おおらかな人柄でとにかく明るい、横浜市のサービス付き高齢者向け住宅「わかたけの杜」管理者の金井由紀さん。 彼女の笑い声を聞くと、入居者の方も思わず笑顔になってしまいます。

さまざまな介護職を経て、現職に就いた金井さんが気づいた「サービス付き高齢者向け住宅の管理者として大切なこと」とは? 特別養護老人ホーム(以下、特養)などの違いも含め、お話いただきました。


介護という仕事があることをまったく知らなかった高校時代



――介護の仕事に就かれたきっかけを教えてください。

介護福祉士の専門学校に進んだ高校の部活の先輩がきっかけでした。私はその先輩の話を聞くまで、高齢者を介護する仕事が世の中にあることすら知らなくて。でもだんだん話を聞いているうちに、介護福祉士を目指してみようかなという気持ちになりました。

理由は3つありました。まず1つは、国家資格をどこかのタイミングで取りたかったこと。2つ目は、祖父母が私を親代わりで育ててくれたものですから、いつか役に立てたらと思いました。3つ目は、部活の先輩が介護福祉士を目指すきっかけになったテレビ番組を観たことです。男性の方が、女性のヘルパーさんに援助されながらお風呂に入っていました。画面には、その男性の方の大泣きされる様子が映し出されていましてね。大の大人がこんなに感動して泣くというのは、一体どんな世界観なんだろうと釘付けになりました。

その後、介護福祉士の専門学校を経て、「わかたけの杜」のグループの中で一番古い施設に入職しました。横浜市の神奈川区にある特別養護老人ホームの若竹苑です。



――なぜ若竹苑を選んだのですか?

専門学校生は2年間に3つの施設に実習に行くことが決まっていました。若竹苑のほかに選んだ2つの施設も特養でした。実はこの2つの施設に関しては、実習中に、職員同士の様子やご利用者さまに対する想いが見えてしまいまして……(笑)。ごく他愛もない内容なのでしょうが、自分が思っていた現場とかけ離れているように感じたんです。

でも若竹苑は違いました。職員とご利用者さまの関係がすごく近くて、少しでも時間が空くと職員がご利用者さまのところへ飛んでいき、なるべく多くの時間を一緒に過ごそうという気持ちにあふれていました。また、現在の会長が私たち実習生一人ひとりに丁寧に声をかけてくださり、とても優しくして頂きました。表現が適当かどうかはわかりませんが、「こんな偉い方が、今日明日で実習を終える私たちを大切にできるなんて凄いな!」と。若竹苑は、自分自身の目標となることがたくさんありそうで、“ぬくもりのある家”のような雰囲気が素敵に思えたので、こちらに入職を決めました。



――若竹苑から今のわかたけの杜まで、どのような施設で働いていたのですか。

若竹苑に入職してから20数年経ち、グループ内のさまざまな施設を経験しました。若竹苑で現場の介護スタッフを3年勤めた後は、介護老人保健施設のリハリゾートわかたけで介護スタッフを4年間。その後、特養のわかたけ富岡にはケアマネジャー、介護長、副施設長として10年ほどいましたね。途中、産休と育休も取得しまして、「わかたけの杜」の隣にある特養のわかたけ青葉で副施設長、2016年の2月に「わかたけの杜」の管理者となりました。






過度なお手伝いはせず、“ご近所さん”のようにそっと見守る


――特養や老健など、さまざまな介護職を経て、サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)の管理者になりました。特養とサ高住を経験して、具体的に何がどう違いますか? 

住んでいらっしゃる方が、ご自分で自立して生活できるかどうかというところがやはり大きく違いますね。特養はご自身の力で生活できない方が多いので、職員がご利用者さまの必要な援助をいち早く提供できるかが問われます。一方、サ高住は過度なお手伝いはいけないといいますか、職員があれこれ手を出すことは皆さまの生活の幅を狭めてしまうことにもなるため、ご利用者さまの主体性に任せています。

あと皆さまが声をかけやすいように、いつも笑顔でいることを心がけています。ここは一つの街のようになっていますから、事務所のデスクに座ることなく、戸建てと戸建ての回廊をよく巡っていますね。「あ、洗濯物が干してあるな」、「電気が点いているな」と、皆さまの生活の変化を察知できるようにしています。


――今日の昼ごはんは共有スペースの図書ラウンジでカニが振る舞われました。こちらのサ高住は戸建てとマンションタイプもあるので、中には「カニの日だなんて知らなかった!」という人も、もしかしたらいるかもしれません。お知らせの徹底はどうなさっていますか。

確かにそうかもしれませんね。実は一度だけ、外部のパン屋さんが来るのを知らなかったという方がいらっしゃいました。こちらのサ高住は、キッチンが付いて自炊もできる戸建てと、キッチンなしのマンションタイプがあります。特別なイベントがあるときは、朝食、夕食をお届けする方はもちろんですが、自炊をされる方にも、私たちがご近所の住人の一員という気持ちで一人ひとりにお声がけしています。



――サ高住の担当となって、ビックリしたことはありますか?

今、お一人だけ認知症状の方がいらっしゃいます。まだ徘徊はありませんが、皆さまがいらっしゃるときにご自身の思う行動をされます。そうすると大概は、「カーテン閉めないでよ」とか「あっち座ってよ」とほかの皆さまに言われてしまうのですが、サ高住は違いますね。その方が座りやすいように席を残したり、料理クラブでは「あなたも味見してみない?」と仲間に引き入れたり。こちらの皆さまは、ご自身と雰囲気が違う方でも合わせようとされますし、手を取り合おうとする優しさがあるんですよね。それは本当に素晴らしいと思います。でも、もう一つビックリしたことがあります。



――それはなんでしょう?

大家さん的な要素の仕事ですね。こんなにも人にお部屋を貸す賃貸業がシビアだと思いませんでした。たとえば、退去のときにリフォームをするのですが、一つの壁の傷でも退去される方に請求して良いものといけないものがあって、そのあたりを明確にしないといけません。また、現在住んでいらっしゃる方もそれぞれ要望がありますから、その都度物件に関する勉強をしていますね。同僚とは、「もはや福祉の仕事じゃないよね? 宅建の資格取ったほうがいいよね?」なんて話しています(笑)。




 

介護の原点は最初に勤めた若竹苑



――金井さんは介護のベテランですが、介護に関するもっとも印象的なエピソードはありますか?

自分の介護感を作っていただいたおばあちゃまがいます。最初に勤めた若竹苑は、4人部屋を担当していました。4人のうちの1人のおばあちゃまが、私をお孫さんとずっと勘違いされていて。おばあちゃまが孫の就職先に毎日来ている感覚なんです。仕事が終わって家に帰ろうとすると、「帰らないで」、「一緒に家に連れて行って」っておっしゃるんですね。

それがものすごく悲しくて。今でしたら、上手い声がけの仕方もわかりますし、気持ちが落ち着くように昼間に関わり合いを多くすることもできるのですが、そのときは、私も毎回泣きながら別れていたんです(笑)。最期は病院でお亡くなりになって。病院の食事介助も3食行って差し上げたかったですね……。いい思い出でもあり、苦い思い出でもあります。



――本当にいいおばあさまだったのですね。逆に、失敗から学んだことはありますか?

数え切れないほどあります(笑)。若竹苑にいた当時は、いわゆる介護、認知症という言葉もなく、介護は「措置」、認知症は「ボケ」または「痴呆症」と呼ばれていました。介護度認定もありませんでしたから、同じ施設に認知症や車椅子の方も普通に歩かれる方も、皆さま一緒のフロアでした。ご自分の病気を抱えながら、ご利用者さまが一所懸命に生きていらしているがゆえに、お互いのことはなかなか理解できずに喧嘩になることもありました。

特に認知症の方の行動が理解されずに喧嘩になることが多かったです。当事者の間に割って入っても、私に知識が足りないために、どちらの味方にもつけない。問題解決もできずに、逆に炎上してしまう。あのときにもっともっと勉強をしておけば、もしかしたら認知症状が進行しなかったんじゃないかと思うこともあります。上手くできなかった過去の自分を、しっかりとカバーしていかないといけません。


 

現場スタッフが信頼されているのが一番良い介護


――金井さん、同期の方はいらっしゃいますか?

若竹大寿会に入って20年以上経ちますけど、この出入りの激しい業界に関わらず、まだ同期が3名いますね。確かに、ウチの会社はスタッフが辞めないです。それはやっぱり、すごいことだと思いますね。



――今、管理者ですが、一介護福祉士だった頃と、管理者になって見えることは違いますか?

ケアスタッフの頃は、目の前のご利用者さまを中心に援助をすることを考えていけば良かったのですが、管理者になると、目の前のご利用者さまだけでなく、ご利用者さまの今後の生活まで広いスパンで考えるようになります。今は、ご家族やスタッフ、上司など、いろんな人が関わった上で、目の前のご利用者さまの生活が成り立っていることを改めて実感させられますね。振り返ると、ケアスタッフのときはエゴがありました。ご利用者さまの生活は、私が作っているという勝手な思いがどこかにありましたね……。



――お話を伺っていると、現場スタッフの仕事が大好きでいらしたのがわかります。

立場が上になると、ちょっと寂しいこともあります。生活相談員が3人いるのですが、現場スタッフが相談員に話せることが私には話せないということも、時にはあるんですよね。また入居者さまも現場スタッフに話せても、私にはちょっと話しにくいこともあります。でもそれを寂しがっちゃいけないんですよね。現場のスタッフが、ご入居されている皆さまに一番信頼されている。それが一番良い生活スタイルなんだと思います。



(横山由希路+ノオト)