを著しく超える過量な内容の契約は取り消すことが可能です。

具体的には、加齢等に伴う判断能力の低下を不当に利用し、「毎日このサプリメントを服用しないと老化が進みますよ」などと契約させたケースは「困惑」による契約に該当します。

あるいは、ひとり暮らしの高齢者と知りながら高級羽毛布団を何組も契約させるのは、事業者が過量であるにも関わらず契約させたケースと言えるでしょう。


成年後見制度を利用していれば後見人による解約も可能

ここまで、契約の取消しや解除等についてご説明してきました。

契約というのは、当事者間で行うべきものと考えられています。ですから、契約の取消しや解除ができるのは、あくまでも締結した本人のみ。手続きなどの代行はできるとしても、本人の意思確認は必要で、原則として、配偶者や子どもなどご家族が行うことはできません。

また、本人であっても、認知症によって判断能力が衰えたことを理由に、すべてのケースで契約を取り消すことができるわけではありません。仮に、認知症を発症していたとしても、判断能力の程度によって、契約行為が可能とみなされる場合もあるからです。

前にご説明したように、認知症で意思能力がなかったことを理由に契約を無効とする場合も、契約時にそれを証明する必要がありますので、簡単に済むわけではありません。

ただし、今回のケースの場合、すでに、娘さんが認知症のお母さまを判断能力の欠いた「制限行為能力者」として、成年後見制度を利用し、娘さんが成年後見人として選任されていた場合は別です。


成年後見制度とは

成年後見制度とは、認知症や知的障害などの精神上の障害があって判断能力が不十分な人が経済的不利益を被らないようにするためのものです。

日常生活に必要な買い物以外の契約であれば、認知症のお母さまが行った契約を娘さんが取り消すことができますし、意思能力がなかったことを理由に契約の無効を主張することもできます。

このQ&Aに回答した人

黒田 尚子
黒田 尚子(ファイナンシャル・プランナー)

CFP®資格、1級ファイナンシャル・プランニング技能士
1998年FPとして独立。2009年末に乳がんに告知を受け、自らの体験から、がんなど病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行うほか、老後・介護・消費者問題にも注力。著書に「がんとお金の真実(リアル)」(セールス手帖社)、「50代からのお金のはなし」(プレジデント社)、「入院・介護「はじめて」ガイド」(主婦の友社)(共同監修)などがある。