- 質問
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自宅で介護している認知症の母が、ティッシュなど食べ物ではないものを口にするようになりました。このままでは窒息などを起こすのではないかと心配です。
止めさせることはできないのでしょうか?よい対策があれば教えてください。
- 回答
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食べ物ではないものを口に入れてしまう行為は「異食」と呼ばれ、認知症でしばしばみられる症状です。ビニール袋を飲み込もうとして窒息してしまったり、洗剤を飲み込んで中毒を起こしたりする危険性もあります。
異食をするにはさまざまな理由があり、それによって空腹感を抑えてあげるなどの工夫が必要です。
ここでは、異食をする理由とその対処法について解説します。
異食がおこる理由
ご本人の中にどのような意識が生じて異食に至るのでしょうか。異食が起こる理由をいくつか挙げてみましょう。
(1)食べ物だと誤認している
認知機能が低下してくると、食べ物と紛らわしい物を、食べ物だと認識してしまう場合があります。例えば、「レモンのイラストが付いていて、レモンの匂いがする洗剤」を飲んでしまったり、「丸めたティッシュ」をおまんじゅうと思って食べてしまったりというふうに。味覚や嗅覚も低下しているため、口に入れた後で間違いに気が付かないこともあります。
(2)食事をしていると認識している
食前後の時間帯や、いつも食事をしている席に着くと、食べ物ではない物を食べようとすることがあります。食卓の花を食べようとしたり、食後の薬を袋ごと箸でつまんで食べていたり。物そのものを食べ物と誤認するのではなく、今が「食べる状況」なのだと誤認し、ご本人の中では「食事をしている」つもりなのかもしれません。
(3)とても空腹である
認知症で脳の機能が低下してくると、満腹を感じる機能も衰え、空腹を感じやすくなります。
また、認知症の脳は疲れやすく、その疲れを取ろうとして何か食べようとすることもあります。疲れて何か食べたくなるのは自然なことですよね。そんな時に食べ物と間違えやすいものが近くにあるので、つい口に入れてしまうこともあるようです。
(4)淋しさや不安などストレスがある
煙草を吸ったり、ガムをかむ習慣がある人も少なくないように、口に物を入れて何かを食べる行為自体が安心感をもたらします。そのため、認知症のご本人が不安なとき、物淋しいときに異食が起こることも多いようです。また、私たちがやけ食いしたり、試験中に鉛筆をかじってしまうように、ご本人がイライラしていたり、落ち着かないときにも起こりやすいようです。
異食の原因として主にこのようなものが挙げられますが、大体は、いつでもなんでも食べてしまうわけではなく、特定の物(例えば白いもの、丸いものなど)、特定の時間(例えば食事の直後など)に起こります。
異食が起こるとご家族も慌てがちですが、食べようとした物、発生した時間や状況を記録しておくと、原因を探り解決法を考えるのに役に立ちます。
上記の他にも思いもよらない理由があったり、いくつかの原因が複合している場合もあります。
対策方法
対策として、食べないようにする予防法、食べようとしているときの対応法、食べてしまったときの対処法と、分けて考えていきましょう。
(1)食べないようにする予防法
原因を探りながら、それに応じて予防法を考えます。
食べ物だと誤認してしまう場合…食べ物と誤認させない
可能な限り、食べ物と見間違えるような紛らわしい物をご本人の近くに置かないようにしてみましょう。
丸いもの、カラフルなもの、一口サイズのものなどは、お菓子などと間違えやすい物です。柔らかくふわふわのもの、ティッシュや小さなぬいぐるみなどもおいしそうに見えるようです。お菓子の箱に見える、果物のイラストがあるパッケージのものなどは要注意です。
食べる状況を認識してしまう場合…食べる状況や環境にメリハリをつける
食事・おやつの時間と環境を、それ以外の日常生活としっかり切り分けましょう。
食後には食器をなるべく早く片付け、食後にうがいや歯磨きをし、食後のお茶を飲み「美味しかったね」と談話するなど、「食べ物を食べる状況」と「それ以外」の区別をはっきりさせます。おやつも大袋のままテーブル上に出しっぱなしではなく、食べる分は皿に乗せ、残りは菓子入れしまうようにします。食べ物の置き場所を決め、「食べ物はそこにある」と認識してもらうのもよいでしょう。
空腹感を抑える
認知症により脳が空腹を感じやすいことは説明しました。
この状況で「我慢しろ!」と言っても、ご本人には酷です。健康を崩さない程度に間食を追加して摂っていただいてもいいしょう。それで食べ過ぎる恐れがある場合は、小分けした食べ物を準備しておくと便利です。ゆったりと一緒に調理したり、リンゴの皮を剥いたり、ミカンを配ったりなど、食べ物に対するひと手間をご本人がともに行うことで満足感も高まり、空腹も気にならなくなるようです。
食べること以外の楽しみを増やす
ストレスは暴食や異食を引き起こします。お好みの音楽を流したり、動物などお好きな写真のある雑誌や書籍を置いてみたり、縫い物や編み物など得意で集中できるものに取り組んだりするだけで、食べ物への執着が低減し、それに伴う異食が収まるケースもあります。
(2)食べようとしているときの対応法
食べようとしているタイミングで、強く注意したり、無理やり取り上げようとしてはいけません。
ご本人はあくまで食べ物と認識しています。取られないようにと慌てて食べてしまい、のどに詰まって窒息することもあります。興奮や暴力など他症状を引き起こすことも、「食事をもらえない!」という被害妄想に陥ることもあります。食べ物の恨みは恐ろしいのです。
周りの人も慌ててしまいますが、ここはむしろ落ち着きましょう。その上で、「お茶を入れますか?」などとご本人の気をそらして回収したり、「よかったらこちらもどうぞ」と本当の食べ物と交換したりするとよいでしょう。
(3)食べてしまったときの対処法
・窒息の恐れがある場合
まだ口の中にあり簡単に取れそうなら口に手を入れて取り出すことも可能ですが、ご本人が嫌がって暴れたり、指をかまれたり、かえって奥に押しやってしまう危険性もあります。様子を観察し、「それは傷んでいるみたいだから、口から出して、こちらをどうぞ」など、他の食べ物を勧めつつ自分から口から出すように働きかけましょう。
事例:ペットボトルのキャップ
食事どきに本体から外して置いてあったペットボトルのキャップを食べ物と認識したようで、ご本人が口に入れてしまいました。ペットボトルのキャップは、ちょうど気管をふさぐサイズで窒息のリスクが高い上、滑り止めのギザギザが付いているため飲み込んだ後に外から取り出すのは至難の業です。「ごめんなさい、ちょっと生煮えで固かったよね。こちらはちゃんと煮えたのに」と煮物をすすめると、自ら吐き出してくれました。
・窒息が起こった場合
背中を叩いて吐き出させる「背部叩打法」など、いくつかの方法があります。医療や介護の専門職に窒息時の対応法をあらかじめ教わったり、近くの消防署や日本赤十字社が開催する講習などで救急法を学んでおくと、こうした場合に役立ちます。
こうした対応法を知らない、またはしても効果がなく窒息が解消しない場合はすみやかに救急車を呼びます。
一方、一見窒息していないように見える場合も、気管が狭まり徐々に窒息していく場合もあります。吐き出せた後、窒息はしていないように見えても、必ず医療機関にかかりましょう。
事例:食品用ラップ
食事を始めるときに外した食品用ラップが、いつのまにか見当たりません。ご本人が飲み込んだようです。当初異常はないように見えましたが、次第にヒューヒューと呼吸音に異常が見られ、救急車を呼びました。飲み込むときに食品用ラップが広がり、気管を狭めていたようです。
これとは別に、携帯用わさびなどの小袋や、錠剤をプラスチック包装ごと飲み込むなどして、窒息はなかったものの、固い角で食道が傷ついて後に吐血したケースもあります。
・中毒の危険があるものの場合
飲み込んだものによって、水を飲ませる、吐かせるなどの対応法もさまざまです。安易に対応せず、何をどれだけ食べてしまったのか、飲んでしまったのかを把握し、すみやかに医療機関や消防署(119番)、または日本中毒情報センターの中毒110番・電話サービス(下記)などに連絡し、専門家の助言を仰ぎましょう。
〈公益財団法人 日本中毒情報センター〉
http://www.j-poison-ic.or.jp/homepage.nsf
事例:芳香剤のゲルビーズ
トイレで、パッケージに果物のイラストが描かれた芳香剤を開け、中身のゲルビーズを食べてしまいました。長時間トイレに入っていたので、かなりの量を飲み込み、ほとんど空になっています。水を飲ませようかと迷いましたが、消防署に電話すると、ゲルビーズは水で膨らむので、嘔吐して詰まってしまうなどの恐れがあり危険とのこと。様子を見ながら早急に医療機関にかかりました。
実際は、異食の原因は多様で複雑。状況が変わると再発したりすることもあります。上記に示したとおりに一筋縄にはいかないことも多いでしょう。それだけ「食」は私たちにとって根源的で、大切なものである証拠なのです。「食」にかかわる姿勢や習慣は、生きている限り私たちの日常について回ります。
窒息の可能性があるもの、ガラスやボタン電池など危険性の高いもの、中毒を起こすものはご本人の手が届かないところに置くなど、物理的な対応策を行いながら、気長に症状と付き合うことが大切です。
イラスト:安里 南美