老人ホームを退去するときにかかる費用

有料老人ホームは、‘終の棲家’として入居したつもりでも、「居心地がよくない」「サービスの内容やイメージと違っていた」「体調が悪化して入院することになった」などの事情で退去する可能性もあります。その際、どのような費用がどれだけかかるのかきちんと知っておく必要があります。

退去時にかかる原状回復費用や戻ってくるお金、戻ってこないお金についてご紹介しましょう。

1.退去時に原状回復費用を支払う必要はあるか?

知っておきたい「原状回復」の意味

老人ホームも、通常の賃貸物件と同じように、退去時に原状回復費用を支払わなければならないケースがあります。

では、‘原状回復’とはどこまでを言うのでしょうか?

これについては、「有料老人ホーム設置運営標準指導指針」において、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン※」を参考にするとされています。

ガイドラインによると、原状回復とは「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義されています。

分かりやすく言うと、「入居者は、通常の使い方以上にひどい使い方をした場合、元の状態に戻す義務がある」ということです。

ここで注意したいのは、「原状回復」=「入居当時と同じ状態に戻す」ではない点。建物というのは、まったく使っていなくても、誰かが使っていても、時間の経過とともに劣化していくものです。

したがって、入居時よりも部屋の状態が悪くなっていたとしても、通常の使い方をしていたのならば、そのまま返せば良いというのが基本の考え方になります。

なお、これらは、あくまでも「ガイドライン」としての位置づけでしたが、2020年4月施行の改正民法でも同じように明記されたことで、いわゆる経年劣化した分を原状回復費用として請求することは民法に反するとされています。(あくまで原則なので、例外もあります。)

※国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf

入居者が負担すべき原状回復費用は?

では、入居者が負担すべき原状回復費用にはどのようなものがあるのでしょうか?

法務省の例によると、入居者が負担しなければならない原状回復費用として次のようなものが挙げられています。

<原状回復義務があるとされるケース>

  • 引っ越し作業で生じたひっかき傷
  • 日常の不適切な手入れや用法違反による設備などの毀損
  • 飼育しているペットが柱などをひっかいたりした傷
  • ペットのにおい
  • たばこのヤニやにおい

上記はあくまでも一例として挙げられているもので、個々の施設等によって変わってきます。それぞれの状況に応じて、確認しておきましょう。

参考
*法務省「賃貸借契約に関するルールの見直し」
https://www.moj.go.jp/content/001289628.pdf

2.入居一時金が戻ってこない可能性もある

償却とは?

有料老人ホームに入居するとかかるお金に「入居一時金」と「月額利用料」の2つがあります。前者は、入居時に一括して支払う費用で、家賃の前払いのようなもの。後者は、家賃や管理費、食費、介護費など、入居後、毎月必要な費用です。

最近では、入居時の負担軽減のため、入居一時金の低額化が進み、「入居一時金ゼロ」の施設もありますが、前払い分がないというだけで、必ずしもおトクなわけではありません。

入居一時金は、家賃の前払い的な位置付けですので、入居した年数の分は戻ってきません。でも、それ以外は、退去時に返還されるはず。ところが、戻ってこない分があり、それが「初期償却」です。通常、賃貸における償却というのは、賃貸物件等から退去する際に返還されない金銭のことを指します。

施設側としては、入居者を迎えるためにさまざまな準備を行います。そのため契約時に一定の割合を初期償却として徴収するわけで、いわば「入会金」のようなものです。

例えば、入居一時金が500万円、初期償却率20%の場合、入居の段階ですぐに100万円が頭取りされます。初期償却率が高いと、数カ月で退去することになっても、入居一時金を返さない契約にしている施設も少なくありません(クーリングオフ制度を利用して90日以内に退去する場合を除く)。

却期間とは?

残りの入居一時金についても、「償却期間」によって償却されていきます。これは、施設の提示する料金表に書かれている「償却年月数」のことで、「介護付」ホームの場合、5~7年が一般的です。「健康型」ホーム入居者の年齢で設定を変えているところもあります。

例えば、入居一時金が500万円、初期償却率20%、償還期間5年の場合、1年後は320万円、2年後は240万円、3年後は160万円、4年後は80万円というように償還されていき、5年後には全額償還されて、返還金は0円です。

一時金という言葉から、一時的に預かってもらっているお金と勘違いしている人も多いようですが、初期償却率と償却期間次第で、退去する際に戻ってくるお金が変わることを覚えておきましょう。

3.契約の確認が重要

原状回復費用にせよ、初期償却や償却期間にせよ、施設によってさまざまです。

重要なのは、例えば、原状回復費用として、どのようなものが含まれるか、契約前に確認しておくこと。そして、「おかしい」と感じたら、施設側に説明を求めたり、「払うべき義務はないのではないか」と主張したりすることです。

施設の見学時等には、必ず「重要事項説明書」と「入居契約書」「介護サービス一覧」を受け取って、じっくりと検討してみましょう。

ここには介護・医療体制(職員配置の比率や上乗せ介護料、医療との連携)や入居・退去の要件、費用などについて明記してあります。

とくに、重要事項説明書の項目や様式は全国で統一されていますから、複数のホームの条件を比較することも可能です。

4.まとめ

まず、有料老人ホームの退去時にかかるお金として「原状回復費用」があり、いわゆる経年劣化の修繕費等は賃料に含まれており、ガイドラインによれば、通常の使い方による傷や汚れは該当しないこと。

そして、入居一時金については、原則として、まだ住んでいない分の家賃は返還されるが、入居した時点で全額は返還されず、「初期償還」に該当する分は先取りされること。一定の「償却期間」に応じて、償還されていくことをご説明しました。

初期償還については、クーリングオフ制度を利用して90日以内に退去すれば、初期償却分も戻ってきますし、償却期間前に退去すれば、一定の額が返金されます。

いずれにせよ、施設によってこれらはさまざまですので、パンフレットだけでなく「重要事項説明書」等でしっかり確認しておくことが大切です。

この記事の制作者

黒田 尚子

著者:黒田 尚子(ファイナンシャル・プランナー)

CFP®資格、1級ファイナンシャル・プランニング技能士
1998年FPとして独立。2009年末に乳がんに告知を受け、自らの体験から、がんなど病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行うほか、老後・介護・消費者問題にも注力。著書に「がんとお金の真実(リアル)」(セールス手帖社)、「50代からのお金のはなし」(プレジデント社)、「入院・介護「はじめて」ガイド」(主婦の友社)(共同監修)などがある。

介護付き有料老人ホームや特別養護老人ホーム(特養)、グループホーム、サービス付き高齢者向け住宅、その他介護施設や老人ホームなど、高齢者向けの施設・住宅情報を日本全国で延べ57,000件以上掲載するLIFULL 介護(ライフル介護)。メールや電話でお問い合わせができます(無料)。介護施設選びに役立つマニュアルや介護保険の解説など、介護の必要なご家族を抱えた方を応援する各種情報も満載です。
※HOME’S介護は、2017年4月1日にLIFULL 介護に名称変更しました。

情報セキュリティマネジメントシステム 株式会社LIFULL seniorは、情報セキュリティマネジメントシステムの国際規格「ISO/IEC 27001」および国内規格「JIS Q 27001」の認証を取得しています。