質問

要介護1の一人暮らしの母が認知症と診断を受けました。様子を見にいくと、薬の飲み忘れがあり、一人で食べきれない量の食べ物が買い足されていました。日に日に認知症の症状が進行するのではないかと不安です。

今後どのような症状や問題が生じるのでしょうか?その時にどう対応すればいいのでしょうか?認知症の母の一人暮らしの限界の見定め方も教えてください。

回答
志寒 浩二

認知症の方の一人暮らしにはさまざまなリスクがあります。トイレのトラブルや火の不始末などが起こり、ご本人の安全と健康が守られなくなる可能性があります。
そうなる前に、早い段階からご本人の情報を集めるなど工夫をし、出来るだけトラブルを起こさないようにすることが大切です。適切な服薬や健康への配慮が難しく、ご本人の生命と尊厳を守ることが出来なくなってきた場合には、一人暮らしをあきらめていただくことも必要になってくるでしょう。

このページでは、一人暮らしの認知症高齢者に多い問題や、トラブルの防止方法について解説いたします。一人暮らしの家族が認知症だと発覚した場合、異変に気付いたときの対策としてお役立てください。 志寒 浩二(認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者)

【目次】
  1. 認知症高齢者の一人暮らしに生じやすい問題
  2. 一人暮らしのトラブルを防ぐために
  3. 認知症の方の一人暮らしの限界

>認知症の方が入居できる全国の施設



認知症高齢者の一人暮らしに生じやすい問題


認知症をお持ちのご高齢者が単身で暮らすには、まず、ご本人の身の安全健康が守られ、かつご本人の想いが活かされる環境であることが大切です。ご家族や周りの方は、以下の点に気をつけてみてみましょう。  



火の不始末

認知症が比較的軽度のうちから、もの忘れや注意力低下により日常的な家事のミスがみられますが、中でも生命に最大のリスクがあるのが火の不始末です。

鍋を火にかけ忘れて焦がしてしまう、暖房機器の切り忘れなどのほかにも、調理に対する集中力が続かず鍋を倒してしまったり、長い袖のまま火を扱って燃え移ってしまう可能性もあります。

また、たばこを吸う習慣のある方は特に注意が必要です。



不健康な食生活

健康面で意外とリスクが大きいのが食生活です。認知症が軽度のうちでも、同じものを食べ続けてしまったり、栄養のバランスに気を配れなくなったりすることが多いもの。

ご質問の事例のように、独居だとそれに注意を払ってくれる人がいません。

さらに、持病があり、医療機関にかかることを避けている方の場合、乱れた食生活の影響により、生活習慣病認知症の悪化をもたらすことになります。

>認知症の人の食事で気を付けるポイント



トイレのトラブル

認知症により尿意をコントロールできず失禁したり、便秘に対応できないなど、排泄のトラブルも出るようになります。

尿失禁で汚れた下着を替えられず、そのままタンスにしまってしまったり、便秘が長引き精神的に不安定な状態が続いたりします。腸閉そくのような深刻な状態になることも。

また、うまく下剤を服用できず、便失禁につながったり、下痢による脱水などの副作用を起こしてしまうなども起こりえます。

このように、排泄のトラブルは、健康上のリスクとともに、ご本人の尊厳を守る意味でも生活上の大きなリスクです。



服薬管理がうまくできない

持病により薬を常用されている方は、服薬ができたりできなかったりまちまちになることもままあります。量を間違えて飲んだり、服薬したのを忘れてまた服薬するなどの危険性もあります。

作用が穏やかな薬ならまだよいのですが、糖尿病薬や高血圧薬などを過剰に飲めば低血糖発作や血圧の急低下による意識障害など、身体に大きな危険性をもたらします。

>高齢者の服薬│知っておきたいトラブルと予防法


金銭管理がうまくできない

必要のない高額商品を買ったり、高齢者を狙った詐欺に遭う危険性もあります。また、日常的な金銭の管理ができないことによるトラブルも増えます。

1日のお金の管理はできても、月払いや年金の管理など中長期の金銭管理は、比較的軽度の認知症でも難しいものです。そのため、家賃の滞納や、電気・水道料金の未納などにより、社会的に大きなリスクを抱えることもあります。



外出時の事故・病気や行方不明

認知症が進行して道迷いが起こると、夏は脱水、冬は低体温症、注意不足により転倒し骨折してしまうことも考えられ、生命の危険を招くことがあります。

また、信号がうまく理解できず交通事故を起こしてしまったり、踏切を渡り切れずに電車事故を起こす危険性もあります。外出時、車を運転される方は、運転免許の返納や、替わりの交通手段も考えなければなりません。

>認知症による徘徊の原因と対応方法


ご近所トラブル

出されたごみを集めてしまったり、ごみ出しができず放置し続け、いわゆるゴミ屋敷と呼ばれているような状態になったりと、ご近所とトラブルを起こすこともあります。

大切な約束や地域のルールを守れなくなり、ご近所との間に溝ができてしまったり、それをきっかけに被害妄想物盗られ妄想が生じることもあります。

認知症の一人暮らしを続けるにはご近所や地域の協力が不可欠であり、ご近所トラブルは一人暮らしを難しくする要因ともなります。


一人暮らしのトラブルを防ぐために


●ご本人の情報を集める

トラブルを未然に防ぐために必要なのは、まず、ご本人の生活しっかりと把握することです。しかし、ご本人に直接質問してもうまく答えられなかったり、「一人暮らしをやめさせられるのでは」と警戒して問題がないようにみせるなど、情報を引き出せないことがほとんどです。

そのため、家に入れる家族や介護者が、上記の生じやすい問題を念頭に入れながら、よく観察することが大事です。

冷蔵庫の中には何がありどのようなものを食べているのか、どこの医療機関にかかりどのようなお薬を飲んでいるのか、家の中はどんな様子か、見慣れない品が増えていないかなどを見てみましょう。

ご近所に親しくされている方がいたら、お話を聞いてその方の視点から情報を得ましょう。



●現状で差し迫った問題に対応する

情報収集を行うと、何が問題かがわかってきます。もし、生命の危険があることなら、早急に手を打つことが大切です。

例えば、火の不始末が想定されるなら、ご本人が使える範囲で火を使わない調理器具や暖房器具に交換するなどが有効でしょう。

一方で、生活環境を大きく変えることは認知症に悪影響を及ぼすこともあるので、慎重に行う必要があります。

服薬管理の問題なら、医師やかかりつけの薬局に相談すると、訪問看護による服薬管理の提案など服薬に関するよい情報や知恵を得られます。

日常の金銭管理上課題があれば、ご本人に抵抗のない範囲内で、地域の社会福祉協議会が行っている金銭管理支援を受けてもよいでしょう。

●ご本人の想いを聴く

次にすべきことは、ご本人がこの生活をどのようにとらえ、どのようにしていきたいのか、「ご本人の意思」に耳を傾けることです。多くの場合ご本人は、ご家族といえども「他人」に自分の生活に口を出されることをとても警戒されています。

「大丈夫?」「それでも家にいたい?」など否定的な質問はせずに、「ニュースでこういう話を見た」「知人がこんな問題を抱えていた」「お母さんならどうしたい?」などとさりげなく、ご本人が今後の生活をどうしたいのかたずねましょう。

ご本人の想いを尊重する姿勢があるだけでも、必要な支援を受け入れやすくなります。

●人とのつながりを作る

認知症は進行するもの。当面の課題を解決しても、新たなリスクが次々と生まれます。そのため、見守りや相談できる体制作りは必須です。

まずは、最寄りの地域包括支援センターに相談し、民生委員さんなどによる見守りの手段を話し合いましょう。直ちに具体的な手段が取れなくとも、相談すれば近隣の見守り体制の強化が意識されます。万一、行方不明になるリスクがありそうなら、GPSによる見守り機器などの相談もできるでしょう。

最も大切なのは、日常的なご近所付き合いです。長いお付き合いでともに歳を重ねてきたご近所の方々は、すでに異変に気が付き、好意的に心配されていることも多いものです。ご近所さんや地域のコミュニティは、意外な解決手段を提案してくれたり、心強い味方になってくれる可能性があります。

認知症の方の一人暮らしの限界

これまで述べたような対策をとり、あらゆるサービスや地域の見守りを導入しても、24時間完全に見守ることは困難です。

火の不始末が収まらず、適切な服薬や健康への配慮が難しく大きく体調を崩しかねない、外出での転倒や行方不明を何度も起こしてしまうようならより一歩、踏み込んだ対策が必要になります。

場合によっては、ご本人の生命と尊厳を守るために、一人暮らしをあきらめていただくことも必要な場合があります。

また、被害妄想や対人関係のトラブルが増え、ご本人からの電話が昼夜問わず繰り返しかかってくるなど、ご家族が限界を迎えてしまいそうな場合も起こりえます。限界を迎える前に手を打つことが大切です。

認知症の方が介護施設へ入居する場合、ご本人の状態が悪化し限界を迎えてから行うよりも、早めに対応し慣れておく方が入居後の生活の質を高めます。

在宅で介護サービスを利用している場合は、ショートステイなど宿泊を含めた介護サービスを利用してみましょう。一人暮らし以外の生活に慣れながら、徐々に入居型サービスに移行していくと、急激な環境変化によるご本人の負担は軽減されます。


一方ご家族は、ご高齢で認知症をお持ちのご家族が介護施設へ入居することに対して、「介護努力を放棄しご家族を見捨てたことになるのでは」と、否定的な気持ちがわいてくるかもしれません。しかし、それは決して正しい考えではありません。

家族ご自身の生活も守りながら、適切なサービスを選択し、その環境をご本人にしっかりと受け入れられるようにすることが、愛情のあかしでもあるのです。

現在は、認知症の方への理解と対応が優れた老人ホームも増えつつあります。見学に行き相談するだけでも、ご家族は「思いがけないほど肩の荷が下りた」「いざというときの心の支えができた」と感じられる方が多いものです。気軽に相談・見学してみましょう。

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認知症の方の一人暮らしは、その暮らしぶりがわからないことも多く、特に遠く離れたご家族は不安が募ることでしょう。安全に健康に生活してほしいとの思いが、時として焦りや苛立ちにもつながるかもしれません。

しかし、よりよい「これから」について、ご本人としっかり向かい合う機会でもあります。一人暮らしを見つめ直すことが、ご本人の想いを聴き、家族の気持ちを伝えあう、家族のコミュニケーションと未来づくりのスタートラインになってくれればと思います。

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編集:編集工房まる株式会社 

イラスト:安里 南美

このQ&Aに回答した人

志寒 浩二
志寒 浩二(認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者)

認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者
介護福祉士・介護支援専門員

現施設にて認知症介護に携わり10年目。すでに認知症をもつ人も、まだ認知症をもたない人も、全ての人が認知症とともに歩み、支え合う「おたがいさまの社会」を目指して奮闘中。