- 質問
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認知症の父が老人ホームへの入居を嫌がります。私もつきっきりの介護をしてきて限界を感じています。
本人が納得したうえで施設に入居してもらう方法はあるのでしょうか?
- 回答
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もちろんご本人の気持ちは大切ですが、自宅ではご本人の安全が守れず、ご家族の介護負担も限界となると、施設入居の検討も必要です。
なぜ施設入居に否定的なのかその理由をさぐり、納得して入居するために愛情を伝え続けるなどできることから対応しましょう。
このページでは施設入居を拒否する考えられる理由とその対応方法。無理に入居させることで起こる問題や、入居が進まない場合の対処法を解説します。
可能な限りご本人の意思を尊重しながら施設へ入居してもらうためにもご活用下さい。
本人が介護施設・老人ホームに入りたくない理由
施設・ホーム等に入居を拒否する理由の背景には、さまざまなご本人の思いがあります。入居前にご家族がその思いを知っておくことは、スムーズな入居のためだけではなく、入居後の生活をよりよいものにするためにも重要なことです。
まずはその思いを知るために、以下のポイントを踏まえて、ご本人の声にじっくり耳を傾けることが大切でしょう。
「介護は家族がすべき」という価値観
介護はご家族が行うべきであるという旧来の考え方は、高齢者を社会全体で支えようとしている現在の日本では適切とはいえません。
しかし、そのような価値観をご本人がお持ちの場合、他人に介護される施設への入居は、家族の義務の放棄、愛情不足と感じ、不満や怒りを抱き、強い抵抗感を示されることが多いようです。
見捨てられるという不安
ご家族が自分を施設に入れたがっていることに、ご本人が「ご家族から見捨てられてしまう」という寂しさや不安を感じていることも少なくありません。
前項の「家族が介護をするのが当然」と怒りを示される場合の奥には、この「見捨てられる不安」が根深く存在していることがほとんどです。
これまでの生活を続けたい
住みなれた我が家で、顔なじみの付き合いの中、自分のよく知った地域で生活を続けたいと思うのは自然なことです。特に認知症をお持ちの人は、新しい環境に慣れることや、いつもと違う状況に置かれることが苦手で、そこに強い不安を感じていることも多いものです。
未知の生活への不安に比べれば、たとえ非常に不便で危険が多くても現在の場所で生活を続けたいと思われるようです。
介護を必要とする自分の姿を受け入れられない
「施設は介護が必要な人が入るもの。自分はそんな状態ではない」と主張される場合があります。これまで介護をしてきたご家族にとっては、何を言っているのかと困惑されるかもしれません。
そのような場合、ご本人は「家族の介護は介護のうちに入らない」「家族が勝手に行っている」「家族がすべきことをやらせている」と考えていることもあります。
この考え方の裏には、「介護が必要であることを認めないことによって自尊心を保ちたい」という思いがあります。
老人ホームに否定的なイメージをもっている
介護保険制度の発足以来、介護施設も大きく進化し、明るく、可能な限り個別に対応するように変化しています。
しかし、あまり好ましくない環境で、自由がなく、集団生活を強いられるというような前時代的で否定的な施設のイメージをおもちの人も多くいます。
そのようなイメージがあれば、施設への入居を拒まれるのは当然かもしれません。
納得して入居するために家族がすべきこと
入居する前に、ご本人が上にあげたような思いで施設入居を嫌がる場合、ご家族はどのような気持ちでご本人に接していけばよいのでしょうか。また、ご本人が納得できる入居を可能にするためにどのように対応すればよいのでしょうか。
【ご家族の心構え】
ご家族が入居への気持ちを再確認する
本当に「ご本人が嫌がっていても、ご本人の命や安全を守るためには施設への入居が望ましい。それこそが家族としての愛情である」のかどうか、ご家族自身が再認識してください。
介護にあたってきたご家族は、不安や迷いを抱きながら続けてこられたことでしょう。介護施設への入居にも迷いがあるかもしれません。実はご本人の納得の前に、ご家族が施設入居に心から納得していることが大切なのです。
施設入居は時として、それを勧めるご家族にとっても大きな精神的負担となります。ご家族自身の中で迷いがあったり、さらに周囲の理解が得られない状態で行うと、精神的負担はさらに大きくなります。
また、認知症のご本人はそのような感情の不安定さや揺れを、敏感に感じ取ります。
ご家族が迷っている状態では、ご本人に納得してもらおうとしてもうまくいかない可能性が高まります。
焦りからの感情的説得は逆効果
ご家族の介護負担も限界に達しつつある中、早く、スムーズに入居してほしいという思いをもたれるのも当然です。しかし、「焦り」は良い結果をもたらしません。それはご本人にも「不安」や「不信」として伝わってしまうのです。焦りでご家族が感情的になれば、関係がこじれ、事態は悪化していきます。
ご本人が入居に前向きになるような、望ましい施設・ホーム等との出会いは、タイミングや運にも大きく左右されます。焦ってもよい施設・ホーム等に巡り合うとは限りません。
【ご本人の納得のために】
愛情を伝える
施設入居という話が出れば、ご本人は「見捨てられる」という誤解にもとづく不安、これまでの生活を離れる悲しみ、新しい生活への恐れなどを抱えます。
それを打ち消し、支えるのはご家族の愛情です。ご本人のことを心配していること、よりよい生活を送るための入居であること、入居後もできる限り会いに行くことを伝えましょう。
自宅以外の居場所を作る
自宅以外にも「安心できる楽しい居場所がある」とご本人が思うことで、介護施設への入居もスムーズになります。
地域の集まり、友人のお宅、デイサービス、ショートステイなど、自宅以外での居場所が心地よいと感じ、ご家族以外の人や介護サービスとのかかわりが安全で楽しいと感じてもらうことが大切です。
一緒に施設・ホーム等を選ぶ
誰でも、自分の未来や環境が勝手に決められるのは辛いことです。あまりに拒否が強く、ご本人やご家族の負担が大きい場合は無理しなくてもいいですが、介護施設選びには、可能な限りご本人も参加してもらいましょう。
パンフレットを一緒に見たり、既に施設・ホーム等に入居している人の話を聴いたり、可能ならば体験入居を試してみましょう。
介護施設と連携する
入居できそうな施設・ホーム等がある場合、ご本人に認知症があることはもちろん、入居に乗り気でないことも伝えましょう。
積極的に自分から入居される方は少ないため、ご本人が入居に乗り気でないことで施設・ホーム側から入居を断られる可能性は低く、施設・ホーム側はむしろこれまでの経験からどのような手段があるか一緒に考えてくれるでしょう。
このとき、親身になって対応してくれるかどうかが良い介護施設選びの判断基準にもなります。さらにいえば、質の高い入居生活のためには、こうしたプロセスを通して信頼関係を築くことも大切なのです。
無理に施設入居させることで起こる問題
入居前にどのような手段をとっても、ご本人の入居拒否の気持ちを変えることができないこともあります。もし、嫌がるご本人を無理矢理入居させた場合、どのような事態に発展してしまうのでしょうか。
まず、お互いの信頼関係にひびが入る可能性が大きいでしょう。認知症の方は、いったん根付いたご家族への否定的な気持ちを切り替えたり、考え直したり、記憶を上書きして上手に忘れたりすることが困難で、のちのちまで影響を及ぼす可能性もあります。
また、入居後の生活にも少なからず悪影響があるでしょう。不満や怒りから介護に抵抗したり、帰宅しようとするなど、トラブルが生じる場合もあります。
新しい生活になじめず、認知症の症状が悪化してしまうこともあります。不安や興奮、暴言暴力などが生じ、それを抑えるために向精神薬を服用することになり、急に活力を失ったようになるかもしれません。
やはり、無理な入居は、その後の生活の質に悪影響を与える可能性を高くするといわざるを得ません。
それでも入居が進まない場合の対処法
入居前にどれだけ説得を繰り返しても、ご本人の気持ちに変化がない一方で、ご家族は在宅介護が限界で疲弊しきっている場合は、どうすればよいのでしょうか。その場合は、覚悟の上で下の二つの選択肢が考えられます。
一つは、上記のような入居後の生活の悪影響をある程度覚悟して、多少無理にでも入居してみていただき、新しいステップに進んでみることです。
前述の通り、施設・ホーム等には、決して積極的に入居する方は多くなく、多かれ少なかれ戸惑い、不安や不満を感じながら入居する方がほとんどです。多くの施設は、そのための配慮も十分考慮に入れています。
ご本人がいざ入居してしまえば、施設・ホーム側のケアやノウハウによって、予想を裏切って、楽しく入居生活を送る人も少なくありません。
もう一つは、ご自宅での生活を再調整し、次の機会を待つことです。可能な限りの介護サービスや地域での助け合いを取り入れ、火の消し忘れによる火災など、重大な生命のリスクは回避しつつも、ある程度生活上のリスクは受け入れて自宅生活を続けてもらいます。
日本は現在、住みなれた地域で暮らし続ける地域包括ケアを推進しています。助けとなるサービスが地域に増えていくことでしょう。
一方で、認知症は進行していくもので、現在の状態が永遠に続くわけではありません。身体的な病気での入院など、状態が変われば、ご本人の納得の上で施設入居につながる場合もあります。
まとめ
認知症のご本人や、ご家族にとって、施設入居は今後の生活の大きな分岐点です。自宅での生活と施設・ホーム等、どちらを選ぶのか、いずれもメリットもデメリットもあります。
誰にとっても全く後悔のない完璧な選択は、どこにもないのかもしれません。だからこそ、ご本人の生命が脅かされず、可能な限りご本人の意見を尊重でき、ご家族も疲弊しきらないような最大公約数を、ご家族で一緒に探して選択したいものです。
それがご本人にもご家族にもベストな選択なのです。
>地図で老人ホームを探す編集:編集工房まる株式会社
(監修:森 裕司 株式会社HOPE代表、介護支援専門員、社会福祉士)