“住宅弱者”と呼ばれる高齢期には、住まいに関するさまざまな問題が山積しています。課題をどう乗り越えていくか––、この記事は超高齢社会に向け、変わりゆく住宅の姿を取材するシリーズです。
第1回は、東京の郊外に設立されたゲイフレンドリーなアクティブシニア向け住宅を取材しました。
高齢期のさまざまな問題の中でも、社会や地域から孤立し、適切な支援が受けられずに亡くなってしまう孤独死は大きな問題になっています。特にゲイ高齢者は孤立しやすいのだと、ゲイ男性やバイセクシャル男性の高齢期サポートを行うアライアンサーズ社の取材でお話を伺いました。
「ゲイにはゲイ特有の老後の問題がある」ゲイ向け老人ホーム実現への道のりとは
その後、取材当時はまだ構想・計画段階だったゲイフレンドリーな高齢者向け住宅が2021年7月にオープン。広報を担当しているアライアンサーズ代表・久保わたるさんに、再び取材させていただきました。
今回開設されたのは、東京郊外にあるホテルを改装した高齢者向け住宅(※プライバシーの観点から施設名は非公開)。居住スペースはホテルらしい落ち着いた空間になっており、ご夫婦や同性のカップル、友人同士といった2人入居も可能です。
元々レストランだった広い食堂は解放的で、食事時には他の入居者たちと顔を合わせられるなど、ほどよい近所付き合いのような距離感で暮らせるのが魅力のひとつになっています。
また、管理人が常駐しているため高齢期の日常生活の困りごと、例えば買い物や通院のサポートなどを気軽に依頼できるとのこと。入居時には終身にわたる身元引き受けサービスも受けられるため、手厚い介護が受けられる施設に移り住む場合にも困りません。
ゲイの方向けの高齢者住宅実現にあたって、さまざまな課題をどのように乗り越えたのか。設立の経緯や施設の特色、そして今後の展望についてお話を伺いました。
――前回の取材時には、今回のような高齢者向け住宅の話はまだ構想段階でしたよね。どのような経緯で、ゲイフレンドリーな高齢者向け住宅のオープンに至ったのでしょうか。
前回の取材でお話したように、高齢者向け住宅の立ち上げ・運営から携わるのはハードルが高いので、ゲイの高齢者を快く受け入れてくれる施設とその運営者を探していました。
今回の高齢者向け住宅は、元々交流があったロングライフサポート協会さんが管理・運営を担当しています。高齢者向け住宅を新しくオープンすることが決まった段階で、彼らが私たちに話を持ち掛けてくれたんです。
そこで「ゲイの高齢者も入居させてもらえませんか」と訊いたところ、快諾してくださったのが今年5月頃。我々の会社は、広報として入居者募集などのサポートをさせていただくことになりました。
――かなりの急展開だったんですね。前回の取材では実現にあたって課題がいくつか挙げられていましたが、どのように乗り越えられたんでしょうか。
まず、入居者獲得の問題がありました。ただ、今回に関してはありがたいことに、私のTwitter上での発信やプレスリリースを見て問い合わせてくれた方が138人、6月の内覧会に足を運んでくれた方は30名強と反響がかなりあったんです。
ゲイ雑誌の編集部の方も来てくださって「30年前からゲイコミュニティで話題に上がっていたゲイフレンドリーな高齢者向け住宅がついにできたんですね」と感動されていました。
もう一つは、入居者のカミングアウトにつながる問題です。現状ではゲイ以外の方でも、ストレートの方や他のセクシュアルマイノリティの方もご入居いただけるゲイフレンドリーな高齢者向け住宅です。なので、誰が当事者なのかは入居者同士でもわからないようになっています。
――さまざまな偶然と工夫が重なって実現したプロジェクトなんですね。ゲイ以外の方も入居できるとのことですが、ゲイフレンドリーな高齢者向け住宅だということはオープンにするのでしょうか。
ゲイ当事者の方以外には、ゲイフレンドリーな高齢者向け住宅であることは伏せています。ご高齢者の中にはセクシュアルマイノリティに対する根強い偏見を持っている方もいらっしゃるでしょう。当事者の方の中には、セクシュアリティが明るみになることを「社会的な死」と捉えている方も多い世代です。
私はこうした方向性が必ずしも良いとは思っていません。しかし、最初の取り組みで安心して暮らせる環境をつくって今後につなげられるよう、時間をかけて慎重に取り組んでいきたいと思っています。
――ゲイフレンドリーな高齢者向け住宅であるほかにも、施設の特色はありますか?
最も特徴的なのはアクティブシニア向けで、且つ年金の範囲内という低予算で利用できることです。これまでも自立型と呼ばれるアクティブシニア向けの住宅はあったのですが、介護保険を使えないので高かったんですね。それこそ、1ヵ月30万円という高齢者向け住宅もザラにあります。
そういう意味で、生活保護を受給している方も含めたアクティブシニアの方が、亡くなるまで面倒を見てもらえる高齢者向け住宅は画期的だと思います。
――これまでアクティブシニア向けの住宅が充実していなかったのはなぜなのでしょうか。
アメリカには、リタイアメントハウスという考え方があります。仕事を辞めて収入が減るタイミングでの住み替えと、介護状態になった後にもう一度住み替えをする2段階方式になっているんです。
ところが、日本だと介護状態になるまで住み替えをしないという考え方が一般的ですよね。2段階住み替えの考え方が浸透していないから、設立しても需要がない。そういうわけで、アクティブシニア向けの住宅を手掛ける事業者さんはほとんどありませんでした。
しかし、介護状態になったときには、すでにご自身でできることが限られてしまっています。だから、私たちとしてもゲイのアクティブシニア向けの住宅はつくりたかった。
――レストランをはじめとした共有スペースでは、入居者同士の交流も生まれそうですよね。
ご飯を食べるときは食堂に行くことになるので、必然的に1日1回は誰かしらと顔を合わせる環境がつくれると思います。ほかにも、ゲイ当事者の方に管理人になってもらったり、簡易的な連絡網をつくったり、小さなイベントを開催したりすることも検討中です。
ただ、距離が近すぎてもトラブルになる可能性があるので、ご近所付き合い程度の距離感から少しずつ試行錯誤していきたいと考えています。
――この高齢者向け住宅を通して、ゲイの高齢者の方のどんな課題を解決できると思いますか?
やはり孤立を防げるのは大きいでしょうね。誰かと一緒に暮らしていれば、何かあったときに異変に気付いて、入院や介護施設への移行といった対処ができます。しかし、孤立してしまうと適切な支援が受けられる保証はないですから。
内覧会に来てくださったゲイ当事者の方の中には、老後の話をする場所がこれまでなかったこともあって「危機感が薄かった」と仰る方もいました。そういった方々が、これをきっかけに老後について考えてくれるようになったらいいなと。
老いや死は、火事や地震と違って100%やってくるものですから、備えるかどうかで迷っているなら、備えることを強くおすすめしています。
――今後も新たにゲイフレンドリーな高齢者向け住宅をつくる構想はあるのでしょうか。
今回のプロジェクトでは運営者の方が奇跡的に見つかりましたが、やはり運営者を見つけるのが難しいんですよ。入居者獲得に関しても、期待してくださっている方は多いものの、前例のない取り組みであることもあって、まだ様子を窺っている方が多い印象で。入居者が集まらないと事業が立ち行かなくなってしまうので、いつ実現できるかは今後の動向次第ですね。
ただ、入居をかなり前向きに検討してくれている方も多いので、入居者が集まって生の声を聞ける段階になったら、自ずと人は集まってくるんじゃないかなと。
我々の会社では、本事業とは別にゲイ・バイ男性向けに友達づくりをサポートする「友活」というイベントを提供しています。こうした活動を拡充して、また新しく高齢者施設立ち上げの話が出たときのために、高齢者向け住宅への入居希望者を募っておきたいとも思っています。要望をある程度訊いておけば、ニーズに合う物件を提供できるかもしれませんしね。
自分に介護が必要になったときに安心できるような環境を整えたいという使命感を持って事業を行っているので、もちろん今後も数を増やせるよう尽力していきたいです。
――現在の高齢者向け住宅は、ゲイ以外の方も入居できる「ゲイフレンドリー」な施設ですが、将来的に「ゲイオンリー」の施設は登場すると思いますか?
世代が若くなるにつれて、セクシュアリティに関する捉え方が変わってきています。ゲイやレズビアンといった各セクシュアリティに特化した高齢者向け住宅のニーズは、今後ますます高まっていくでしょう。そして、それは我々の会社が先導してやっていかなければいけないと思っています。
強制カミングアウトの問題を踏まえると「ゲイオンリーの高齢者向け住宅」と銘打つよりは、HIV患者の方に特化した高齢者向け住宅をつくるのが近道かなと思います。HIV患者の方はまだ有料老人ホームに入りにくいため、社会全体として需要が高いです。しかもゲイの方はHIV罹患率が高いので、ゲイオンリーに限りなく近い高齢者向け住宅を実質的につくれるのではないかと。
ただ、まずはゲイ当事者の方が安心して入居できる住宅の提供や、介護が必要になった際に適切な介護施設にご案内できる準備など、目下の課題に取り組んでいきたいです。
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30年以上も前から当事者たちから切望されてきた、ゲイフレンドリーな高齢者向け住宅。条件が揃うには時間がかかると思われていましたが、偶然と努力が重なって早々に実現しました。
入居者獲得や運営者探しといった既存の課題のほかにも、新たな課題ももちろん出てくるでしょう。しかし、前例のない新しい取り組みが、孤立しがちなゲイ当事者の方の一助となったことは間違いありません。
ゲイをはじめとしたすべてのセクシュアリティの方が安心して暮らせる高齢者向け住宅や介護施設とはどのようなものなのか。tayoriniでは今後も、セクシュアリティの観点からも高齢者向け住宅や介護施設を追っていきたいと思います。
8月28日(土)にこちらの住宅の、二回目の内覧会が実施予定です。
詳細は以下のリンクをクリックしてください。
文筆業。「家族と性愛」を軸に取材記事やエッセイの執筆を行うほか、最近は「死とケア」「人間以外の生物との共生」といったテーマにも関心が広がっている。文筆業のほか、洋服の制作や演劇・映画のアフタートーク登壇など、ジャンルを越境して自由に活動中。
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