食事や着替えなど、今まで自分ひとりで当たり前に行えたことが、人の手を借りなければできなくなってしまう老後の人生。 “介護される”側に立つのって、いったいどんな気持ちなんだろうか? 今回は「入浴」をテーマに、介護される側、そして介護する側の気持ちを考えてみた。
子どもの頃から、お風呂が大好きだ。シニア目前の年齢となった今でも、毎日必ず、朝晩2回は湯船に浸かっている。そのために睡眠時間を削っても良いとすら思っているほどだ。
そんな風呂好きな自分にとって、常に心配なのが、お風呂に入れない状況になるような事故や災害に見舞われること。そして、ケガや老いによって、自分ひとりでは入浴できない状態になってしまうことである。
特に後者の場合は、それが日常となるだけに辛い。介助者の世話を受け入浴をするなんて正直、想像すらしたくないのだが、風呂好きな自分の老後を考えるうえで、避けては通れない課題のひとつといえる。
そこで訪れたのが、日本における介護浴槽のパイオニアである、株式会社アマノのショールーム(神奈川県横浜市)だ。
通常は介護施設や病院等の関係者向けに、製品の紹介を行ったり、実際に製品の操作や入浴体験をしてもらったりするための場なのだが、今回は特別に、同社が製造・販売する最新鋭の介護浴槽を体験させていただいた。介助されながらお風呂に入る感覚を、要介護の身となる前に知る貴重な機会。はたして、自分の不安を取り除くことができるのだろうか?
その前に、介護入浴の歴史を軽く振り返ってみよう。日本で最初の介護浴槽は、1966年(昭和41年)に登場した。株式会社アマノの創始者である天野伸一氏が、寝たきりの父親を想い開発した『天野式特殊浴槽』である。
当時、すでに海外では介護浴槽が製品化されていた。しかし国内では導入に莫大なコストがかかるほか、シャワーによる洗体がメインとなる欧米風の入浴習慣を前提に開発されたものだったため、日本人には欠かせない「ゆっくり湯船に浸かる」用途には適していなかったという。
そこで天野氏が目指したのが、「寝たきりの方でもお風呂を楽しめる」日本的な介護浴槽。ドラム缶を半分に切断し浴槽に見立てることから始め、試行錯誤を重ねながら、運搬車(ストレッチャー)を用いることで寝たきりの人を持ち上げて浴槽上に移動させ、ゆっくりと浴槽へと降ろすしくみを備えた、安全を保持しながら省力で入浴できる介護浴槽を完成させた。
発売時は「天ぷらのように浸けて上げるなんて失礼」など批判もあった『天野式特殊浴槽』だが、1963年に老人福祉法が施行され福祉事業の機運が高まっていたこともあり、瞬く間にヒット商品となる。ヒットの要因は、なるべく介助者に負担をかけず、寝たきりの人にもお風呂の楽しみを与えられることにあったという。
以来、介護浴槽は「介護する側」と「介護される側」両方のメリットを考えながら進化を続ける。当初は、寝たままの姿勢での入浴が基本となる「寝位入浴」タイプが主流だったが、80年代以降は、座ったままでも入浴できる「座位入浴」タイプや、車椅子のままでも入浴できる製品が登場するなど、入浴姿勢のバリエーションも多様化していった。
ちなみに現在では、施設の小型化や少人数単位での介助(ユニットケア)の主流化により、よりコンパクトかつ、入浴者のプライバシーにも配慮した製品がトレンドになりつつある、とのこと。このあたりについては、実際の体験レポートでも触れていくことになるだろう。
ここまで介護浴槽の歴史を紹介したのは、その進化の過程に、介護される側にとっての不安要素にまつわる大切なキーワードが含まれているからだ。すなわち「お風呂を楽しむ」、「介助者に負担をかけない」、そして「プライバシー」の3つである。
自分ひとりでお風呂に入れないということは、誰かに助けてもらう必要があるということ。介助者が辛そうにしていれば申し訳ない気持ちになるだろうし、介助者の目を気にしながら入浴することは、自身のストレスにもなるはず。そんな状態で、お風呂をどれだけ「楽しむ」ことができるのか。介護入浴体験に際し特に気になるのは、やはりこの部分だ。
ちなみに今回、製品紹介とともに、介助者役を務めていただいたのは、南関東支店の伊藤さん(写真左)と赤根さん(写真右)のお二人。見ればわかるとおり、うら若き女性である。
入浴体験なので、当然彼女たちに貧弱な裸身(体験入浴なので水着着用)をさらさなければならない。この時点で、気恥ずかしさマックスだし、そんなオッサンの入浴をお世話にしてもらうことに対する申し訳なさも相当にある。
老後の“本番”では、これが全裸になるわけだから、とてもじゃないがお風呂を「楽しむ」余裕なんて、ないのでは? と思った次第だが……。最先端の介護浴槽は、そんな心配を払しょくするに十分なインパクトを与えてくれた。
最初に体験したのは、「寝位入浴」タイプの最新型『マリンコート リモ(SB 7000RC)』だった。
こちらの特徴は、ストレッチャーまたはシャワーチェアからの入浴療法に対応していること、そしてストレッチャー(シャワーチェア)と浴槽の両方が上下する「ダブルアクション機構」を採用していることだ。
このように、浴槽が最大30センチほど上下に動くしくみになっている。なぜ、浴槽が上下しなければならないのか? 体験してみてわかったが、そのメリットは「介護する側」と「介護される側」両方にあった。
『天野式特殊浴槽』に代表されるように、「寝位入浴」タイプの介護浴槽は、ストレッチャー部のみが上昇下降し、それこそフライヤーに揚げ物を入れる要領で入浴者を浴槽に浸すのが、従来の主流。もちろん、それでも入浴の用は足りるのだが、ストレッチャー部の大きな上昇下降が、入浴者にストレスを与えるおそれがあるだけでなく、入浴時には屈むような姿勢で介助を行う必要があるため、介助者の腰にも負担がかかってしまう。
そこで生まれたのが、同時に浴槽も上下させるという発想だ。
ストレッチャーに乗せてもらい、ある程度上昇させてから浴槽の上にそのままスライド。従来型なら、ここからストレッチャー部のみが下降するのだが……。
『マリンコート リモ』では、同時に浴槽を上昇させることでお湯の中に浸してくれる。
ストレッチャーに保定された状態での入浴が初体験ということで、ストレッチャーの上昇下降に対しストレスを感じなかったといえば嘘になるが、浴槽がせりあがってくることで、より優しく湯船に浸されるような感覚を得たのは事実。動作もスムーズかつ駆動音も少ないため「機械に操られている感」も、ほとんどなかった。
ちなみに入浴時の浴槽縁の高さは、床から93cm。これが、介助者がほぼ立ったままの姿勢で介助できる高さなのだという。
入浴前にストレッチャー上で洗体が行えるのだが、この高さも介助者の負担減を考慮したものとのこと。介助される側の視点からも、上から屈みこまれるような姿勢にならないため、威圧感が少ないのかな、と思えた。
お風呂好きとして欠かすことができない入浴時の快適さについても、予想以上に良好だった。
たとえば入浴中の姿勢。写真で見ると、がっつり拘束されているようだが、バンド自体が浮力のある素材になっていることもあり、お湯に浸かっているときの拘束感や寝心地の悪さは、見た目以上に少ない。というか無理に動かない限り、寝ながら湯船に浮いている状態とほぼ同様なのだ。浴槽の横幅も広く、圧迫感はない。
さらに写真ではわかりにくいが、なんと『マリンコート リモ』には、バブル装置まで用意されているのである。
超ラグジュアリー! と感動したのだが、聞けばバブル装置は、限られた入浴時間で、最大限の温浴効果を得るために備えられているものとのこと。
家庭のお風呂とは違い、1日に何人もの利用者がある介護入浴の場合、浴槽に浸かる入浴時間は長くてもせいぜい5分程度と短い。その間に、お風呂の楽しさを享受してもらうためには、さまざまな工夫が必要になるというわけだ。
事前説明で入浴時間の目安が5分程度と聞き、意気消沈してしまったお風呂好きの筆者だが、実際に体験してみれば、その時間でも、しっかり全身が温まり、十分に満足できたことも追記しておこう。
介助者になるべく負担をかけず、短い時間でも入浴のメリットを享受できる最新型の介護浴槽『マリンコート リモ』。浴槽だけで税別860万円(SB7000RCの場合)と、定価もなかなかリッチだが、要介護状態でも快適な入浴ができることを思えば、風呂好きとしては、無理をしてでも手に入れたいところ……と言いたいところだが。介護施設や病院での利用を前提としており、実際のところ大きさはもちろん、導入やメンテナンスにかかる費用などの関係上、個人宅への導入はかなり難しいとのこと。今のところ、どうしても利用したければ『マリンコート リモ』を備えた施設を探すほかないようだ。
このように、体験レポートとしては大絶賛が過ぎる感もある『マリンコート リモ』だが、気になる点がなかったわけではない。確かに、介護浴槽としては至れり尽くせりなのだが、介助者に裸身をさらしたまま入浴しなければならないという点では、基本的には従来の介護浴槽と大きく変わるところがないのだ。
正直、取材だから耐えられたものの、これがプライベートで、なおかつ全裸で初対面の人に向き合うとなれば、いかにお風呂が快適でも、やはり恥ずかしさはぬぐえないはず。
身体が不自由な人向けという性質上、安全性からどうしても介助者の存在が不可欠となるのはやむを得ないとはいえ、何か工夫はできないものだろうか? と考えてしまうのが、人情というものだろう。
もちろん、そうしたニーズが無視されているわけではない。そこで次回は、介護入浴を考えるうえで欠かせない「プライバシー」問題軽減を配慮した、介護浴槽の最前線を体験レポートしよう。
撮影:森カズシゲ
1970年生まれ。編集者・ライター・愛犬家。
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