厚生労働省の調査によると、2013年度の介護業界の離職率(常勤介護職員)は16.6%。また、2012年10月~2013年9月の調査では離職者の73%が勤務年数3年未満という結果が出ています。さらなる高齢化社会を考えると、とても安心できる数字ではありません。

そんな介護業界において、離職率5%を誇り、勤続年数10年以上のスタッフが多く在籍するのが鶴の苑。どうすれば介護業界に人材が集まり、根づいてくれるのか……待遇面の改善や教育システムなどについて、統括マネジャーである市原昭子さんに伺いました。

職場環境の見直しで、離職率が改善


――スタッフの出入りが激しいといわれる介護業界において、離職率5%というのは驚異的な数字ですね。

10年前から職場環境の改善に取り組んできた結果だと思います。前理事長である市原秀翁が礎を築き、現理事長である森一成が前理事長の理念を基にさまざまな仕組みを整えていきました。その最たるものが職員の離職率低下を目指した取り組みです。



――具体的にはどういったものなのでしょうか。

勤務形態の見直し、面談やサンクスカードによるコミュニケーションの充実、子育て支援、情報共有にまつわるIT導入など多岐に及びますが、もっとも重要なのは採用です。採用で失敗すると、スタッフの士気ダウン、職場環境の悪化、お客さまへのサービス低下と、どんどん悪循環に陥ります。

ですから、鶴の苑を含め合掌苑(鶴の苑の母体)では、説明会から内定を出すまでにかなり時間をかけて、一緒に働きたいと思える人材を見極めています。5~6年前の離職率は約13%でしたが、年々改善されていきました。


――離職率を5%に改善できた採用方法を教えてください。

新卒(大学)の場合、面接が3回あります。その間、合掌苑の理念を理解してもらうために、運営施設である「合掌苑金森」、「鶴の苑」、「輝の杜」の3カ所で40時間を超える体験見学を行います。



――普通なら入社してから行うことを、採用過程で体験してもらうということですか。

はい。実際に体験してもらえば、現場の雰囲気も仕事の内容もわかりますからね。入社してから「こんなはずではなかった」というギャップは格段に減ります。言葉や文章だけの説明では伝わらない現実の体験見学をした上での入社ですから、鶴の苑で働きたいという思いが強い人たちばかりが集まり、離職率も下がるというわけです。

そして入社する側のみならず、スタッフたちも一緒に働きたいと思える人かどうかの判断ができます。その後、入社してくるのは体験見学の際に顔見知りになった人たちなので、お互いに馴染みやすいという利点もあります。



――採用過程は人間関係作りにも影響しているんですね。

離職理由の第一位は人間関係です。入社前に職場の雰囲気が体験できるというシステムは、離職率の低下に大きく貢献していると思います。





一つの改善がさまざまな部分に影響し、好循環を生む



――待遇面の改善にも力を注がれているとお聞きしました。

まずはシフトです。一般的に翌月の勤務はその1週間前にならないと確定しないという施設が多いと思います。休日がいつなのか、夜勤はいつ入るのか、勤務のローテーションはわかりません。それではプライベートのスケジュールも立てられず、せっかく志を持って介護業界に入ってきても、勉強する時間もままならない。そこで、当苑では公休日を固定、4週間ごとに曜日でローテーションを固定、6カ月先まで勤務表を確定など、スケジュール管理のしやすい環境を作りました。

また、月に2名ずつ交代で長期休暇をとるシフトを組んでいます。1年に2回、10日以上の連休を取るようにしているので、有給休暇取得率も年々向上していき、昨年の当年付与分の有給取得率は100%になりました。スタッフが明るく元気にサービスを提供できるようにするためには、休みをしっかりとって英気を養ってもらうことはとても大切です。



――夜勤専属のスタッフを採用したというのも画期的ですよね。

この試みはスタッフの体調を考えてのことです。日勤と夜勤を繰り返す仕事のリズムはどうしても体に負担がかかります。夜勤と日勤を切り離したことで、疲労度はだいぶ軽減されたと思います。また、育児休暇明けのスタッフが心置きなく職場復帰できるというメリットもあります。復帰したいけど夜勤ができないから無理という声をよく聞きますからね。

さらには教育面にも好影響がありました。以前は入社してから6カ月前後で、新人に夜勤をさせるシフトを組まざるを得ない状況にありました。最初のゴールは夜勤をさせることにあり、夜勤までに一通りの仕事を早く教えなければなりませんでした。夜勤というのは一人で責任を負わなければいけないため慎重に体験を重ねます。

教える方も、教わる方も夜勤のプレッシャーは相当なもの。それがなくなったので、焦らず丁寧に仕事を教えられるし、覚える方もゆっくりと確実に習得できる。結果的にお客さまへのサービスが向上するので、これはとてもよい循環を生み出したと思います。とはいえ、覚える方は必要な知識や技術、マナー・礼儀を獲得しなければなりませんので、決して余裕のある状況ではありません。

 




情報共有を円滑にすることで、仕事の効率がアップ



――鶴の苑では、ITを駆使するなど、いち早くスタッフ同士の情報共有に力を注いだことでも知られていますよね。

情報共有の先駆けとなったのがインカムの導入です。最初は耳が痛い、お客さまとの会話に集中できないなど不満の声もありましたが、その便利さを知ってしまった今、インカムなしでの仕事はあり得ないといっています。

それとメールです。全員にアドレスが付与されており、必要な部署間の情報提供、交換、共有が頻繁に行われます。また、マネジャー職、採用職、営業職の全員がその日のスケジュールを理事長である森を含めて、全員メールとして発信するのでスケジュールがわかります。



――情報共有の徹底は、職場環境の改善につながりましたか?

仕事の効率が格段にアップしました。スタッフの誰かに用事がある場合、また連絡が入った場合など、以前ならその都度PHSで本人を探していました。今は複数のスタッフに同時に情報伝達ができます。インカムがあればすぐに居場所がわかる上に、離れた場所にいても用件を伝えることができます。無駄な時間が減り、協力が必要な場合の応援要請もインカムですぐにできるため、お客さまの安全にもつながっています。



――面談にもIT を利用しているそうですね。

コミュニケーションも離職率低下には欠かせない要素です。その一つが面談です。理事長の森は年間700回を超える面談を行っています。3カ所の施設は離れた場所にあって、いちいちスタッフを呼んで面談をしていたら移動だけでも時間がかかります。そこでスカイプ(インターネットを利用したテレビ電話)を導入しています。これならそれぞれがいる場所で面談ができ効率的ですし、職場を離れる移動のリスクも回避されます。


看取り率95%、創設者の理念が根づく介護



――さまざまな改善に取り組んだ結果、スタッフにはどのような変化がありましたか。

皆が楽しんで効率よく仕事をしてくれるようになりましたね。人間関係のイライラや、慢性的な体調不良などが軽減したことで、気持ちに余裕が持てるようになったのだと思います。介護の丁寧さは当然ですが、それ以外にも、日々お客さまに楽しく笑顔で暮らしていただくためのアイデアを本当によく考えてくれます。春になれば花見を企画したり、ぽつりとお客さまがおっしゃった言葉を聞き逃さず、ご要望に応えるサプライズ計画を立てたり、昼間にどのような個別サービスを提供すれば喜んでいただけるのか、企画の提案が増えています。


――前理事長はお客さまの権利と尊厳をとても大切にしていたとお聞きしましたが、その理念がスタッフにしっかり浸透しているのでしょうね。

その通りです。お客さまの権利と尊厳をいかにお護りできるか、私達はそれを重視しています。その一つとして、できる限り病院ではなく終の住処である当苑で最期を迎えていただきたいと思っています。全体的にみると高齢者施設での看取り率は20%を下回っているという残念な報告もある中で、当苑の看取り率は95%を超えました。看取りは日頃のお客さまやご家族さまとの関わりの結果です。日常の関わり、ケアが重要で、それがあってこそ看取りが実現するのです。


――離職率5%に続き、看取り率が95%とは素晴らしいですね。

本当にスタッフの尽力ですね。ご家族の方もここがお父さまやお母さまの家という気持ちでいてくださるのでしょう。当苑にはお客さまのアクティビティや職員の研修、会議、セミナーを実施するためのホールがありますが、そこでお葬式をされることも少なくありません。これも住職だった先代の教えである、お客さまの尊厳を大切にしているからこそです。


――入居者の方々も一緒に見送られるんですか。

はい。出棺する際はスタッフとお客さまとで一緒にお見送りします。葬儀に参列される方や、居室から出られる故人を黒い服を着て、数珠を持って見送ってくださる方もいます。亡くなられた方の名前を呼びながら声をかけてくれ、合掌してお別れしてくださいます。

当苑のホールで葬儀をしてくださることで、スタッフも感謝の気持ちやお別れの言葉を直接お客さまに伝えることができます。本当にありがたいことです。私は鶴の苑の開設から携わってきて最初は本当に大変でしたが、不思議とつらいと感じたことはありません。これもスタッフやお客さまに恵まれた結果だと思っています。

(塚本佳子+ノオト)