アライブ杉並松庵のソフト食


噛む力や飲み込む力が弱くなった方でも、安心して食べられるようにと提供される「ソフト食」と「ムース食」。どちらも介護食の種類ですが、一般的にソフト食は煮込んだり茹でたりして舌で潰せるくらい軟らかくした食事、ムース食は食品をミキサーにかけてとろみ剤で固めた食事を指します(※施設により異なることがあります)。

アライブ杉並松庵は2016年、「リビング・オブ・ザ・イヤー(※)2016 食事サービス部門」の最優秀賞を受賞しました。同ホームのソフト食とムース食にはどんな工夫があるのか、調理チーフの白井光さんにお話をお聞きしました。
※優れた取り組みをしている高齢者住宅を選考し、表彰する。主催は高齢者住宅経営者連絡協議会。


通常食と味も見た目もほぼ変わらないソフト食  

 

――5年前に食事を見直したとお聞きしましたが、どのように変えられたのですか?

 もともとは、食材を細かく刻んで調理する「刻み食」と呼ばれる食事をご入居者に提供していました。刻み食は通常食よりは食べやすいものの、意外に誤嚥(ごえん)が多く、見た目もかなり違います。食において、見た目はとても大事な要素で、食欲にも関わってきますよね。どうしたらもっとおいしい食事を召し上がってもらえるか……。刻み食に変わる「味も見た目も通常食と変わらない調理法」を追及した結果、現在の、当ホーム独自のソフト食が完成しました。


――具体的にはどのような調理法なのでしょうか?

酵素に漬け込むことで、素材自体を柔らかくする調理法です。素材によって漬け込む時間や酵素のパーセンテージを変えています。肉や魚が一番長く、8時間程度かかります。

【調理チーフの白井光さん】


――調理前の素材を酵素に漬け込むということですか?

はい。たとえば、本日のランチメニューでお出しした味噌チキンカツの場合、鶏肉を酵素に漬け込んで柔らかくしたら、水分をしっかり拭き取り、通常の揚げ物と同じようにパン粉をつけて揚げます。それに味噌で作ったソースをかけて提供します。

 

――試食させていただきましたが、見た目は通常食と変わらないのに、食感はまったく違ってほとんど咀嚼の必要がありませんでした。味も変わらずおいしいことに驚きました。

実は、ソフト食の味については、もうひと工夫しているんです。酵素に漬け込むと素材に調味料がしみ込みにくくなるため、どうしても薄味になってしまう。そこで出汁にとろみをつけた“あん”をかけることで味を整えています。おいしくなるうえに、あんによって誤嚥も減り、より食べやすくなるんです。

アライブ杉並松庵のムース食。中央の皿に、チキンカツ、味噌ソース、キャベツのムースがそれぞれ並べられています。

【アライブ杉並松庵のムース食。中央の皿に、チキンカツ、味噌ソース、キャベツのムースがそれぞれ並べられています。】

 

彩りを意識し、見た目に美しいムース食を


――なるほど。では、アライブ杉並松庵ならではのムース食というのは?

 ソフト食をミキサーにかけたものです。従来、ムース食というのは刻み食に水分を加えてミキサーにかけて作るのですが、当然のように味は薄くなり、量も増えてしまいお世辞にもおいしいとはいえません。ソフト食をミキサーにかける場合、酵素を含んでいるので水分を足す必要がありません。そのため、ミキサーから取り出すと量は増えていませんし、栄養価も普通食と変わりません。

 

――ムース食も試食させていただきました。最初にチキンカツを一口食べたとき「味噌の味が強い」と感じたのですが、実はチキンカツ、味噌ソース、キャベツと、異なるムースが3種類盛られていたんですね。

それは味噌ソース部分だけを食べたからですね(笑)。ご入居者はその3種類を一度にすくって食べていただき、チキンカツの風味を味わっていただきます。通常食の場合はチキンカツに味噌ソースをかけて提供しますが、その状態でミキサーにかけただけでは、見た目がすべて茶色になってしまい視覚的においしそうではないんですよね。そのため、3つの食材を分け、彩りよくムースにしています。

 

――付け合わせの煮物も、彩りがとてもきれいでした。

白いもの、緑のもの、赤いものなど、彩りに変化を加えれば、見た目にも食欲が増すし、味が混ざらずにおいしく食べられます。特に僕はもともとフレンチのシェフだったので彩りが気になってしまうんですよね。

 

――煮物の形はなくなっても、赤いムースはニンジンだと目でも楽しめます。手間をかけていらっしゃるのがわかりました。

正直、料理人として当たり前のことをしているだけ。味のバリエーションや彩りを考えるのはフレンチでなくても当然のことですから。

でも、刻み食よりも手間はかかりません。素材を刻むという作業は思いのほか時間がかかるものです。酵素に漬け込む時間は必要ですが、調理時間はだいぶ削減できたので、その分、ほかに手をかけられるようになりました。


 

ソフト食、ムース食によって、入居者の食環境が改善


 

――ソフト食、ムース食になって、ご入居者の食事の様子は変化しましたか?

 刻み食のときよりもスムーズに食事がすすんでいる感じがしますね。刻み食は口をもぞもぞさせて食べにくそうだなと感じていました。誤嚥も減ったように思います。食べられる量も増えて、介護スタッフから体重が増えたご入居者が多いと聞きました。

 

――みなさん、おいしそうに食べていらっしゃいましたね。

ムース食を食べているのは、食事介助が必要な方ばかりですが、よく召し上がってくださるようになったのでスタッフも介助が楽になったと言っています。

 それ以上に、ご本人の負担が減るというのがうれしいですね。座って食事をすることすら大変な方もいらっしゃるので、食がすすみ、食事の時間が短縮できるとその分食卓に座る時間が短くなるため、食事の時間の負担を軽くできたことはご入居者にとって何よりです。


――その努力が評価され「リビング・オブ・ザ・イヤー2016 食事サービス部門」の最優秀賞につながったと。

評価していただいたことはとてもうれしいのですが、正直、表彰式のスピーチでは言うことがなくて困りました(笑)。僕は当たり前のことを当たり前にやっているだけで、変わったことをしているわけではありませんから。 

とはいっても、いつまでもご入居者に食べる楽しさを感じていただけるよう、日々の食事作りに取り組んでいるのは間違いないので、丁寧さと完成度は高いんじゃないかなと自負しています。

 

アライブ杉並松庵:スタッフインタビューを終えて

介護食というと、かなり味が薄いものと思っていましたが、今回試食をさせていただき、すべての料理にしっかり味がついていることに驚きました。また、ソフト食、ムース食が通常食と大きく異なる点は食感にあります。しかし、ソフト食はもちろん、ムース食も料理によってそれぞれの食感(固さ)の違いが楽しめました。そんなところにも、作り手の配慮が込められているのだと感じました。

(塚本佳子+ノオト)