老後のバイクはカブが熱い!人気の火付け役《水戸藩カブ》代表 阿久津さん「カブなら100歳まで乗れる」

「人生100年時代」と言われる今の時代。ところが、寿命をまっとうする以前に多くの人に「健康寿命」が訪れ、体や精神がままならない晩年を過ごすことが一般的だ。

どうせなら死ぬまでいきいきと暮らしたい。そのためには、会社を退職しても、家族と死別しても、絶えず居場所や生きがいを持つことが重要だと言われている。

そんなとき、何かの趣味に熱中し、そこに居場所を見つけた人の生き方は、人生100年時代を楽しく過ごすヒントになるのかもしれない。

今回は、カブ愛好家が集う「水戸藩カブ」代表の阿久津さんにお話を伺いました。今でこそ、多くのバイク好きに支持されるカブですが、その火付け役ともいえるのが阿久津さんなのです。カブで24時間1000kmを走るという挑戦を続ける若さの秘訣とは?

今回のtayoriniなる人
スーパーカブファン歴40年/阿久津 尚さん(86歳)
スーパーカブファン歴40年/阿久津 尚さん(86歳) 1935 年茨城県生まれ。26歳から70歳まで洋服店を営む。オートバイが趣味で250ccから1000ccまでさまざまなバイクに乗ってきたが、40代の頃に知人からスーパーカブを譲り受け、カブの魅力に目覚める。1988年にオートバイ雑誌『別冊Motorcyclist』にカブによる集団ツーリングの記事が掲載されたのをきっかけに「水戸藩カブ」を名乗るように。1991年から毎年、カブで24時間1000kmを走破する「24時間1000キロチャレンジ」に挑戦。茨城県の御前山にある水戸藩カブ事務局「星ふる里」は、全国のカブファンが集うことで知られている。

隠れカブファンが、堂々とカブに乗れるようにしたかった

――茨城県の御前山村にある水戸藩カブ事務局「星ふる里」は、全国のカブファンが集まることで知られていますが、もともと阿久津さんが生まれ育った実家だったんですか?

阿久津

そうです。農協に勤めていた親父が定年後、ここで生活用品の雑貨屋を営んでいたんです。子どもの頃、私もうちの商売を手伝ってましたね。

――阿久津さんもここで商売をされていたんですか?

阿久津

うちの店の商売は親父だけです。私は高校卒業後、叔父が経営していた青果や乾物を商うお店を手伝ったり、地元で栗を仕入れて、石岡市の青果市場に売りに行く商売をやったりしてました。

20歳くらいの頃、もう一人の叔父がひたちなか市の勝田市で洋服屋を営んでいて、今度はその洋服屋を手伝ってほしいということになったんです。それ以来ずっと洋服屋です。

何年かして叔父の会社を辞めて、26歳のときに若い人向けの洋服屋を開業しました。最初は水戸市に店を構えて、茨城県内を行商で売り歩いたりもしてましたね。

そうこうするうちに茨城県庁の中に店舗を構えることになったんです。その店は70歳で仕事を引退するまで続きましたね。

水戸藩カブ事務局「星ふる里」は、カブファンだけでなく全国のバイク好きが集まる。マナーさえ守れる人ならウェルカムなそうなので、ぜひ立ち寄ってみてほしい。所在地:茨城県常陸大宮市伊勢畑41-1

――若い頃からバイクは好きだったんですか?

阿久津

好きでしたね。18歳で免許を取って、父親に二輪を買ってもらい商売や遊びなどいろいろ使用していました。

本格的にバイクに乗り出したのは20歳くらい。洋服屋で仕事をしてバイクを買ったんですけど、商品を運ぶ仕事用でもあったんです。その後、バイクの趣味は、250ccから1000ccまでいろいろ乗るようになりました。Moto GuzziやBMWやDUCATIだとかね。

――カブだけというわけでもないんですね。大型バイクに乗っていたのが、カブに乗るようになったきっかけを教えてください。

阿久津

実はカブに乗るようになったのは、40代になってからのことなんですよ。

それまで大きいバイクばかり乗っていたから、カブみたいなバイクに興味が持てなかったんです。それがあるとき、乗らなくなったカブを数千円で譲ってもらうことになって、乗ってみたら「これは便利だ! 面白い!」となりました。

それからカブで遊ぶようになったんだけど、私と同じようにカブで遊んでいる人は当時から世の中にいっぱいいたんですよね。ところがカブで遊んでる人は、表立って言わないんです。

バイク仲間のバイク談義にも入ってこない。「何に乗ってるの?」と聞かれて「カブ」と答えると「ああ、カブ……」で話が終わっちゃう(笑)。それが怖くてカブで遊んでいることを人に言えない雰囲気があったんです。

阿久津さんは「星ふる里」に地元のカブ仲間やバイク好きが遊びに来ると、こうしておしゃべりを楽しんでいる。

――たしかにバイク好きは、排気量やスピードを誇りたがる傾向があるから、話に入りづらいですよね。

阿久津

私らの仲間内では「隠れカブファン」と称していたんだけど、胸を張ってカブに乗れるようにしたいと思ったんですよね。それで世間にアピールするにはバイク雑誌がいいと思って『別冊Motorcyclist』の編集長に「みんなでカブに乗って東京まで行くから」と電話したわけです。

たまたまその編集長もカブに乗っていたこともあって、地元のカブ仲間19人で茨城から東京まで120km近くツーリングした様子が記事になった。その記事で編集長が「水戸藩カブ」と名付けてくれたんです。それまでは地元のカブ仲間の間で、「ポンコツ・カブグループ」と呼んでました(笑)。

1988年に記事になったんだけど、「これで胸を張ってカブに乗れるようになりました」という投書がいっぱい来て、すごい反響でしたよ。それから『別冊Motorcyclist』で毎月カブの記事をやるようになって、他のバイク雑誌も後追いでカブの記事をやり始めたんですよね。

――今やスーパーカブというと、バイク通が好む人気ブランドですけど、阿久津さんが火付け役だったんですね。

阿久津

そういうところもあるかもしれないね。バイク雑誌の記事に出たおかげで、少しはカブに堂々と乗れるようになって、ようやくカブが一人前になったというかね(笑)。

1958年式の初代スーパーカブC100。阿久津さんはHONDAの工業デザイナー・木村讓三郎氏がこだわり抜いた初代C100のデザインが、最初にして最高だと考えている。

カブで24時間1000kmを走り切る過酷な挑戦

――カブでどんな遊びをしていたんですか?

阿久津

最初に始めたのが、袋田の滝、凍結100合ツーリング。それから1000km24時間ツーリング。茨城県の大洗で日の出を見てから、新潟県の寺泊まで行って夕日を見て、また大洗に戻って朝日が昇るかを確認するっていう遊びもやりました。太平洋側と日本海側を往復して日の出、日の入り、日の出を追いかけるわけだよね。

――カブで日本一周に挑戦している人をたまに見かけますが、カブって長距離走っても疲れないバイクなんですか?

阿久津

長距離走って一番疲れないのがカブですよ。乗りやすくて疲れにくい車体というのもあるけど、気持ちのほうが大きいですよね。楽しく走れれば疲れないですから(笑)。

――そうは言っても、睡魔との戦いにならないですか?

阿久津

そうなんだけど、そういうことに挑戦するのが好きなんです(笑)。

それから年に一回は長時間走ることに挑戦するようになって、カブで24時間1000kmを走り切る「24時間1000キロチャレンジ」に挑戦したんです。

実はその前に、大型バイクで1000kmに挑戦したことがあったんです。カワサキの650-W1発売20周年記念として1000km走ったんだけど、大型バイクだと苦もなくできてしまうんです。その後、1961年発売のスーパーカブC105の30周年記念として1991年に「24時間1000キロチャレンジ」に挑んだわけです。

それ以来、スーパーカブC105で毎年挑戦するようになって、去年(2020年)が30回目だったんだけど、コロナであえなく中止にしたんです。今年は第30回を再開します!

「1000キロチャレンジ」の帽子をカブ仲間が作ってくれた。もともと阿久津さんの個人的な挑戦だったが、いつしか水戸藩カブの恒例行事となり、多数の参加者が毎年7月に挑戦している。

――「24時間1000kmチャレンジ」は、どういうルートを走るんですか?

阿久津

茨城県の水戸からスタートして、栃木→群馬県の前橋→高崎→長野県の上田→松本→岐阜県の高山→富山県→新潟県の上越→南魚沼→福島県の田子倉ダム→只見→会津若松→白河、そして水戸に戻ってくるというルートで、ちょうど1000kmになります。

午前0時にスタートして、24時間以内に一周して戻ってくることを目指すわけです。大型バイクだと明るいうちにゴールできてしまうけど、カブだとギリギリ完走できるかどうかなんですよ。それが挑戦であって、面白いわけですよね。

――24時間でギリギリということですが、どんなところが難しいんでしょう?

阿久津

スピードを出して長時間走ると壊れる可能性があります。だから法定速度以内じゃないと絶対にダメなんですね(※スーパーカブC105は54ccのため原付2種となり、法定最高速度は60km/h)。

法定速度が60km/hのところでも、ちょっと抑えて58km/hくらいしか出さない。停車時間や上り坂もありますから、平均すると42km/hくらいになります。そのスピードで24時間走ると、1000km完走できるかどうかの際どいところなんです。

だから、1分も無駄にできない。できるだけ休まず走り続けて、ガソリンスタンドで給油するときに食べたり飲んだりするわけです。反対車線のガソリンスタンドに入ると1、2分は損をするから、できるだけ左車線のガソリンスタンドに入るようにしたりね。

阿久津さんは250ccや大型バイクも何台か所有している。「大きければいいというものでもない。山の中を走るバイク、便利で軽快なバイク、どのバイクにもそれぞれの良さがあるんですよ」という。

――飛ばせばいいというものでもなく、一定の速度をキープして休まず走ることが重要になるわけですね。想像以上に過酷そうですね。

阿久津

その過酷さがいいんですよ(笑)。

最初は私一人で挑戦するつもりだったのが、その話をみんなにしたら口コミで広まって、「オレもオレも」となった。スーパーカブC105 OHVで1000kmを日帰りで走ろうなんて誰も考えない。もはやヘンタイですよね(笑)。ヘンタイがヘンタイを呼ぶという感じで、一切募集していないのに、どんどん参加者が集まっていったんです。

今ではツインリンクもてぎのサーキット場をスタートで使わせてくれるようになって、一番多いときで80人くらい挑戦しました。OHCの現行カブでは早すぎるから、105OHVのカブに限定しました。

最近はみんな30年間のノウハウで整備してるから、ほとんど完走できるようになったけど、最初の頃は3分の1くらい壊れてましたよ。富山からレンタカーで帰ってきた人もいましたね。

阿久津さんが所有する一番新しいカブは、2008年に発売された「スーパーカブ50・50周年スペシャル」。息子さんにプレゼントされた大切な一台だ。

61年式カブはまだまだ現役。カブなら100歳まで乗れる

――今年で30回目を迎えるわけですが、阿久津さんは毎回成功しているんですか?

阿久津

24時間を切ったのは、これまで2回だけです。完走するまでに20年かかりました。

第1回目は38時間かかって、これは無理なんじゃないかと思いました。

だけど、いずれ完走できるんじゃないかと思って挑戦し続けてきたわけです。

その前に一度、完走できそうなときがあったんだけど、コースを間違えて道を戻ることになって何十分かロスしてしまってね……。そのせいで雨の中、山道を走ることになって、ますます深みにハマってしまいました。そうやって遅れれば遅れるほど、今度は睡魔に襲われて休憩時間が増えてしまう。それでますます遅れていくんですよね。

でも、まさかできると思ってなかったことができたわけだから、諦めずに頑張り続ければ、できないことはないって感じますね。

――20年かかったということは、2011年の76歳のときに初成功したわけですか!

阿久津

ついに達成しました。一回できたわけだから、同じようにやればできるはずだと思って挑戦しても、これがなかなか難しい。ほんの少しの時間のロスで完走できませんから、何かしらで失敗しちゃうんだよね。それから2回目に成功したのが、79歳のときでしたね。

――それだけ過酷な挑戦を続けるのは、どんな思いがあってのことなんですか?

阿久津

ひとつの修行ですよ。自慢するためにやってるわけでもないし、誰かと勝負してるわけでもない。自分との勝負――それが修業なんです。

今の若い人には「1000キロチャレンジのように仕事も頑張れば、必ず感動が味わえる」と話しています。昔の仕事というと、自分で素材から物を作って自分で売りに行って、最初から最後まで自分でやっていたから、物が売れたときの感動があった。だけど、今の仕事は分業制の流れ作業になっていて、自分がどの部分を作っているのかも、それがどこへ行くのかもわからなくて、感動が味わえなくなってますよね。だからこそ、最初から最後まで自分だけで走り切る「24時間1000kmチャレンジ」をやる意義があると思うんです。

あえて過酷な挑戦をすることで、感動や達成感を味わってもらいたいですよね。

――それにしても79歳で完走するとはスゴイ! 自分もバイク好きでツーリングが趣味なんですが「バイクって何歳くらいまで乗れるものなんだろう?」と考えることがあるんです。車の場合、免許を返納される高齢者の方も多いですよね。

阿久津

私の個人的な見解だけど、バイクに乗ってる人は認知症になりにくいように思いますね。古くからのバイク仲間には80代もいますけど、認知症になった人は一人もいないです。

バイクは自分でバランスを取って操作しなくちゃいけないから、常に気を張って神経を使ってますよね。それが脳の活性化にいいように思います。認知症の予防としてバイクに乗ってもらいたいですよね。バイクの事故で死んじゃったら元も子もないけど(笑)。

バイクは何歳になっても乗れると思いますよ。さすがに大型バイクは力がなくなって乗れなくなるでしょうけど、カブだったら100歳になっても乗れるんじゃないですか。

カブで道の駅に行くと「どっから来たの?」って必ず声をかけられますから、いくらでも友達ができますよ。五感と身体を使って健康にもいいし、友達を増やすのにも最高の乗り物だと思いますね。

2021年7月31日に第30回「1000キロチャレンジ」を開催。阿久津さんも挑戦するつもりだったが、医者に止められ、あえなく断念した。結果は28名が挑戦し、6人が24時間以内に完走。2分遅れで2名がゴールした。

――最後に、あらためてカブの魅力を聞かせてください。

阿久津

よく聞かれるんだけど、あんまり深く考えたことがないんですよね。自分の身体の一部みたいになってるのかもしれないけど、私にとってカブは特別なものではなくて、自然なものなんです。

カブの良さというと、耐久性と整備性に優れていて、道具として使うには便利なところだと思います。でも、私が一番好きなところは、この形なんです。

1958年にスーパーカブが発売されてから、モデルチェンジを繰り返して機能的にも向上したし、デザインも変わったけど、58年式や61年式のデザインに親しんできた私からすると、ちょっと違うなって感じます。昔のカブのデザインが私にとってベストなんですよね。

――やはり61年式のカブを手入れして乗った方が楽しいわけですか。

阿久津

楽しいですね。エンジンや電気系統をイジって自分の好みの感触に持っていくわけですけど、その感触から何か伝わってくるものがあるんです。このC105だってまだまだ現役で走れます。いつでも「24時間1000キロチャレンジ」に挑戦できますよ!

――本日はありがとうございました!

今年は断念せざるを得なかったが、相棒の61年式スーパカブC105で毎年「1000キロチャレンジ」に挑戦している。60年も前に発売されたカブだが、きちんと整備しているので、まだまだ現役なのだ。

取材・文・撮影=浅野 暁

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浅野 暁
浅野 暁 フリーライター

週刊求人誌、月刊カルチャー誌の編集を経て、2000年よりフリーランスのライター・編集者として活動。雑誌、書籍、WEBメディアなどでインタビューや取材記事、書評や企画原稿などを執筆。カルチャー系からビジネス系までフィールドは多岐に渡り、その他、生き方ものや旅行記など幅広く手掛ける。全国津々浦々を旅することがライフワーク。著書に矢沢ファンを取材した『1億2000万人の矢沢永吉論』(双葉社)がある。

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