“自立支援介護”という言葉をご存知ですか?自立支援介護とは、単に「自分でできることは極力自分でやってもらう介護」のことではなく、「入居者の体調を整えて意欲と活力を取り戻し、自立を支える介護」のことです。

介護付有料老人ホームを運営する株式会社サンケイビルウェルケアでは、国際医療福祉大学大学院の竹内孝仁教授を顧問に招き、自立支援介護に取り組んでいます。実際に、入居時に要介護だった方が要支援になったり、要支援だった方が自立になったり、といった成果も出ているそう。

自立支援を理念として掲げても、実績を出すのは一筋縄ではいきません。一体どんな取り組みをしているのでしょうか?同社が運営する 『ウェルケアガーデン馬事公苑(東京都世田谷区)』のケアディレクター兼介護主任の脇長洋一さん、生活療法士の晴山和幸さんのお二人にお話を伺いました。

リハビリの要は「パワーリハビリテーション」と「歩行」

(左)ケアディレクター:脇長さん (右)生活療法士:晴山さん

【(左)ケアディレクター:脇長さん (右)生活療法士:晴山さん】

——まずはお二人の仕事内容を教えてください。

脇長さん:私はケアディレクターとして、介護士・看護師・生活相談員といった現場のスタッフを束ね、調整する仕事をしています。

ケアディレクターは弊社が独自に設定している職種です。現場の職員は異なる専門職の集まりなので、同じ入居者さまに対してともすればバラバラの対応をしかねない。そこで、各職種を束ねケアを統一する人が必要となります。

——晴山さんはどんなお仕事をされているのですか?

晴山さん:私は機能訓練指導員としてリハビリを担当しています。機能訓練室で行うリハビリはもちろん、生活すべての場で身体機能を向上させるための補助をしています。そのため、社内では生活療法士という呼び名で業務にあたっています。

負荷を掛けすぎないトレーニングを推奨する晴山さん【負荷を掛けすぎないトレーニングを推奨する晴山さん】

——機能訓練室ではどんなリハビリをしているんですか?

晴山さん:専用のトレーニングマシンを使ったパワーリハビリテーションを行っています。見た目はスポーツジムのマシンに似ていますが、低負荷で動かせることが特長です。要介護5の方でもマシンに乗って運動できますし、身体を動かしやすいようにも配慮されています。

一般的な筋トレのように辛いものではなく、「楽しい」「気持ちいい」と感じる程度の負荷でありながら、全身各部の使っていない筋肉を動かすことで、動作・体力が改善されます。これは僕が今まで経験した中では、最も高齢者に有効なリハビリだと思っています。

ある入居者さまは、パワーリハビリの効果を実感して、「ほかの入居者をサポートしたい」とインストラクターの資格を取ったほどです。マシンの数値を設定すれば同じ負荷の運動が再現できるので、専門職以外の人が扱っても同じ効果を出せることが特長です。

ドイツ製のトレーニングマシン「コンパス」シリーズが6台揃う機能訓練室

【ドイツ製のトレーニングマシン「コンパス」シリーズが6台揃う機能訓練室】

——そう聞くと、ほかの老人ホームでも導入すればいいのに、と思ってしまいます。

晴山さん:(マシンの価格が)いささか高いんですよ(笑)。正直、よく6台も揃えたなと思います。また、マシントレーニングだけでなく、歩行も推奨しています。

生活の土台にある「歩く」という機能を再獲得していきましょうと。建物の外に出て歩いていただけるよう、機能訓練室から直接外に出ることもできます。パワーリハビリテーションと歩行、この二つに力を入れています。

また、機能訓練室として珍しい点は、飲み物を13種類、コップも5種類揃えていることですね。お友達と喫茶店でお茶をする感覚で来てもらえるよう、丸テーブルを置いて対面で話せるようにしています。

高齢者にとって水分補給はとても重要ですが、運動量が少ないと喉が渇かないため、中々飲んでくださらないんです。「飲まないと健康になれませんよ」というアプローチでは絶対に飲んでくれません。

しかし、「香りの良い新茶をいただいたので運動後にいかがですか?」、「金色のコップ は頑張った方にだけお出ししています。今日はこのコップで乾杯しましょう!」とご本人の気持ちを引き出すようにお声掛けを工夫すると、喜んで飲んでくださいます。

入居者の機能訓練について真面目に、ときに楽しそうに語るお二人

【入居者の機能訓練について真面目に、ときに楽しそうに語るお二人】

入居者の地域交流「いきいきサロン」

——「社会とつながる介護」も実践されていますね。

脇長さん:はい。世田谷区の社会福祉協議会が運営しているいきいきサロンや老人会に参加しています。プログラムは体操に書道、編み物に折り紙、社交ダンスなど多岐に渡ります。そこに老人ホームの入居者が参加するというのは全国的にみてもあまり例がないと思います。

一般的に介護施設では、歩けない方や認知症で徘徊の症状がある方など、状態が重い方ほど職員の手厚い対応が必要です。そのため、比較的お元気な入居者さまの対応が手薄になり、身体状態が悪化する恐れもあります。

それを予防するため、顧問の竹内先生から「ホームの中に閉じこもりがちな方を自然に外にお連れする方法を考えなさい」と強く勧められました。そこで考えたのが、”地域の集まりに参加する”ということでした。

地域交流を促す老人ホームを目指す【自立支援について嬉しそうに語る脇長さん】

——何人参加されているんですか?

脇長さん:参加者は毎回8〜9名で、入居者全体の1割程度です。ただお声をかけるだけでは参加してもらえません。

でも、一度でも参加すると反応が変わるんですよ。外出して地域の方々との交流がとても楽しかったようで、「また行こう」という気になってくださいます。ホームにいるだけよりも人間関係が広がるし、何より外出は一番の刺激になりますから。

晴山さん:現在はサロンまでお連れしていますが、ゆくゆくはご自身で出かけていってもらうことが理想です。そして、いきいきサロンでできたお友達と一緒にお茶やコンサートに行っていただくことが理想です。

最初の頃は、5つあるテーブルのうちの1つにホームの入居者さまだけが集まって座っている状態でしたが、最近はごちゃ混ぜになってきています。地域の皆さんに溶け込んでおり、少しずつ理想に近づいていますね。

脇長さん:昔から「社会、地域に開かれたホーム」と掲げている老人ホームはたくさんありますよね。でも、実際は中身が伴っていないことがほとんどです。それをちゃんと実現していきたいと思っています。

 入居者の介護度改善実績を語る晴山さん

【入居者の介護度改善実績を語る晴山さん】

晴山さん:サロンでできたつながりから発展して、うちの入居者さまが代表者になり、地域の方がチームメンバーとなって、”パワーリハビリテーションのデイサービス事業”を始めたんです。うちの機能訓練室は土曜日が空いているので、それをうまく利用しています。

住民主体型デイサービス事業の運営団体として世田谷区から準備金を受け、入居者さまご自身でチラシを作って宣伝し、利用者を募集しました。80歳を過ぎ、対価を得て働くということを実現してしまったんです。

入居者さまには多くの可能性があることを実感しました。また、私自身にとっても非常に勉強になりましたね。

基本ケアを実践することで入居者の介護度を改善!

——介護度改善に向けて、機能訓練以外にはどのような取り組みをされているのでしょうか? 

脇長さん:水分・食事・排泄・運動という自立支援介護の基本ケアをしっかり行うこと、これに尽きますね。あまりにも基本的なことだと思われるかもしれませんが、それができていないのが介護業界の現状なんです。自立支援介護の考え方を理解し、そのメソッドを忠実に実践することが大事ですね。

——具体的にどんなことをされているのでしょうか。

脇長さん:たとえば食事でいうと、できるだけ通常食で食べていただくよう、「ミキサー食、ソフト食ゼロ」を目標に掲げています。食べられないのには理由があります。食事をするときの姿勢だったり、口腔機能の衰えだったり。その理由を考え、姿勢の矯正や義歯調整を行い噛む力を高めていきます。

晴山さん:基本ケアは水分・食事・排泄・運動の4つと言いましたが、そこから無数の枝が広がっていて、しかもそれが全部つながり作用しあっているんです。

歩行を例に挙げると、「関節が硬いから歩行して軟らかくしていきましょう」という場合もあれば、「便が出にくいから運動して大腸を刺激して排出しましょう」ということもありますし、水分が入らない方に「運動した後なら喉が渇きますよね」と勧めることもあります。

脇長さん:認知症状の改善にもつながりますね 。水分を摂ってもらうことでお通じが改善し、イライラから来る認知症の行動障害がぴたっと止まることもあるんです。

私たちも、体の調子が悪くなると気分も沈みがちになるでしょう。それと同じですね。

晴山さん:知れば知るほどそういうことが出てきますね。制限を受けているようなことの中でも、本当に制限すべきことなのか掘り下げて考え実践していくと「実はそうではなかった」と知ることが多いです。

——基本ケアを行うことができていない老人ホーム が多い、ということですが、なぜ御社では実践できているのでしょうか。

晴山さん:それを実践し達成した経験者がいるからだと思います。脇長さんは既に別の老人ホームでオムツゼロを達成しているんです。大学院で理論を学び、現場で実践して結果を出している。「こうすればできるんだ」とわかっている人がいるのといないのとでは大きな違いがあると思います。

——今後の目標を教えてください。

晴山さん:長期的なところでいうと、車いすゼロにしたいし、更に言えばご入居者は日中全員外出していて”誰もいない老人ホーム”にしたいですね。

脇長さん:排泄でいえばオムツゼロ、歩行でいうと全員が何かしらのアプローチで歩けるようになること。食事だったら「胃ろうを受けていた人が再び口から食べられるようになった」という事例を1つでも多くつくりたいです。

ウェルケアガーデン馬事公苑:スタッフインタビューを終えて

自立支援介護への知識の深さ、経験の豊富さ。お二人の話を聞いて、介護職とはサービス職ではなく専門職なのだと痛感しました。

自立支援介護を標榜している老人ホームは多々ありますが、これだけ真っ向から「どうすれば入居者の自立を支援できるか」と考え、実践と改善のサイクルを回している老人ホームは稀有だと思います。

「もう一度自分の足で歩きたい」「心身の機能を維持したい」と考えているみなさん。自立支援介護のプロがいる介護施設 かどうか、しっかりと実績を出しているかどうかを老人ホーム選びの基準にしてみてはいかがでしょうか。

(記事中の内容や施設に関する情報は2017年2月時点の情報です)