質問

昔から旅行が好きな認知症の母がおります。自分で動けるうちに旅行に連れて行きたいのですが、準備しておくことや頼れるサービスを教えてください。道迷いもあり、数分前のことも覚えていられませんが、外出する意欲はあり、妄想などはありません。
また、具体的な行き先として、本人が気に入っている東北の温泉地まで飛行機で行くか、車で2時間程度の初めて行く温泉地にするかで迷っています。東京在住です。

回答
志寒 浩二

お母様との大切な思い出作りをしたいというそのお気持ち、素敵ですね。家族で楽しんだ旅行の思い出はかけがえのないもの。ご本人にもご家族にも、今後の心の支えになるものです。また、外出や旅行の機会は、認知症が進行した後でも、認知症とともに生きる暮らしをより良いものにします。認知症をお持ちの方の支援者である私としては、ぜひ取り組んでいきたいものです。そうした旅行について、必要な配慮や注意したいことをお伝えいたします。 志寒 浩二(認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者)

【目次】
  1. 認知症の人にとっての旅行とは
  2. 認知症の人と旅行に行くときの注意点
  3. 旅行の前にしておきたい準備&協力を仰ぎたい各種サービス
  4. 旅行先の選び方

認知症の人にとっての旅行とは

素晴らしい景色に美味しいごちそう。日常を離れリフレッシュする旅行は、認知症をお持ちの人でも、不安や心配をいっとき忘れられる、素晴らしい笑顔のひとときになるでしょう。

認知症の症状により様々なことを忘れていく不安のなかにあって、大切な人との旅行の思い出は、ご本人の心を落ち着かせ魂を癒す宝物です。

私は認知症の人の支援の際、ご本人の混乱や不安を癒す鍵となる話題や言葉、物を探ることが多くありますが、ご家族とのかつての旅行の思い出やお土産が該当することが多々あるのです。ご本人が旅行好きな方なら、出かけるのに遅すぎることはありません。

「どんなに美味しいものを食べ、きれいなところに行っても、本人は覚えていないのでは」と心配されるご家族もいらっしゃいます。確かに、当ホームでも旅行をしますが、そのように見える方もいます。

その方は天気が良い時には「こんな日には高尾山のてっぺんにいきたいなぁ」が口癖の方でした。みんなで富士山麓に旅行に行き、お帰りになった直後は「え?そんなところ行ってないよ?」と忘れていらっしゃいました。しかし、いつもの口癖の5回中1回は「富士山のてっぺんにいきたいなぁ」と変化しました。

私は、たとえ認知症が記憶を奪ったとしても、旅行の感動や、そこで味わった家族とのつながりは、心の深いところで生き続けるものだと考えています。

認知症の人と旅行に行くときの注意点

1.「疲れ対策」をする

認知症の特徴に、脳の疲れやすさがあります。特に慣れない環境に置かれると、環境に適応しようとして、さらに疲れてしまいます。

旅行に出かけて当初は楽しんでいても、徐々に疲れが蓄積し、集中力が欠けて思わぬ危険を招いたり、不機嫌になったり、覚醒していることが難しくなることがあります。疲れがひどい場合には意識レベルが低下し、せん妄状態にもなりかねません。そのため、「疲れ対策」には以下のような十分な配慮が必要です。

・充分に休息が取れるよう、長い行程は避ける

・休憩の場所や時間のゆとりを確保する

・疲れがひどい場合、目的地や行先を変更できるように予定を組む

また、予定などが変更になると、ご本人は「自分のせいで旅行がダメになった」と自分を責めたり、「自分を置いていって楽しんで」等と言い出すことがあります。同行している家族も休息やゆとりが欲しくてそうしていること、変更後の目的地も楽しそうだから選んだことなど、皆で旅行を楽しんでいることを伝えましょう。

もちろん、みんなが本当にそういう気持ちで、ゆっくり、状況に合わせて旅を楽しめることが一番ですね。

2.記憶障害への対策をする

認知症の方は、疲れてくるとなぜ今ここにいるのか、どこに向かっているのかがわからなくなり、不安や困惑を感じることも多くあります。こういった記憶障害への対応も必要です。

どこに向かっているのかを何回もていねいに伝えたり、目的地のパンフレットをみせて安心してもらったり、簡単な道程表を作って見せ、その中で私たちは今どこにいて、これから一緒にこうしましょうと伝えるとよいでしょう。

特に宿泊した後の朝、認知症の方は、なぜここで寝ていたのか認識できないことが多いです。勝手にどこかの施設に入れられてしまったと、泣きだしてしまったケースもあります。

朝を心地よく迎えられるよう、ご本人の目が覚めたら美味しいお茶やお菓子を用意して一緒にゆっくり食べたり、ちょっと散歩したりして、落ち着いてもらうとよいでしょう。

3.同行者もゆとりを持つ

同行する家族の方の疲労も注意が必要です。認知症でなくても、誰かに配慮をしながら旅行をすること自体、疲れてしまうものです。ご家族自身も十分に休息できるよう、ゆとりをもって予定を組みましょう。

ご家族が想像していた反応をご本人がしなかったり、一時的に認知症の症状が強くなったり、またはせっかくの旅行なのに不機嫌になったり、眠ってしまったり、ついさっき楽しんでいたことさえ思い出せなくなったりしても、残念には思ったり悲しんだりする必要はありません。

あなたとともに旅行の体験をしていること、一緒にいることは、ご本人の心の奥に大切に刻み込まれています。

旅行の前にしておきたい準備&協力を仰ぎたい各種サービス

実際に認知症の方と旅行に行くにはどのような準備が必要でしょうか。

準備1. 持病の悪化や体調不良に備える

認知症のため、ご本人は自身の体調変化に気が付きにくいこともあり、その分周囲が以下のような注意をしておくことが必要です。

乗り物酔いや、季節によっては脱水や熱中症、風邪への対策も必要です。

いつも飲んでいる薬を自宅に置き忘れたり、旅行先で服薬を忘れることもありますので、持病のある方は注意が必要です。

かかりつけ医にも旅行に行くことを伝え、アドバイスを受けておくとよいでしょう。

万一、旅行先で医療機関にかかる場合を想定して、持病一覧を記したメモや、おくすり手帳など飲んでいる薬の一覧、健康保険証、服用している薬などを一つのポーチに整理しておくとよいでしょう。

準備2. 不安や混乱に備える

休息のタイミングをしっかり組み入れましょう。

疲れや不安が生じたときの代替ルートを想定して予定を立てましょう。

不安をなだめるためのお菓子や飲み物、ご本人の好きな音楽などの準備も効果的です。

準備3. 排泄に備える

普段は排泄に問題がなくても、緊張して尿意を感じにくくなったり、無理をして我慢してしまったり、トイレの場所がわからず混乱してしまうかもしれません。

・トイレの場所は行く先々で早めに確認しておきましょう。

・早めにトイレを促すなどの配慮をしましょう。

・替えの下着や衣服、多少の尿を吸収する軽失禁下着、ご本人に拒否感がなければパットやリハビリパンツの準備も必要です。

準備4. 行方不明に備える

不安や見当識障害により、行方がわからなくなることもあります。乗り物に乗った、宿についたなど同行者の気がゆるみ、目を離した瞬間にご本人がいなくなる可能性もあります。

ご本人に身元が分かるものをもってもらったり、使えるようなら携帯電話を持ってもらい家族の電話番号を本体に書き込んでおくとよいでしょう。

宿泊の場合、夜間、家族が寝ているうちにどこかに行ってしまうことも考えられます。宿泊先にひとことかけておき、出入口の確認など協力を仰ぎましょう。

万一、同行者がご本人の行方を探すことになったときに備え、ご本人の写真を用意したり、当日の服装を記録しておくとよいでしょう。出かける前、休憩時、宿に着いた時、宿から出る時などにデジカメや携帯電話で記念写真を撮っておくと便利です。

準備5. 移動に備える

質問者のお母さまは歩行に問題ないようですが、もしもご本人が歩行困難だったり、身体介護が必要だったりする場合にはその対応も必要です。

普段杖で歩ける方でも、旅行先では体や脳の疲れを考慮し、シルバーカーや車いすなどもうひとつ上のサポート方法の用意が必要かもしれません。

観光施設や宿泊施設で車いすを用意していたり、対応をサポートしてくれる場合もあります。事前に確認しておくと安心です。

バリアフリーに気をかける必要もあるでしょう。エレベーターがどこにあるのか、階段の代わりにスロープで登れる場所がないか、など予め調べておくとスムーズです。

ご家族にとってこうした介助の負担が重いようなら、以下のようなサービスを使うことも検討してみましょう。

トラベルヘルパー

介護技術と旅の知識をもつ「外出支援」の専門家です。地域包括支援センターやケアマネジャーにサービス提供企業や団体の情報を尋ねてみるとよいでしょう。

介護タクシー

高齢者や障害者などの移動をサポートするタクシー。現地の介護タクシーをチェック・手配しておくと便利です。

旅行代理店へ相談

介護つき旅行を専門に提供している会社もあります。バリアフリーの宿や、レストラン情報を案内してくれます。

ただし、認知症の方の場合、顔なじみでないスタッフがいることで混乱を招くこともあるため、準備や注意が必要です。

旅行先の選び方

ご質問ではなじみのある遠方か、初めての近場かで悩まれているということでした。メリットとデメリットを整理してみましょう。

飛行機で行く東北の温泉地の場合

【メリット】

○ご本人が好きな温泉地のため、昔のことを懐かしみ、思い出を楽しむことができる。

○ご本人の思い出が、旅の不安や混乱を緩和しやすくする。

同行者が運転する必要がないため、疲れがなく、その分ご本人への配慮の余裕ができる。

【デメリット】

●東北の温泉地とのことで、長時間の行程になる。

●飛行機のため、予定やルートの変更がしづらい。

●乗り慣れていない場合は、空港や飛行機に対してご本人が不安をもつ可能性がある。

寒暖や天候の変化が予測しにくい。

車で2時間の温泉地の場合

【メリット】

○行程が短いため、ご本人の疲れが出にくい。

○自動車のため、予定やルートに融通が利きやすい。万一の場合は比較的簡単に帰宅できる。

○下見に行きやすい。

車内はプライベートな空間のため、ご本人に混乱を生じさせる可能性が少ない。

【デメリット】

●家族で運転する場合は、運転中、ご本人の支援をする人が別に必要。

運転手の疲れを考慮に入れ、その分の支援者も考えておく必要がある。

●距離とご本人の精神的負担はあまり関係ないことが多く、しかも見知らぬ場所であるため、ご本人の精神的なサポートも必要。

こうみると、どちらにも合理的なメリットとデメリットがありますね。

ご本人が旅行や外出に慣れているか、同行するご家族がご本人の対応やご本人との外出に慣れているかどうかも行き先決定に関わってきます。一概にどのような行先なら安全かということは判断できませんので、一番大切な、「ご本人とご家族の旅行にかける思い」なども総合的に考えましょう。

ご本人が目新しいものや非日常を楽しむ性格であるかどうかも行き先決定の大きな要素と言えそうです。またはじめは簡単な場所から、徐々に難易度の高い行き先にしていくのもひとつです。


「ハレの日」という言葉があります。「ハレ」とは非日常的な体験やイベントのこと。それに対して「ケ」と呼ぶ普段の決まりきった生活があります。その日常と非日常のバランスをとり、活き活きとした生活を送ることが日本人の知恵とされてきました。

介護は日常の「ケ」だけに注力しがちですが、旅行は素晴らしい「ハレ」の機会です。ぜひ、素敵なハレの日を楽しんでください。良い旅を!

編集:
編集工房まる株式会社

このQ&Aに回答した人

志寒 浩二
志寒 浩二(認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者)

認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者
介護福祉士・介護支援専門員

現施設にて認知症介護に携わり10年目。すでに認知症をもつ人も、まだ認知症をもたない人も、全ての人が認知症とともに歩み、支え合う「おたがいさまの社会」を目指して奮闘中。