中学生の頃から介護の仕事を志していた鈴木柚葉さんは、介護士になって6ヶ月。この春高校を卒業し「アンサンブル浜松尾野」に就職しました。

一方、介護業界で32年のキャリアを持つ上坂勝芳さん。「アンサンブル浜松小野」のケアアドバイザーである上坂さんは、スウェーデンで生まれた「タクティール(R)ケア」インストラクターの資格を生かしながら介護スタッフの指導に当っています。


新人とベテランのおふたりに、介護業界に入ったきっかけや、ご入居者と介護スタッフの心地よい関係づくりに役立てているという「タクティール(R)ケア」についてお話を伺いました。

 

「人の役に立ちたい」との思いのままに、卒業と同時に介護の道へ。

 左から、新人スタッフの鈴木柚葉さん、ケアアドバイザーの上坂勝芳さん

【左から、新人スタッフの鈴木柚葉さん、ケアアドバイザーの上坂勝芳さん】


――おふたりとも、卒業と同時に介護の道に進まれたのですよね。

鈴木さん:小さな頃から「人のためになる仕事に就きたい」という思いがあり、中学3年生のときに福祉の道に進もうと決めました。ちょうどその頃、6歳離れた姉が「アンサンブル浜松尾野」で働き始めていて。仕事の話を聞くうちにいいなと思うようになり、高校は福祉科に進みました。今は姉妹で同じ職場です。


上坂さん:僕も福祉系の大学に進学しました。4年生のときに「有料老人ホームで介護サービスを提供開始」という新聞記事を読みまして、すごく驚いたんです。「有料老人ホームと名が付くのに、今まで介護していなかったのか!」って。当時の有料老人ホームは「健康型」と呼ばれる種別が主で、入居者はお元気な方のみ。本格的に介護が必要になったら、特別養護老人ホームや病院に転居していただく時代だったんですよ。


――昔の有料老人ホームは、終の住処として設計されていないのが普通だったのですね。

上坂さん:その通りです。入居する方達は「終の住処に」と有料老人ホームへ入居しているはずなのに、これではまずいと思って。実態を知るために全国各地の有料老人ホームを見学して歩いたんです。そのなかで、これから介護施設をつくるという会社と出会い就職しました。それ以来ずっとこの業界で仕事をしています。



――鈴木さんはこの仕事に就く前から、介護の仕事は大変、という話を耳にしたことがあると思うのですが、不安はありませんでしたか?

鈴木さん:排せつのお手伝いや移乗介護をできるのかな?という不安はありました。一時期ネイルの仕事にも興味を持っていたのですが、学校の実習で介護の体験をしてみたら、とても楽しかったんですよ。そこでやっぱり介護の仕事をしよう、と心が定まりました。



――実際に働き始めて、今はどんな心境ですか?

鈴木さん:大変だなと思うこともあります。でも全然苦じゃないです。ご入居者の不安感が強いときには「出て行け」など、辛い言葉を投げかけられることもありますが、仕事は発見も多く楽しさが上回っています。今は業務にも慣れ自分のリズムで働けるようになってきたところです。


 

心地よく触れることを意識し"安心"を伝える

 
介護の仕事を選んでよかった、と笑顔で語る最年少スタッフの鈴木さん

【介護の仕事を選んでよかった、と笑顔で語る最年少スタッフの鈴木さん】


――ご入居者の不安感が強いときは、どのように対応しているのですか?

鈴木さん:ケアアドバイザーの上坂から「ご入居者の背中をやさしく撫でると安心感が生まれるよ」と教わり実践するようになりました。不安のあまり落ち着きを失って、施設内を歩き回るご入居者を見かけたときは、一度座っていただき、背中をゆっくりさすってさしあげています。そうすると「気持ちいい」と言って落ち着かれますね。


上坂さん:
鈴木にはご入居者が心地よく感じる触り方、安心できる触り方をするにはどうしたらいいか、ということを伝え、現場で生かしてもらっています。



――“触れる”という行為を大切にしているのはなぜですか。

上坂さん:ご入居者とのコミュニケーションを深めるために、タクティール(R)ケアの手法が役立つのではないかと考えているからです。

タクティール(R)ケアは、200年前にスウェーデンで生まれたスウェディッシュマッサージから派生したタッチケアです。相手の背中や手足をやわらかく包み込むように触れるのが特徴で、すべて手順が決まっています。

日本では、日本スウェーデン福祉研究所(JSCI)が教育プログラムを提供しています。2日間の講習と100回の施術実習を経て筆記・実技の認定試験に合格すると、認定資格を得られます。


鈴木はまだ資格を持っていないので、スキンシップで安心感を届けるとか、ゆっくり話すとか、時間をかけて向かい合うといったタクティール(R)ケアのエッセンスを取り入れたコミュニケーションの方法をアドバイスしました。



――どんな効果が期待できるものなのでしょうか。

上坂さん:不安や痛みの軽減ですね。「アンサンブル浜松尾野」では、特に認知症の症状緩和にアプローチする方法として活用しています。認知症に見られる周辺症状のいちばんの原因は“不安”なんですよ。不安があるから、じっとしていられなくなったり、思わず声が出てしまったり、家に帰りたくなったりするんです。そういったときには、安心感を届けることが最も重要です。

でも「安心」って言葉で届けるのが非常に難しいんですよ。「安心してくださいね」って一生懸命言葉をかけたところで、どう安心したらいいかわからないですし、ましてや言葉の認識が難しい方には通じません。

タクティール®ケアは、相手の背や手足をやわらかく包み込むように触れます
【タクティール(R)ケアは、相手の背や手足をやわらかく包み込むように触れます】


――安心って、しようと思ってもできるものではないですよね。

上坂さん:実は他者から「大事にされているという実感」を得たときに人は安心するものなんです。その実感は言葉じゃなく行為で届きます。タクティール(R)ケアは、“心地よく相手に触れる”行為を通じて、安心を届けるアプローチ方法のひとつです。

科学的な根拠としては、別名愛情ホルモンとも呼ばれるオキシトシンが脳内の下垂体から分泌されることによって、自律神経を整え情緒を安定させることができます。また、痛みに対する耐性が増すのも特徴ですね。



――大事にされているって実感が届くケアなのですね。

上坂さん:ただ、僕は介護スタッフがご入居者とどういう関係を結ぶのかが、ケアの一番の課題だと思っているんです。

そのひとつの非常に有効な方法としてタクティール(R)ケアを信頼していますが、実はやり方にこだわっていません。この資格がなくても、なんらかの行為を通じて「あなたを大事にしています」というメッセージを届けるのって本当は誰にでもできることだからです。


鈴木さん:たしかに。私はタクティール(R)ケアを施術しているわけではないですが、やさしく触れるだけでもご入居者の様子が変わっていくのを実感しています。

 

タクティール(R)ケアは、高齢者の人生にやさしく寄り添うための技術

 上坂さんは、JSCIの認定を受けたインストラクターでもあります

【上坂さんは、JSCIの認定を受けたインストラクターでもあります】


――そんな上坂さんが、なぜタクティール(R)ケアを現場に伝えるお仕事をあえて選んでいるのかが気になります。

上坂さん:今、介護の現場では、認知症の方やターミナル期(終末期)を迎えている方にどう向き合ったらいいか悩む介護士がとても多いんです。介護はできるけれど、高齢者が感じている不安を目の前にして、無力感が募ってしまう、そんな悩みを多く聞きます。

そういった現場の方たちに、安心感を届ける具体的な方法のひとつとしてタクティール(R)ケアを伝え、ご入居者と向き合うことができると気づいてもらえるのは、自分にとってやりがいがあると思ったんです。



――日本にはスキンシップの文化がなく「心地よく触れる」というものの価値に、そもそも気付きにくいかもしれないですね。

上坂さん:ふだん何気なく不安を感じる触り方をしてしまっていることだってあるはずです。ご入居者でも触れられるのが苦手な方がいらっしゃいますが、手荒に扱われたと受け取られている可能性だってあるんですよね。

そのことを知って、自分の有りようを振り返るだけでも、たくさんの発見があります。ひとりでも多くの介護士にご入居者と向き合っているという実感を味わってほしいと願っています。


鈴木さん:私も、ご入居者が過ごしやすい施設を作っていきたいので、機会があれば資格取得に向けて学びたいです。ここでは一番年下ですけど、頼りにしてもらえるような介護士になりたいと思っています。


※タクティール(R)は、日本スウェーデン福祉研究所(JSCI)の登録商標です。

(記事中の内容や施設に関する情報は2017年10月時点の情報です)