福祉先進国であるスウェーデンのケア理念や手法を介護に取り入れている「舞浜倶楽部 新浦安フォーラム」。なかでも認知症緩和ケアの補完的手法の一つとして注目されているのが、スウェーデンで確立された「タクティールケア」です。新浦安フォーラムでは、どのように入居者のケアに用いられているのでしょうか? シルヴィアホーム認定インストラクター(※)の中島洋平さんに聞きました。


人が触れるということは生きる力を養う上でとても大切なこと


――タクティールケアのインストラクターになった経緯を教えてください

当ホームに入社してタクティールケアを知りました。入居者の方にタクティールケアを行うようになり「面白いケア方法だな」と思い始めた頃、会社からインストラクターの話をいただきました。その後、仕事の一環として研修に参加し、2010年にスウェーデンで、シルヴィアホーム認定インストラクターの資格を取得して今に至っています。現在は認知症緩和ケアやタクティールケアについて社内や地域の方に講座を開いています。


――タクティールケアにはどんな特長がありますか?

タクティールケアは、手を用いて10~20分間、相手の背中や手足を「押す」のではなく、優しくなでるように触れていく認知症緩和ケアの補完的手法の一つです。痛みの緩和や、認知症で精神的につらい思いをされている人へのアプローチに使われるなど、介護のさまざまな場面で使う「ツール」になっています。人が触れるということは人間にとってとても大事なことであり、生きる力を養う上でもとても大切なことだと考えられています。

一見マッサージのように見えますが、マッサージとは手法が異なります。手のひらがまんべんなくぴたっと触れた状態で一定の速さでゆっくりと進んでいくのがタクティールケアの特長です。手や足、背中などへの手技があり、手ならば指先までにきっちり触れて形を伝えたり、背中なら「あなたの背中大きさはこれくらいあります」と触れながら教えてあげたりと、ボディイメージをもってもらえるように行います。優しくなでるように触れることで「安心と信頼のホルモン」と呼ばれる「オキシトシン」が分泌され、 不安や興奮を抑え、痛みを緩和する効果があるといわれています。



 

認知症の方であっても記憶の深いところで根付いていくタクティールケア


――入居者の日常ケアでは、どのように取り入れられていますか?

入居者の1/3にあたる約30人の方のケアプランに、適時、あるいは週1回のタクティールケアが組み込まれています。また、その時々で必要としてくれる方に行うことも多く、落ち着きがない方、気分が高揚しがちな方に集中して行うこともあります。

たとえば、新しく入居された方で、特に認知症を抱えている場合は新しい環境に慣れるためには困難が伴います。ですから、人間関係を構築するために積極的にタクティールケアを用いて、“顔なじみの関係”になれるよう意識的に関わることもあります。

また、終末期にさしかかって、死の苦しみや恐怖を抱えている人に対してもタクティールケアを行います。ご本人がターミナルに入り、「何かをしてあげたいけれど、どうしたらよいか?」と家族は悩むことが多いです。そんな中、ただ、触れるという行為がどんな意味を持つのかを自覚し、ご家族の勇気にもつながっていきます。タクティールケアは緩和ケアの手法として、いろんな可能性があるのだと私は思っています。


――タクティールケアについて、入居者の方からの評判はいかがでしょうか?

特に認知症の方は、言葉で感想を言えない方も少なくないです。それでも、寝る前に足にタクティールケアを行うと「ポカポカして寝やすくなるよ」とか、リビングでウトウトしている方に「背中にいつものマッサージみたいなのをやりませんか?」と聞くと、「よろしく!」と記憶の中でケアを認識して覚えて下さることもありますから、評判は良いと思います。

認知症で記憶力が低下している方でも、このように「いつものケア」として覚えて下さることもあるんです。タクティールケアが心に残っている証です。介護職員の名前は思い出さなくても、タクティールケアを通じてコミュニケーションができていますし、皆さんにタクティールケアを受け入れてもらっていると感じます。認知症の方であっても記憶の深いところで根付いていてくれると実感しています。



 

転倒予防やリハビリ意欲を高めてもらうためにも役立っていると実感


――入居者の方との印象的なエピソードがあれば教えてください。

体の片側に麻痺のある入居者の方がいました。いつもお部屋からお風呂までの50mくらいの距離をゆっくりゆっくり進んでいくのですが、頑張り過ぎてしまう分、転倒することも多かったのです。その方に「歩く力につながるといいな」と思いながら、集中的に足のタクティールケアを行いました。

すると、「いつもは、僕の足はみんなが正座をして立ったときのような痺れて棒みたいな状態で、そういう感覚で歩いている。だけど、今日は久々に自分の足の形を理解しながら歩いている気がする」と言われました。タクティールケアの効果なのかどうか、科学的な根拠まではわからないけれど、集中して足のケアを行ったことで良い効果があったのだ、転倒予防にもつながるのだと思いました。

「タクティールケアを行ってから歩く訓練をすると、とても自分が満たされた気分になる。私は治る気がする」と言ってくれた方もいます。リハビリの意欲を高めてもらうためにも、タクティールケアは役立っていたのだと思います。

――一般の方向けのタクティールケア講座もあるそうですが、どのような方が学ばれていますか?

受講者に多いのは、介護職の方と看護職の方、認知症のご家族がいる方などです。研修後には、「日頃の仕事で忘れかけていたことを、研修を通して思い出せた」「時間をかけて触れ合うことは、こういういいことがあるんだね」、「時間がない職場だけれど、勇気を出してやってみたい」などの感想をいただきます。




 

スウェーデンと日本を比較できるから気づくことがある


――最後に、日本の介護とスウェーデンの介護の違いについて教えてください。

スウェーデンには研修で2回ほど行かせてもらいました。その中で一番ハッ! とさせられたのは「転ぶ権利」という言葉です。

研修先に、歩行器を使って危ない歩き方をしている方がいました。一緒に研修を受けていた同僚が、スウェーデンの職員に「なぜ危ないのに付き添わないのですか」と聞くと、「転ぶのだって自分の責任でしょ。転ぶことも自分の権利。本人が歩きたがっているのよ」と。そういう価値観に驚き、国民性の違いを感じました。

実は、危ない歩き方をしていても転ばずに自分の部屋にたどりついているんですよね。もちろん、その人に適した歩行車を使ったり、手すりが備えつけられていたり、部屋の中での導線が考えられていたりと、転んだときにはケガをより軽くする工夫がされています。

スウェーデンでは転倒させないように付き添うことより、アクティビティなど、より楽しいことが施設でできているかに家族や本人の関心があるのだそうです。細かなケアプランの立て方は日本の良いところですが、日本人は「絶対に転ばせてはいけない」ということに気がいきがちで、それは行きすぎると「身体拘束」につながる場合もあります。それを強く感じたのがスウェーデンの介護でした。スウェーデンの研修で経験したことは日々の仕事で生きています。

(川野ヒロミ+ノオト)



※シルヴィアホーム認定インストラクター

スウェーデンの認知症緩和ケア教育専門機関「財団法人シルヴィアホーム」が認定した「認知症ケアのスペシャリスト(シルヴィアシスター)」