LGBTQsにぴったりの老人施設はあるの?『老楽暮らし入門』著者・沢部ひとみさんに聞く老後支度ABC

「老後」と聞いて、皆さんはどんなことを思い浮かべるでしょう。病院のような老人ホームに入居しているイメージを持たれる方が多いでしょうか。

老後への漠然とした不安を抱えながらも積極的に調べる気が起きないのは、老後に対してネガティブなイメージがあるからかもしれません。少なくとも、私はそうでした。

しかし、ある一冊の本に出会ってから、私の老後観は変わり始めます。その本とは、『老楽暮らし入門―終の住みかとコミュニティづくり―』(明石書店)。老後を受動的に受け入れるものでなく、自らの住みよい暮らしを「つくって」いく思想をベースとして紹介される十人十色の実践は痛快で、励まされるものがあったのです。

本書を執筆された沢部ひとみさんは2007年に創立された「パフスクール」を中心に、性的マイノリティ女性のQOL(生活の質)を向上させる活動をされている方でもあります。

「セクシュアルマイノリティ×老後」をテーマにした本連載の3回目を数える今回は、沢部さんに、パフスクールが取り組んでいるジェンダーやセクシュアリティ、マイノリティの視点を活かしながら、老後を設計していくための基本的心構えや具体的な方法、沢部さんご自身が考える理想の老後などについてお話を聞きました。

今回のtayoriniなる人
沢部ひとみさん
沢部ひとみさん ノンフィクション・ライター。1980年代、性的マイノリティ女性のためのミニコミやムック作りを通して、表現活動に入る。代表作に『百合子、ダスヴィダーニヤ 湯浅芳子の青春』(1990)『老楽(おいらく)暮らし入門―終の住みかとコミュニティづくり―』(2010)など。現在、「パフスクール」「三鷹ダイバーシティセンター」のメンバー。

マイノリティが生きやすい社会を考えたら、コミュニティ開拓にたどり着いた

――最初に、沢部さんがセクシュアルマイノリティ向けのミニコミ誌制作や、パフスクールでの活動を始めたきっかけを教えていただけますか?

沢部

今から4,50年前って、セクシュアルマイノリティに関する情報はすごく少なかったんですね。今でこそ「LGBTブーム」と言われてカムアウトする人もだいぶ増えていますが、WHO(世界保健機構)が同性愛を「病気」から外したのは1990年のこと。それまでは電気ショックを与えれば治るなんていう説もあったくらいです。

実際、同性カップルの片方が結婚しなくてはいけないのが辛くて心中したり、ふたりで逃避行したところ、家族に警察捜索願を出されて引き離されてしまったり。表沙汰になっていないだけで、そういう話がけっこうありました。

わたしはもともと男尊女卑が大嫌いで、いばる男となんか絶対結婚する気はなかったし、同性と一緒に遊んだり話したりするほうが対等感があってずっと楽しかった。どうしたら女の自分が、自分らしく生きていけるのかということに強い関心がありました。それが出発点だったと思います。

――当時は、生き方の選択肢にはどのようなものがあったのでしょうか。

沢部

1970年代の日本は、結婚は女性にとって「永久就職」って呼ばれていたほどで10人中8-9人までが結婚するような時代でした。「女らしくないと嫁のもらい手がない」なんて言われて。女性の仕事と言えば、教師か看護婦くらいのものでした。女性が自分の才能を活かして、好きな仕事で食べていくのは難しかったわけです。仮にカムアウトして生きていくとしたら、バーくらいのものでした。

大学生のとき、夏にアメリカを旅行して、「シスターフッド(女性同士の絆)」の名の下に、セクシュアリティを肯定して生きるラディカル・フェミニストたちに出会ったんですね。日本では女はスカートを履くものと決まっていたのが、彼女たちはTシャツ・Gパン姿でのびのびしていてすごく魅力的でした。自分も彼女たちみたいに自由に生きていきたいなぁと思ったんです。

そのためには、まず経済的に自立しなくてはいけないし、同じ思いを共有できるパートナーや友だち、つまり仲間が必要だし……と考えて、コミュニティの開拓をしようと思い立ちました。その足掛かりとして、20代後半くらいからミニコミを作り始めたわけです。インターネットなんてなかった時代ですから。

老後で重要なのは「誰とどんな風に生きていきたいか」

――『老楽暮らし入門』のサブタイトルも「終の住みかとコミュニティづくり」と、コミュニティの重要性が強調されていますよね。

沢部

そうですね。私が「終の住みかとコミュニティづくり」に関心を持ち出したきっかけは、40歳で父と恩師とパートナーの3人を失ったことにあります。それまではひとりで生きていくなんて想ったこともありませんでしたが、現実になって、これからどうやって生きていったらいいんだろうと不安になり、少しずつ老いの問題に目がいくようになったんです。

今は家族やパートナーがいる人も、死別を含めれば、必ずひとりになるわけです。そういう意味でも、戸籍上の家族やパートナー以外にもコミュニティ、すなわち友人・同僚・近所の人とのゆるやかな繋がりを持っておくことは不可欠だと思います。

――「終の住みかとコミュニティづくり」を考える上で、どんなことが大切ですか?

沢部

その基本要素はヒト、カネ、モノの3つ……ヒトはコミュニティ、カネは年金や貯金など老後の(働けなくなってからの)資金、モノが住居です。この三つについて自分の現実をはっきり知ることが第一歩でした。そうすると、不思議と訳のわからない不安が消えたのを覚えています。

――終の住みかを考えるうえで、コミュニティ以外に重要なことは何があるでしょうか。

沢部

まず、どんなに元気な人でも、最期まで元気でいてポックリ往くという、“ピンピンコロリ”はごくごく稀だということ。だから、「終の住みか」とはたいてい「介護をしてもらいながら死を迎える場所」ということになります。歩いてトイレに行けるかどうかは大きな分かれ目。身体が元気でも認知症にかかることもありますしね。

こう考えると、どんな「終の住みか」にたどり着くかは、「誰と、どこで、どんな風に生きていきたいか」を考え、実践することの結果だと思います。「どんな暮らし」を望むかは本人次第。どんなに節約しても年に1度の海外旅行は譲れないという人もいれば、定年後も仕事を続けてやりがいを感じたい人など、人によって求める暮らしは異なりますよね。

――そう考えてみると、「老後=受動的なもの」ではないことがよくわかりますね。沢部さんは、ご自身の終の住みかとそこでの生活について、どんな風に考えていらっしゃいますか?

沢部

私は今、東京の郊外でひとり暮らしをしています。周囲に緑が多く、明るくて風通しの良い部屋なのでひとりでも淋しくないし、落ち着けます。それに市内に親しく話のできる友だちがふたりいるし、都内には活動を通して知り合った色んな世代の友だちとの交流もあるので、満足しています。健康な限りここで最期まで、今の生活を続けたいと思っています。

介護が必要になったとしても、パートナーや子ども、親戚の誰かに世話してもらう選択肢はないので、ギリギリ今の部屋で暮らし、歩けなくなったら高齢者施設か病院に入ることになるでしょう。でも、老人ホームでサービスの良いところは高いし、「たまゆらの火災」※に見るように、安い施設は決して安全とは言い難い。
※2009年3月に群馬県の高齢者施設「静養ホームたまゆら」で起きた火災。認知症の高齢者が外に出ないよう、外から施錠して放置していたことなど、ずさんな管理体制が浮き彫りになった。

だから終の住みかは、ホスピスに入れたらいいですね。ホスピスは末期ガンの患者さんが多くいらっしゃる場所です。命を看取ること(ターミナルケア)を訓練された人のもとで過ごせるので非常に穏やかで良さそうだなと。これからひとり暮らしの高齢者がどんどん増えますから、孤独死は当然覚悟しなくてはなりません。ただ孤立死は避けたい。そうなると、否応なしにホスピスのような場所で最期を迎えることになるのではないかなと思うわけです。

――今の生活の延長線上に老後がある、そんな印象でした。

沢部

おっしゃる通りです。大人になってから人は大きく変わることはないので、老後の生活は今と地続きなんですよね。

高齢者施設への入居を考える場合も、都会か地方かという立地条件の違いがあるのはもちろん、サービス面でも見回りや安否確認をしてくれる「サービス付高齢者向け住宅」から、日常のお世話はもちろん看取りや葬儀までしてくれる「有料老人ホーム」まで、様々な選択肢があります。加えて、どんな人が入居していて、どのくらい交流する機会があるか、といった生活環境にも違いがありますよね。

私が『老楽暮らし入門』で取材した「ゆいま~る那須」のように入居希望者が話し合いながらコミュニティをイチから形成してゆく施設もあります。入居者は施設内での「ひとり暮らし」を基本にしながらも、他の入居者と交流する機会も豊富にあり、サークル活動や施設に隣接した畑や牧場などで自分の特技を活かすこともできます。

どんなケースにおいても「誰とどこでどう生きていきたいか」という、自分の思いがもとになるのだと思います。
 

居心地のよい場所の「中身」は自分たちでつくっていくしかない

――当初は、セクシュアルマイノリティの方の視点に立った老後の生活の組み立て方についてもお話を伺おうと思っていたのですが、個々人の生き方の軸が大切になってくることは、マイノリティであるかどうかに関係がなさそうですね。

沢部

ええ、誰にとっても、そうそう「自分にぴったりの施設」はないと思います。もちろんお金がたくさんあれぱ、自分の希望に近い施設も見つかるかもしれませんが、それはあくまで「箱」の話であって、中身の人間関係はそこの人たちで作るしかない。

それに、考慮すべきは「セクシュアルマイノリティ」という項目だけではないですよね。セクシュアルマイノリティの人権は2015年あたりからクローズアップされてきたけれども、仮にセクシュアリティは同じでも、考え方、生き方は千差万別ですし、この国にはもっと他にもいろいろな差別がたくさんあります。

「日本には人種差別はない」なんていう人がいるけど、韓国や中国などのアジア系の人たちに対する差別は陰険で根強いものがありますし、男女差別も、経済格差も、学歴差別も、障害者差別も、非正規に対する差別もありますよね。差別は足を踏まれている側のほうが痛みを負うので、必ず不満や怒りが生まれる。これを解消して、異質な者同士がとも共に生きていくにはお互いが違いに対する恐れをなくし、心を開いて対話をしていく必要があります。

わたしはこの3年ほど「プロセスワーク」という葛藤を解決していく方法・生き方を学んでいるんですが、その仲間と「三鷹ダイバーシティセンター」を立ち上げました。SOGIE(性指向、性自認、性表現)だけでなく、国籍、人種……多様な人たちとどうしたら安心して共に生きていくコミュニティを作れるか? これはなかなか難しいけど、これからこの国で生きていくにはとても大切な知恵だと思っています。

――最終的には、人と人の話になりますもんね。自分たちで老後を見据えたコミュニティをつくっていく方法を考えるとき、具体的にはどのような方法があるでしょうか。

沢部

例えばひとつは、空家を利用した多世代コミュニティを作れるのではないでしょうか。今後、人口が減っていくにつれて空家が増えていくでしょうし、そうした場所に若い人たちとお年寄りとが一緒に住むのはどうかな、と。

シングルマザーやLGBTQs(※Qはセクシュアリティがはっきりしない人、その他恋愛感情や性的欲求を持たないAセクシュアルの人たちなどもすべて含んだ呼び方)といった人たちとお年寄りがマッチングして一緒に住んで、子どもの世話をしたり、家事を分担したりして、助け合うシェアハウスがつくれたらいいですよね。まあ相性の問題とかいろいろあるだろうけど、試してみるだけでも面白そう。

具体的な活動を挙げると、東中野にある「パープル・ハンズ」では、ファイナンシャルプランナーと行政書士の資格を持った事務長・永易至文さんが、セクシュアルマイノリティや多様なライフスタイルを生きる方を対象に、ライフプランニングの相談会やコミュニティづくりを始めています。こうした活動も本当に必要と思う人たちが始めていくでしょう。

――お話を伺う中で、老後について考えるなら「今」を耕していかなければいけないと感じました。

沢部

それはよかった! でも、皆さん今を生きることで精いっぱいだし、忙しいじゃないですか。実際に40~50代の方は特に大変で、更年期を迎えて体調は悪くなりやすくなるわ、親の介護をしなくてはいけなくなるわ、職場でも責任あるポジションでストレスを感じやすかったり、お子さんがいる方は子どもが自立していく寂しさから「空の巣症候群」になってしまったりするのもこの時期ですよね。

だから余計、年を取るほど家族以外の、友だちの存在が大事ですよね。わたしは2週間に1回くらいご飯を一緒に食べ、話せる友だちとの交流を大切にしています。信頼できる友だちは本当に大事ですね。

今のところ元気なので、死んだ後のことは特に心配していないんです。「今週ご飯を食べようと言っていたのに、沢部さんから連絡が来ないな。どうしたんだろう?」と思って家に来てみたら私が死んでいて、枕元に葬式代が置いてあった、みたいな。そういう死に方がいいかな(笑)。

まとめ「信頼できる仲間を大切にして今を生きること」

沢部さんのお話を伺う中で最も印象的だったのは、沢部さんご自身が老後をポジティブに捉えて楽しそうにしていらっしゃったこと。

もちろん、沢部さんのこれまでの思考や実践の積み重ねがあってこそですが、老後を考えることは「誰とどこでどんな暮らしをしたいか」と主体的に考えること、不安になったら自分の持っている「ヒト・カネ・モノ」を確認して、欠けているところを埋め合わせるように頑張ること、そして、「老後は今の生活と地続きであること」だと教えていただいて、「老後」への漠然とした不安が少し和らいだ気がします。

また、「マイノリティが居心地の良い施設なんてない、中身の人間関係は自分でつくるものだ」というお話も目から鱗でした。

「LGBTに対して偏見を持っている方が多い世代のLGBTの方々は、高齢者施設選びに苦労されるのではないか」という着眼点に基づいて始まった本企画において、「LGBTという以前に一個人だ」という前提を忘れないようにしなければと背筋が伸びる思いです。

tayoriniではこれからも、「定型家族」によらない、多様な老後のかたちを模索していきます。
 

佐々木ののか
佐々木ののか

文筆業。「家族と性愛」を軸に取材記事やエッセイの執筆を行うほか、最近は「死とケア」「人間以外の生物との共生」といったテーマにも関心が広がっている。文筆業のほか、洋服の制作や演劇・映画のアフタートーク登壇など、ジャンルを越境して自由に活動中。

Twitter@sasakinonokanote佐々木ののか 佐々木ののかさんの記事をもっとみる

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