「LGBTQsオンリーの老人ホームがあったらいいのに」
LGBTQsの老後をテーマに取材する中で、そうした声が多く聞かれました。しかし、実現している施設がほとんどありません。その背景には、どんな問題があるのでしょうか。
疑問に思っていたある日、「ゲイの老後とゲイの老人ホーム」について言及したYouTube動画が目に留まりました。運営元は、ストレートを含めたゲイ男性やバイセクシュアル男性向けに高齢者サポート事業を展開する、アライアンサーズ株式会社(本社東京都新宿区)。さらに、同社ではゲイオンリーの老人ホーム実現に向けて動いているとのこと。
ゲイの老後事情を皮切りに、LGBTQs向け老人ホームの設立が難しい理由について、代表取締役の久保わたるさんにお話を伺いました。
――アライアンサーズ社にご相談に来られる方はどんな方が多いのでしょうか。
ゲイ男性やバイセクシュアル男性の方だけを対象にしているわけではないのですが、相談にお越しに来る方はゲイ男性が多いですね。
そもそも会社の立ち上げが、私自身がゲイの当事者で、ゲイの老後の深刻な問題…例えば孤立、孤独死、基礎疾患をはじめ健康問題、特にHIV患者の方の認知症発症リスク、親類との疎遠な人の多さなどを肌で感じ、自分の老後も含めて「民間サービスをつくらなきゃまずいぞ」という危機感に端を発しています。当事者同士という相談のしやすさから、ゲイ男性がとくに多くなっているのではないかと。
――ゲイ・バイ男性以外のセクシュアルマイノリティの方々もいらっしゃいますか?
もちろんセクシュアリティを問わず、相談も受け付けています。ただ、同じセクシュアルマイノリティであっても、ゲイ・バイ男性と、レズビアン、トランスジェンダーの方は老後特有の問題が異なります。
セクシュアリティによる問題の傾向等はありますが、しっかりお話を聞き、プロの知識とネットワークで最適格なプランを提示します。
ゲイ・バイ男性が相談に来てくださることが多いので、まずはゲイ・バイ男性向けにサービスをしっかり確立することを目指しています。老後を生きる難しさを考えるうえで、セクシュアルマイノリティの方はとくに象徴的な存在だと思うので、ゲイ・バイ男性向けのサービスの基礎ができれば、ストレートの方にも応用できる。ゆくゆくは他のセクシュアルマイノリティの方にも “のれん分け”できるような素地を整えたいですね。
――相談に来られるゲイ男性には、どういった経緯でご相談に来られるのでしょうか。
上野・浅草エリアのお店経由でご相談いただくことが多いですね。ゲイが集まる場所として新宿2丁目は有名なんですけど、実は上野・浅草もゲイ高齢者が多い街なんですよ。
具体的な相談事例で最も多いのは、住み替えです。セクシュアリティに限らず、定年退職後や50歳を過ぎるとどうしても賃貸が借りにくくなってしまうので、家を借りるにはどうすればいいのかをアドバイスさせていただいています。
場合によっては、認知症などの事情で判断能力が不十分になった方に代行して手続きや契約を結ぶ「任意後見」を結ばせていただくこともありますね。老後についてわからないことがあるのは当たり前なので、「何がわからないのかわからない」という相談を含めて、プロである我々に気軽にヘルプを出してほしいと思っています。
――先ほど、セクシュアルマイノリティごとに老後の問題が異なるというお話がありました。ゲイ男性特有の老後の問題にはどのようなものがありますか?
セクシュアルマイノリティ全体の問題として、自身のセクシュアリティが明るみになることを恐れている方が多いと感じます。これから後期高齢者(75歳以上)前後の年代の方々は、そうした恐れが私たち世代よりも大きいのでしょうね。
セクシュアリティに限らないかもしれませんが、「自己開示が出来ず、相談相手がいない」「親の介護を独身を理由に兄弟からおしつけられている」「孤食」「ゲイバー以外で友達がいない」というケースは多いです。相談相手がいないために孤立する高齢ゲイ・バイ男性は非常に多いという実感があります。
――一人で食事をとる”孤食”も問題の一つ。
孤食も、習慣化すると精神衛生上の悪影響もあり、孤独死への負の連鎖になりかねません。
そこで弊社では、ゲイの高齢者が集って、ご飯を一緒に食べながらお話する「友活」という場も運営しています。死や老いという怖そうなイメージではなく、「友達づくり」という前向きな看板を掲げて来てもらいやすくしつつ、老後の話をする場をプログラムに入れておく。座長である私が当事者であることもあって本音がポロポロ出てきます。そこで、ご本人が希望されれば、我々が老後のご支援を、当事者の親の終活も含めてさせていただく、という感じです。
――孤立しやすい環境にあるゲイ・バイ男性にとって、本音を話せる場づくりは大切ですね。それ以外にも、ゲイ・バイ男性特有の老後の問題はありますか?
HIVの問題は大きいです。HIVを持っていると、老人ホームへの入居を断られるケースも未だに多いんですね。
HIV陽性の方も抗HIV薬を飲んでいれば感染リスクは極めて低いのですが、HIV陽性の方が老人ホームへ入居される場合は、介護施設長が介護職員の方々への説明会や勉強会等を開催するケースが多く、現場介護職員の方々から理解をえにくいという声もあります。自分たちの人手や時間も限られている中で、新たな対応に対する余裕がない、という事情もあるようです。
また、HIV陽性の方は、老人ホームへの入居がしにくいだけでなく、認知症の発症リスクが高い問題(※傾向であり、因果関係は諸説あり)もあります。認知症が発症してしまうと、契約行為が不能になるため、公正証書などで法的関係を結んでいない同性パートナーさんと離れ離れになる危険性もある。
そうした意味でも、ゲイ・バイ男性にはストレートの方よりも10年早い終活を、強くおすすめしています。
――アライアンサーズ社では、初回相談の60分を無料にしていますが、それも早めの終活を後押しする思いからなのでしょうか。
そうですね。門戸を広く開いておくことで、些細な悩みからでも解決していきたいと考えています。
――住み替えや老人ホームへの入居が難しい、という老後の住まい事情について伺ってきました。これまでの取材の中でも、セクシュアルマイノリティ老人ホームをつくろうというお話もよく聞かれました。
セクシュアルマイノリティの老人ホームの話はよく話題に上がりますよね。実際に「あるなら入居したい」と仰るセクシュアルマイノリティの方も多いんですよ。
ただ、冒頭でもお伝えしたように、ゲイの方とレズビアンの方でも事情が異なるので、立ち上げるのであれば、「ゲイ」や「バイ男性」といった各セクシュアリティのニーズに合致したカテゴリーから進めたほうがいいと考えました。
――ゲイ・バイ男性の老人ホームであれば、実現はできそうでしょうか?
困難はやはりいくつかあります。セクシュアリティに限ったことではないかもしれませんが、同じ建物で一緒に暮らすわけですから、人間関係トラブルを防ぐルールづくりは求められますよね。「ゲイ・バイ男性向け」と銘打ってしまうと、自身のセクシュアリティを公にしていない高齢者の方々の中には躊躇される方もいると予想します。
まずは、自立型の老人ホームに数人で入居するなど「今やれることからやる」形でスタートします。そうすれば入居がカミングアウトに繋がる事はありません。やりながら見えてくる課題もあると思います。
あとは、入居者獲得の問題です。介護度が高いほうが施設運営をしやすいのですが、介護度が高いとそもそも意思表示が難しい。特に認知症の場合、契約行為が不能ですから「ゲイ高齢者」を掲げた施設に自発的に入居してくることがありません。そこで、要支援認定を受けた方や、まだお元気な方で、そうした施設に入りたい方のネットワークをつくる必要があると考えています。
――ゲイ・バイ男性向けの老人ホーム実現に向けて動いているプロジェクトがあるそうですね。そちらは現在、どのようなフェーズですか?
「ラムダ」という、ゲイバイ男性向けの高齢者支援を行う専門家の団体もやっています。
ラムダメンバーには、介護士や社会福祉士、元政治家、医師、ケアマネジャーといったゲイ当事者の専門家が終結しています。私たちは施設運営のプロではないため、資金面や運用スキルともに申し分ない方や、投資のお申込、また既存老人ホームの転用を希望する経営者の方が現れたときに、サポートするためのベースをつくっている感じですね。
また、最近「ゲイの老人ホーム・共同住居案内と相互扶助の会」を発足しました。この取り組みにより、2~3人程度の人数での集団で老人ホームやサービス付き高齢者住宅への入居」ができる仲間づくりが可能になります。
資金面と運用スキルを持った担い手がいればプロジェクトが急速に前進するので、興味のある方にはお声掛けいただきたいですね。
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LGBTQという言葉が少しずつ浸透しつつある一方で、そうしたくくりの中にいる個々人の事情の違いにまで配慮が行き届いていないのが現状です。
小さな声を届けるために「LGBTQ」という広い名称で連帯しているからといって、必要としているアプローチが同じとは限りません。また、セクシュアリティが違うからといって、求めるものが違うとも限りません。そのことについて、久保さんが「セクシュアルマイノリティの人だって牛丼チェーンの牛丼を食べるんですよ」とお話されていたのが印象的でした。
LGBTQという言葉の認知が広まってきたからこそ、今後はさらにつぶさなまなざしが求められるフェーズに来ているのではないかと感じました。
参考サイト
※記事内の写真は、ご本人の許可を得て掲載しています。
文筆業。「家族と性愛」を軸に取材記事やエッセイの執筆を行うほか、最近は「死とケア」「人間以外の生物との共生」といったテーマにも関心が広がっている。文筆業のほか、洋服の制作や演劇・映画のアフタートーク登壇など、ジャンルを越境して自由に活動中。
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