この先、離れて暮らしている実家の親に介護がもし必要になったとき、自分の仕事や生活はどうすればいいのか。高齢の親を持つ人にとっては、不安に感じることでしょう。
今回は、俳優・タレントとして活躍しながら、94歳の母親を遠距離介護している柴田理恵さんに「親も子も幸せに暮らしていくための介護のあり方」について伺いました。聞き手は、自身も両親と離れて暮らしており、将来の介護について考え始めているというライターのスズキナオさんです。
タレント・俳優として活躍する柴田理恵さんが、2023年11月に祥伝社から『遠距離介護の幸せなカタチ〜要介護の母を持つ私が専門家とたどり着いたみんなが笑顔になる方法』という本を出した。東京で芸能活動を続けながら、富山県に住む母親を遠距離介護している柴田さんの体験談がつづられている。
両親が住む東京から遠く離れた大阪に住む私は、細かい条件は違えど、富山にいる母親を遠距離介護する柴田さんの話を興味深く読んだ。また、介護の日々をあくまで明るい筆致でつづっているところに、心の奥にある不安を解きほぐしてもらったような気もした。
今回、柴田さんが遠距離介護の内実についてどんなふうに考えているのか、直接インタビューさせてもらう機会を得た。
柴田さんのお母さんは現在94歳。2017年、夫を前年に亡くし、一人暮らしをしていた88歳の時に突如として体調を崩して病院に入院することになった。
入院前は要介護認定でいう「要支援1」という状態だったのが、入院後の判定では「要介護4」とされた。「要介護4」というのは要介護認定の7つの区分のうち、重い方から2番目のレベルであり、日常生活の中で常に介護を必要とするような状態を指す。
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柴田さんにとってみれば、それまでは高齢ながらも自活できていた母親が、突然に要介護状態だと判断されたわけである。
たくさんの仕事を抱える柴田さんはどのようにして母親の介護に携わっていくべきかを思い悩み、結果的に遠距離介護というスタイルを選んだ。
幸い、お母さんはその後のリハビリで驚くような回復を見せ、「要介護1」の状態で自宅に戻ることができた。しかしその後も、状況の変化に応じて介護施設に入ったり、入院したりしながら日々を送っているという。そうした前提を踏まえて、インタビューを読んでいただければと思う。
――柴田さんのご著作を拝読し、本当に突然お母さんの介護に直面したのだと知りました。それまで、柴田さんは介護にどういったイメージを持っていましたか?
柴田さん:父が亡くなって母が一人になってから、今後どうしたらいいかなとは思っていました。ただ、だからといって何かするということはなく。遠距離介護という言葉すら知りませんでした。でも介護っていざ始まるまではピンと来ないのに、本当に突然やって来るものなんですよね。
――まさに突然お母さんの介護が必要になって、実際、どうでしたか?
柴田さん:うちの場合は、父も母もまだ元気だった時から「もし私たちの体の具合が悪くなっても延命措置だけはしてくれるな」っていうようなことをずっと言っていたんです。「我々の人生は我々でなんとかするから」と。そんな話を聞いてきたので、すぐに東京に来て私のそばに住んでもらうとか、そういうことは考えませんでした。
母が入院する前に、父が亡くなって一人になった時にも、「この先どうする?東京に来たりする?」って、ふわっと聞いてみたことがあったんですよ。そしたら「絶対に嫌だ」と。「私はここに友達もいるし親戚もいるし、あんたとは別の人生なんだから、一緒にいようなんて思わなくていい」みたいに言われて。だから私がすぐに面倒を見ようとは考えなかったですね。自分の仕事を辞めるとか、そんなふうに考えたことはなかったです。
――辞めないまでも、少しバランスを変えてみようとか、そういったことも……?
柴田さん:バランスを取ろうと思っても、私のまわりにはスタッフもいるし、事務所もあるし、劇団もあります。そんな急に仕事のやり方を変えるわけにはいかないことは自分自身よく分かっているし、親もたぶん分かっていると思うんですよ。
父も母も、戦後から自分なりの仕事をしっかりとやってきた人たちで、仕事っていうものが一番大事なんだっていう考え方がありますからね。
――でも、一度はお母さんに「東京に来る?」とおっしゃって、そういう暮らしをチラッとは想像されたんでしょうか?
柴田さん:想像はしましたが、すぐに「ああ、ダメだろうな」と思いました(笑)。「母がうちに来て、うちの近所で一日何するかなー? まわりは知らない人ばっかりだしなー。コンビニとかスーパーとうちを往復するだけだったらそんなの寂しいよな」って。
――お母さんにとって、ずっと暮らしてきた富山がそれだけ大事だということでもありますよね。
柴田さん:大事だと思います。幼馴染もいるし、本当に友達だらけなんですよ。年下の友達もたくさんいるし、近所に自分の教え子(※1)もいっぱいいて、スーパーのレジにも教え子がいるんですよ。
そういう環境だから、何日かスーパーに行かなければ「先生、風邪ひいたんじゃないか」って帰りに教え子の方が家に寄ってくれるほど。そういうふうに、まわりの人が母をよく知ってくださっているというありがたさはあったんです。
(※1 柴田さんのお母さんは38年間にもわたって富山県で学校の先生をしていた)
――お母さんが引き続き富山にいる状態で遠距離介護が始まったわけですが、そうなると、介護の計画を立ててくれるケアマネジャー(介護支援専門員)さんや、ご近所に住まれている方々とのコミュニケーションが大事になってくるかと思います。気をつけたことはありましたか?
柴田さん:これも田舎ならではのよさかもしれないんですけれど、母を担当してくださったケアマネさんは、うちの父親を見てくれた方なんです。その方がうちの母も、さらに母のお姉さんや、私の年上のいとこのことも担当してくれていて。うちの状況を以前からご存じなので、いろいろと話の通りが早かったですね。
こっちから「この通りでいいんでしょうか? 他に何かいい方法ありますか?」と相談してみると、「こういう手もありますよ。やってみましょうか」っていうように、どんどんアイデアを出してくれるんです。そういうコミュニケーションはすごく大事だなって。
――柴田さんご自身も積極的に相談していったわけですね。
柴田さん:そうです。それから、民生委員(福祉全般に関する相談を受け、支援を行う非常勤の地方公務員)の方に「娘の私はなかなか帰って来られない事情がありまして」ということをきちんと言いました。さらにはご近所さんにも事情を説明して連絡先を交換させてもらったり、富山に帰った時にはご挨拶に行ったりして、なるべく仲良しになっておこうと思いました。
――遠距離介護とはいえ、そうやって現地でいろいろな方とコミュニケーションを取るのはやはり重要なんですね。
柴田さん:そうですね。そんなに何日も、頻繁に行くわけじゃないですよ? 最初の頃は1週間や10日に1回とか、それが2週間に1回、月に1回となっても、要所要所でいろいろな方とお話ししておくのは大事な気がします。
――遠距離介護となると、健康面や精神面でのお母さんの小さな異変に気付くのが大変かなとも思うのですが、柴田さんの場合はどうでしたか?
柴田さん:やっぱり言葉を交わすことが大事ですよね。まず、うちの母が自分で電話を取れる頃には、電話をよくしていたんです。しっかりしている時もあれば、ちょっと調子が悪そうな時があったりとか、話していると波があるのが分かるんですよね。今ではリモート(LINE通話などのツール)で顔を見て話すことがあるんですが、顔を見て分かることもあります。
――そういう小さな異変があったときはどうされていますか?
柴田さん:小さなことでも、ケアマネさんや看護師さんに言います。リモートで顔を見て「今日はちょっとぼんやりしているな」って思ったりしたら後で看護師さんに電話して「こんな感じなんですけど、大丈夫そうですか?」って聞いたりします。
なんでも言ってみると話が通じてくるんです。「じゃあこういう対処の仕方をしてみます」と対応してもらう場合もありましたし、いざという時のためにも、そういう習慣づけは大事なんじゃないですかね。
――遠距離介護では自分が直接介護をせず、看護師さんやヘルパーさんのような介護のプロに任せる部分が多くなるわけですが、そうしてよかったなと思うことは多かったですか?
柴田さん:まあ、最初は「遠距離介護」という言葉すら知らなかったので、選択したわけじゃなく、この方法しか取れなかったんですが「なるほど、プロっていうのは介護に対してこういうふうに考えて対応するんだな」と思うことはいろいろありました。
「遠距離介護って、ただ人に任せてるだけじゃないの?」って、自分の中に負い目みたいなものが少しはあったんです。でも以前、自著の中で川内潤さん(※2)と対談させていただいた時に、「親の介護は自分でやらない方がいいんです、だってケンカになるでしょ? プロの方が相手を尊敬して介護できるんです」っていう話をしていただいて、とても気が楽になりました。
直接的な介護はプロにきちんと任せる、でも知らん顔するのではなく、親やいろいろな方とコミュニケーションを取ることなど、自分にできることもある。そういう意識を持てたのは「介護のプロに任せてよかったな」って思えることの一つですよね。
(※2 以前「tayorini」でも筆者がインタビューしたNPO法人「となりのかいご」代表)
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――遠距離介護をされてきた中で柴田さんが「失敗してしまった。これはやらなければよかった」と思ったことはあったりしましたか?
柴田さん:親の部屋をきれいにしてあげようと、片付けに行ったことがあって。その時に、私の理屈で「これはここがいいって」いろいろと物を動かしたんです。
でも後でまた物の位置が元に戻っているのを見て「よかれと思って片付けたけど、親にとってそれは迷惑なことで、ちゃんと自分のものは自分なりの置き場所があるんだな」と思いました。
あと、母が一人暮らしをしていた家のIHヒーターが壊れてしまって、私が修理の依頼をしたことがあったんですが、母は母ですでに近所の人に頼んでいて、依頼がごちゃごちゃになってしまったことがありました。その時も、余計なことをしなきゃよかったって思ったんです。いろいろと自分でできる能力があるんだから、勝手にこっちがしないで、母に任せてしまえばよかったなって。
――ついやってしまいがちなことかもしれません。若くて元気な自分の方が、なんでもできると思ってしまいがちなんでしょうね。
柴田さん:そう、介護する側、要するに私たち子どもは、高齢の親よりも自分の能力の方が上なんだ、まさっているんだと思うじゃないですか。そうじゃないんだってことが、よく分かりました。
あの人たちにはあの人たちのやり方があるし、プライドがある。それを尊重しなきゃいけない。介護をする子どもの側が一方的に「私たちがちゃんと分かってるんだから、親はだまって言うことを聞けばいいんだ」と考えるのは、間違っていると思います。
――ご著書の中でお母さんに認知症の症状が少しずつ現れていると書かれていましたが、その点について、どんなふうに対応するか、気を付けていることはありますか?
柴田さん:うーん。でも、しょうがないことですもんね。誰でもそうなる可能性があるし、うちなんて94歳だし。ここ2、3カ月でふわーっとゆっくり下降しているなっていう感じが、目線一つ、感情の表し方一つにもあります。
もっと前だったら「しっかりしてよ」みたいなことは言っていたかもしれないけど、そんなことはもう言いません。しょうがないよねって。にこやかににこやかに、「大丈夫、大丈夫」って。
――親が元気なうちにやっておくべきことは何かあるでしょうか。アドバイスをいただければうれしいです。
柴田さん:あくまで私の場合ですが、もっと母の友だち関係を細かく聞いておくべきだったと思います。同級生とか、幼なじみについてとか。そういう話をいっぱい聞いておくと「あの人、どうしてるかね?」って思い出話が一緒にできるんですよ。そうすると、母がすごく喜んで、いろいろなことを思い出して元気になるんですよね。
――親の人生や思い出について聞いておく機会があるといいのかもしれないですね。そして、どう生きていきたいか、というようなことに関しても聞いておくと、柴田さんのように、後でそれが指針になってきそうですね。
柴田さん:そうですね。うちは、老後をテーマにしたNHKのドキュメンタリー番組かなんかを見ながら親と酒を飲んで、そんな話をしてました(笑)。「死んだらどうする?」とか「葬式はどんなふうにしたい?」とかも聞いたり。「うちはどうするー」なんて、それが一番話がしやすいんですよ。
――それはいいアイデアですね!
柴田さん:言葉が大事だと思います。元気なうちにきちんと話しておくっていうのは大事ですよ。そこでぶつかることがあっても、お互いに「ここまでは無理」っていうところから、一歩ずつ歩み寄ることができるなんじゃないかなって。
――元気なうちにいろいろと話しておく、自分の生活をおろそかにしない、遠距離介護でも自分にできることはいろいろある、今日は大事なポイントをたくさん教えていただいた気がします。
柴田さん:今、介護の現場ってすごく進化していると思うんです。それこそ20年前とは雲泥の差で、10年前とも違う。介護に携わる人たちがちょっとずつ工夫しながら日々やっているんだと思うんですよね。
だから、私はそこにいる人たちを信用して、こっちの意志も伝えながら、サービスそのものについて理解していくようにしています。そうすれば安心できると思います。介護サービスや介護施設を拒絶しないで、よく知っておくといいんじゃないかと思います。
――すごく大事なことですね。今日はありがとうございました!
***
たくさんのお仕事をいきいきとこなしながら、お母さんの遠距離介護もし続けている柴田さん。「遠距離介護について後悔されたことはないですか?」という、私の不躾な質問に対し、「ありません! このやり方がベストだったと思っています」と、きっぱりと言われたのが印象的だった。
お母さんの生き方を尊重し、同時に自分の仕事も大切にし、プロの力にしっかりと頼りながら、自分にしかできないことを探す。そんな柴田さんの姿勢に、学ぶところの多いひとときだった。
取材・構成:スズキナオ
写真提供:ワハハ本舗
編集:はてな編集部
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