フリーアナウンサー・町亞聖氏による映画レビュー企画。
第5回は認知症の母親と家族の交流を記録した『毎日がアルツハイマー』を紹介します。
「忘れても あなたはあなたの ままでいい」―。
このキャッチコピーは9月21日の「世界アルツハイマーデー」に合わせて日本の「認知症と人と家族の会」が選んだもの。世界中で認知症への正しい理解を進めることを目的に啓発活動が行われる世界アルツハイマーデー。国内でも当事者や家族が希望を持って生きられる社会を目指し様々な取り組みが開催されました。
今回は、現在進行形で介護をしている人も、まだ介護に直面していない人にもぜひ観て欲しい、アルツハイマー型認知症の母親の姿を娘が記録したドキュメンタリー映画をご紹介します。
79歳の誕生日をみんなでお祝いしたはずなのに……。
数日後、そのことをすっかり忘れてしまったお母さんは「忘れちゃった。私ボケた!」「ボケた~ボケた~」と歌いながら孫のこっちゃんを相手に照れ隠しもあってか明るくごまかします。随分前から異変を感じていた娘の関口祐加さんはお母さんを近所の脳神経外科に連れて行くことに。
完璧主義で良妻賢母だったお母さん。しかも、母親の言うことは絶対にきかなければならないという厳しさで子供の頃から苦手意識があった関口さんは、大学進学と同時に実家を離れその後オーストラリアのシドニーへ。息子さんと一緒に暮していましたがこのまま母親が1人で暮すのは難しいと帰国を決断。
実は、29年もの長い間、日本を離れていたのは母親から逃げるため……。
介護をきっかけに強気の母と正面から向き合うことになった関口さん。認知症の母親の日々を記録する『毎日がアルツハイマー』は、新しい暮らしをスタートさせた母と娘が親子の時間を取り戻すドキュメンタリーでもあるのです。
診断の結果は<初期の認知症>。
そのことをお母さんに告げると「そんなことあるわけない。自分を信じるのは自分しかいない。よく知っているのは自分だけ」とあくまで認知症ではないと主張します。ただし、頻繁に物忘れをすることは認識しており、「忘れたことを自分では忘れていない。諦めだな」と的確で含蓄のある言葉をぽつり。
そんな母親と2人の生活が始まりましたが、通帳の紛失、失禁、閉じこもり、入浴拒否など出来なくなることが増えていく姿を目の当たりにすることに。
プライドの高いお母さんが娘の助けを簡単に受け入れるわけがなく、関口さんも母親の負けず嫌いな性格を分かっていたので絶対に否定せず、冷静に母親のことを観察するためにカメラを回そうと決めました。
例えば、「ありえないスピードでトイレットペーパーが無くなるのは何故か? 」。それは、お母さんが尿もれパッド代わりに使っているからではと考えた関口さん。
娘としてではなく監督としての視点を持っていたからこそ(内心ではビビリながら)訊き辛いことをあえて母親にぶつけます。すると「そんなこと聞かれるとは夢にも思っていなかった。監視してるわけ? 」と感情をむき出しに。さらに「居て欲しいと言って来てもらったわけじゃない。負担になるなら出て行って」と言うお母さんの言葉からは、排泄の失敗を娘に指摘されたくないという自尊心、そして家族に迷惑はかけたくないという葛藤が伝わってきます。
「混乱したり、戸惑ったり、怒ったり、泣いたりする感情の起伏は正常な反応です」と映画の医学監修を務めている認知症専門医の順天堂大学医学部教授の新井平伊先生は言います。
アルツハイマー型認知症の場合、脳の働きが悪くなっているのはほんの一部であり、瞬間瞬間は普通で連続性が途絶えている状況なのです。通帳を失くした時のメモに「だらしないのに、頭が狂っている」と綴っていたお母さん。どこに置いたかは忘れてしまっても“通帳を失くした”という失敗は記憶しているお母さんが自分自身を責める気持ちは、当り前の心の動きなのです。
手作りの料理にこだわっていたのに出来合いのものを買うようになり、食べたいものを食べ、寝たい時には寝て起きたい時には起きるという生活をお母さんは送っています。
堅物だった母親が初めてやりたいように生きているのかも、と前向きに受け止める関口さんですが、やはりこのまま引きこもっていては寝たきりになると忠告すると、週に1回か2回は自転車で出かけているから大丈夫と平気で嘘をつくお母さん……。
そこでキーパーソンとなったのが孫のこっちゃんでした。娘の関口さんには辛辣な文句を言うお母さんが孫の言葉を素直に聴くのは、認知症のおばあちゃんを自然に受け入れていて、何よりおばあちゃんが大好きという真っ直ぐな気持ちが伝わっているから。それはシドニーから一時帰国した関口さんの息子さんにも通じることでした。
「アルツハイマーのおばあちゃんはゆるくなって良くなった」とお世辞ではなく本気で思っている孫のさきとくん。
<ありのままを受け入れる>と口で言うのは簡単ですが元気な頃を知っている家族にとっては実はこれが一番難しい。
そういえば、我が家も重度の障害を負い車椅子になった母をすんなり受け入れたのは、小学生の妹だったことを思い出しました。
遠慮ない物言いをしているように見える娘の関口さんですが、周りから見たら不可解な行動にも必ず理由があるはずと、母親の心の声に耳を傾け自尊心を傷つけない解決方法を模索します。
行動の理由を知ることはその人を理解することに繋がり、さらにその人に合ったケアを導き出すヒントになります。
前述した娘には絶対に知られたくなかったトイレットペーパーの秘密ですが、やはり尿とりパット代わりに使っていたことがのちに判明。関口さんはお母さんの気持ちを尊重して尿とりパットは勧めずに、納得した上でトイレットペーパーを買い続ける選択をします。
映画「毎アル」を見ていると、関口さんとお母さんの「笑い」と「ユーモア」に救われます。一番もどかしくて辛いはずのお母さんが機嫌良く過ごせるように「一日一笑」を心掛けている関口さんと、認知症により“過去の自分”から解放されたお母さんの、ありのままの人間らしさが観る者の心をほぐしてくれます。まさに<忘れてもあなたはあなたのままでいい>んです。
「朝起きて気が付いたらばあさん逝ってたよという感じがいい」とケアマネージャさんに自分自身の理想の逝き方を繰り返し強調するお母さん。
頑なに外には出たくないと言い張っていたのに、若くてイケメンの介護福祉士さんの登場でニコニコ顔に!
アルツハイマー型認知症になり感情や感性が豊かになったお母さんから目が離せない映画「毎日がアルツハイマー」ぜひご覧ください。
パート2ではイケメンの介護福祉士さんにつられて(!?)デイサービスに通えるようになり、「忘れることは幸せだ」「脳みそだけが悪い」と娘や医師の質問にユーモアを交えて返事をするようになるなど、お母さんが少しずつ変化していく様子が描かれています。
忘れていくことへの精神的な苦痛が和らぐということは、認知症の症状が進んだということでもありますが、医学監修の新井平伊先生は<良いタイミング>でケアに入れたと言っていました。
監督の関口祐加さんにはニッポン放送のラジオ番組「ひだまりハウス〜うつ病と認知症について語ろう〜」(毎週日曜あさ6時25分から6時54分まで)というラジオ番組で映画が公開されるタイミングで2度インタビューをさせていただいています。昔は苦手だったはずのお母さんと関口さんの距離が確実に近づいていく姿に、かつての私と父が重なりました。
介護は当事者と家族だけでなく介護をする家族の関係も変えて行きます。子供の頃から折り合いの悪かった父と私は、車椅子になった母のおかげで(時間は本当にかかりましたが)和解をすることが出来ました。
大切な家族の病気や介護はピンチではありますが、実は家族全員が新しく生き直すチャンスと捉えることも出来るのです。
我が家や関口家のように絆を再び結び直すための鍵は、パート2で関口さんも紹介している<パーソン・センタード・ケア>と呼ばれる認知症ケアです。イギリスで行われているケアで、当たり前のことですが、認知症の人を<ひとりの人>として尊重し、その人の人間性や人生をまず知ること。そして当事者の立場に立って考え、その人に合ったケアを見つけ出していくという考え方です。
私の母は認知症ではありませんでしたが、言語障害があり自分の気持ちを上手に表現できませんでした。そんな母がもどかしくないように想像力をフルに発揮して、どうしたら母が笑顔でいられるかを家族全員で毎日毎日考えていました。
そして、関口さんも入浴や外出を拒否し家に閉じこもるというお母さんの行動は、出来ないことが増え、変わりゆく自分と向き合う<哀しみ>によるものだと分かっていました。お母さんを中心にして<パーソン・センタード・ケア>を実践していたのです。
そしてシリーズ完結編の『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル~最期に死ぬ時。』はタイトルにもあるように、誰にでも平等に訪れる〈死〉がテーマです。先天性の股関節の変形症が悪化し関口さんもなんと車椅子に……。初めて手術を受けることになりますが、時を同じくしてお母さんも脳の虚血症発作を4回起こし、意識不明で緊急搬送。関口家に最大のピンチが訪れます。
介護をする側も人間ですので歳も取りますし、病気もします。「ケアの終わり」や「母の死」と向き合うと共に、「自分だったらどう死にたいか」を考えるようになった関口さん。緩和ケアや安楽死など〈死〉をタブー視せず正面から見つめた「毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル」は家族や大切な人と最期の時をどう過ごしたいかを話すきっかけになるはず。親の<ありのままの姿>を受け入れた関口さんと信友さんの作品は、認知症という病と向き合うのではなく<ひとりの人>と向き合うことの大切さを教えてくれています。
さまざまな葛藤も抱えながらもカメラを回し続けた両監督の作品がみなさんのケアの光になりますように……。
企画・製作・監督・撮影・編集:関口祐加
製作:NY GALS FILMS
協賛:第一三共株式会社
推薦:厚生労働省
後援:一般社団法人 日本老年精神医学会
『毎日がアルツハイマー』シリーズ公式サイト
http://maiaru.com/
[配給]「毎アル」友の会
〒162-0801東京都新宿区山吹町344 第三英晃ビル5F
TEL:090-6187-7110 MAIL:maiaru@regard-films.com
DVD好評発売中!
https://regard-films.com/product-category/maiaru/
映画『ぼけますから、よろしくお願いします』―<ケアの光>が見えてくるドキュメンタリー:前編
1995年に日本テレビにアナウンサーとして入社。 報道キャスター、厚生労働省担当記者として様々な医療・介護問題を取材。 パラリンピック水泳メダリストの成田真由美選手を密着取材。 “生涯現役アナウンサー”でいるためにフリー転身。脳障害で車椅子の生活を送る母と過ごした日々をまとめた「十年介護」を小学館文庫から出版。 ヤングケアラ―当事者として全国で講演、医療介護を生涯のテーマに取材・啓発活動を続ける。
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