- 質問
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一人暮らしの母は、アルツハイマー型認知症で要介護1です。母のために老人ホームを探していますが、「施設に入ると認知症が進む」という話を聞きました。本当でしょうか?
また、認知症の母はどんな施設を選ぶべきなのでしょうか?教えてください。
- 回答
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施設入居によって生活が変化し認知症を進行させるリスクはあります。しかし、施設だからこそできる認知症ケアがあるのも確かです。
このページでは施設入居によって認知症が進むと思われてしまう理由と、施設でできる認知症ケアと改善例、施設を選ぶ際に見てほしいポイントを解説します。大事な家族が認知症になり、施設入居を考える際の参考にしてみてください。
施設入居が認知症を進ませる「リスク」と「誤解」
百人いれば百の認知症があるといってよいほど、認知症の症状や進行は人それぞれです。「施設入居」のような特定の原因で、認知症がすべて同じように進行してしまうことはあり得ません。
しかし、施設入居に伴う変化は、残念ながら確かに認知症を進行させるリスクをはらんでいます。一方で、「施設入居して認知症が進んだ」と思われるケースでも「進んだように見えるだけ」という誤解もあるのです。
【入居に伴う認知症進行のリスク】
「変化」自体が認知症を進行させる
認知症のある方は、変化に順応するのが苦手です。「施設入居」は大きな生活変化のため、場合によっては認知症が進行することもあり得ます。ただしこれは施設入居に限らず、自宅でも家具の配置を替えたり、友人が引っ越したり、病気で体が不自由になるなどの変化で、認知症が進行することもあります。
「行動する・考える機会の減少」が認知症を進行させる
自宅では自分でやらなければならなかったことを、施設で職員にやってもらえるようになると、当然、考えることもやることもなくなり、認知症を進行させる原因になります。ボーっとしているご本人の姿をご家族が見て、実際の状態以上に認知症が進行してしまったと誤解することもあります。
「自由の制限」が認知症を進行させる
施設入居により、これまでの活動や生活パターンに制限が生じる場合があります。これまで自由にやっていた趣味、喫煙、飲酒、外出ができない。買い食い、夜更かし、昼まで寝るような理想とはいえない生活も本来、本人の自由です。それが制限されれば当然不自由に感じ、活気もなくなり、認知症進行の原因になります。
【入居に伴い認知症が進行したという誤解】
薬の増量、変更により悪化したように見える
入居に伴い薬を変更した場合、その影響が考えられます。例えば、新しい場所で慣れず、眠れないのは当たり前なのに、それに対し開始した睡眠薬の影響で、翌日日中もボーっとしてしまうこともあります。認知症が進行しているわけではないものの、入居に伴う「状態悪化のリスク」とも言え、薬の慎重な調整が必要です。
慣れた自宅のほうがいろいろできていたように見える
人間は、慣れた環境でのパターン化された手順や会話はさほど脳を使わなくても行えます。自宅ならばなんとかできていた作業や決まった相手との会話が、新しい環境や相手になると全くできなくなる場合があります。つまり、施設に入居することで、実は見かけよりも認知症が進んでいたとわかってくることもあるのです。
まだ対人関係が築けていない
認知症の人は新しい人間関係を築くのが苦手です。特に、既にいる入居者同士の関係に入っていくことや、様々な状態の入居者と人間関係を築くのには誰でも時間がかかります。しかし、ご家族が孤立しているご本人の様子を見ると、認知症が進んだせいでは、と心配になってしまうかもしれません。
施設だからこそできる「認知症ケア」とは
施設入居には、リスクだけではなく、もちろんメリットもあります。施設の特徴を活かした認知症ケアが受けられ、認知症の進行を遅らせ、時には改善も期待できるのは施設生活の長所です。
人とのかかわりがある
社会的動物である人間にとって、人とのかかわりがなによりも豊かな刺激であり、認知症の進行を防ぐ手段になります。レクリエーションや日常生活を通して、入居者や職員とのかかわりが保たれるのはとても大切なことです。
意欲を引き出す取り組みがある
脳のやる気を生み出す機能が低下し、ものごとへの興味を失ったり、引きこもってしまう「無気力状態」は認知症の厄介な症状で、進行の要因になります。施設では安全な環境のもと、人と交流し、レクリエーションなどに取り組むことで、自宅ではみられなかった意欲的な生活を送れるようになることもあります。
総合的なケアを受けられる
認知症の症状の原因には、身体的要因が隠されていることがあります。栄養ある食事を三食摂るようになっただけで、認知症の症状が改善される場合もあります。それらを多角的に把握し、心と体を含めた総合的なケアを受けられることも施設ケアの強みでしょう。
24時間体制の介護がある
ご本人の状態を詳細に把握しながら、24時間切れ目なくケアを受けられるのは施設ならではのメリットでしょう。例えば、日中は活動を増やしてしっかり起きてもらい、夜間にぐっすり休むような生活リズムを整える働きかけだけでも認知症によい影響があります。
ケア情報やかかわりの歴史が蓄積する
認知症ケアは、突き詰めると、どれだけご本人に適したケアか、ご本人とご家族がケアを納得できるかが大切です。施設で生活するほど、施設側はご本人の現状のみならず、ご家族も含めた歴史や思いをどんどん把握していきます。こうして蓄積された情報は、よりよいケアへの最良のデータです。
施設介護での認知症症状改善例
施設入居により認知症の進行が遅れたり改善傾向がみられた具体例を見てみましょう。
①あの頃に帰りたかったAさん
自宅で、息子のことがわからなくなり「知らない人が家にいる」と暴言や暴力がみられたAさん。自宅にいるにもかかわらず「帰ります」と家を出て行方不明になることが増え、施設入居となりました。
入居後は、施設を「昔勤めていた学校」と思ったようです。職員を生徒、仲のよい入居者を父兄と思うようになり、居間では「生活指導」に花を咲かせ、夜間は「宿直室」の自室でぐっすり休んでいます。訪ねてくる息子を夫と思うときも兄弟と思うときもありますが、「来校」を喜ばれ教師のやりがいを話します。暴言や暴力もみられず、穏やかな生活が続いています。
帰りたかったのは「家」ではなく、教師として輝いていた「あの頃の私」だったようです。
②男気で世話を焼きたかったBさん
一人暮らしの男性Bさんは、気難しくご近所つきあいも少なく、訪ねてくる娘やヘルパーにも「誰の世話にもならん」とけんもほろろ。ある日、Bさんは酒に酔い転倒、骨折して入院。退院と同時にご本人も交え相談し、施設入居となりました。
最初は骨折で自信を失っておられましたが、女性職員と入居者が買い物に行く際、「女だけでは不都合だ。荷物持ちをやってやる」と一緒に外出するようになりました。
それ以降、次第に力仕事や外の掃除などを「男の仕事」と、男性職員と一緒に行うようになりました。今では男性職員を「子分」のように従え、やりがいからか認知症の進行も遅いようです。心配されていた集団生活も、昔仕事で寮生活をしていたため、意外なほどすんなりとなじんでしまいました。
男気溢れる親分肌のBさんは、世話を焼かれるよりも、世話を焼きたかったのです。
③薬を調整して症状が消えたCさん
持病で多くの薬を処方されているCさんは一人暮らし。薬の効果があまり上がらず、強めに調整したところ、別に住むご家族に何度も電話し妄想とおぼしき話をするようになり、検査を兼ねて入院となりました。
しかし、病院では治療を拒否して帰ろうとしてしまい、認知症も進行しているようだとして施設入居となりました。
入居後、施設の看護師がその薬の副作用とみられる症状があることに気付きました。施設の相談員が、Cさんとつきあいのあったご近所さんに話を聞くと、どうやら自宅にいたときには、ご自身の体調に合わせて薬を一度に飲んでしまったり飲み忘れたりしていたようです。
「ケアマネジャーに知られると怒られるから、隠していたようだけどね」とご近所の方。施設で医師と連携し薬を調整したとたん、妄想や異常と思われていた行動は消えてしまいました。
よりよい認知症ケアを行う施設の確認法は?
良質な認知症ケアを行う施設を選ぶため、入居前には必ず施設を見学したいものです。見学時にはどのようなことに注意し、何を質問すればよいでしょうか。
特別なレクリエーション、リハビリ方法よりも、認知症ケアにおいて大切なのは、以下のような施設の考え方や、雰囲気、入居者と職員の様子です。
職員の表情が豊かでゆったりとしている
職員の対応は大きなポイントです。介護職員は確かに忙しいものの、認知症の人は慌ただしい対応が特に苦手です。
職員だけが一般接客業のように大きな声で元気に話しているのもよくありません。職員が認知症ケアを正しく理解しているならゆったりと、ご本人を待ちつつ対応する大切さを痛感しているはず。
少しの時間でも目線の高さを合わせ、笑顔でゆったり対応する職員が多ければ、よい認知症ケアが望めるかもしれません。
入居者同士の交流が盛んであるか
入居者同士の交流は、施設の認知症ケアの強みです。入居者の状態にもよりますが、会話できる入居者同士が並んでいても何の交流もなく、職員と入居者の一対一の会話だけが、延々と行われている施設もあります。
入居者同士が交流しているか、それを職員が引き出そうとしているかは、認知症によい施設を選ぶ観察のポイントでしょう。
「徘徊」や「入居者間トラブル」について質問する
「本人が一人で外出したいというときにはどうしていますか」「入居者同士の仲が悪くなったときにはどう対応されていますか」など、「徘徊」と「入居者間トラブル」のリスクについては必ず質問しましょう。
ご本人は現状その心配はないかもしれませんが、「もしもの話」として聞いてみます。施設での認知症ケアにおいて、この2つの問題は必ず生じます。
実践で対応を磨き、よい認知症ケアを行っている施設なら答えがいがあり、施設と職員の認知症ケアへの姿勢が表れやすい質問です。
まとめ
認知症は進行性の病気で、どこに住んでも進行を止めることはできません。進行速度も一定ではなく、原因も多様で複雑に絡み合っています。
認知症の症状悪化で施設入居を検討したのですから、施設入居と、急激に認知症が進行していくタイミングが重なることも十分にあり得ます。
入居したら、「生活が崩壊してしまう前によく思い切った」と、ご本人とご家族の英断を讃えてください。
認知症の進行や改善に一喜一憂するよりも、ご本人を中心に、ご家族と施設がチームとなり、入居後の生活をよりよくするため前向きに取り組むことが大切です。
編集:編集工房まる株式会社
イラスト:安里 南美