あれこれ口出しする前に親子の「課題の分離」をーアドラー心理学に学ぶ親子の老後問題

この連載は、親の老後や終末期のことが気になってはいるけれど、家族でなかなか話し合えないという方に向けて、どうしたら人生会議への一歩が踏み出せるのか? 納得いく話し合いできるようになるのか? のヒントをお伝えしていきます。

指南いただくのは、アドラー心理学をベースとしたファミリーカウンセリングを日々実践し、家族間の様々な問題を解決に導いてきた熊野英一先生。

第3回目の今回は、親との人生会議を始める前にぜひやっていただきたい大切なポイントについてご紹介。これからお伝えすることに取り組むことで、親との話し合いがよりスムーズに進むことはもちろん、対人関係全般にも好影響を及ぼします。ぜひ参考にしてみてください!

これまでの記事はこちら↓↓

<第1回>

2021/09/28

親の将来が不安だけど、老いの現実から目を背けているあなたへ。やさしい人生会議のはじめ方

<第2回目>

2021/09/28

なぜ、親の老後や終末期について家族と本音で話せないのか? その原因と対処法について

今回のtayoriniなる人
熊野英一さん
熊野英一さん 株式会社子育て支援/ボン・ヴォヤージュ有栖川代表。1972年フランス・パリ生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。メルセデス・ベンツ日本にて人事部門に勤務後、米国インディアナ大学にMBA留学。その後、製薬企業イーライリリー米国本社および日本法人を経て、保育サービスを手がける株式会社コティに統括部長として入社。2007年、株式会社子育て支援を創業し、保育サービスを展開するかたわら、アドラー心理学の実践に基づくファミリーカウンセリングを行う。主な著書に『育自の教科書』『家族の教科書』(共にアルテ刊)、『アドラー式 老いた親とのつきあい方』(海竜社)などがある。

自分の心の癖に気づかぬまま親と対峙することの弊害

伯耆原

そろそろ親と人生会議をやりたいと思った時。いきなり家族に話し合いを持ちかける前に自分自身で準備しておいたほうがいいことはありますか?

熊野

そうですね。人生会議のような家族との大事な話し合いの前に、ぜひご自身で取り組んでいただきたいことが2つあります。1つは、自分自身のライフスタイルを見直すこと。そして2つ目はコミュニケーションの仕方やスタンスを見直すことです。

まず1つ目の「ライフスタイルを見直すこと」について。一般的に「ライフスタイル」という言葉は、生き方や生活スタイルという意味で使われていますが、アドラー心理学では自身の「性格や価値観、心の癖」のことをそう呼んでいます。

ライフスタイルとは、非力な存在としてこの世に生まれた自分自身が親に愛されるために身につけた、いわば「生存戦略」のようなもの。育った家庭環境の中で次第に確立されていきます。

たとえば、兄弟姉妹よりも親に褒められたいと、何事も懸命に頑張ってきたとしましょう。すると「私は人よりも優越していたい」という自己理想を持つようになり、「努力家」や「頑張り屋さん」として集団の中で秀でた存在になる一方で、「他者に任せられない」というパターンに陥る傾向があります。

一方、子どもの頃からかわいらしさや弱さ、人懐っこさなどで他者の注目を集めてうまく行った経験が多かった場合は、いわゆる「甘えん坊タイプ」になる傾向があり、自分の意見をしっかりと主張したり、リスクを取って挑戦したりすることから逃げがちになります。

こうした様々なライフスタイルは大人になっても変わらず持ち続けているものなのですが、その心の癖に気づかないまま親や兄弟姉妹と対峙してしまうとなかなか大変です。

たとえば、頑張り屋さんタイプの人は、「自分が親をなんとかしないと!」と、何でも自分一人で進めようとしてしまったり。甘えん坊さんタイプの人は、自分の意見を言うより、ムスッとした態度や困った顔をして相手に自分の気持ちをわからせようとしてしまったり……。

いずれにしてもお互いが納得のいく、いいコミュニケーションは取れなくなってしまうのです。

伯耆原

なるほど。私は頑張り屋さんタイプに近いかもですね(笑)。というのも、父が末期がんを患った時に在宅医療ができる病院を探していたのですが、私は良かれと思ってすぐさま近くの病院を見つけて、先生と話をつけてしまったんです。でも、父は「あの病院、あまり好きじゃない……」とポロっと口にしたことがあって。

私としてはこの病院なら近くて安心だし、地域の中では優れていると思っていたので早々に「ここにしよう!」と決めてしまったのですが、もしかしたら父の気持ちを置き去りにしてしまったかもしれませんね。

もしその時に自分の心の癖やパターンを理解していたら、そこで立ち止まって親の声に耳を傾け、もっと寄り添えた行動がとれた気がします。

親の課題に踏み込むほど、依存心を高めてしまう

熊野

そうだったんですね。おっしゃる通り、ご自身の心の癖やパターンを理解しておくことはとても大事です。

「私って正義感が強すぎて、自分の正しさを人に押し付けてしまうところがあるなぁ」とか、逆に「私っていつも自分の言いたいことを我慢してしまって、相手の意見に押し込まれ気味になるよね」などと、ご自身が陥りがちな心の癖やパターンをぜひこの機会に見つめ直してほしいです。

すると、いざ家族と対峙する時に衝突しにくくなったり、言いたいことが言えずに消化不良になったりすることも避けられるはずです。

そして2つ目の「コミュニケーションの仕方やスタンスを見直す」ことも大切です。ここでポイントとなるのが、「課題の分離」と「フラットな対話力」です。

たとえば、親の介護費用について自分の中でモヤモヤを抱えているとしましょう。そこで「親は年金暮らしで貯金もなさそうだし、弟もフラフラしていて頼りない……。長女である私がなんとかしなくては!」と躍起になるのは、一見いいことのように思えますが、そうとも言えません。

なぜなら、本来、親の老後にかかるお金について考えるべきなのは親自身であり、子どもの課題ではないからです。

いきなり親に「介護費用はどうするの? 私がなんとかしようか?」と詰め寄る前に、「これって私が心配することなのかな? 本当は親の問題なんじゃないのかな? もしくは家族全体で考えることでは」と、いったん立ち止まって課題を分離することが大変重要です。

伯耆原

ついつい親のこととなると心配する気持ちが先立ち、自分と親の課題を“一緒くた”にしてしまいがちですよね。体力も判断する力も弱ってきている親が危なっかしく思えて、あれこれ口出ししたくなってしまいます。

熊野

ホントそうですよね。でも、そうなりがちだからこそ、上からではなく、「フラットな横の関係」を意識して対話していただきたいのです。

上からの態度で、親の課題にズカズカと踏み込んでしまっては、プライドを傷つけかねませんし、逆に「やってくれるなら助かる」とますます依存心を高めて、本人の自立する力が弱まってしまいます。結果、子どもの側が親の世話を一手に引き受けることになり、自分の時間と体力がどんどん奪われていきます。

課題の分離ができるのは相手をリスペクトしているからこそ

伯耆原

そのお話、耳が痛いです(笑)。まさに私自身がそうでした……。老いが進んで足腰が弱くなっていく母と病気を患っている姉が可哀そうに思えて、2人が住む実家の茨城まで東京から隔週で通っていました。

こまごまとした家事やケアマネージャーさんへの連絡なども先回りして動いていたら、家族が私をアテにするようになり、逆に自分の家のことや仕事がままならなくなりました。自分で勝手に引き受けておきながら、甘えてくる家族が嫌になって、怒りさえおぼえていましたからね。

本来、相手がやるべき課題まで手を出してしまったのは、老いや病気で弱っていく家族に対する憐みや心配と、見放すことの罪悪感を解消したかったからだと思います。それに「この作業は家族がやるより、自分がやったほうが早いし確実だ」という奢りもあったのかもしれません。そういう意味で、関係性もコミュニケーションの仕方もフラットではなかったと思います。

熊野

伯耆原さんのように、親や家族の課題に介入してしまうケースはとても多いと思います。老いて弱っていく親を心配して、あれやこれやと世話を焼くのはある意味、「親孝行」とも言えますからね。

でも、親を心配する気持ちや親を放っておけないという罪悪感は、ほかでもない自分自身の課題です。ここと向き合わずに、自分の心配や罪悪感を解消しようと相手の課題に踏み込むのはお互いにハッピーとは言えないのではないでしょうか。

家族間で課題を切り分けることは難しいことですが、それができるのは「相手には解決する力がある」とリスペクトしているからこそ、です。相手を心配するのではなく、信頼できるか? 老いて弱っている親を「下」に見るのではなく、「対等」な目線で見るには、意識や考え方の転換が必要です。

伯耆原

いやぁ、それは人によっては抜本的な意識改革が必要かもしれません。でも、ここで転換ができれば、親子関係のみならず、対人関係すべてが好転しそうな気がします。実際、私は親だけではなく、周りの友人に対してもおせっかいを焼いて疲弊していましたから……。

とはいえ、親の老化の進行度合いによっては、介入したほうがいい場面もあると思うんです。親が認知症になってしまって自力で生活するのが難しくなってしまったとか、病気を患って寝たきりになってしまったとか。そういう場合は関わり方も変わってきそうですね。

親の老化度によって向き合う課題は変わってくる

熊野

そうですね。親の老化の度合いによっては、接し方もどのぐらい介入すればいいのかも変わってくると思います。

そこで、親の現状を把握するための目安として、老化度を5段階に分けてみました。

<老化度1:過干渉期>
頭も身体もまだ若く元気。いまだに子ども扱いして支配的。

<老化度2:親の呪縛対峙期>
親の身体能力や認知力が衰え始め、老化が目立ってくる時期。

<老化度3:思秋期>
そろそろ自立生活が困難になり、家族で協力して親の介護について真剣に話し合う時期。

<老化度4:終活期>
自宅介護がメイン。デイサービスやショートステイなどを利用。

<老化度5:看取り準備期>
施設での介護。体力も衰え、寝たきりの状態が多くなる。認知症が進行する時期。

この5段階はあくまでもわかりやすく整理したもので、実際には各段階の中間地点にあてはまる場合もあると思います。老いのフェーズによって、親と子それぞれが向き合ったほうがいい課題とアクションのポイントについて、表にまとめてみたのでぜひ参考にしてみてください。

出典:『アドラー式 老いた親とのつきあい方』(熊野英一著・海竜社)
伯耆原

老化度1の「過干渉期」の場合、親はまだまだ元気なので、娘や息子を「子ども扱い」しがちな人も多いですよね。子どもももういい歳なのに、「ちゃんとご飯食べてるの?」「仕事は大丈夫なの?」と心配したりして。まさにこの表にある通り、親は「子離れ」を、子どもは「親離れ」をする必要がありますね。

熊野

そうなんです。毎回実家に帰るたびに親に口うるさく言われてケンカする、というのはお互いに「子離れ」「親離れ」ができている状態とは言えません。もうそういう段階は卒業して、対等な大人同士としての関係性やコミュニケーションの取り方にシフトチェンジする必要があります。

そうすることで、いざ親の体が衰えてきた時に依存関係に陥ることなく、ほどよい距離感を持ちながら穏やかに人生の終盤を過ごせるようになります。

人生会議のポイントが明確になる、悩み解決ワークシート

熊野

ただ、親の老いがすでに進行してしまっている「思秋期」や「終活期」になったとしても、その時点で気づいて向き合っていくことで親との関係性はもっといいものになりますし、今目の前に抱えている悩みも解決に導くことができます。

そこで拙著『アドラー式 老いた親とのつきあい方』でも紹介しているワークシートに沿って、親に対して抱えている悩みや不安を整理することをおすすめしたいです。ワークシートに記載している、以下の5つのステップで向き合っていくと自分のやるべきことが整理されると同時に、人生会議で話し合うポイントも明確になります。

<ステップ1> 
親の老化度を把握し、悩みを見える化する

<ステップ2> 
課題の分離

<ステップ3> 
親との関係の改善目標(ゴール)を設定する

<ステップ4> 
課題解決のためのアドラーの教えに学ぶ

<ステップ5> 
アクション・プランを実行に移す

伯耆原

今、漠然と抱えている悩みやモヤモヤをワークシートに書き出して見える化することで、気持ちが楽になりそうですね! やるべきことが見えてきそうです。

熊野

そうなんです。たとえば、ステップ1で「父親がなかなか車の運転をやめず、免許を返納してくれない」といった悩みを書き出したとしましょう。

その悩みは、本来は誰の課題でしょうか? 何が自分の課題で、何が親の課題なのか? ステップ2では自身の悩みを客観的にとらえながら、「課題の分離」をしていきます。

今回の悩みで言うと、「車の運転をやめず、免許を返納しない」のはあくまで父親自身の課題です。一方、「高齢の父が車の運転をし続けていることが心配でたまらない」「父親が頑なに免許を返納しないことにイライラしている」ことなどが、自分の課題に当たります。

その心配やイライラは自分自身で向き合う必要がありますが、それでもやはり危険を感じて父親の免許返納を促したいと思うなら、自分と親の課題を「共同の課題」として取り組むこともできます。

自分が心配している気持ちを親に伝える。反対に親が抱えている思いに耳を傾けて、一緒に解決策を考える。一方的に親の課題に踏み込むのではなく、「共同の課題」として共に解決に向けて取り組むことで、お互いにとってベストな結果が生まれやすくなります。

伯耆原

この「共同の課題」にするという考え方が、関係性としてフラットでいいですね。こうして課題を整理して、言語化しておくと、親と話し合う時に感情的にならず、冷静に伝えられる気がします。次のステップ3の「親との関係の改善目標(ゴール)を設定する」というのは?

親がどういう最期なら納得できるか? ゴールを設定

熊野

ここでは、親が人生の最期を迎える時にどういう関係性でいたいのか? 親が最期にどういう気持ちだったら自分は納得できるのか? など、自身が望む最終ゴールをイメージします。そのゴールさえ明確にできれば、たとえ家族との話し合いがうまく行かず、ゴタゴタしてしまっても中心軸に立ち戻ることができます。ですので、ゴールを設定することが不可欠です。

続いてステップ4の「課題解決のためのアドラーの教えに学ぶ」ですが。アドラーの教えには、対人関係の悩みや課題を解決するにあたってヒントになる言葉がたくさんあります。例を挙げると……。

「大切なことは『共感』することだ。『共感』とは相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じることである」

「人間は、環境や過去の出来事の犠牲者ではなく、自ら運命を創造する力がある」

など、アドラー本人が語った言葉をわかりやすく超訳したものを拙著『アドラー式 老いた親とのつきあい方』の中で随所に紹介しています。その中で心に響いた教えがあったら書き起こしておくと、親との関わり方のヒントを得られたり、前に進む勇気が得られたりするはずです。

伯耆原

なるほど。アドラーの教えから前に進む力を得て、最後のステップ5でアクション・プランを立てるということですね。

熊野

はい。ここではアクションにつながりやすい、ごく小さな最初の一歩を考えましょう。今回の「父親が免許の返納をしてくれない」という悩みであれば、いきなり親に自分の思いを伝えるのではなく、まずは「兄弟姉妹に自分の思いをシェアする」「親の状況を詳しく知るために実家に帰る」など今すぐでもできそうなことを挙げてみるのがおすすめです。

伯耆原

こうしてステップ1~5まで、ワークシートに書き出すことによって自身の悩みや不安が整理されますし、人生会議で話し合うべきポイントも見えてきますね。人生会議と言っても、どこから話し始めたらいいのか迷うところなので、ワークシートで整理しておくとスムーズに進むと感じました。

さて次回は実際に家族と話し合う際に気を付けたらいいことについてお話を伺います。熊野先生、次回もよろしくお願いします!

********
<まとめ>

  1. 人生会議を始める前に大切なポイントは、「自分のライフスタイルを見直すこと」と「コミュニケーションの仕方やスタンスを見直すこと」
  2. 自分と親の「課題を分離」することが肝心。親の課題に踏み込むのはマナー違反
  3. 親の老化度によって関わり方は異なる。親の現状をしっかりと把握しておこう
  4. ワークシートで悩みや不安を整理した上で人生会議に挑むとスムーズ

<そろそろ人生会議を始めたい時に読んでおきたい書籍>

著者:熊野英一
出版社:海竜社
発売日:2020年7月8日

撮影:佐々木睦
 

伯耆原良子
伯耆原良子 インタビュアー、ライター、エッセイスト

日経ホーム出版社(現・日経BP社)にて編集記者を経験した後、2001年に独立。企業のトップから学者、職人、芸能人まで1500人以上に人生ストーリーをインタビュー。働く人の悩みに寄り添いたいと産業カウンセラーやコーチングの資格も取得。12年に渡る、両親の遠距離介護・看取りの経験もある。介護を終え、夫とふたりで、東京・熱海の2拠点ライフを実践中。自分らしい【生き方】と【死に方】を探求して発信。

Twitter@ryoko_monokakinotenote.com/life_essay 伯耆原良子さんの記事をもっとみる

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