「実家の親とは、離れていた方がうまくいく」遠距離介護やコミュニケーションの疑問を専門家に聞いてみた

「最近実家に帰っていなくて、親と話せていないな」「この先介護の問題が出てくるかもしれないけど、実家が遠い場合はどうしたらいいんだろう……」



高齢の親と離れて暮らす人にとって「親とのコミュニケーションをどうすればいいのか」「この先介護が必要になった場合どうするのか」は悩ましい問題ではないでしょうか。



コロナ禍で帰省もままならず、久しぶりに実家に帰って親に会ってみたら想像以上に老け込んでいて驚いた、あるいは「そろそろ何らかの手を打たなければ」という焦燥感に駆られた経験を持つ人は少なくないはずです。



もしこの先親が介護生活に入った場合に備えて、何か準備できることは?



今回は、自身も高齢の親と離れて暮らしているフリーライターのスズキナオさんが、介護のプロフェッショナルとして長年現場に携わるNPO法人となりのかいご代表・川内潤さんに、遠距離でのコミュニケーションのポイントを伺いました。

今回のtayoriniなる人
川内潤さん
川内潤さん 神奈川県出身。大学卒業後、老人ホーム紹介事業、外資系コンサル会社、在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。2014年に「となりのかいご」をNPO法人化し、代表理事に就任。 誰もが自然に家族の介護に向かうことができる社会の実現を目指して活動中。著書に「もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法」(ポプラ社)、共著に「親不孝介護 距離を取るからうまくいく」(日経BP)など。
スズキナオ
スズキナオ 1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『OHTABOOKSTAND』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(スタンド・ブックス)、パリッコとの共著に『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)などがある。

生まれ育った東京を離れ、私は大阪で暮らしながらフリーライターとして仕事をしている。東京には実家があり、70代半ばになる両親がそこで生活している。幸い二人ともまだ元気で、父の自営業の仕事を母も手伝っている。記事冒頭の写真は、そんな両親を連れて温泉に出かけた時のものだ。

東京には私の妹が二人、それぞれの家庭を持って暮らしており、どちらの住まいも両親の実家から電車で20分~30分ほどの距離である。

ふと考えることがある。いや、本当はあまり考えたくないことだが、両親も確実に歳をとり、いつか介護が必要になるかもしれない。そしてそれは思ったより近い未来のことなのかもしれないと。

そんな時が来たら、一人だけ大阪という距離的に離れた場所で生活している私はどうすればいいのだろうか。遠距離介護をなんとか頑張るのか、東京に住む妹たちに頼るのか……。考えてもなかなか答えが出ない。

そこで今回、NPO法人「となりのかいご」の代表を務め、さまざまな事情を持つ家庭の介護相談を受けている専門家・川内潤さんに、遠距離介護に関するありったけの不安について、一つ一つお聞きしてみた。

介護は必ずしもお金で解決できない

さまざまな介護事情に詳しい川内さん。セミナーやイベント出演の依頼も多い

――今日は、私が今気がかりな「親とのコミュニケーション」について、さらに今後当事者になるかもしれない「遠距離介護」について、川内さんにいろいろと教えていただきたいと思います。そもそも、遠距離介護の「遠距離」ってどれくらいの距離を指すのでしょうか?

川内潤さん(以下、川内)

学術的な定義があるわけではないですが、「仕事帰りに簡単に立ち寄れない場所」であればもうそれは遠距離だと考えていいんじゃないかと思います。

――なるほど。たとえ同じ県内であっても行くのが少し大変な距離であれば遠距離だと。

川内

そうですね。通いづらさが生じればそれは遠距離だと考えています。ちなみに私が代表を務めるNPO法人でいろんな企業さんと契約をしていまして、そこで働いている従業者の方の介護相談を受けているのですが、中には海外に駐在しながら国をまたいで介護をされている方もいますよ。

――海外からですか! 私は今大阪に住んでいて、両親は東京にいるという距離感なのですが、遠距離介護をすることになるかもしれない未来に向けて、どんなことを準備しておけばいいでしょうか? 今のうちに親と先々のことも話しておいた方がいいですよね?

川内

例えば親と介護について話し合うとして、「貯金はいくらある?」とか「どういう状況になったら施設に入る?」とか「介護が必要になったらどうする?」とか思わず口に出してしまいがちですが、私はこういう聞き方は全部NGだと考えています。

――え、全部NGですか!

川内

そういうことを聞かれてスムーズに答えられる人って、どれくらいいるでしょうか。介護職に就いている自分ですら、歳をとった時にスムーズに答えられるかというと、無理だと思います。

――なるほど。確かに自分に置き換えてみるとそうですね……。

川内

たとえ要介護度が5で寝たきりの人であっても、介護を受けるために生きているわけじゃないですよね。大事なのは、その方がたとえ寝たきりであっても、どんな目標、どんな思いを持って生活しているかということ。手段のことばかりを事前に先回りして準備しておこうと思っても「お前には迷惑をかけないから気にするな」って言われてコミュニケーションがストップする場合がほとんどです。

もちろん金銭面で心配なのは分かりますが、親にとってそのお金は、プライドの象徴であったり、自分が働いてきたことの証だったりするわけです。それを誰かに預けるとか、奪われていくというのが、本人の尊厳をすごく傷つけるわけですよね。 

――でも正直、金銭面の不安はあります。いくらぐらい用意しておくべきだろうかとか。

川内

そのためにお金をわざわざ用意しておく必要はないと思います。仕事で年に700〜800件ほどの介護相談を受けていますが、「お金がなくて適切なケアが受けられなかった」というケースはありません。少なくとも現時点の日本ではお金がなくても必要最低限の制度が使えるようになっていますから。

逆に、介護に対する不安や、自分のケアが十分にできていないという後ろめたさを金銭で解決しようとすると青天井になります。入居時の一時金5000万、毎月80万かかる高級老人ホームに入っていても、やっぱり築50年の家に帰りたいっていう人もたくさんおられます。お金をかけることと本人の生活満足度は関係ないんですよね。

――お金さえあればいいわけでもないと。

川内

むしろお金に関するやり取りで親が不信感を抱いてしまうことがあります。

それよりもまず大事なのは、ご両親が例えばこれからの10年間、何を大切にして生きていきたいのかについて話し合っておくことです。

親にそれを聞く前に、まず自分がこの先の10年をどう生きたいと思っているかを考えて、それを伝えた上で「お父さん、お母さんって何か考えていることってある?」というふうに聞くのがいいんじゃないでしょうか。生きる上でのミッションさえ共有できていれば、手段はなんとかなりますから。

「離職リスクが高いのはむしろ近距離の方なんです」

――介護制度について具体的に調べたりしておく必要はありますか?

川内

ないと思います。私が扱ってきたもので、制度について事前に詳しくなったことで得をしたというケースは1件もないんです。というのも、介護といっても原因疾患がかなりバラバラなんですよね。認知症なのか、脳梗塞なのか、骨折なのかによって打ち手が違うし、それによって使うべき制度も全部違うわけです。

それらを前もって網羅的に知識として頭に詰め込んでおくのは現実的じゃないし、やればやっただけむしろ不安になると思います。だったらその時間を仕事にあてた方がいいし、お父さんやお母さんとの対話の時間にあてた方がよっぽど有意義です。

――介護についてあまりに知らな過ぎることを不安に感じていたので、なんだか救われたような気がします。

川内

知らないのが当たり前だし、知っていてどうにかなるものでもないですから。そういう部分をサポートするためにわれわれのような専門職がいるわけです。

ただ一つ準備しておくべきことがあるとすれば、地域包括支援センターという施設がご実家の地域のどのあたりにあるかを調べておくことですね。ネットで検索すればすぐ出てきます。

もし時間があれば一回電話しておくことをおすすめします。「親はまだ元気なんだけど、今自分は大阪に住んでいます。いざ介護が必要になった時にどんな支援を受けられるのか教えてもらえますか?」というふうに聞いておくと、何かあった時に連絡のしやすさが全然違います。

関連サイト

地域包括支援センターとは

業界最大級の老人ホーム検索サイト | LIFULL介護

――なるほど。私のように親との距離が遠い場合、普段のコミュニケーションで確認しておくべきポイントはあったりしますか?「元気かな」と様子をうかがう意味で。

川内

特にないと思いますよ。親の状態を逐一チェックしようとしても不安になるだけで、そのためにわざわざコミュニケーションの密度を高めたり、会いに行く頻度を上げたりする必要もないと思います。

よく聞かれる相談で「実家に帰省して母とか父の生活を見ているとイライラするんです」というのがあります。「これは(危険だから)だめだよ」って注意すると、お父さんお母さんに「お前は何も分かってない」って怒られて、毎回ケンカになる。それで「どうしたら両親に優しくできるでしょうか」って聞かれるんですけど「いや、会いに行くのをやめませんか」とか「行く頻度を下げた方がいいですよ」とアドバイスしています。

せっかくお互いにとって適切な距離感があったのに、介護のためにと急に距離を縮めようとすることで、良好な関係が失われてしまうことがあるんです。

――遠距離だからこそ余計にコミュニケーションを取らなきゃ、会いに行かなきゃというのもまた違うということでしょうか。

川内

そうですね、今まで通りで構わないと思います。みなさんが仕事と親の介護を両立させようと考えた時に、離職のリスクが高いのはむしろ近距離の方なんです。親との距離が近いと、行かなきゃいけないという義務感が発生しますから。

遠距離だからこそ、見なくてすむことがあったり、冷静でいられたりする。感情の衝突が少なくて、お互いの生活もあまり変わらずにすむわけです。

――遠距離ならではのメリットもあるということですね。それは予想外でした。

川内

例えば最近は実家に仕事の拠点を移してテレワークのかたわら介護に励むケースも増えましたが、ほぼうまくいっていませんね。そもそもお互いの生活リズムが違いますから。

あと、会社に異動願いを出して実家の近くの事業所に転勤するとか、地元に再就職するとかも、よほどの事情がない限りやめた方がいい。絶対に禍根が残ります。仕事という人生の中でも重要なものを介護のために強制的に調整するのは、本当にマイナスでしかないと思います。

「もしも」に備えて、兄弟姉妹で何を話し合うべきか

川内さんは自著『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』で、「(親の介護が必要な状況になっても)決して会社を辞めないでください」「自分の仕事と、親孝行としての介護を、天秤にかけないでください」と書いている。

例えば私はフリーライターで、パソコンとネット環境さえあれば比較的どこででも仕事ができる。「もしも」の場合、仕事を続けながらでも実家の近くに拠点を移すことだってできるわけだが……。

川内潤さん著『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』(ポプラ社)

――川内さんはご著作の中で、介護のために仕事を辞めたり、働き方を大きく変える必要はないと繰り返し書かれています。私のような自由業で遠方に暮らしていてもそれは同じでしょうか。

川内

そのままでいいと思います。例えば介護を理由にやりがいのある仕事を辞めたとしましょう。悲しいことですが、介護は必ず親が亡くなって強制終了する日が来ます。その後に、職を失って生きる術のなくなった状況だけが残ってしまう。

どうしても直接的に介護することが親孝行だと信じている人が多いのですが、そもそも親に対する恩返しってなんなのかを考える必要があるのかなと。自分の世話のために仕事を辞めることを、親は果たして喜ぶでしょうか。私はそれよりも、社会的に頑張っている姿を見せる方が親にとってはよほど誇りになると思うんです。

――介護のために働き方を無理に変える必要もないということですね。ちなみに私は妹が二人いて、妹たちは両親のわりと近くに住んでいるんですが、兄弟間で話し合っておくべきことはあるでしょうか。

川内

「家族がなんでも直接やろうとしない方がいいらしいよ」と今のうちから言って「なんかあったら気軽に言い合おうね」というコミュニケーションさえとっておいたら十分じゃないかと思います。

たぶん、息子さんから見た両親と娘さんから見た両親って違うんですよ。なので「どう生きていくのが両親にとって幸せなんだろうね」というのをすり合わせておく。そんな会話を少しでも交わしておけばそれでいいんじゃないでしょうか。あとは宣伝っぽくて申し訳ないのですが、私の本を回し読みしておいていただけたらと(笑)。

川内潤さんと山中浩之さんの共著『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』(日経BP)

――妹にも川内さんの本を勧めておきます! 私は長男なんですが、兄妹間で介護への関わりの比重をあらかじめ決めておくべきですか?

川内

それも必要ないんじゃないかと思います。だって、いつ介護の必要が生じるか分からないし、その時にそれぞれがどんなライフステージにいるかも分からないですよね。たとえば妹さんが出産直後だったら介護なんてできないわけですし。

そもそも、皆で負担し合うこと自体が本当に必要なのか考えてみてほしいです。それによって兄弟姉妹の関係が壊れてしまうケースがよくあって、本当にもったいないと思います。

せっかく一緒に親のことを考えられる相手がいたはずなのに、負担の押し付け合いになるとお互いの足を引っ張りますからね。それをご両親は絶対に望んでいないですよね。

介護を頑張った人ほど後悔する理由

――お話を聞いていて、介護に対する自分のイメージがすごく凝り固まったものだったなと思いました。

川内

ご両親の価値観を知っておくことが大切じゃないかなと思います。なんでも子供がやらなきゃいけないというのは、世間的な価値観、社会通念ですよね。それは親の価値観と必ずしも一致するわけではありません。

――確かに、私が考えていたのは社会的な価値観の方ばかりだったのかもしれないです。

川内

「後悔を残したくないから自分で頑張って介護したい」という人もたくさんいます。その気持ち自体はもちろん理解できるのですが、残念ながら私が知る限り、頑張って介護した人ほど後悔が強くなるケースが多いんです。

理由は二つあって、一つめは頑張り過ぎて余裕がなくなるので、親に対して本当は言いたくないこと、後悔するようなこと言ってしまうんですよね。「なんでこんなこと覚えてないの!」って認知症のお母さんに言ってしまったりする。覚えていないのはしょうがないし、言う側もそんなことは分かっているんだけど、お母さんがものを忘れていくことがつら過ぎて、つい口走ってしまう。一方のお母さんは「そんな娘に育てた覚えはない」みたいになってケンカになる。

介護が終わった後に、「なんであんなに厳しくしてしまったんだろう、あんなひどいこと言っちゃったんだろう」と思うけど、相手はこの世にいないから取り返しがつかないわけです。

――それはつらいですね……。

川内

二つめの理由は、自分の生活の中で介護が占める割合が大きければ大きいほど、ある日突然それが終わった時にものすごいロスに襲われて、自分が何をしていいか分からなくなってしまうからです。時にはそれがつらくて後を追ってしまうケースもある。

だから「後悔を増やしたくないなら、関わる頻度を増やさない方がいい」というのが私の考えです。どこまでいっても後悔はゼロにならないので。

――親の介護のために生活を変える必要もないし、そういうふうになんでも抱え込もうとするのは親にも自分にも、お互いにとってよくないということが分かって、すごく心が軽くなった気がします。

川内

お役に立てて何よりです。たくさんの方の介護相談を受けてきて常々感じるのですが、「どれだけたくさんの手出しができたか」ではなくて、「親がどんな状況になっても親子関係、家族関係が壊れずに良好に維持できるか」の方がよっぽど重要で、そちらに軸足をおいた方が結果的にいい介護になるだろうと思います。

もし不安なことがあれば、地域包括支援センターや私たちのような専門家など、外部の力をどんどん頼ってもらえたらと思います。

――ありがとうございました!

***

川内さんに話を伺い、親との距離が離れているという自分の今の環境が、むしろメリットでもあるということに気づかされた。

とにかく、自分で背負い過ぎないこと(地域包括支援センターや専門職の方に気軽に相談すること)、親との距離を無理に縮める必要はないこと、あれこれ準備しようと思わないこと、親や自分が「この先の人生で何を大切にしながら生きていきたいか」を考えておくのが大事であること……これらを胸にしっかり刻んでおこうと思う。

考えなくてはと思うたびにちょっと気持ちが暗く重くなっていた介護という大きな問題について、今回の取材をきっかけに、もっと気楽に構えていいのだと思えた。


 

 編集:はてな編集部

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スズキナオ
スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。 著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(スタンド・ブックス)、パリッコとの共著に『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)などがある。

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