なぜ、老後や終末期についての家族との話し合いは「いつか」と後回しになるのか?

この連載は、親の老後や終末期のことが気になってはいるけれど、家族でなかなか話し合えないという方に向けて、どうしたら人生会議への一歩が踏み出せるのか?納得いく話し合いできるようになるのか?のヒントをお伝えしていきます。

指南いただくのは、アドラー心理学をベースとしたファミリーカウンセリングを日々実践し、家族間の様々な問題を解決に導いてきた熊野英一先生。

第2回目の今回は、人生会議をやりたいと思っていてもついつい後回しにしてしまう原因とその対処法について紹介します! 家族と人生会議ができず、両親の看取りの際に右往左往するハメになったライター伯耆原(ほうきばら)が、自身の痛い経験をもとに先生に突っ込んでいきます。

第1回目の記事はこちら↓↓

今回のtayoriniなる人
熊野英一さん
熊野英一さん 株式会社子育て支援/ボン・ヴォヤージュ有栖川代表。1972年フランス・パリ生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。メルセデス・ベンツ日本にて人事部門に勤務後、米国インディアナ大学にMBA留学。その後、製薬企業イーライリリー米国本社および日本法人を経て、保育サービスを手がける株式会社コティに統括部長として入社。2007年、株式会社子育て支援を創業し、保育サービスを展開するかたわら、アドラー心理学の実践に基づくファミリーカウンセリングを行う。主な著書に『育自の教科書』『家族の教科書』(共にアルテ刊)、『アドラー式 老いた親とのつきあい方』(海竜社)などがある。

人生会議のための家族との対話に、マイナスイメージしか湧かないのはなぜ?

伯耆原

親の老後や終末期の医療について家族で話し合っておきたい(人生会議をやりたい)けれど、なかなか行動に移せない……。その理由について、私自身の経験をもとに挙げてみました。

<人生会議ができない理由(例)>

・親の老いや死について考えたくない
・親に気を遣ってしまって、踏み込めない(親がすでに病気を患っていて言いづらい)
・親とあらたまって話をするのも気恥ずかしい
・親の性格や老いから、意思疎通が図れない
・親や兄弟姉妹と大事な話をしようとするといつも逃げられてしまう
・親に対する考えや距離感が兄弟姉妹で異なる(自分は親のことが心配でも、兄弟姉妹は無関心、など)

このほかにも、親との確執があったり、いわゆる「毒親」だったりして関係を遠ざけているケースも少なからずあるんだろうなと思います。

熊野

そうですね。伯耆原さんに挙げてもらった理由について、僕自身もその通りだなと思います。

なぜ、家族と人生会議ができないのか? 究極のところ、家族で話し合っても「わかり合えるイメージが湧かない」からだと思うのです。

たとえば、「親や兄弟姉妹にこの手の話題を持ち出してもはぐらかされてしまいそう」とか、「介護について家族と話し合っても、お互いの意見がぶつかって収拾つかなくなりそう」とか。デリケートな話題でもあるだけに、「自分が言ったことで親を傷つけてしまうんじゃないか?」と感じている人も多いかもしれませんね。

いずれにしても、対話によって生まれる家族間の衝突や互いのダメージを想像して、ついつい後回しにしたくなってしまうんです。

伯耆原

それはよくわかります。頑固な性格の父親に人生会議を持ちかけたら、「俺が死ぬと思ってんのか! 縁起でもない」と一喝されそうな気がしますもんね。

兄弟姉妹とも、波風が立ちそうな予感がしてしまいます。よくあるケースとしては、実家の近くに住む兄(姉)は親の行く末を案じていても、遠方に住んでいる弟や妹は自分のことに精一杯でのらりくらり。「兄ちゃん(姉ちゃん)に任せるよ」と丸投げされて怒り心頭、みたいな。家族と話し合うなんて、もう嫌なイメージしか浮かびません(笑)。

熊野

本当そうですね(笑)。でも、なぜ私たちは、家族と話し合うことにマイナスのイメージしか湧かないのでしょう? もしかしてじっくり話してみたら、いい結果だって生まれるかもしれないのに。プラスのイメージや希望が持てず、「どうせ無理だよ」「話し合いなんて絶対うまくいくはずがない」とはなからあきらめてしまう……。これをアドラー心理学では、「勇気がくじかれた状態」と言います。

今までの家族とのやり取りの中で相手から度々否定されたり、反応が今ひとつだったりすると次第に勇気がくじかれ、「どうせ言っても、また今度もダメだろう」と対話することをあきらめてしまいます。

確かに最初は相手の言動によって勇気をくじかれたかもしれませんが、相手に対してマイナスの固定観念を持ち続け、対話をあきらめる選択をしたのは自分自身です。もはや「自分で自分の勇気をくじいてしまっている」状態とも言えますね。

伯耆原

思い当たることがありすぎて、心にグサッと来ますね。この状態から抜け出すにはどうしたらよいでしょうか?

突破口は”相手の想いをわかろうとする気持ち”を大切にすること

熊野

まず、自分自身の見方を変える必要があります。相手に対して抱いているマイナスの固定概念を外し、「なぜ、相手はそういう言動をとってしまうのか?」「自分のコミュニケーションの仕方に問題はないのか?」と視点を変えてみると、突破口が見えやすくなります。

伯耆原

うわっ。それは若干、抵抗感があるかも(笑)。どうしても相手のせいにしたくなりますから。でも、このままでは何の進展もないので、先生の言う通り、自分の見方を変えることが近道なのかなとも思います。確かに見方が変わったら考えが柔軟になって、相手への接し方のアイデアも湧いてきそうですね。

熊野

そうなんです。よくあるのが、親に何か言うといつも否定的な言葉で返ってくるケース。そこで「もういいよ!」と切り捨てることもできますが、いったん立ち止まって「なぜ、親は否定してくるのか? その裏にはどんな想いや感情があるのか?」「自分の伝え方や言うタイミングに問題はなかったか?」などと、いろんな角度から見てみるといいんですね。

たとえば、親にもしもの時の話を持ち出して「そんなこと言うもんじゃない!」と突っぱねられたとしましょう。もしかすると親自身も自分の老いを受け止められず戸惑いを覚えているのかもしれませんし、子どもに心配かけたくないという愛情から否定的な態度を取ってしまっているのかもしれません。

相手の表面的な言葉や態度に惑わされず、その奥にある感情に目を向けてみると、接し方や言葉の投げかけ方が変わってくるはずです。

伯耆原

なるほど。相手の反応にすぐ惑わされてしまいますが、もっと客観的な目線に立って「相手のことをもう一歩、わかろうとする姿勢」が大事なのでしょうね。

熊野

そうですね。つい自分の想いばかりが先行してしまいますが、その前に「相手の想いをわかろうとする姿勢」がないと、実りある話し合いはできません。特に人生会議のようなデリケートな内容を話す場では尚更です。

どんなに元気な親でも老いが進むとだんだんコミュニケーションが取りづらくなってくるものです。こちらの投げかけに対してどういうリアクションが返ってくるのか想像がつかず、それもまた人生会議を持ち掛けられない要因にもなっていると思います。

変化球や剛速球など、予想もつかない打球が返ってくる高齢の親と対峙できるようになるためには、まず身近な相手との日々のコミュニケーションを見直し、ブラッシュアップを図っておくといいでしょう。

身近な相手へのコミュニケーションから見直してみよう

伯耆原

親との対話という“本番”に挑む前に、鍛錬を積んでおくということですね! 身近な相手というと、夫や妻、子どもなどでしょうか?

熊野

はい。職場の部下や同僚でもいいですね。そうした身近な相手に普段、自分がどんなコミュニケーションを取っているのか、ぜひチェックしてみてほしいです。たとえば……。

・相手の目を見て共感しながら聴けているか? 
・相手の話をさえぎったり、すぐに否定したりしていないか? 
・言い方がキツくなったり、上から目線になったりしていないか?

など、自身のコミュニケーションスタイルを振り返り、改善していくことが大切です。

小さなことかもしれませんが、もし自分が熱心に本や新聞を読んでいる時に奥さんから話しかけられたら、いったん読むのをやめて「なぁに?」と目を向ける。どうしても読むのをやめられないなら、「5分後でもいい?」と確認して、必ず5分経ったら話を聴くようにする。

そうした日常のささいなコミュニケーションから変えていくと、相手の想いや状況をわかろうとする心の余裕が生まれますし、自然と共感する姿勢が身についていきます。

伯耆原

日々のコミュニケーションの研鑽が、いざ人生会議に挑む時に活かせるわけですね。

熊野

自分の態度や姿勢、コミュニケーションスタイルが変わると、それは相手に伝わります。

「お父さん(お母さん)、なんだか物腰が柔らかくなったなぁ」とか、「課長、前よりも話を聴いてくれるようになったぞ」とか。そういうプラスの変化を相手が感じると安心して心を開いてくれるようになり、話し合いがスムーズに行ったり、本音で意見交換できるようになったりします。そうしてお互いの間にいい空気感が生まれていくんです。

人生会議をあきらめる言い訳はいくらでもある

伯耆原

自分の態度や姿勢、コミュニケーションの仕方が変わっていけば、親も心を開いてすんなり話し合いに応じてくれるかもしれませんね。なかなかハードで手ごわい「親との人生会議」を乗り越えられたら、すべての人間関係やコミュニケーションの問題が解決できる気がしてきます。

熊野

そうなんですよ。何度同じことを言っても変わらない部下、意見がかみ合わない上司など、これまでわかり合えないと思っていた周りの人たちへの見方や関係性も変わってくると思います。

伯耆原

ただ、「この人だけはどうしてもわかり合えない!」という相手もいると思うんです。いわゆる「毒親」で会話が全く成り立たない、関係を持つと自分自身の生活に支障をきたしてしまうような……。そういう相手には無理にアプローチをしなくても良いのではと思うのですが。

熊野

仮に「毒親」であったり、親と長年対立したりしていても、関わり方の選択肢は色々あると思っています。「自分は親として認めないから、介護や看取りに関わらない」という選択もあるだろうし、「せめて最期だけでも看取って和解をする」、あるいは「和解まではいかなくても最期に対面して自分の中でけじめをつける」という選択もあるでしょう。

結局は、「自分自身が本当はどうしたいか?」だと思うのです。

面倒だけど、嫌だけど、やっぱり親の最期のことが気になるから人生会議をやったほうがいい。そう思うなら、一歩踏み出すしかありません。

「親がその手の話題を嫌がるから」「兄弟姉妹がやる気ないから」「自分の仕事が忙しいから」……。いくらでもあきらめる言い訳は見つかります。でも、本当はどうしたいのか? どんな未来を得たいのか? ぜひ自分の心に正直になって、アクションを起こしていただきたいです。親に「今、体の具合はどうなの?」と電話一本かけるだけでもいいんです。まずは小さな一歩からで構わないのですから。

伯耆原

お話を伺って、つくづく先生ともっと早くお会いしたかったです。こんな風に背中を押してくれる人がいたら、両親とも悔いのない別れができたのではと思ってしまいます。

さて次回は「人生会議を始める前に大切な心構えや必要な準備」について詳しくお聞きしていきます。熊野先生、来月もよろしくお願いします!

********
<まとめ>

  1.  家族と人生会議をするなんて「どうせ無理」とあきらめない。自分自身の見方を変えるのが近道
  2. 客観的な目線に立って「相手のことをもう一歩、わかろうとする姿勢」が大事
  3.  親との対話に挑む前に、まずは身近な相手とのコミュニケーションを見直し、ブラッシュアップを図ろう

撮影:鈴木優太
 

伯耆原良子
伯耆原良子 インタビュアー、ライター、エッセイスト

日経ホーム出版社(現・日経BP社)にて編集記者を経験した後、2001年に独立。企業のトップから学者、職人、芸能人まで1500人以上に人生ストーリーをインタビュー。働く人の悩みに寄り添いたいと産業カウンセラーやコーチングの資格も取得。12年に渡る、両親の遠距離介護・看取りの経験もある。介護を終え、夫とふたりで、東京・熱海の2拠点ライフを実践中。自分らしい【生き方】と【死に方】を探求して発信。

Twitter@ryoko_monokakinotenote.com/life_essay 伯耆原良子さんの記事をもっとみる

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