- 質問
-
義理の母が認知症になり、食事を手づかみで食べるようになりました。もちろんお箸も用意して、声掛けもしますが変わりません。
衛生面も不安ですが、食べ方が汚くなってしまい一緒に食事をするのが不快に感じるときも。何よりそんな義母の姿を見ることがショックです。手づかみをやめさせることはできないのでしょうか?
- 回答
-
「お箸を持っていただいてから料理を出す」といった配膳の順序を工夫することで、手づかみで食べることがおさまる場合もあります。
ここでは、なぜ手づかみで食べてしまうのか、その原因と防ぐためにできる工夫などをご紹介します。認知症のご家族と楽しく食事をするためにぜひお役立てください。
なぜ手づかみで食べてしまうのか
手づかみで食べる原因として、どのようなことが考えられるでしょうか。
理由1. 失行(観念失行)がある
箸を使うという行為は、2本の棒を片手で巧みに扱い、様々な食事動作を行うという、日本ならではの文化であり、成長に伴いようやく身につけていく、大変高度な動作です。そのため、認知症となり脳の機能が低下すると、ミスが起こりやすい行為でもあります。
認知症症状のうち、箸が使えなくなる最大の原因と思われるのは「失行」です。失行とは運動機能には障害がないのに、ある動作ができなくなってしまうことをいいます。
箸使いがうまくいかないのは、「観念失行」という、道具や物の使い方がうまくいかなくなる現象が該当します。どんなときも箸を全く使おうとしないようなら、この観念失行が生じている可能性が高いでしょう。
理由2. 細かい作業ができない&空腹を強く感じる
最初は箸を使うが、その後、手づかみになってしまう場合は、認知症によって細かい作業が難しくなっているうえに、認知症になると、多くの場合空腹感が強まり、衝動がうまく抑えられない傾向もあります。
うまく箸を使えなくなっているのに、食欲が抑えられず、衝動的につい手づかみで食べているのかもしれません。
理由3. 食事時だという状況が認識できない
食卓に料理を並べたとたんに手づかみで食べるような場合は、今から食事を始める時だという認識ができず、ご本人は空腹感に駆られてつまみ食いを繰り返しているのかもしれません。
理由4. 失認があり箸を認識できない
失認と呼ばれる症状が関わっている可能性もあります。失認とは目や耳など感覚器に異常はないのに、脳が聴こえた音や見えた物を認識できなくなる現象です。
この症状があると、そこにある箸が見えていないように感じられることがあるので、位置を変えると箸を認識できるようになることがあります。この場合、ご本人にとっては、箸が使えないのではなく、「箸がない」ために手づかみで食べていることになります。
ほとんどの場合は、失行が原因になっていますが、このように様々な要因が絡むことは注意しておきましょう。
防ぐためにできる工夫
工夫1. 食事の始めに箸を手に取ってもらう
まずは、実際に箸を手に取ってもらうことが大切です。体の記憶は「手続き記憶」といって、認知症でも失われにくいもののひとつです。箸を手に持ったことがきっかけで、箸を使う手続き記憶が呼び起こされることがあります。
また、失認で箸が認識できていないときもこの方法は有効です。まずは箸を先に持ってもらってから、さあどうぞと料理をお出しするとよいでしょう。
工夫2. 料理を出すタイミングを工夫する
料理の出し方にも工夫の余地があります。箸より先に料理が目の前に並ぶと、どうしても食欲が抑えられず、手づかみで食べ始めるきっかけになります。
まずは箸を手に取ってもらい、次に箸でつかみやすい一品を出し、うまく食べ始めたころあいをみて、全ての料理を並べるとよいかもしれません。
しかし人によっては、おぼんやトレイにのせて一度に料理を用意するのがよい場合もあります。何回か試してみて、ご本人が自然にお箸を使い出すようなタイミングをつかみましょう。
工夫3. 食事道具を工夫する
うまく箸が使えないような場合は、食事道具を工夫するのも一案です。箸にこだわらず、スプーンを使ってもらってもいいでしょう。
現在では、手指の細かい動作が苦手でも使いやすいお箸やその補助用具、スプーンでもすくいやすいお椀など、様々な食事用品が販売されています。ご本人の抵抗がない範囲で、試してもらいましょう。
工夫4. 食事環境を整える、一緒に食べる
テレビがついていたり、食卓に不要なものが並んでいると、食事に気持ちがうまく集中できず、手づかみで食べやすくなる傾向があります。
また、目の前で誰かが箸を使っていると、それをまねるように自然と箸を使うこともあります。人間にとって、他人の存在とその動作は、自分の行動に影響する大きな環境要因です。
介護者は忙しく、さらに手づかみへの拒否感があればご本人と一緒に食事をすることは辛いことかもしれません。
ですが、もし今一緒にお箸を持って食事する環境となっていないのなら、試してみる価値はあるでしょう。
>上手く食べられなくて夫婦喧嘩に発展⁉手づかみを見るのがつらい時には
上のような対策を取ったとしても、認知症の進行につれて、手づかみで食べてしまうことは多くなります。
特にご本人が礼儀正しく、所作が美しかった方の場合、ご家族がかつてとのギャップに驚き、つらくなるのは当然でしょう。食事作法は人柄や育ちを表わすという考えは、私たちに根強くあります。それはなかなか消せないものです。手づかみで食べる姿は、単なる見かけだけの問題ではなく、ご家族に悲しみや切なさを与えることでしょう。
ご家族があまりに辛い時は、一緒に食事をとることをやめてもよいのです。怒ってしまったり、強く注意をしてしまうのはご本人にとっても逆効果です。
さらに、あなたが強くストレスに感じているのなら、あなたの健康を守るためにも、食事の時間をずらすことも必要です。
現在辛い思いをしているご家族に知っていただきたいのは、ご本人が自ら手づかみで食べられるのもこのひとときだけだということです。
いつか手づかみでさえ食べられなくなり、食事介助が必要になり、食欲も落ち、食べてほしくても食べられなくなっていくものです。その時には、手づかみでよいから、食欲旺盛だったころに戻ってほしいとさえ思うかもしれません。
ともに食卓を囲み、いわゆる同じ釜の飯を食うことは、家族や人間関係のきずなを確かめる行為です。手指の消毒など衛生に留意しつつも、いっそ、主食をサンドイッチやおにぎりにしたり、おかずも手づかみでもあまり拒否感がないものにしたり、一口で食べられるサイズに工夫するなどもできます。
時にはそういった料理を作って、家族みんなで手づかみを気にせず、楽しく食事をする日にしてみてもいいのではないでしょうか。
大切なのは、箸でもスプーンでも手づかみでもいい、一人でも家族と一緒でもかまわないから、楽しい食事の時間を過ごすことです。
家族ですから、食べられなくなってしまうその時まで、お箸が使える工夫をしつつ、時にはご家族も手づかみを楽しみつつ、お互いに笑顔でいられるようにしたいものです。