老人ホームで提供される介護食。そう聞くと、病院の治療食のように「あまり美味しくないのでは?」というイメージを抱く人も多いのではないでしょうか。

実は、最近の介護食の中には、そうしたイメージを覆す、とっても美味しいものもあるんです。今回はこだわりの介護食を提供し続ける、東京海上日動ベターライフサービスの「ヒルデモアたまプラーザビレッジⅢ」(神奈川県川崎市宮前区)を取材しました!

最後まで自分の口から食べられる喜び

同社が運営する、介護付有料老人ホーム『ヒルデモア』と『ヒュッテ』で提供されている食事は、「入居者一人ひとりに食べる喜びを感じていただきたい」という想いから、食事形態を「軟菜食」「粗きざみ食」「ゼリー食」など9種類に分けられ、入居者の状態にきめ細かく合わせて食事を提供されています。

更に、見た目も味も通常の食事とほとんど変わらず、食べやすさ・飲みこみやすさを追求したソフト食「モアディッシュ」を独自開発するという力の入れようです。

【食べやすく調理されたモアディッシュ。鱈の西京焼、筍、ワカメ、漬け物】

こちらがその「モアディッシュ」。通常の西京焼やメンチカツとさほど変わらないように見えますよね?でも、一口味見をして驚きました。見た目からは想像がつかないほど軟らかく、舌で少し圧を加えるだけでほろりとくずれます。それなのに余計な雑味はなく、しっかりと素材本来の風味を感じられます。

ミックスフライ、メンチカツ、ホタテのフライ、ブロッコリー、トマト、空豆

【メンチカツやホタテのフライも、舌でくずせる軟らかさに】

ソフト食は、ただ軟らかくするだけではダメなんです

キッチン部門統括・菅原純一さん【キッチン部門統括:菅原純一さん】

ここで同社のキッチン部門を統括する菅原純一さんにお話しを伺いました。

--ソフト食「モアディッシュ」のこだわりを教えてください。

菅原さん:モアディッシュは主にきざみ食の代替食として、週2日ほどお出ししています。きざみ食は噛む力が弱くなった方向けに食材を細かく刻んだ食事ですが、見た目が通常の食事とは異なるので、気にされる方もいらっしゃいます。中には「こういう食事を食べている自分を見られたくない」と、お部屋にこもって一人で召し上がる方もいます。そうした方に、もう一度食事の楽しさを味わってほしいと思い開発しました。

--介護食の開発には歯科衛生士も参画し、「安全性」と「美味しさ」の両面からアプローチしたと聞きました。

菅原さん:その通りです。歯科衛生士の協力を得て、ご入居者 が摂食・嚥下(えんげ:飲みこむこと)する様子を見せていただき、「飲み込んでいるように見えるけれど、実際には飲み込めていないケース」などを教えていただきました。

噛む力・飲み込む力が弱まっていると、食べ物の残りが誤って肺に入り、誤嚥 (ごえん)性肺炎を起こしやすくなります。それを防ぐために必要なのは「①付着性 ②凝集性 ③粘稠性(ねんちゅうせい)」の3つ。

私たちがものを食べるときは、自然と舌が介入し、唾液が出ます。しかし、歳を重ねると唾液の分泌が少なくなり舌も動きにくくなるので、食べ物が口の中でばらけてしまいます。ソフト食は、ただ軟らかくするだけではダメなんです。食べやすくすることがポイントなんです。

フレンチトースト。味はそのままで、より食べやすい軟らかさになっている【フレンチトースト。味はそのままで、より食べやすい軟らかさになっている】

--そこで調理の工程でとろみ剤を加え、食材をまとまりやすくするのですね。

菅原さん:とろみ剤を使うことでまとまりは良くなります。しかし、使いすぎると素材の味よりもとろみ剤の味が主張してしまい、素材本来の美味しさが失われてしまいます。そのため、とろみ剤はほんの少し加える程度にして、素材を乳化させるなど味が変わらない方法でとろみを出すことにしました。これもご入居者に最後まで美味しく食事を召し上がっていただくための工夫です。

介護食をつくる際、「嚥下(えんげ) 機能が低下した方の食事にはとろみ剤を入れ、飲みこみやすくする」というのが、介護業界では半ば常識のようになっています。しかし、とろみ剤の使いすぎによるデメリットも正しく理解することで、「味を損ねずに飲みこみやすくするにはどうすれば良いか」という思考に変化し、代替え手段の考案など調理の幅も広がっていきます。

食事の時間を楽しいものにする、それが私たちの仕事

特別な日に提供される華やかなモアディッシュ

【特別な日に提供される華やかなモアディッシュも用意している】

--日々の食事を9種類に分けて提供できるのもすごいと思いました。

菅原さん:ヒルデモア/ヒュッテ全事業所で約500名のご入居者がいます。気持ちとしては500通りの食事を作ってさしあげたいです。しかし現実的には難しいので、せめて食事の形態だけでも細かく分けて、一人ひとりの状態に合うものを提供できるようにしています。

--通常食からきざみ食に、きざみ食からミキサー食に…と、今まで食べられていたものが食べられなくなっていくのは辛いもの。でも、それが美味しいものであれば、気持ちも前向きになりますね。

菅原さん:元気をなくされていた方が、うちの食事を召し上がり「美味しい」と笑顔を見せてくれたときは本当に嬉しく思いました。ご本人だけでなく、ご家族からも「美味しそうに食べている姿を見て安心した」とご意見をいただきました。そして、ご入居者が亡くなられた後に、ご家族から「好物が出たときはすごくいい表情をしていたんです」「亡くなる直前まで完食していたのよ」と言われたことがとても印象に残っています。

ミキサー食もしっかりと素材の風味や旨味が閉じ込められています【ミキサー食も、見た目からは想像できないほど素材の旨味が感じられる】

--噛むことができない方から「漬け物が食べたい」と言われるなど、難しいリクエストを受けることもあるそうですね。

菅原さん:漬け物はそのままミキサーにかけても味が再現できないんです。特に食感は難しいけれど、口に入れて飲み込む瞬間に「ああ、漬け物だ」と感じてもらうため、工夫を凝らして見た目・味・香りを再現しました。

ホーム見学者に提供している通常食

【ホーム見学者に提供している通常食】

通常食も試食したところ、食材ごとに火の入り具合が異なり、味だけではなく食感も楽しめました。一度に大量の食事をつくる老人ホームで一般の飲食店と同じように調理するのは中々難しいものですが、ヒルデモア/ヒュッテではできるだけ調理工程を省かず、しっかりと料理することを心がけているそうです。

菅原さん:舌の肥えた方が多いので、味が締まっていないときはすぐにご意見をくださいます。それだけ毎日の食事を楽しみにしていただいていると思うと、見合ったものをつくらないと、と張り合いが出ます。

1 回の食事にかかる時間を40分とすると、1日3回で120分。その時間を楽しいものにするのが私たちの仕事です。最後までお口から召し上がっていただけるよう、「食べたい」という気持ちを刺激する料理をつくる。それが一番のこだわりですね。

取材を終えて:食事は人生の喜び



人生の最期の日まで自分の口から美味しいものを食べるのは、一番の贅沢と言えるかもしれませんね。ヒルデモア/ヒュッテでは、見学の際に菅原さんのこだわりが詰まった食事を試食することもできます(要予約)。ご興味を持たれた方は、ぜひその美味しさを体感してみてください!