団塊の世代が全員75歳以上となる2025年には、認知症を患う高齢者の数が700万人にのぼると予測されています。(厚生労働省「認知症施策推進総合戦略」より)

そんななか、埼玉県川越市にある介護付有料老人ホーム  『アズハイム川越』では、認知症を発症している方の受け入れに力を入れています。現在、47名の入居者のうち、7割ほどの方が 認知症高齢者なのだとか。

2015年からこちらのホーム長として働き始めた山口秀子さんに、『アズハイム川越』が取り組む認知症ケアや、ご自身についてお話を伺いました。

 

認知症高齢者のありのままを受け入れるホームでありたい

 ホーム長を務める山口さんは、元気いっぱいの笑顔が魅力。

【ホーム長を務める山口さんは、元気いっぱいの笑顔が魅力。】

――『アズハイム川越』では、認知症の方の受け入れに力を入れているそうですが、認知症の介護にはどんな特徴があるのでしょうか?

山口さん:認知症を発症されている方の症状として、大きくふたつの障害があります。直近にあった出来事が記憶から抜けてしまう「記憶障害」と、周りの人間関係や置かれている状況を認識できなくなる「見当識障害」です。

どちらの症状も「おかしいな?」と感じる言動が増えるのですが、ご本人は自分が認知症であると認識していません。ですから言動を否定せずに、いったんはそのまま受け入れることが大事になります。

――たとえばどういったケースがありますか?

山口さん:お話をしているなかで「この方は今、どうやら子供時代の自分に戻っていらっしゃるな」と感じたとします。そのとき「◯◯さんは、87歳ですよ」と返すのではなく、子供に戻った状態をありのままに受け入れて、お話を聞きます。

また、直前にした行動を忘れてしまうケースもあります。たとえば、食事のすぐ後に「ごはんを食べたい」と言い出すとかですね。そういった場合も「今、準備するのでお待ちくださいね。先にお茶をお出しするので、飲みながらお待ちくださいね」と、言葉の上では受け止めます。

――その後はどう対応するのでしょうか?

山口さん:それがしばらくすると、「食べてない」という発言も忘れてしまうので、自然と状況はおさまっていきます。認知症の対応で大切なのは、ご本人を不安に陥れないということ。そのときどきの認識に合わせて、こちら側が穏やかに接するように心がけています。

――施設内を徘徊されるケースもあると思うのですが、どう対応されていますか?

山口さん:女性のご入居者は、食事をつくる習慣をお持ちの方が多いので、夕方になるとそわそわし始めて「お米研がなくちゃ」と厨房までいらっしゃることがあります。そういう場合は「ちょうどいいところに来たわ、お皿拭いてもらえますか?」といったかんじで、安全な範囲で対応を心がけていますね。

――認知症の方とのコミュニケーションは、慣れていく必要がありそうですね。

山口さん:そうですね。認知症の症例はとても個人差があり幅広いので、対応できるスタッフの育成に力を入れています。社内外の研修に参加してもらったり、認知症の専門資格である認知症ケア指導管理士の取得を目指してもらったりと、知識を身につけてもらう取り組みをしています。

現在は社員の約半分が認知症ケア指導管理士の資格を保有しており、知識を学んだうえで、現場で実践していけるよう指導しています。

「やりたいことが自由にできない」人のサポートをしたいという強い思い

幼い頃からずっと病気がちのお母様のサポートをしてきたという山口さん。

【幼い頃からずっと病気がちのお母様のサポートをしてきたという山口さん。】

――山口さんが介護の仕事に興味を持ったきっかけを教えてください。

山口さん:幼稚園の頃から母が病気がちでした。母自身は「これをやりたい」と思っていても、体の調子が悪くて思うようにできない。その姿をいつも見ていたので、「母を助けてあげたい」という気持ちを持って育ちました。

母は8年前に亡くなりましたが、そのとき「もっといろいろやってあげたかった」という気持ちが強く残りました。介護の道に入ったのは、せめて他の方のお手伝いができたらとの思いからですね。

 入居者との関係性を大切にし、コミュニケーションを欠かさない

【入居者との関係性を大切にし、コミュニケーションを欠かさない】

――最初はホームヘルパーの仕事から始めたそうですね。

山口さん:はい。訪問介護の仕事は一日に数件のご利用者のお宅を訪問していました。でもひとり30分ほどの短い時間しか接することができなくて。もっと日常生活に寄り添って役に立ちたいと思い、1年ほど経ったころ、アズハイムにケアスタッフとして転職したんです。

ところが1対1で関わっていた訪問介護の時と違って、急にたくさんのご入居者と接することになって。コミュニケーションの難しさを痛感しました。はじめは心を掴むことが全然できなくて、悲しかったですね。

――それからどのように、ご入居者との関係を深めていったのでしょうか?

山口さん:特別何かしたわけではないのですが、ふだんの何気ない会話の時間を大切にしながら接していくうちに、少しずつ心を開いてもらえるようになったのだと思います。「山口さんにお願いするね」って笑顔が生まれた時は、本当に嬉しかったです。

 

ご入居者の「今すぐ」に応えられるサービスを

――2015年にホーム長になってからは、ご入居者に直接寄り添う仕事は少なくなったと思うのですが、物足りなさを感じないのでしょうか?

山口さん:たしかにホーム長となった今は、直接のサポートはできないですね。ただ、スタッフがよりよいサポートを行えるように環境を整える仕事ができるので、ケアスタッフ時代よりもやりがいは大きいです。

――「よりよいサポート」とは、具体的にどんなことでしょうか?

山口さん:ご入居者のニーズにあった介護ですね。たとえば、ケアスタッフ時代は「今すぐ買い物に行きたい」といったご要望に即座にお応えできないことが多かったんです。1時間後なら行けるけど、今すぐの対応は難しい。細かな部分なのですが、ご入居者が望んだことはやって差し上げたいと思っていました。

――そこで山口さんがホーム長になって取り組んだことは何だったのでしょうか?

山口さん:本来、そういったことはケアスタッフの仕事なのですが、そこまで手が回らない状況がありました。そこで、事務スタッフや看護師、そして私が対応すればいいのではないかと考えを変えました。今では事務所に電話をもらえれば、職種に関係なく手の空いている人間が対応するようにしています。

面白いことに、他職種のスタッフがサポートしてくれるようになってから、なぜかケアスタッフが「今手が空いているので、私が行ってきます!」と今までより積極的に時間をつくってくれるようになったんです。あれ、いったい何が起きたの?って、感じなのですけど(笑)

 館内に掲示されたスタッフ写真。多職種が連携しチームケアを実践

【館内に掲示されたスタッフ写真。多職種が連携しチームケアを実践】

――様々なスタッフが職種の垣根を越えて協力し合える体制づくりにはなにか秘訣があったのでしょうか?

山口さん:1年ほど前から職種間で話し合う場を設けました。それぞれ課題を出し合って、その解決策や互いにサポートできることを一緒に考えるようになってから雰囲気が変わったのかなと思います。すべて私が指示を出すのではなく、できるだけスタッフ自身で考えたことをどんどん試していくようなホームでありたいですね。

 

アズハイム川越:ホーム長インタビューを終えて

認知症高齢者がご家族と生活するうえで、コミュニケーションがうまくいかず、すれ違ってしまい双方にストレスが溜まってしまうという話を聞きます。山口さんのお話を聞きながら、認知症をありのまま受け入れるのには、心構えと知識の両方が不可欠だと感じました。

生活の質を高め、暮らしやすさを追求した魅力のある老人ホームが増えていますが、特定の疾患に対し専門性を持つ『アズハイム川越』のようなホームも、これからどんどん出てくるといいなと思いました。

(記事中の内容や施設に関する情報は2017年4月時点の情報です)