70代半ばの両親が2人で暮らす「物が多すぎる実家」をどうするべき? 老後の住まいの専門家に聞いた

私は大阪に住んでいて、70代半ばの両親は東京で暮らしている。幸い二人とも元気で、自営業の父の仕事を母が手伝う形で現在も働いている。父いわく、80歳になるまでは仕事を続けたいらしい。元気で働いていてくれるのはいいことなのだが、やはり子どもの立場から見ると、親が年を重ねるにつれて生活のあらゆる面で不安が増す。

この「tayorini」では、これまでさまざまな形で「親の老後」のあり方についての取材記事を書いてきた。今回は「高齢の親の住環境」をテーマにしてみたいと思う。

というのも私の両親は、昔から口ぐせのように「老後は広い家でのんびり暮らしたいなー」といったことをつぶやいているのだ。今の家は長年住み続けた結果、あちこちが傷んできており、このままの状態でこの先も暮らせるのか、私から見ても気がかりだ。それに高齢になるにつれ、弱った足腰をサポートするための手すりが必要になったりもするだろう。

今回は、介護施設入居に関する相談窓口「LIFULL介護 入居相談室」で高齢者向けの住まいのアドバイザーをされている宮崎洪さんに、両親が住む家についての悩みを相談しながら、高齢の親の住環境について考えていきたいと思う。

今回のtayoriniなる人
宮崎洪
宮崎洪 高齢者住まいアドバイザー、3級ファイナンシャル・プランニング技能士(FP3級)。「LIFULL介護 入居相談室」の相談員として、日々さまざまな高齢者の住まいに関する相談を受けている。
スズキナオ
スズキナオ 1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(スタンド・ブックス)、パリッコとの共著に『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)などがある。

宮崎さんへのインタビューの前に、前提条件として、私の両親の現在の住環境について簡単に説明しておきたい。

  • 東京都内にあるマンションの5階で、間取りは3LDK
  • 入居したのは1980年代の中ほど。30年以上前に一度大きく室内をリフォームした

父の会社のある場所からも遠くなく、交通の便も比較的いい。二人暮らしには十分な広さだと思うが、問題は「物の多さ」だ。

私もそうだが、母は物を買うのが好きだけれど片付けが苦手なタイプで、家の中はいつも物であふれている。のびのびと寝転がれるようなスペースはないので、私が帰省するときは、父の会社や近所の飲食店などで両親と顔を合わせるのがほとんどである。実家の様子はここ数年見ていない。母いわく住み替えをしてすっきりした部屋で暮らしたい気持ちはあるものの「自分の好きな物に囲まれて暮らしたい」という気持ちも強いという。

さらには、長く住んでいることで家の中があちこち劣化している。特に水回りでは水漏れする部分もあるそうだが、だましだまし暮らしているとのこと。

さまざまな問題点はあるけれど、長年の愛着もあるからこそ、簡単に決断できない部分もあるようだ。前置きが長くなってしまったが、こんな二人の思いと現実を前提として宮崎さんにお話を聞いた。

「転倒しそうな箇所の点検」だけはしておく

――実家にはいろいろと課題があるものの、両親は現在も仕事に追われており、なかなか今後の住環境のことを考えたりする余裕はないようで。子どもの方から何かできることはないでしょうか?

宮崎:そうですね。直接的に手出しできることはあまりないように思うのですが、何かあった時に情報提供できるように調べておく程度で十分じゃないでしょうか。でも、今回の質問に答えてくださっている時点で、ご両親はすごく協力的だと思いますよ。

――そうですね。質問をしてみて初めて、両親の今の気持ちを知ることができてよかったです。例えば今の住まいは、古いゆえにあちこち劣化して水漏れする部分もあるようなのですが、修繕しようと思ったら、やはり元気で体力があるうちの方がいいですよね?

宮崎:はい。基本的に、着手が早い方がかかるお金も安く済むはずです。特に水漏れは生活に直結する部分ですし、悪化すると場合によっては引っ越す必要が出てきたりもします。

それに、今水漏れしていること自体がストレスだと思いますので、直せるなら直して解決しておくのがいいと思います。

――そのように伝えます。さらに両親の年齢を考えると、足腰が弱った時のために手すりを付けるとか、今後のための改修も考えた方がいいのかなと感じています。

宮崎:心配ですよね。実際に「元気だったのに急に介護が必要になった」という方のほとんどが、転倒がきっかけなんです。

いきなりリフォームなどは難しいと思うので、まずご両親にやっていただきたいのが「生活の中でよく通る動線をあらためて見ていただく」ということです。

「万が一ここでふらっとしてしまったら、どこにつかまれば転ばずにすむか」という視点で、今のお住まいを見ていただきたいんです。

例えばリビングとお風呂、リビングとトイレなどを行き来する動線上で転びそうになったときにつかまれるものがあるかを見てみてください。「ここは大変そうだな」と思った箇所は家具を固定するとか、何もない場所であれば手すりを付けるとか。そういった方法であれば、大きな費用をかけずに一定の不安を解消できます。

LIFULL 介護入居相談室の宮崎さん

――なるほど。家の中で普段の動きをシミュレーションして、その動線上に物がたくさんあればそこだけでも片付けるとか、部分的でいいわけですね。

宮崎:そうですね。特に浴室まわりなどが重要です。お風呂上りは体が濡れていてすべりやすかったりするので、気をつけたいところです。

――そういう部分的な改修を行う場合、まず業者さんに相談するというのが一般的な方法ですか?

宮崎:要介護や要支援の認定を受けていれば介護保険サービスが使えて、リフォームのための補助が出ることが多いです。

スズキさんのご両親のように認定を受けていない状態でも、ご高齢の二人暮らしにそういった改修が必要だということであれば、自治体によっては補助金制度があります。ただ、申請が下りるハードルは若干高いかなとは思います。

なので、まずは気になることがあれば地域包括支援センターに相談してみるのがいいと思います。

――私の両親のようにまだまだ元気に生活できている場合でも、地域包括支援センターに相談してみていいんですか?

宮崎:まったく問題ないです! 地域包括支援センターの立場でも、親御さんが元気なうちに相談してもらった方が、取れる対策の選択肢が多いんです。

――心強いです!

地域の高齢者のための相談窓口である「地域包括支援センター」について、下記の記事でスズキナオさんが詳しくレポートしています。

「地域包括支援センター」は何をしてくれるところ? 将来の遠距離介護に備え、不安や疑問をぶつけてみた

実家にあふれる物の数々。思い入れがあっても捨てるべき?

――あと、うちの母は「たくさんの好きな物に囲まれていたい」というタイプなんですけど、そのうち荷物の整理も課題になってくると思うんです。

宮崎:先ほどの話と地続きなんですけど「生活上の動線に影響がないなら無理に捨てなくてもいい」というのが一つの結論なのかなと思います。

もし、少しでも整理を始めておきたいなら「絶対必要なもの」「不要なもの」「保留にするもの」の3つに仕分けをしてみてください。まず「不要なもの」から捨て、あとは一旦置いておいて、これから少しずつ考えていくようなやり方でもいいでしょう。

自分たちだけで取り組むのが難しいなら、整理のプロに相談する方法もあります。

ライフルシニアが提供する「みんなの遺品整理」では、家族だけでは難しい片付けや遺品整理などについて、全国のサービス業者を検索して、比較検討することができます。

みんなの遺品整理

――必ずしも、好きなものをがんばって捨てる必要はないんですね。

宮崎:そうですね。介護のためにとか、転倒しないためにとか、そういったことだけに生活の全てを捧げなくてもいいと私は考えています。それで自分の大切なものを諦めてしまうのは、幸せとはいえないと思うんです。

下記の記事では、物が多い家でできるだけ身軽な老後を過ごすために取り組みたいことについて、「デイリーポータルZ」編集長の林雄司さん、べつやくれいさん夫妻が生前整理の専門家からアドバイスをもらいました。

「物が多すぎる」林雄司さん・べつやくれいさん夫妻が、理想の老後のために老前整理について考えてみた

もし「高齢者向けの住宅」に住み替えると何が変わる?

――ちなみに今うちの両親が住んでいるのは都心の方で交通の便がよく、長く親しんだ土地でもあるので、離れたくないという思いがあるようです。「高齢になってからの暮らしやすさ」を考えたとき、今の家に住み続けるか、住み替えるか、どのように考えればいいのでしょう?

宮崎:住み替える場合は、これまでのお住まいの短所を補える場所に移るということになると思います。例えばスズキさんのご両親の場合なら、水回りの問題が解決されて、今よりもバリアフリー化された場所で暮らせるようになる、といった具合です。

しかし住み替える場合、今住んでいる場所に対する安心感や、ご近所付き合いなどは失われてしまうかもしれません。それに引っ越し自体が心身に負担をかけるでしょうし、費用もかかります。

そしてご高齢であるほど、新たに賃貸の契約などをするハードルが高くなります。なので、サービス付き高齢者向け住宅などに住み替えるケースがよくあります。

「サービス付き高齢者向け住宅」は、簡単に言うと高齢者の入居を拒否しない賃貸マンションのこと。サービス付き高齢者向け住宅をはじめとする主な介護施設の種類と選び方については、下記の記事で詳しく紹介しています。

選び方は? 施設入居の気になる疑問を、40代ブロガー3人が小菅編集長に聞いてみた

――なるほど。ちなみに高齢者向けの住宅って、普通の住宅とはどんな違いがあるんですか?

宮崎:高齢者向け住宅の最大のメリットは、高齢者が生活する上で安心であることですね。施設ごとに差はありますが、何かあったら相談できるスタッフがいますし、設備はバリアフリーになっています。

一方、デメリットとしては費用が発生するので「まだ自立していて元気なのに、なぜこんな金額を払わなくてはならないのか?」と感じられる方が多いです。

――いざという時にすぐ相談できるのは安心ですね。ちなみに私の母のように『自分が好きなものに囲まれて過ごしたい』というような希望がかなう施設もあるんですか?

宮崎:そのご希望がかなう広さの個室を確保すればできますが、もちろん、その分費用がかかります。なので予算的に難しい場合は、荷物の大部分は自宅に残しておき、必要になったら家族に取ってきてもらうような形に落ち着くのではないかと思います。

施設の見学は元気なうちから。入居するか分からなくても気軽に相談を

――お話を伺っていると、やはりうちの両親については今の家のまま、修繕の必要な場所はできるだけ早急に対応して、動線の安全性を重視した上で全体を見直してみるのが一番いいのかなと思いました。

宮崎:そうですね。もちろん、どんな施設があるか、どんな施設なら理想に近いかといった情報を知っておくのもいいとは思います。ご実家のある地域名で「サービス付き高齢者向け住宅」などと検索して少し相場を知っておくとか。

LIFULL 介護には地域ごとのサービス付き高齢者向け住宅の相場が掲載されています。

全国の老人ホーム・サ高住の相場情報

――なるほど。ちなみにうちの場合、特に母親が「施設に入居すると、生活の自由度が低下してしまうのではないか」というのを気にしているんです。

宮崎:分かります、自分の暮らしにこだわりがあるほど心配ですよね。でも、例えばご病気をされてからの施設入居では、より自由度が低くなってしまうんです。

先延ばしにするほど将来の自由度が低くなっていってしまう可能性が高いので、私は親御さんが元気なうちから、一緒に見学に行くことをおすすめしています。

――そうなんですね! でも、施設の見学となるとハードルの高さを感じてしまいます……入る可能性が低くても、気軽に行っていいのでしょうか?

宮崎:大丈夫です。本当に入るかどうかじゃなく「そもそも老人ホームっていう選択肢ってどうなの?」という疑問を解決するための見学だと思ってください。

「思ったよりもいいな」と思われるかもしれませんし「絶対に嫌」と思われるかもしれません。もし嫌だと思われたのであれば、それをきっかけに今の住まいをよくしようという話を進めていけばいいでしょう。

われわれの「LIFULL介護 入居相談室」でも、親御さんが元気なうちからのご相談を歓迎しています。

――なるほど! 私も両親も「施設」という選択肢に偏った印象を持ち過ぎていたのかもしれないです。入居する・しないを問わず、相談や見学は気軽にしていいと聞いて、ほっとしました。

実家に帰ったらチェックしておきたいことは?

――ちなみに高齢の親の様子を見に実家に行くことがあるとしたら「ここを見ておくべき」というポイントなどはありますか?

宮崎:やはり生活動線については、ご本人だけでなく、ご家族にも客観的な視点で見ておいていただきたいですね。

あと、スズキさんのご両親は今お元気だと思うのですが、例えば認知症発症のサインみたいなものは、住まいのいろいろなところに出てきます。たくさん同じものを買っているとか、冷蔵庫の中に食べ切れない量の食べ物があるとか、お薬を正しく飲めていない様子だとか。

あくまで目安ではありますが、そういうサインは気にしておくといいと思います。「昨年はこれができていたけど、今年はできていなかったな」とか、ささいなことから気付ける場合があるので。

ちなみにうちの両親は70代後半で仙台に住んでいるんですが、父が要介護4で、母が父の介護をしています。昨年末に帰省した際に、母が思ったよりも寝ていないことが分かりました。母は0時近くまで父のサポートをしてそこから自分の用事を片付けて寝るんですが、朝4時か5時にはもう父が起き出すので、あまり寝られないんです。

そういう話ってなかなか親からは出てこなかったので、実家に泊まったことで初めて分かりました。

――住まいを見るなかで、分かることがいろいろありそうですね。でも、その時に思ったことを「ここがおかしい!」とすぐに指摘しない方がいいですよね?

宮崎:そうですね。一旦は言わず、少し注意して見ておくのがいいんじゃないかと思います。

――そう聞くとますます、実家の様子を久々に見ておきたいなと思いました。そしてその際は冷静に。何か思っても、すぐにあれこれ言わないようにしたいと思います。

***

文中に書いた通り、母は私と同じ物が捨てられないタイプだ。今はまだいいけれど、もう少し高齢になってきた時、物の多い空間では生活が大変になるのではないかとずっと不安だった。

今回宮崎さんにお話を伺い、両親の老後の生活のためにできることとして、次のアドバイスをもらった。

  • 1.まずは両親に、生活動線をしっかり確認してもらう。転倒しそうな箇所がないか、安全性を確保しておく
  • 2.生活動線を邪魔しない範囲でなら、無理に物を捨てなくてもいい
  • 3.実家に帰った際は、自分でも親の生活動線を客観的な視点で確認する。また、認知症発症のサインなどがないか気にかけておく
  • 4.将来の介護施設入居の可能性も考えるなら、実家の近くにどんな施設があるか、どんな施設なら理想に近いかといった情報を調べてみる
  • 5.介護施設という選択肢への理解を深めるため、両親と一緒に気軽に見学してみる

1と2についてはとりあえず親に伝え、サポートの必要があれば手伝おうと思う。

自宅にせよ、介護施設にせよ、誰だって自分が暮らす場所に愛着を持ち、居心地のよさや快適さが維持されていてほしいと思うはずである。高齢だからといって、その望みを諦めることはない。

もちろん、工夫すべきことや準備しておくと安心なポイントは多々あるが、まずは一人一人が心身ともに健やかでいられる環境を具体的に想像してみること。焦らずにそこからスタートすればいいのだと、宮崎さんにお話から、そんなメッセージを受け取った気がした。

編集:はてな編集部

介護が不安な、あなたのたよりに

tayoriniをフォローして
最新情報を受け取る

ページトップへ