2016年11月に、埼玉県川口市にオープンした有料老人ホーム、未来倶楽部川口新井宿。現在、定員数45名に対して32名の方が入居しています。要介護3以上の認知症の方も多いそうですが、入居者の方も職員もとても明るく和気あいあいとした雰囲気があります。

施設全体から感じられる温かさには、どのような理由があるのでしょうか? また、オープンから半年間の苦労とは? 施設長の佐藤富士子(さとう ふじこ)さんにお聞きしました。


看護助手からの遅いスタート


――介護の道に入ったきっかけを教えてください。

子ども3人がある程度育った42、3歳の頃に、病院の看護助手として働きはじめました。その後グループホームに移り介護福祉士の資格を取得。その後再び病院で看護助手として働いてから、ケアマネジャーの資格を取りまして、小さな介護施設で働き施設長になりました。


――未来倶楽部川口新井宿の施設長になるまでの経緯は?

未来倶楽部に移った直後、施設長として未来倶楽部幕張を、オープン当初から受け持たせていただきました。その後は、いくつか姉妹施設の施設長を経て、未来倶楽部川口新井宿のオープンとともに当施設の施設長として働いています。

施設長だからこそ実現できる“思い”


――いちスタッフとして働くときと施設長として働くのでは、どんな違いがありますか?

介護職員の場合は、入居者さま一人ひとりに対してのケアやコミュニケーションに気を配るのが仕事ですが、施設長は、気を配らなくてはならない方の範囲がより大きくなるのを実感します。入居者さまの後ろにも、職員の後ろにもご家族がいることを感じています。

看護助手をしていた頃は、上司に言われるままに動いていたので、自分で“こういうケアがしたい”と思っても、実行には移せず、患者さまの話を聞くだけでした。一方、施設長になってからは、こうしてあげたいと思うことは裁量の範囲でできるので、自分の“思い”を仕事に反映させやすいです。また、職員たちにもそれぞれ家庭がありますので、家族を大切にできるように何かあったときには早めに対応してあげたいと考えています。


――スタッフ教育では、どのようなことに力を入れていますか?

入居者さまの体調の変化を見ていくことはもちろんですが、職員の体調の変化を気にかけていくことも大切です。様子が気になるときには積極的に声をかけています。職員に笑顔がないと入居者さまは笑顔になれませんから、職員を笑顔にすることにも力を入れています。小さい施設だからこそ笑顔がある、ここに来るとみんなが笑っている、そんな施設にしたいです。

職員全員が、看護・介護主任にそって一体感をもって動いてくれる……。そうなったら最高です。



どのように接したらいいのか……常に悩み考える


――オープンしたての施設ならではの難しさがあると聞きますが、どのようなことでしょうか?

オープンしてから、30人の方が入居された頃が一番大変な時期でした。それまでお会いしたことも病気の程度もわからない方が入居されますので、一人入居されるたびにスタッフ全員で情報の収集を行い、それに基づいてカンファレンスをし、事故のない安心した生活が送れるようその日からお手伝いが始まります。

そこが難しさであり、楽しみでもあります。職員それぞれが「その方にどのように接したらいいんだろう」と悩み考えますから、この緊張感が、実はとても良いことだと私は思っています。


――入居者と接するときは、どんなことを思いながら対応されていますか?

家族さまはどのような思いで当施設を選ばれたのかを感じ取って、感じ取ったことを入居者さまと接するときに「どうすれば叶えてあげられるのかな」と考え、寄り添いたいと思っています。

最初に働いた病院で、生活保護を受けている患者さまが亡くなられたときに「この方の生きた証はなんだったんだろう」と思いました。最初に見送った方でしたからものすごく考えました。一人ひとりに向き合っていきたいと思うようになったのは、その体験からです。



 

誰のことも信じられない入居者の笑顔を、職員みんなの力で取り戻した!


――入居者とのエピソードで特に印象的な内容を教えてください。

ここには91歳になる女性の入居者さまがいらっしゃいます。目が見えない上に身寄りもない、また、以前周囲からきちんと説明がないまま転院させられた経験などもあり、誰も信じられなくなっていました。

入居された当初は、私たちをすべて拒み、部屋に入るだけで怒鳴られ、お食事も「毒が入っているので私は死にたくないから食べません」と拒否されました。あとから知ったのですが、10日間の間、部屋の洗面台で水を飲んでいたそうです。


――そうした状況でどのように信頼関係を築いていったのでしょうか?

「もしかしたら、高齢の方なのであんぱんなら召し上がるかもしれない」とお部屋に置いたところ、翌日には半分なくなっていました。次にお赤飯のおにぎりをお部屋に置くと、1日目は手をつけず、でも、2日目にお出しすると召し上がっていただけました。次の日は手にそっとみかんを置いたところ「みかんだね」とおっしゃって、「好きですか」とお聞きしたら「好きだよ」と。「食べてくださいね」とお話ししましたところ、時間をおいて口にしていただけました。

こんな風に、じっくりと相手と向き合い話すことを積み重ねていくことで、私たちのことを徐々に信用していただけるようになりました。


――少しずつ歩み寄っていったのですね。

実は、最初は食事だけでなくお風呂も拒まれていました。12月初めに入居されて、お風呂に初めて入られたのは1月1日です。前にいらした病院にはお風呂の設備がなく、1年間カラダを拭くだけだったそうで、ここに入居されてからも、しばらくは職員が温かいタオルを渡し、ご自身がそれでカラダを拭くという生活が続いていました。そこで元旦の日に、「お正月なのでお風呂に入りましょう」となかば無理やりでしたが職員でお誘いしたんです。湯船に入ると、入居者さまから「気持ちいいー」という言葉が出たんですよ。そこまで本当に職員みんなで協力しあいました。

今では、この方はお風呂にも入りますし喜んでお食事も召し上がります。私たちが部屋に入ると一生懸命お話をしてくださるようになりました。

最初の頃のお顔と今のお顔は本当に違うんです。体重も4kg増え、「栄養がいいから目が見えるようになってきた」とおっしゃっていただけて……。私たちを受け入れてくださったと感じることができます。今にしてみれば、最初の1カ月間はなんだったんだろうと思います。




人生の最期まで安心して生活をしていただける雰囲気作りを


――現状課題と感じていることと、その改善に向け努力しているのはどのようなことでしょうか?

入居者さまには介護度や病気など重い方がいらっしゃいますから、その方の人生の最期まで未来倶楽部川口新井宿で安心して生活をしていただけるように、私たちに任せてもらえる信頼関係を作り上げたいと思っています。

ただ、ご家族の方が、どこまで安心してくださっているかについては不安があります。家族さまは、親御さんのここでの生活を思いえがき、期待して入居させますから、私たちは家族さまの思いに添う努力をしなければなりません。この家族さまの思いをどう介護に反映していくか、入居者さまの生活をどの様につくりあげて行くかが大切なので、介護職員へ家族の思いを伝えることに力をいれています。


――今後の展望について教えてください。

入居されて1カ月間は、環境の変化や家に帰りたいという思いで落ち着かない方もいらっしゃいますが、3カ月間施設生活をすることによって「家に帰りたい!」という方はいらっしゃいません。

入居者さまの中には、認知症の方でほかの施設では対応できず、大変だったという方もいらっしゃいます。でも今では、ご家族とのお出かけの際には「行ってきます」とお声があり、「ただいま」と帰ってこられます。ここが「帰ってくる場所、すなわち自分のお家」であると、ご本人が認識してくださったのだと思います。

このように入居者さまの心を変化させる力をもっているのが介護職員たちです。私は彼らに対して「この職員たちなら絶対何とかしてくれる」という信頼感があります。なにより、実際にそうなっているのですから。

オープンから落ち着いてくるまでには1年くらいかかります。未来倶楽部幕張のオープンのときにも感じましたが、満床になり入居者さまたちが施設生活に慣れますと、施設全体が一家族のように穏やかな日が続くようになります。川口新井宿もその日が目の前に近づいていると思いますので、満床にして、職員の笑顔とともに、ご家族の満足度を上げていきたいですね。

(川野ヒロミ+ノオト)