私が大人になって良かったと感じることのひとつに、自分の居心地の良い人や場所を選べるようになったことがあります。会社の人と反りが合わなかったとしても、他の居場所や社外の友人関係に救われている人がほとんどでしょう。
特に、マイノリティと呼ばれる方々の中には、同じ属性の人が集まるコミュニティを心の拠り所に思っている方も多いのではないかと思います。
しかし、介護施設・サービスは、その内容の充実度や種類に違いはあっても、マイノリティ性に着目して設計されたものは、現状ではほとんどありません。当事者の方々にとって理想的な老後の過ごし方とは一体どのようなものなのでしょうか。
そんな問題意識から、マイノリティの中でも法的な面を含めて「家族」という形態をとりにくい、セクシュアルマイノリティの方々に焦点を絞って「老後と介護」をテーマにお話を伺っていくことに。
第1回目はこちら
今回お話を伺ったのは、80代の母とふたり暮らしをしているかっちゃん(写真左)と、介護真っ最中の90代の両親を持つあさちゃん(写真右)。状況は違うものの、親御さんのお世話をしているおふたりに、介護やお世話をするうえでの悩みや、ご自身の老後の計画についてお話を聞かせていただきました。
――かっちゃんは80代のお母さまが、あさちゃんは90代のご両親がいらっしゃいますよね。介護はもう始まっていますか?
私は物心ついたときからずっと母とふたり暮らしをしていて、収入がない母の分の生活費も私が出してはいるのですが、介護自体はまだですね。
持病もなく元気なんですけど、3年前にろっ骨を折るケガをしてからはそれまでのように外を飲み歩くこともなくなってしまいました。引きこもり気味でストレスが溜まるのか、私が家に帰るとおじいちゃんおばあちゃん特有のマシンガントークが止まらなくなって……つらいです(笑)。
放っておくと動かず、弱っていってしまうので、買い物や朝のお弁当づくりをお願いするようにしています。
持病はないので長生きしてほしいとは思っているのですが、今後のことは特に考えていないので不安ですね。
私は両親ともに90代と高齢なこともあり、どちらも介護が始まっています。母親は誤嚥性肺炎で倒れたことをきっかけに認知症を起こして、2年前から養護老人ホームにお世話になっています。
父親は私の隣に住んでいて、掃除や洗濯をときどき手伝いに行く程度だったのですが、ちょうど昨年末から雲行きが怪しくなってきたので、そろそろ何かしらの方法を考えなければいけないかもしれません。
――お父さまに何かあったんですか?
父が年末にウイルス性の胃腸炎にかかったことが発端なのですが、そこから転倒して10針、すぐにまた転倒してさらに12針を縫うケガをしたり、誤嚥性肺炎や尿道感染症にかかったりとアクシデントが立て続いて、父をひとりで家に置いておくのは心配だなと。
父親自身も生きる意欲がなくなってしまったようで「私は半分死んでいる」などと言い出す始末なので、母のように養護老人ホームに入ってもらうことも検討中です。
ただ、身体的な不自由さはあるものの、認知はしっかりしているので、限られた空間の中だけ で過ごさせるのも可哀想かなと思い、ケアマネジャーさんに相談しようかななどとまさに悩んでいるところでした。
――先ほど「有料老人ホーム」と「ケアマネジャー」という言葉がありましたが、それぞれどのような特徴があるのでしょうか?
ケアマネジャーさんは、介護サービスが必要な人と介護事業所との間に立って、ケアプランの作成や給付管理業務などを行ってくれる人です。
老人ホーム系の「施設サービス」や、家に来てお世話をしてくれる訪問介護などの「居宅介護サービス」の手前に位置する役割なので、介護をするヘルパーさんとは役割が違います。
父はこれからどんな介護が良いか検討する段階なので、まずはケアマネジャーさんに相談してみようと思っています。
※参考)最初に相談すべき場所
――ケアマネジャーさんは「介助を行ってくれる人」だと思い違いをしていました。有料老人ホームは施設で介護を受けられるサービスですよね?
有料老人ホームは住む場所や食事の提供と、日々の安否確認、日常の身体介助(介護サービス)を受けられるサービスです。介護付有料老人ホームと住宅型有料老人ホームで介護サービスの契約方法や料金の発生の仕方、人員体制が違います。
※参考)老人ホーム・介護施設の種類、それぞれの特徴
月額料金は家賃が含まれているので地域によって違いますが、老人ホームが多いと言われている東京の世田谷区だと相場が月33万円(※)らしいです。設備によってはもっと高いところもあるし、料金はピンキリですね。
※参考:LIFULL介護 世田谷区月額相場(2020年4月23日時点)
――相場の33万円でも、ちょっと高いと感じてしまいますね。
高額に感じるかもしれませんが、老人ホームは家賃だけではなく、食費、施設長さんやスタッフさんの人件費なども含まれていますよね。24時間体制でお世話してくれると考えると相応か、むしろ安いくらいだと個人的には感じています。
それでも、相場でみると年間で400万円近くかかってくるので、それが何年もとなると、けっこうな金額になりますね。
――年間で400万円と仮定すると、5年間で2000万円! そういえば、2019年の金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループの報告書がきっかけで「老後2,000万円」のキーワードが話題になりましたね。
あの数字は衝撃的でしたよね。ただ、実際に施設にかかる費用を見積もってみると、おかしな金額ではないと思います。実際に、有料老人ホームは希望者が多すぎて入れない施設も多いんですよ。
両親は、自分たちで貯めたお金で施設の費用や生活費を出してくれているので負担はありませんが、私が自分の老後のためにそれだけの費用を用意できるかというと厳しいですね。
私も2,000万円は、とてもじゃないけど……。
かと言って、訪問介護も安くはないんですよ。たとえば、ケアマネジャーさんにケアプランの作成をしてもらい、ホームヘルパーさんに毎日家に来てもらって12時間介護してもらうとなると、有料老人ホームに入る以上のお金がかかってきてしまうんですよね。
――介護にかかる費用を知っても、金額が大きすぎて現実味が湧かないところがありますね。あさちゃんはご両親の介護真っ最中、かっちゃんはこれからという状況で恐縮なのですが、自分の老後については考えていらっしゃいますか?
実は私は2~3年前にかなり大きな病気をしてしまったので、老後は長くないかなという気もしているんです。親の介護もまだ考えていないですが、親さえ看取れれば自分はまぁ、というところがあって。
それまでは「定年したら沖縄で暮らせたらいいな」なんて思って、老後のために貯金もしていたんですけど、いつ死ぬかわからないから使っちゃえみたいな感じで(笑)。今も病院に通院していることによってあまり貯金できないのもあるし。だから自分の老後……ここ数年は特に考えていないですね。
私もまだ考えていないけど……母のように認知症になってしまったら、24時間しっかりと見てくれる老人ホームは安心ですが、父のように身体は不自由でも頭はしっかりしているとしたら、できれば家にいたいと思ってしまいますね。
老人ホームは管理が行き届いていて安心な一方で、家で過ごすのに比べるとどうしても制限はかかってしまいますから。
私は結婚もしていませんし、子どももいないので、誰かに面倒を見てもらうとしたらパートナーになるのかもしれませんが、自分が父に対してしている介護の大変さを思うとやっぱり頼めないです。
在宅でケアしてくれる人を、となると、やはりホームヘルパーさんを呼ぶことになるのかな?
――そうなるとやはりお金がないと、という話にもなってきてしまいますよね。
あぁ、でもこの業界(LGBTコミュニティ)の人たちと飲むと「みんなで住もうよ」という話にはなりますよね。誰か作ってくれないかなって他人に期待しているので話は進まないんですけど(笑)。マイノリティあるあるだと思います。
それはよく言いますよね。そういえばこの間、「パフスクール(ジェンダー、セクシュアリティ、マイノリティの視点に立ち、生きる知恵と勇気を共有し、学び合う場)」で聞いた、自分たちで二戸帯ある家を建てたおふたりのトーク も「コミュニティをつくろう」という主旨の話でしたね。私もみんなでシェアハウスをするのは賛成です。
もっと言えば、子どもからお年寄りまで色々な年齢層の方がいるといいなと思うんですよ。高齢者の介護も子育ても大変ですが、子育ては子どもが確実に成長していくことがモチベーションになるじゃないですか。
高齢者には衰えることはあっても成長していくというポジティブな点がないので、高齢者の介護だけだとしんどい側面もありますよね。
だから、たとえば、子どもを持つレズビアンカップルを軸にして、若者も高齢者もみんなで子育てをするコミュニティが理想的ですよね。そうすれば追い詰められてしまわない。
――多世代が同居していれば、今回の新型コロナウイルス蔓延などの有事や、何かしらの事情で保育園にお子さんを預けられず、仕事を休まざるを得ない人たちも助かりますよね。
あとは、タイミングですね。たとえば、私は今母親がいるから誘ってもらっても入居できないし、職場と住む場所の問題もある。定年した頃に「一緒に住みたい」と言ってくれる若い子がいればいいのかもしれないですけど、それこそ今考えても仕方ない話だし。でも、いつかできたら楽しそうだなぁ。
まさにご両親の介護に直面しているあさちゃんと、母との同居する中で経済面を中心に支援しながら、漠然とした不安を抱いているかっちゃん。それぞれが抱えるリアリティのある悩みに共感し、勇気づけられた方も多いのではないかと思います。
現状ある老後の過ごし方の選択肢は、介護施設・サービスの利用か、パートナーや子どもに頼るかの大きく2択ですが、お話の中で登場した「セクシュアルマイノリティの多世代コミュニティ計画」は第3の選択肢になりそうです。
実際に、ドイツにある「Lebensort Vielfalt (色とりどりの生きる場所)」と呼ばれるLGBT向けの多世代住宅は2012年の完成以降、世界中から見学者が後を絶たないといいます。
ただし、建築主は個人ではなく、同性愛者カウンセリングセンター・ベルリン。多世代を同じタイミングで1ヵ所に集めることを考えると、やはり個人で運営するのはハードルが高いかもしれません。また、緊急時に、同居している人やパートナーが病院での面会や付き添いが許されるのかといった問題には法的な制度が関係してきます。
しかし、実際に実現できるかどうかは別として、こうして老後について考えること自体が可能性を広げることにつながるのではないか。おふたりとお話しする中で、そんなことを感じました。
文筆業。「家族と性愛」を軸に取材記事やエッセイの執筆を行うほか、最近は「死とケア」「人間以外の生物との共生」といったテーマにも関心が広がっている。文筆業のほか、洋服の制作や演劇・映画のアフタートーク登壇など、ジャンルを越境して自由に活動中。
佐々木ののかさんの記事をもっとみるtayoriniをフォローして
最新情報を受け取る