私が、家族が認知症になったら? 推しのことも忘れる? 認知症ケアの専門家に詳しく聞いた

訪問介護のアルバイトを始めた藤谷さん、最近気になっていることがあるそうです。今回は、介護が始まる大きなきっかけの一つである「認知症」について、詳しくお話を伺いました。

認知症には「怖い」イメージがある

藤谷千明
藤谷

最近、訪問介護ヘルパーのアルバイトを始めたんです。本当に色々な方がいらっしゃるな〜と実感しています。

蟹めんま
蟹めんま

ほうほう、くわしくお願いします。

藤谷千明
藤谷

同じ認知症の方でも、「なにもわからないです」と繰り返す方や、元先生で私のことを教え子だと思っているような、一目で記憶があいまいになっていることがわかる方、あるいは一見受け答えははっきりしているけれど、生活のことは難しい方など、色々なんですよ。だんだん「自分や親が認知症になったときのこと」と考えるようになってきて……。

蟹めんま
蟹めんま

わかりますよ。うちも母が怪我をした時、怪我の治りより長期間動けないことが引き金で認知症にならないかを気にしていましたからね。

藤谷千明
藤谷

これは私の偏見になってしまうのですが、「認知症」に対して「怖い」というイメージがあるんです。同世代の友人に聞いても似たような印象で、「自分が自分でなくなるのでは」、「人に迷惑をかけてしまうのでは」といった感じです。

蟹めんま
蟹めんま

確かに。やっぱりなんとなく怖いイメージありますよね。

藤谷千明
藤谷

とはいえ「認知症でも自分らしく生きよう!」みたいに無理やりポジティブに捉えるのも、「自分が自分でなくなってしまうかもしれないのに“らしく”ってなんだろう」って……。暗くなってしまってすみません。

蟹めんま
蟹めんま

いえいえ。そもそも「認知症」とは、具体的にどういった症状をさすのでしょう。もっといえば「病気」と呼んでいいものなのでしょうか?

志寒浩二
志寒

認知症は「病気」ではなく症状の塊、つまり「症候群」とされています。

蟹めんま
蟹めんま

その声は!?

編集:大田
編集:大田

そろそろ気になるタイミングだと思って、今日は認知症ケアの専門家の方をお呼びしました!

藤谷千明
藤谷

早!!

編集:大田
編集:大田

グループホーム(認知症の方々が支援を受けながら共同生活を送る介護施設)の管理者をしている志寒さんです。

今回のtayoriniなる人
志寒浩二
志寒浩二 認知症対応型共同生活介護ミニケアホームきみさんち 管理者/介護福祉士・介護支援専門員
07年から現施設にて認知症介護に携わる。すでに認知症をもつ人も、まだ認知症をもたない人も、全ての人が認知症とともに歩み、支え合う「おたがいさまの社会」を目指して奮闘中。
志寒浩二
志寒

認知症には、「アルツハイマー病」「レビー小体病」、「脳血管障害」など、研究者にもよりますが、原因疾患が70〜200種類あるといわれています。その塊を「認知症」と呼ぶんですね。その診断のコアとなる症状は記憶障害です。その他に色々な症状が出てきて、社会生活に困難を感じるようになって初めて「認知症」と診断されるようになります。

藤谷千明
藤谷

たとえば、もう亡くなってしまったのですが、認知症の祖母に会いに行くと、私のことをずっと高校生だと思って話しかけてくれていたんです。これが記憶障害の一種でしょうか。

志寒浩二
志寒

そうですね。認知機能って本当に複雑な能力なんです。しかも自動的、無意識に働いているわけで。それが衰えるということは、世界全体が変わることです。私たちは「世界が正常に見えている」と感じていますけれど、遠近、色、明るさ、輪郭などはっきりと認識しているのはどのくらいの範囲だと思います?

蟹めんま
蟹めんま

1メートルくらいですかね?

志寒浩二
志寒

正解は、親指一本分くらいです。

藤谷千明
藤谷

えっ?(じっと親指を見つめる)

志寒浩二
志寒

視野を動かして、脳がコンピューターのように自動計算して、「私達が見てる世界」を作っている。これが認知機能なのです。

蟹めんま
蟹めんま

それが失われるということは、本当に世界が変わってしまいますね。

志寒浩二
志寒

例えば、お二方はバンドのライブの最中に、友達と会話することはありますか?

藤谷千明
藤谷

大好きな曲のイントロが聴こえたら、小声で「来た!」「やったね!」なんて囁くことはありますね。

志寒浩二
志寒

その時は、バンドの音と友達の声を聞き分けられるということですよね。それを「選択的注意」と呼びます。ひとつのことに注意を向けることができるのは、人間の認知機能のひとつです。それがなくなると、すべてが大きな音として聴こえるんです。

蟹めんま
蟹めんま

ライブに例えてくださるので、大変わかりやすかったです。

志寒浩二
志寒

音だけでなく、言葉がわからなくなると、周りの人が外国語を喋っているように感じるようになるでしょうし、脳の理解の速度がゆっくりになると、反対に周囲が高速になったように感じるかもしれません。出てくる症状も一人ひとり異なります。事前に病名を伺っていても、実際に利用者さんとお会いすると全く違うということもあります。

「もしかして、認知症…?」周囲がなかなか気付けない理由

藤谷千明
藤谷

認知症って「周りが気づいて相談に」みたいなイメージがあるんですが、反対に自分が気づくことはあるんですか?

志寒浩二
志寒

なんとなく気分が沈む、なぜか字が読めなくなっただとか、あるいは自分ではなく周りが急に嘘をつくようになっただとか、「なにか変だ、上手く行かない」と感じて、本を読んだりした結果「認知症かも」と、相談に行ったら……みたいな方はいらっしゃいます。

蟹めんま
蟹めんま

そうやって、早期発見につながることもあるのですね。

志寒浩二
志寒

反対に「私は平気だ、おかしいところはない」と言い張る人も、本当は自覚があるのかもしれません。

藤谷千明
藤谷

自分に起きている異変に気づいて恐怖感があるからこそ、頑なになってしまうのかも……。私もそうなりそう。

志寒浩二
志寒

それに、できないことがあっても、これまで培ってきた「社会経験」で取り繕ってしまえることもあるんです。私たちだって、久々に会う人に対して「この人誰だっけ?」って思いながら、なんとなく話を合わせるとかあるじゃないですか。

蟹めんま
蟹めんま

ははは。頻繁にありますね。マイナーなバンドの話を振られた時とかしょっちゅうです。友達の推しとか特にうろおぼえです。

藤谷千明
藤谷

人の顔を覚えるのが苦手なので、わたしはライブ会場で話しかけてくれた相手に「(うお…申し訳ないが…思い出せない…)」と、曖昧にごまかしたことが何度かあります……。ちなみに逆もまたしかり……(苦笑)。

蟹めんま
蟹めんま

すぐにライブで例えがち。

志寒浩二
志寒

そうやって社会的な部分を上手くコントロールできることは、人間の強みでもあるんですけどね。

藤谷千明
藤谷

それが認知症の発見の遅れにつながってしまうこともあるんですね。

蟹めんま
蟹めんま

そう考えると、認知症になってしまった人は自分達と全く別の世界に行ってしまったというイメージから、自分達の延長線上にいるんだって思えてきました。

志寒浩二
志寒

認知症の方は、自分を取り巻く世界に起きた異変に恐怖や不安を感じていて、それが時に妄想や幻覚、うつ状態などの精神症状や、暴言や暴力、極端な収集癖などの行動症状につながります。こうした症状は「周辺症状(BPSD)」といって、記憶障害などの「中核症状」とは区別されています。

関連サイト

認知症の症状と進行のしかた

業界最大級の老人ホーム検索サイト | LIFULL介護

藤谷千明
藤谷

では、家族が認知症かもしれないときに、チェックしたほうがいいポイントはありますか?

志寒浩二
志寒

目に見えるものがわかりやすいですよね。冷蔵庫の中の食品が、賞味期限切ればかりになっていたり、お金があるのに水道や電気が止まっていたり。家族に知られたくないから、取り繕ってしまう場合、ご近所のトラブルで発覚することもあります。離れて暮らしている場合、地域包括センターや民生委員さんが情報を持っていることもあるので、そこと連携して現在の親御さんの現状を改めてチェックすることが大切なのかと思います。

蟹めんま
蟹めんま

ちなみに、「若い頃にこんなミスが多かった人は、こういう症状が出やすくなる」みたいなことはあるのでしょうか?

藤谷千明
藤谷

「真面目な人がなりやすい」だとか「アルミの鍋は危ない」みたいな、謎の都市伝説も聞いたことがあります。

志寒浩二
志寒

アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症は、脳に特殊な物質が溜まっていくことが原因と言われています。しかし、どのくらいその物質がたまったら認知症が発症するのかは究明できていません。それが本当の原因かどうかも疑問の余地があります。だから、発症する人の傾向は特に見出せていないんです。

強いて挙げるなら、脳梗塞など脳血管の疾患は認知症の大きな原因の一つなので、高血圧や糖尿病のリスクが高い生活を送っていると、脳血管性認知症になる可能性も大きいと言えます。

関連サイト

アルツハイマー型認知症の症状とは?原因から経過、治療までを解説

業界最大級の老人ホーム検索サイト | LIFULL介護

関連サイト

レビー小体型認知症とは

業界最大級の老人ホーム検索サイト | LIFULL介護

認知症になると"その人らしさ"は失われる?

蟹めんま
蟹めんま

介護の資格学校で「認知症でもその人らしい生活を」と習ったのですが、「それができれば苦労ないけど、そんなにうまくいく!?」と思ってしまいます。

藤谷千明
藤谷

介護現場で働いていると、その理念に対してギャップを感じてしまうことも少なくありません。ケアをする短い時間で利用者さんのことをすべて理解しているわけではないものの、ご家族が困惑しているところに立ち会ったこともあり、自分がこの立場になったら…と想像してしまいます…。
認知症になり「人が変わってしまった」と言われる方もいて、結局「その人らしさ」って何なのかなと。

志寒浩二
志寒

実はね、私は「その人らしい」という表現、あまり好きじゃないんですよ。その人らしさっていったい何でしょう。 例えば「謙虚」が私らしさだとしたら(?)私は謙虚であると主張しませんよね。”優しい人”だとしたら、どこでどのような言動をするのが優しいことなんでしょうか。

蟹めんま
蟹めんま

むずかしいですね。

志寒浩二
志寒

「その人らしさ」は、あくまで第三者がみて、この人はこういう人なんだと枠組みをはめることから生じると思っています。それは人間関係では避けようがないことではありますが、そこには評価する側の感性や期待が混じることがあります。

お母さんはお母さんらしく、昔のままであってほしい。その期待はご家族としては仕方がないことだとは思います。ただ、認知症の人は先ほどお伝えした通り、いろいろな症状からの恐怖や不安と向き合う中で、自分が自分として安心していられる状態をなんとか作り出そうと必死になっています。その“らしくない”と感じる姿は、私が私を見失わないよう、心地よく存在し続けられるように、サバイバルしている姿と言えるかもしれません。

藤谷千明
藤谷

なるほど、そういう見方をしたことはなかったです。

蟹めんま
蟹めんま

「らしく」と言いつつ「こうあってほしい」の願望を押し付けてしまう感じは、身に覚えがあります…。

藤谷千明
藤谷

家族や周りの人、あるいは推しに対してもそうしてしまうことはありますよね…。

志寒浩二
志寒

もちろん、症状によって荒れたり、混乱している姿はその人にとっても苦しい状態なので対応は必要です。そうではなく、いろいろな記憶を脇に片付けて、ただ”あるがままにある”姿は、その人にとって“私らしい”姿なのではないでしょうか。“その人らしい”より“私らしい”こと。それが大切だと思っています。

趣味は、”大海を漂流する中でおろす碇”になりうる

藤谷千明
藤谷

「認知症の方が趣味を楽しんでいるうちに、要介護度が下がった」という記事を見たことがあります。認知症にとって趣味は良い影響を与えてくれるものなのでしょうか?

志寒浩二
志寒

もちろんあります。複雑なものや体力の必要な趣味の場合は難しくなるかもれませんが、「料理を作る」「歌をうたう」みたいな、身体で覚えたことは忘れないので、皆さん楽しんでいらっしゃいますね。

蟹めんま
蟹めんま

やっぱり、楽しみはあったほうがいいんですね。

志寒浩二
志寒

例えば、さきほど「見えている世界が変わるのが認知症」と説明しましたよね。自分の記憶が定かではない、明日も昨日もよくわからない状態って、大海を漂流しているようなものなんですよね。そこに、趣味という碇を下ろすことができたら、流されずに「ここにいるんだ」という実感が持てる。それが家族だったり趣味、推しだったりします。自分自身の土台を認識するというか。認知症で混乱している方に、趣味の話をすると落ち着きを取り戻すこともあります。

蟹めんま
蟹めんま

私が認知症になって混乱し始めたら、「バンドの話とかふっとけばあの人は大丈夫だから」って言われるおばあちゃんになる可能性があるってコト……?

藤谷千明
藤谷

「自分自身の土台」ってよい言葉ですね。

志寒浩二
志寒

趣味以外でも「自分はこれが好きだ」という確固たる欲求を持っている人のほうが元気ですね。例えば、体が弱って認知症が進んでも「これだけは食べられる」というものがあるといいです。以前、奥さまを亡くして生きる意欲を失ってしまい「僕はここに死にに来たんです」とおっしゃる利用者さんがいらっしゃいました。食事もロクに取らないので、ご家族に相談すると、どうやらマグロが好きらしいと。そこで晩ごはんにマグロを出したら、2切れだけですが、食べてくれたんです。「恥ずかしながら、食べてしまいました」と。

蟹めんま
蟹めんま

かわいいですね。

志寒浩二
志寒

何かしらの欲求を、私たちのような周りの人間の働きかけで、引き出してあげることができたらと思っています。やっぱり欲求のある人、積極的な人のほうが生き生きとしているんです。たとえ寝たきりになっても「あれがやりたい、これがやりたい」という、心にピュアな欲求がある方のほうが、リハビリなどにしても効果が高いかもしれません。

藤谷千明
藤谷

たとえば「ライブに行くためにリハビリ頑張るぞ」みたいなモチベーションがあったほうがいいかもしれないと。

志寒浩二
志寒

どこでその人の欲求を引き出すか、と言うのが私たちの仕事のやりがいですね。
1番の欲求の刺激材料は、人間だったりするので、スタッフによって結果が違ったり。ポジティブに「あの子の為なら、私頑張る」っていう人もいれば、「あいつだけには介護されたくない」って頑張りを見せる人もいる。どこで欲求や意志を引き出すのかは難しくて、私たちも常に学んでます。

推しのことをいつかは忘れてしまう…?

藤谷千明
藤谷

これも少し不安に思っているのですが、推しのことを忘れてしまうなんてこともあるのでしょうか?

志寒浩二
志寒

記憶というものは感情に絡んで残っているんですね。一番の推しになりやすいのは、ご家族だと思っています。今の息子のことはわからなくなってしまっているけど、子供の頃や若い頃の息子さんのことは生き生きとお話するんです。「あの子、学校でこんなことがあって……」みたいな。

蟹めんま
蟹めんま

本当に嬉しいことだったんでしょうね。私も、好きなバンドのインディーズ時代の思い出ばかり話してそう!

志寒浩二
志寒

心の距離が近い、絆が強いと感じる方が心に残るんでしょうね。立派に成長された息子さんだけど、一番親を困らせていた頃の方が記憶に残っているなんてことも。

藤谷千明
藤谷

推しが解散したり、大幅な路線変更を行ったときはどうなるんでしょう。ファンとしては動揺して、ネガティブな影響を受けてしまうかも。

志寒浩二
志寒

さすがにそれは一概にはいえないですね。でも路線変更に気づいているということは、認知機能がしっかりされていると捉えることもできます。では推しに出会わなければよかったのかというと、それは違いますよね。

藤谷千明
藤谷

考えてみれば、「推しが変わっていってショック」みたいな話は中学生くらいからありますし、普遍的なものですね。

志寒浩二
志寒

生きるために大事な点、プラスエネルギーとマイナスエネルギーがどちらが大きいかというと、プラスのエネルギーが多いはずです。

蟹めんま
蟹めんま

そういっていただけると、希望があります!

志寒浩二
志寒

例えばそこで悲しい別れを経験したとしても、認知症が進むと、別れというネガティブな記憶を忘れてしまって、きれいな思い出だけが残っている可能性もあります。

藤谷千明
藤谷

「忘れること」がポジティブに働くこともあるんですね。

▼取材にご協力いただいた志寒さんによる、認知症にまつわるコラム連載はこちら

イマココを生きるのは、ボクの方がじょうず
2023/08/03

「イマココだけ」を生きてみよう - 世界の見え方が変わる「認知症スイッチ」

「らしさ」の森から抜け出して
2023/08/03

「らしさ」から解き放たれて―認知症になって会えた「ありのまま」の母

▼この連載が書籍になりました!詳しくはこちら

表紙画像
2023/08/03

不安を煽らず介護と老後の話をしようー書籍『バンギャルちゃんの老後』刊行記念インタビュー

イラスト/蟹めんま

奈良県出身の漫画家・イラストレーター。小学生の頃V系バンドに目覚め、以後約20年をバンギャルとして過ごす。主な著書はバンギャル人生をネタにしたコミックエッセイ『バンギャルちゃんの日常①〜④』(KADOKAWA)。趣味はスーパー銭湯めぐりとプロレス鑑賞。

藤谷千明
藤谷千明 ライター

1981年生まれ。自衛官、書店員、DTPデザイナーなどの職を節操なく転々として、フリーランスのライターに。趣味と実益を兼ねたサブカルチャーの領域での仕事が多い。共著に「すべての道はV系へ通ず。」(シンコーミュージック)、「想像以上のマネーとパワーと愛と夢で幸福になる、拳突き上げて声高らかに叫べHiGH&LOWへの愛と情熱、そしてHIROさんの本気(マジ)を本気で考察する本」(サイゾー)など。

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