「介護しながら働きやすい会社」に必要な"企業風土"とは?働き方改革推進のプロが語る

第1回のインタビューでは、自らの介護休職の体験を語ってくれた株式会社ワーク・ライフバランスのコンサルタント、高安千穂さん。

2回目の今回は、「働き方改革」のコンサルタントとして、働く環境をどのように整えるべきか、また働く世代は介護離職にどう立ち向かえばいいのか、具体案を提言していただきます。

企業側に「制度を整えて」と望むだけでは、介護離職の現実はなかなか変わりません。制度だけでは介護と仕事の両立を実現することは難しいからです。働く人が自らできることは何か。しっかりと考え、行動していくことが、介護と仕事の両立を大きく進化させていきます。

今回のtayoriniなる人
高安 千穂さん
高安 千穂さん 企業の労働時間などの環境整備を提言する株式会社ワーク・ライフバランス組織に所属し、働き方改革コンサルティングを行うとともに同社の広報業務も担当。フルタイムでの勤務後、介護と育児のダブルケアにより一時休職、時短勤務で復帰。現在も実家の介護のフォローと二児の育児を担う。

介護者を「わけあり社員」とカテゴライズしない社会に

「わけあり社員」とカテゴライズしない会社組織

――働く世代が介護と仕事を両立することは、なかなか難しい気がします。安倍首相が「働き方改革」や「介護離職ストップ」を呼び掛けても、近年の介護離職は年間8~10万人から減少することはありません。

高安

たしかに、介護離職する人の数は、なかなか減少しませんね。その要因はいろいろありますが、働く環境、個人の意識のそれぞれに考えられます。

また、介護のテーマがまだあまり話されておらず、正しい理解が進んでいないこともありますね。例えば、高齢になると病気やケガがよく発生し、頻繁に病院への付き添いや入退院の手続きが必要になるとか、出かける直前に思わぬトラブルがあるなど、思いがけないことで時間をとられ、仕事に遅れてしまったり、休まなければならない、と言ったさまざまなことが起こります。

育児でも、子どもの病気やトラブルで、なかなか思うように仕事ができないということが起こりますが、育児と仕事の両立については社会的な理解も広まり、よく話題にもなるため、以前よりも共感されやすく、「大変だね」と職場の理解を得たり、当事者も気持ちの持ちようをふくめた対処の仕方を教わる機会も増えました。

しかし介護においてはまだ十分に介護と仕事の両立についての情報がいきわたっていないため、悪意がなくても「またお休み?」といった言葉があったり、仕事の割り振りにも遠慮がなかったり、介護をするひと自身も、「こんなに思うようにならないと思わなかった」などとストレスを強く感じることもあります。

また、同じようにくくられて話されがちな育児と介護ですが、内実はずいぶん異なります。育児の場合は、基本的には子どもは年月とともに育ち、やがて少しずつ自立していきますし、イベント時期が予測しやすいので、キャリアプランや休業・復帰計画が立てやすい。しかし、介護は年を追うごとに介護度が高くなるなど、負担が増しやすく、いつ何が起きるのかという予測は立てにくく、キャリアプランや休業・復帰計画も立てにくいという特徴があります。育児と介護は違うところも大きいです。

こうした現状に悩み、心身ともに疲れたり、または職場への遠慮などから離職してしまう人は後を絶ちません。実際、「介護が理由」とはっきり言わず、「一身上の都合」という書き方で辞表を書く方も多く、年間の介護離職者は10万人と言われていますが、「かくれ介護離職」も含めると、介護離職者はもっと多く、これから爆発的に増えるのではないのではないかとも懸念されています。

しかし、当社では「介護離職はすべきではない」といつも提言してきました。介護は終わりの見えないサポートです。介護にかかる期間は、平均数年とも、調査によっては平均でも十数年ともいわれています。これだけの期間を仕事という居場所をなくして、介護を中心に過ごすことが果たしてできるでしょうか。

厚労省による、同居する家族を介護する介護者に日常生活におけるストレスの有無をきいた調査では、ストレスが「ある」と回答した人は全体の約7割となっています。介護だけに集中することは、気持ちの切り替えが難しく、自分のバランスをとる場がないという新たなストレスを生むケースもあります。

介護離職をきっかけとして年収が減少し、経済的な不安や困難を感じるという声も多く、また離職期間が長期化すると、再就労が難しくなるといった問題が発生します。仕事場という居場所を失うことは、想像以上に苦痛を伴います。また、収入がなくなることで、金銭面でも先が見えなくなります。介護している人が死亡した後は文字通り喪失が多く、キャリアも見えません。大変だとは思いますが、仕事と介護をなんとか両立しながらがんばっていただきたいですね。

介護のために何度も早退したり休んだりして周囲に迷惑をかける、このままでは会社からの評価も下がるばかり、と考える方はとても多く、離職のきっかけともなっているわけですが、そもそも介護や育児、病気などでやむなく休んだり早退したりする人たちを「わけあり社員」と考え、評価を下げたり、迷惑がる企業風土を改善しなければなりません。人間はさまざまな問題を抱えて生きていくものであり、また社会環境の変化とともに、職場以外の役割を担う個人はますますスタンダードになります。わけあり社員は「明日は我が身」です。「わけあり」であってもなくても、だれもが働きやすい環境を整えることが、結局は人材の確保につながり、また明日の自分が働きやすい職場をつくる時代です。労働人口が減少する一方の現在、人材難による倒産も目立ちます。企業の採用や人材育成の観点も変化していく時期に来ていると思います。

時間と場所の融通性を高め、チームで働く企業風土に

チームで働く

――では、雇用する側はどうあるべきでしょうか。数々の企業に働き方改革のコンサルティングをしている立場でアドバイスください。

高安

これは育児中の職員や病気を抱える職員に対しても同じなのですが、私が企業に提言するのはまず、「時間と場所の融通性を高めること」です。

介護中、育児中は、「急に呼び出される」ことが多いですし、病気の方は病院に長く拘束されることも多いです。ノートPCなどでモバイルワークができる環境づくりやフレックスタイムなどの勤務がごく自然にできる職場環境が必要ですね。実際にこうした勤務があたりまえになっている企業も急激に増えています。

また、「チームで働く体制づくり」も重要です。例えば複数担当の工夫をする会社がふえており、弊社のように、1クライアントを2人のコンサルタントで担当する体制などを作り、ひとりで抱え込まないですむ仕事環境を作っていただく方法があります。

弊社では必ず仕事に対しては2名以上が担当し、片方が介護や病気などで休んでも、もう片方が代理できる体制をつくっています。チームで仕事をすると、メンバー間の連携がうまくとれず、仕事に支障が出てしまい『ひとりが担当したほうがスムーズ』『お互いの業務をいちいち共有する時間が惜しい』といった意見が聞かれるケースもあります。

ですが、そのひとりがある日から仕事ができなくなったときのほうが、お客様に迷惑をかけ、事業に穴をあけるリスクが大きい。また、複数で仕事をすることによって、ノウハウを共有することができたり、育成し合うことができたり、新たな視点が持ち込まれることになって新しい価値が生まれるなど、かけた時間を超えるプラスの効果があるはずです。ひとりで100点をとるよりも、一人当たりの点数は下がっても、チームで120点をとる働き方へ、意識を改めていく必要があると思います。

さらに、「会社の都合でいつでもどこでも転勤し、残業する」職員に評価を与えるような人事考査をぜひ見直していただければと思います。辞令が出て2週間後には異動先のデスクの前に座っているのが当たり前という時代もありましたが、転勤をすることができない社員が増えているという組織が非常に多くなりました。親の介護をしていて遠方に行けない、共働きで育児に責任を持っている、こうした考えを持つ社員が当たり前になってきています。

転勤や残業をすることが当たり前で、応じてはじめて評価を受けることができる風土だと、介護に関する社内制度があっても、「使うと評価が下がる」ため、利用することはほとんどないでしょう。介護や育児や病気に、マイナスの評価が紐づかないのだと、職員が実感できる環境が重要です。

――しかし、企業側に制度やシステムの充実を求めても、すぐに改善されないことがほとんどです。

高安

そうですね。私は制度を変えることより、「企業風土を変える」ことのほうが重要だと思っています。

制度があっても、前述したように「使うのに気が引ける」のでは絵に描いた餅です。また、前述したように、介護休業制度は「介護をするため」の休業ではありません。介護をしながら仕事を両立するための環境を整えるための制度です。実際には介護をしながら仕事を両立する期間の方が大幅に長いので、介護をしながら仕事を両立しやすく、また公平な評価や機会を与えられる風土であることが、仕事と介護の両立を継続するためには重要であることが多いのではないでしょうか。

育児や介護や受診の必要があるときに、チームのみんなが「いってらっしゃい!」と気持ちよく送り出してくれる風土を作ること、です。

tayorini読者の30、40代のみなさんは、仕事場でキャリアを積み、職場の空気を作れるリーダーのポジションにいる方も多いのではないでしょうか。そうであれば、今すぐ介護が必要でなくても、いつか自分も担い手になることを考え、介護や育児、受診で休んだり早退したりする人に、「大変だね、がんばって! あとはこっちでやっておくから安心して」と声をかけてください。そこから、企業風土は変わっていきます。「えっ、それ困るな」なんて、間違っても言わないようにしてあげてほしい。明日は我が身です。

Google社は、“生産性が高く、強いチームは「心理的安全性が高い」”と結論づけ反響を呼びました。心理的安全性の担保とは、チーム内で思ったことを発言し、自分をさらけ出しても、職場での人間関係を損なうことはない思える雰囲気があるかどうかです。「介護しなければならない家族がいて、自分はこれだけの時間を介護に費やしたいのだ」と言える環境づくりをすることが、結局は企業の生産性を上げるのだと、気付いてほしいな、と思います。

介護の情報を集めることから始めよう!

――介護と仕事を両立する人もまた、日々の仕事に工夫が必要でしょうか。

高安

そうですね。介護の時間を確保し、残業をできるだけせずに仕事のパフォーマンスをキープするには、地味な工夫を都度していくことですよね。今日からいきなり仕事の効率を上げようとしても、限度があります。日ごろから、仕事の時間配分をあらかじめ決める、出退社時間などを周囲に知らせて混乱を招かないようにする、自分の仕事内容や経過を常に開示して周囲の人に引き継ぎやすいようにしておくなど、小さな工夫や、周囲の人への気配りが、チームワークを可能にすると感じています。

また、言いにくいと感じるかもしれませんが、職場で介護に関する自己開示をすることも大切です。自分が介護をしなければならない環境にあることや、その状況などを伝え、理解してもらうことが、両立の大きなステップになります。同じように介護をする人と情報交換ができることも、自己開示のメリットです。特に男性などは、介護の現実を隠して仕事をしている人が多いようですが、職場の風土を変えていくためにも、上手に開示していっていただきたいと思いますね。

――30~40代は、まだ実際に介護の当事者ではない人たちが多いと思います。そういう人でも、今すべきことはありますか?

高安

情報を集めておいてほしいですね。介護って、始まってしまうと次々に課題が出てきます。介護保険の申請って? 親が住む地域にはどんなサービスがあるの? どこに頼めばいいの? など、基礎的な知識がないと、スピーディに動くことができません。

また、親の考えや、健康状態なども、意外と知らないままにしているケースが多く見受けられます。早いうちからの情報収集とキャリアデザインが、両立の助けになります。時々は親に連絡をしたり、季節の行事に親元に顔を出して会話をしてみるといったことも重要ですし、40歳になると、健康保険の中から介護保険料を支払うことになりますから、そのころを契機に、情報収集を始めるといいのではないでしょうか。

「介護なんてまだまだ先、今は忙しいから」と目を反らすことは簡単です。でも、いざ直面して困らないよう、早め早めに意識しておくことが、tayorini世代の「働き方改革」でもあると、私は思っています。

三輪泉
三輪泉 フリーランス編集・ライター

女性誌や子ども関連雑誌・書籍の執筆を長年手がけ、現在も乳児や幼児のママ向けフリーペーパーで食育の連載を担当。生涯学習2級インストラクター(栄養と料理)。近年は介護・福祉・医療関連の記事、書籍編集も数多い。社会福祉士資格を取得し、成年後見人も務める。福祉住環境コーディネーター2級。

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