全国でも珍しい、ペットと暮らせる特別養護老人ホーム『さくらの里山科(神奈川県横須賀市)』。入居者が連れてきた、または保護された犬猫14匹が暮らしています。
3年前に愛猫の祐介と一緒に入居した澤田富輿子さんに、ここでの暮らし心地を伺いました。
祐介のことが心配で、治療も受けられなかった
【ネコの祐介を抱きかかえる入居者の澤田さん】
——祐介くんとはいつから一緒に暮らしているんですか?
澤田さん:10年前、この子が生まれたばかりのときからです。友人の車に乗っているとき、橋のところで捨てられる寸前だった祐介を見つけて保護しました。友人によると、祐介を捨てようとしていた人はいつもその場所に猫を捨てていたそうです。
祐介はまだ本当に小さくて弱々しかったから、友人は「育たないんじゃないか」と心配していましたが、私は「あと数ヶ月も生きられない」と言われた犬を17年育てた経験があったので、「絶対に大丈夫」と思って引き取りました。
【澤田さんからミルクを飲ませてもらい成長した祐介。水色のタオルは、仔猫の頃から愛用しているもの】
——強い絆があるのですね。『さくらの里山科』にはどんな経緯で入居されたんですか?
澤田さん:40代のときに脊柱管狭窄になって、その頃は犬を飼っていたから入院したくなくて手術をせずに治したんです。一人暮らしで、預ける人もいなかったものですから。
定年の63歳までは何とか勤め上げましたが、それからも体調は良くなくて、ついにはほとんど歩けなくなってしまって。家の中を這いずり回って移動するような状態でした。
一度トイレで倒れて出られなくなってしまったこともありました。手すりにもドアノブにも手が届かないんです。そのときは祐介が外で何度もドアノブに飛びかかって開けてくれたんですよ。いつも私のそばを離れずについて回って、本当によくお世話をしてくれるんです。
——いまはとてもお元気ですし、ご自身の足で歩いていらっしゃるので、とてもそんな状態だったなんて思えません。
澤田さん:当時はひどい状態で、民生委員の方や姪が家に来て、「入院しないとだめだ」と言いました。でも私は祐介と離れたくなかったんです。
姪が預かってくれる方を見つけてくれたのですが、元気なお子さんがふたりいるご家庭だったので心配になってしまって。祐介はずっと私とふたりで穏やかに暮らしてきたので、賑やかなところが苦手なんです。
それでできるだけ入院したくない、と思っているうちに症状が悪化してしまい、あるとき強制的に入院させられました。私はそのとき、丸めた毛布を祐介だと思い込んで、「絶対に離さない」と胸に抱いていたんです。頭も朦朧としていたんですね。
そうして一度入院した後に、このホームに入りました。姪が色々探してここを見つけてくれたんです。私はまだ意識がぼんやりとしていたから、最初は「ペットと暮らせる病院に転院したんだ」と思っていました。でも、だんだんと頭がはっきりしてきて、ここは老人ホームだと気づいたんです。びっくりしました。そんなホームがあるなんて知りませんでしたから。
——ここでの暮らし心地はいかがですか?
澤田さん:安心して祐介と一緒にいられて、本当にありがたいです。祐介はすぐに慣れたようで、自由にリビングやほかの方の部屋へ出入りしています。とても懐いていた男性がいたんですが退居してしまって、しばらくは部屋の前で寂しそうにしていました。
逆に、ほかの猫ちゃんがこの部屋に遊びに来ることもしょっちゅうです。爪研ぎをしたり、餌を食べたり。祐介は遊び方を知らないのでほかの猫ちゃんとじゃれ合ったりはしないんですが、ケンカもせずにのんびりしています。おっとりしているんです、この子は。
【祐介用のケージは澤田さんの個室内に置かれています】
——祐介くんにとっても良い結果になったのですね。澤田さんご自身も、お元気になられてよかったです。
澤田さん:私は小麦アレルギーなので食べられないものが多いんですが、私の分だけ別に作ってもらっているんですよ。本当に良くしていただいています。
——お部屋の中も綺麗に飾られていて、暮らし心地が良さそうです。小物がたくさんあって、雑貨屋さんのようですね。
澤田さん:指が思うように動かなくなったので、リハビリのために手づくりするようになったんです。今度親戚が遊びに来るので、プレゼントしようと思っているんですよ。
【今まで飼ったペットの写真や手づくりの小物が、澤田さんのお部屋を彩っていました】
——日々を楽しく過ごされていることが伝わってきます。こうしたホームが増えていくといいですね。
澤田さん:はい、本当にそう思っています。私は生まれたときからずっとペットと暮らしてきました。犬や猫はもちろん、鳥やうさぎも。両親も動物好きだったので、行き場のない子をみると保護するんです。家の前に動物が捨てられていたこともありますし、どこかで飼われていただろう鳥もよく迷い込んできました。
【祐介は孫の手で首の周りを撫でられるのが好きなのだそう。気持ち良さそうに目を細めていました】
——澤田さんのようにずっと動物と暮らしてきた方にとって、ペットのいない生活はさぞかし味気なく感じられるのでしょうね。
澤田さん:ええ。ペットと暮らしていなかったのは、祐介を拾う前の一年間だけ。その前に飼っていた犬を見送った後は、「もう自分には犬を飼えないだろう」と諦めていたんです。でも、ここなら私が先に逝ったときは祐介を任せられますから。
逆に祐介が先に逝ったときは、私はまた犬か猫を迎えたいと思っているんです。ここでは時々、保護されたペットの譲渡会が開かれているんですよ。「もしものときは、迎え入れてもいいですか」と施設長に聞いたら、「いいですよ」と言ってくださいました。
——そうすることで、また一匹の犬や猫が救われるんですね。
澤田さん:ドイツでは殺処分0が実現できているそうです。日本でも、こうしたホームが増えて、殺処分0が実現できるといいなと思っています。
——本当にそうですね。お時間をいただき、ありがとうございました。
さくらの里山科:入居者インタビューを終えて
とても穏やかで品がある澤田さんと祐介くん。お互いに向ける優しいまなざしから、労りあい慈しみあって暮らしきたことが伝わってきました。ふたり(正確には一人と一匹ですが)がもし離れ離れになっていたら・・と思うと胸が痛みます。
自分が死んだ後のペットのことが心配で不安定になっている人、ペットと離れたくないがために適切な治療や介護を受けられずにいる人は、きっとたくさんいるのだと思います。『さくらの里山科』のような老人ホームが全国にできれば、澤田さんのように安心して充実した老後を送れる人も増えることでしょう。
ペットと一緒に老いていく。そんなささやかな望みが、当たり前に叶う社会になることを切に願っています。
(記事中の内容や施設に関する情報は2017年1月時点の情報です)