【専門家が解説】大腿骨頚部骨折の術後リハビリと注意点
大腿骨頸部骨折は、太ももの骨の股関節の部分が折れてしまうことです。転倒しやすい高齢者に多く、主な治療法は手術とリハビリです。手術後は医療的な管理のもとで翌日からリハビリが始まります。
ここでは、臨床現場でリハビリを行う専門職の立場から、手術後に行われる代表的なリハビリと注意点、再発予防、そしてリハビリと生活を支える3つのポイントをご説明します。
大腿骨頚部骨折の原因と治療法
骨折の原因
大腿骨頚部骨折は、転倒して大転子を強打したり、膝をついたりして受傷されることが多いです。男女比では女性が2.6倍も多く、これは骨粗しょう症により骨の強度が低下していることが一因とされています。年齢でみると70代以降に増加し、85歳以上では特に頻度が高くなっています。
手術の方法
手術の方法は大きく3つに分けられます。
- 骨接合術(固定術)
- 人工骨頭置換術
- 保存的治療(手術をしない)
骨折の治療法は日々進歩していて、ひと昔前のような「大腿骨頚部骨折=寝たきり」ではなくなっています。これは、積極的な手術とそれを支えるリハビリの発展によることが大きいとされています。
手術後は個人差はあるものの20~40日程度で退院される方が多いようです。また、手術後の早い段階で、要介護認定の手続きを始める方が多くいらっしゃいます。
これは、要介護認定を受けてから要介護度が決まり介護保険サービスを受けられるようになるまでに一ヵ月近くかかってしまうためです。なお、全身麻酔や手術により命の危険が高くなると判断される場合には、やむなく保存的治療が選択される場合があります。
大腿骨頸部骨折について詳しくみる手術後に行われる代表的なリハビリ
多くの病院にはクリニカルパス(手術前後の医療的な管理やリハビリのスケジュール)が用意されており、これに沿って医療的な管理やリハビリ進められます。
術後すぐに始めるリハビリ
手術後は翌日からベッド上で座る練習を始め、早い段階での起立・歩行を目指してストレッチ、筋力強化運動などを行います。これらには、寝たきりに伴う認知機能の低下や関節の拘縮(こうしゅく:固くなること)、筋力の低下など多くの合併症を防ぐ目的もあります。
また、必要に応じて痛みの緩和のためのアイシング(寒冷療法)や、患部と筋肉のこわばりの軽減のためのホットパック(温熱療法)も行います。
歩行の練習
歩行練習は、平行棒、歩行器(あるいは松葉杖)、杖と段階的に進めていくことが多いです。必要があれば、階段昇降の練習や屋外での歩行練習も行います。
骨折後の歩行能力は、例えばそれまで普通に歩けていた人であれば杖が必要になったり、杖で歩いていた人は歩行器が必要になったりといったように、1段階落ちることが多くあります。ただし、これは骨折前の運動習慣や年齢、リハビリテーションの効果によっても変わります。
このほか、日常生活動作の練習として整容、着替え、排せつ(トイレ)、入浴などの動作練習を行います。
骨接合術後にリハビリ、生活で注意すること
骨接合術とは、骨折部を金属で固定して骨がくっつくようにする手術のことです。
この手術の場合、骨のくっつき具合に合わせて下肢にどの程度体重をかけて良いかを調整します。これを「荷重制限」といいます。リハビリや生活で注意すべきこととしてこの「荷重制限」があります。荷重制限を正しく行わないと、再骨折してしまう危険があり注意が必要です。
脱臼に注意!人工骨頭置換術後のリハビリと生活で気を付けること
人工骨頭置換術は、太ももの骨のうち股関節部分を取り、金属やセラミックでできた人工骨頭と交換する手術です。通常は、手術直後より下肢へ普通に体重をかけられる状態となります。
リハビリ、生活で注意すべきことは「股関節の脱臼」です。これは手術により股関節に近い筋肉の機能が低下しているために起こるもので、特に手術後6ヵ月間は注意が必要となります。
脱臼は股関節を深く曲げたり、内側に捻じったりしたときに起きやすくなります。
具体的には、低い椅子に座る、和式トイレでしゃがむ、足を組む、横座り、靴や靴下の着脱の際に膝が内側に入る(膝の外側から手を伸ばす)、床の物を拾う際に手術した足を前に出す、などの動作があります。
なお、手術の方法によって、脱臼しやすい運動方向や程度が異なるため、主治医や担当のリハビリ専門職に正しい動作方法を確認しておくことが大切です。
術後の痛み
手術でしっかりと固定し骨折部が安定していれば、骨折部の痛みは1~2週でなくなるといわれています。また、骨折時に生じた骨折部の周囲の傷や手術による傷の痛みも、通常は3週間以内に徐々に軽減していくようです。痛みの程度に合わせて、痛み止め(点滴、座薬、注射、内服など)を使用します。
これらのほか、骨折前から膝関節に変形がある場合(負担がかかって軟骨がすり減るなどしている場合)、骨折・手術後の安静による筋力低下から膝関節の痛みを生じることもあります。
転倒・骨折の予防(再発予防)としてのリハビリ
大腿部頸部骨折は転倒によるものが大半です。しかし、そもそもなぜ転倒してしまうのでしょうか。転倒の原因は筋力低下だけではありません。加齢とともに低下する機能と、その対処法をご紹介します。
バランス能力
加齢によって低下しやすい機能の一つ。運動習慣を持つことが大切です。
体に対するイメージ
“若いつもりでいるものの体は昔のように動かない”という状態。運動会で転んでしまうお父さんをイメージしていただくと分かりやすい。こちらもバランス能力と同様に運動習慣が大切です。
視覚機能の低下
加齢によって視力、視野、段差などのコントラストを見分ける力が低下しやすくなります。そのため、床や段差のある場所が暗くならないよう照明を調整する。段差のあるところに色のコントラストをつける。床にあまり荷物を置かず整理しておくなどが有効です。
注意力(認知機能)の低下
両手に荷物を持ちながら歩く、考えごとをしながら階段を下りるなど、二つ以上のことを同時かつ安全に行うには、ある程度の注意力が必要になります。「コグニサイズ」のような複数の課題を同時に処理する運動が効果的です。
手術後のリハビリと生活を支える3つのポイント
最後にリハビリと生活を支える3つのポイントをご紹介します。
①再骨折に注意
転倒・骨折による再手術はとても大変ですので、再骨折をしないように注意が必要です。ぜひ、先述の「転倒・骨折の予防(再発予防)」を参考にしてみてください。
②住環境の調整、杖などの活用
退院までには20~40日ほどかかります。その間に、玄関や廊下、トイレ、浴室に手すりをつけたり、杖や歩行器を用意したりといった退院後の準備も行うことになります。こうした住環境の調整や杖などの利用検討は、ソーシャルワーカーやリハビリ専門職の助言を得て一緒に考えてみてください。患者さんの身体に合ったものを提案してくれます。
③不安な心に寄り添う
転倒を経験すると、歩くことに不安を感じたり、自信を失ったりしてしまう「転倒後症候群」におちいることがあります。この場合、体力低下や閉じこもりにつながり、結果としてさらに転倒しやすくなってしまいます。不安な心に寄り添い、少しずつ日常を取り戻すことが確かな自信となり、再発予防にもつながります。
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いかがでしたでしょうか。臨床現場でリハビリを行う専門職の立場から、手術後の代表的なリハビリと注意点、再発予防、リハビリと生活を支えるポイントを解説いたしました。この記事が、皆さんのリハビリと生活を支える一助となることを願っています。
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イラスト:安里 南美
この記事の制作者
著者:安藤 岳彦(介護老人保健施設ひまわりの里 リハビリテーション部長)
認定理学療法士(地域理学療法、健康増進・参加)、中級障がい者スポーツ指導員
1999年秋田大学医学部付属医療技術短期大学部理学療法学科を卒業。
医療法人社団三喜会鶴巻温泉病院に勤務。介護老人保健施設ライフプラザ鶴巻、医療法人篠原湘南クリニッククローバーホスピタル、医療法人社団佑樹会・介護老人保健施設めぐみの里の開設を経て、現職。療養・生活に寄り添うリハビリ専門職として、日々の業務に従事しています。