介護職は無資格で入っても施設長まで上り詰めることができる。そんな言葉通りの人生を歩まれている方が、有料老人ホーム「オーシャンビュー湘南荒崎」の施設長、苅谷和美さんです。

ひょんなことから足を踏み入れた介護業界ですが、持ち前の明るさと、入居者の方に徹底して寄り添う気持ちが苅谷さんの人生を開いてきました。

入居者の方の本音は一体どういったことなのか――。本質を問い続ける苅谷さんに、ご自身の人生や介護のお仕事について詳しく話を伺いました。


無資格でも新人でも門戸が開かれていた介護職


――介護の仕事に就かれたきっかけを教えてください。

きっかけは、特別養護老人ホームでパートをしている友人からの連絡でした。「介護の仕事を助けてほしい……」と言うんです。その頃、事務職をしていまして、友人の呼びかけに応える形で、休みに入る前日の夜勤の手伝いを週に1回だけ引き受けました。

全てがカルチャーショックでした。従来型の1部屋8人から10人の特養で、100人以上の方を夜は一人の職員で見ていました。入居者さまが「お水をください」「便が出ています」と申し訳なさそうに話され、それを職員さんに伝えると「いちいち対応していたら、回らないから後回しにしてください」と言われるんです。「これは、何か変だ……」と葛藤を抱えながら働いていました。その頃、神奈川県で初となるユニット型特養のスタッフ募集が目に入りました。従来型と比較すると、ユニット型は10人程度のグループを複数の職員で見るので、入居者さまの目線に沿ったよりきめ細やかなケアができると考え応募しました。


――大変なお仕事のスタートラインでしたね。当時、業界の先駆けとなったユニット型特養には入れましたか?

募集の条件が「夜勤経験者」でした。何の資格もない私でしたが、縁があってフルタイムパートとして入ることができました。すると、前の従来型特養で入居者さまに「こうして差し上げたかった」と思うことがずいぶんと実現できました。寄り添うことで、笑顔が生まれる。「これこそが介護だ!」と思いましたね。

やりたいことは何でもやらせていただけました。天気の良い日は中庭や屋上を使ったピクニック。あと、当時はメイド喫茶が流行っていたので、メイドとしては見た目が厳しい人も大勢いましたが(笑)、メイドの姿をして入居者さまとクリスマス会を楽しんだりもしました。勢いでやってみると、こちらが思っていたよりも、皆さま喜んでくださいました。当時の入居者さまは要支援1から要介護5まで体の状態もさまざまでしたが、職員は頑張って対応していましたし、現場は楽しかったですね。皆、入居者さまの心に寄り添って仕事をしていました。


――オーシャンビュー湘南荒崎に来られたのはいつですか?

特養で6年が過ぎた頃です。仕事は軌道に乗っていましたが、少し無理をしすぎたのか歳に勝てなかったのか体調を壊して入退院を繰り返すようになりました。このままでは、入居者さまにも職場の皆にも迷惑をかけてしまうと、ケアマネジャーの資格試験を受けたところ、何とか取得することができました。現場仕事には後ろ髪が惹かれる思いでしたが、オーシャンビュー湘南荒崎が、新人のケアマネにも門戸を開いていましたので、こちらでお世話になることになりました。

 


何をして差し上げたらその方が凛として生きていけるのか


――こちらに入られる方は、皆さん海の好きな方が多いのでしょうか?

東京方面から来られる方もいらっしゃいますが、同じ海でも、こちらの施設の眺望とは違った良さのある熱海などから来られる方もおられます。オーシャンビュー湘南荒崎の周りはもともと半農半漁を生業としている方が多く、ぐるりと半島があって、遠くに江ノ島や富士山が見えて、近くに釣り船が動いています。生活の中にある海というか、どこか懐かしい皆さまの記憶の中にある海だから人を惹き付けるのだと思います。


――入居者の方とのエピソードで特に印象深かったことを教えてください。

お父さまがお医者さまをされ、子供時代は裕福な家柄に育った認知症の女性との関わりが印象深かったです。その女性の亡くなられた夫は、京大出身で農水省にお勤めという立派な経歴の方だったのですが、夫の家柄が自分に釣り合わない、農水省じゃ恥ずかしいと口を開けば夫に対する不満を話されており、コンプレックスからか実の姉弟とも疎遠になっていました。

お子さまがいらっしゃらないので、後見人の弁護士さんが付いていたのですが、ある日お姉さまが入院され長くないとの話があり、本人に話したところ会いたいとおっしゃったんですね。そこで、弁護士の方ともご相談をして、その方の故郷である広島まで車椅子でお連れしたことがありました。30年ぶりの姉弟との再会でどうなるかと心配しましたが、皆さま長い間のわだかまりなどなかったかのようにいいお顔をされて。普段はまったくお礼などされない方でしたが、涙を流しながら「ありがとう」とおっしゃっていました。

その入居者さまは普段、失禁などもされますが、葉山のホテルでお茶をお誘いするときれいなお召し物に着替えられて、歩き方や話し方まで変わります。ホテルで過ごされる時は本当にピシッとしていらっしゃる。この入居者さまが、最後まで失いたくないものはご自身のプライドでした。

これは、ほかの方に対しても同じです。一人ひとりに何をして差し上げたら凛として生きていただけるのか。それを探るために、皆さまに多種多様なアプローチをしていくのが私たちの仕事だと思います。



 

新人職員は、壁を乗り越えるとスッと楽になる


――苅谷さんのそうした思いは、スタッフ教育にどのように反映されていますか?

長く現場で入居者さまと接していますと、どこか家族的な、“なあなあの関係”になってしまうことがよくあります。自分にも常々言い聞かせていることですが、そこは履き違えてはいけないところです。寝たきりの入居者さまのお部屋に入る時も、お返事がなくとも必ずノックをして意思表示をする。施設全体が入居者さまのお家でもありますが、居室はプライベート空間です。皆さまの心の中にズカズカと入り込んではいけないと、いつも話しています。


――介護のプロとして自覚を持ってほしいということですね。そのほかはいかがですか?

たとえあり得ない話だとしても必ず傾聴することです。相手の方が、この職員は話を真剣に聞いてくれると信頼していただいたところで、初めていろいろな提案をして差し上げないといけません。入居者さまと目線を合わせて、相手の方がなぜそうおっしゃっているのか本音を考える。寂しいのかもしれませんし、勘違いなのかもしれません。寂しいのが理由だとしたら、どうして差し上げたらその方が寂しくならないのか。根本的に何かを勘違いされているのだとしたら、新しい記憶を作って差し上げるにはどうしたらよいのか。

時間をかけることを惜しまないで、と職員には常々話しています。時間をかけずに人間関係を作ろうとすると、後で必ずしっぺ返しがきます。でも、時間をかけて作り上げた人間関係はそんな簡単に揺らぐことはありません。


――新人職員の中には、入居者さまにおっしゃられたことで傷ついてしまう人もいらっしゃいますよね。

 “新人キラー”と呼ばれる方は稀にいらっしゃいます。新人職員を見ると、相手が自分にとって信頼に足る人間か難題を投げかけて試してみたくなられるようです。不思議なもので、出来ないながらも一生懸命に関わっていると、ある時期になるとスッと受け入れてくださいます。ですが、それまでがなかなか手強い。「部屋に来るなと言われたので、私をほかのフロアに変えてください」という職員からの申し出もあります。


悩む新人職員には、「これはひとつの試練で、皆、それを乗り越えている。あなたもここを乗り越えたら強くなれるよ」と、まず支えています。原因は自分のミスなのか、入居者さまの気持ちの問題なのか。職員に冷静に判断をさせた上で、彼ら彼女らがどう乗り越えていけるか、導いてくことが重要だと思います。


 

加齢が引き起こす、認知症の方との共存について


――現在、課題と感じていらっしゃることはありますか。

こちらの施設は入居者さまの身体機能や健康状態によって生活される階が分かれています。2階が認知症の方、3階が医療支援の必要な方、4階と5階は生活支援フロアと呼ばれる比較的お元気な方が住まわれています。施設を開設した10年前は、4階と5階は自立支援フロアと呼ばれていました。皆さま、お歳を重ねられると、支援をする場面が自然と増えてきます。4階、5階にも認知症の症状が出始めた方もいらっしゃいます。


――施設内における認知症の方との共存ですね。

元気な方のフロアに認知症の方がいるということで、入居者さまも職員も今までと考え方を変えていく努力をしていかないといけません。入居者さまの中には、「悠々と毎日を過ごす自分の老後を思い描いていたのに、認知症の人と一緒ではその設計図が変わってしまった」と話される方もいらっしゃいます。認知症の周辺症状は、関わり方や環境次第で症状が出にくくなったりします。入居者さまお一人おひとりの“その人らしさ”を大切にした支援を行うことで、認知症を患った方が周囲に見守られて、お元気な方もご自分の生活ペースを崩すことなく、自然といろいろな方がいるのが当たり前と思っていただけたらうれしいですね。相手を思いやる気持ちが芽生えてくるようなフロア作りを目指しています。“みんな違ってみんないい”の考え方を、浸透させていきたいです。


若手を育て、どんどん巣立ってもらいたい


――最後に、苅谷さんは今後職員たちにどんなサポートをしていきたいと思っていますか?

私どもの桜栄企画では、神奈川県内に20を超える介護関連施設を運営しています。中でもこのオーシャンビュー湘南荒崎は、第1号施設になります。会社がスタートした場所としてほかの施設のお手本となれるように、スキルアップを図り、若い介護職員をどんどん育てていきたいですね。そしていろいろな経験を積み上げ、その培った経験からプロの介護職としての自信を持ってほしいです。

私は、ここで育った若い職員には、会社を引っ張るような存在になってもらいたいと思っています。そして背中を押して、「立派なリーダーになっておいで!」と言って送り出してあげたいですね。


(横山由希路+ノオト)