親の介護、ましてや親が亡くなるなんて、まだまだずーっと先の話だろうと高をくくっていたけれど、その時は意外と早くやってきたりする。
6年ほど前に父親が倒れ、3年ほどの闘病生活の末に亡くなった。倒れるその日まで仕事をして、前日にはラーメンみたいな血圧の上がりそうなものを食べてピンピンしていた父親が、わりとあっけなく亡くなったのだ。
そうなると、実家に残されたもう片方の親(僕の場合は母親)の健康やら介護やらのことも心配になってくる(冒頭の写真は、15年ほど前に撮影したもの)。
もちろん元気で長生きしてほしい気持ちはあるけれど、そのために何をどんなふうにすればいいのか、具体的なことはまったく想像つかない。
親の年齢を考えると、僕はいつ破裂してもおかしくない風船を背負って歩いているようなものだ。できれば、この風船を破裂しないよううまいこといたわることはできないのか⋯⋯。
今回、そんな私の悩みについて「LIFULL 介護」編集長の小菅秀樹さんに相談に乗ってもらうことになった。
小菅さんに相談に乗ってもらうにあたって、うちの家族の現在の状況をまとめておきたい。
私は東京在住で、鳥取の実家へ頻繁に帰省することはないけれど、同じ市内に住んでいる僕の弟(三男)が毎日様子を見に行ってくれている。あとは、近くに叔父さん(母の弟)が住んでおり、わりと頻繁に家に来てくれてはいるようだ。
ちょっと長くなってしまったが、うちの母親の状況はおおむねこんな感じである。
――というわけで⋯⋯母親の老後の生活について、何をどうすればいいのか、という感じなんです。
小菅:そうですね、私はまず「歯の問題」が気になっています。
――実は以前、母親の入れ歯を作ろうと弟が歯医者を予約してくれたものの、診察当日になって「体調が悪くなった」ということでキャンセルしたきりらしくて……。
小菅:そうなんですね。歯がないことによるデメリットって実はかなり大きくて。例えば日常のコミュニケーションは一応できていても、発音、滑舌といった細かな部分でのストレスが出てくることがあるんです。
そうなると相手とスムーズな会話ができないことを気にしてコミュニケーションを避けるようになったり、外見を気にして人前に出たがらなくなったりして、社会的な孤立を招くことにもつながります。
もちろん歯科医と相談にはなりますが、入れ歯を検討されることをおすすめしたいです。
――なるほど、単に「食べ物が噛(か)めない」というだけじゃないんですね。
小菅:そうですね。あとふらつきにも歯が関係するといわれていて、日本スポーツ歯科学会が2021年〜2013年に行った歯と転倒リスクの関係性についての研究によれば、入れ歯をしている人に比べ、していない人の方が転倒率が高いという研究結果が出ています。
日常生活で意識することは少ないですが、われわれが物を持ったり踏ん張ったりするときって、歯をガッチリ噛み合わせることで力を入れていたりするんですね。
――今すぐ歯の治療をしてもらわないと、と思いますね⋯⋯。
小菅:さらにいうと、歯がないことで認知症のリスクが高まるという研究結果もあるんです。2012年に発表された愛知県知多半島での調査では、入れ歯を使用してない人は、歯がある人に比べて認知症の発症リスクが最大で1.9倍高いという結果になったそうです。
――歯がないことのデメリット、意外と広範囲でうろたえますね⋯⋯連れて行くようにしたいところですが、素直に行ってくれるかしら。
小菅:一つの方法として、対応できる歯医者さんは限られますが「訪問歯科」といって歯医者さんがお家に来てくれるシステムがあり、医療保険で利用できます。
――そんな制度があるんですね!
小菅:はい。身体的な理由や精神的な障害などで通院が難しい方を対象にしていますが、西村さんのお母さんも体力的な問題でお一人では行けないということであれば、十分利用できるんじゃないかなと。
訪問歯科の役割と目的については、下記の記事で詳しく紹介しています。
【ドクターごとう】訪問歯科診療チョー入門①――続いて住環境についてです。一応、今母親が住んでいる団地はかなり前にバリアフリー仕様にリフォームされていて、家の中の段差はなく、トイレも車椅子で入れるぐらいの広さになっています。なのであまり心配してはいないんですが、他に見ておくべきところはありますか?
小菅:基本的には、転倒防止のための生活動線のチェックがベースになってくると思います。例えば、足元にいろいろなものがあってつまずきそうだったりしませんか?
――確かに物は多いですね。動線上にある物を片付けるくらいはした方がいいな⋯⋯。
小菅:あと、今は無くても生活できているかもしれませんが、心配であれば手すりの設置を考えてもいいでしょう。特に玄関、廊下、トイレ。このあたりにつけると便利だと思います。
もう一歩踏み込んで言うとしたら、トイレや廊下に夜間用の足元の明かりがあると便利かなと思います。コンセントに挿せるタイプ、電池式のものなどいろいろありますので、検討してみるのもいいかもしれません。
あとは、もしかして浴室や脱衣所が寒かったりしませんか?
――あ、寒いです。リフォームといっても20年くらい前の話なので、暖房とかそういうのは無いです。
小菅:特に冬場に心配なのが「ヒートショック」です。寒い脱衣所から暖かい浴室へ、そして熱いお湯に入る。この急激な寒暖差がヒートショックの原因になるんです。
なので、脱衣所にヒーターなどを置いて入浴前に温めておくというのは、大変有効かなと思います。最近は電気だけで稼働するヒーターなどもたくさん出ていますので、こちらも導入を検討してみていただきたいです。
家の中の急激な温度差により血圧が大きく変動することで、失神や心筋梗塞、脳梗塞などを引き起こしてしまうヒートショック。下記の記事では、家の中でできる予防策について詳しく紹介しています。
【未然に防げる】ヒートショックのしくみと予防法まとめ――家族間や、周囲の人とのつながりについても気になっています。現状は、近くに住む弟(三男)や叔父さんがわりと頻繁に見に来てくれているんですね。それから、兵庫に住んでいる兄(長男)が1カ月に1回ぐらい帰ってきていると。そして次男の私は、お恥ずかしい話ですが東京に住んでいることもあって、年に1回帰るか帰らないかという感じで⋯⋯。
小菅:現状の体制が、すでに結構しっかりしているなと思いました。意外と関係者が多いという印象です。
――なるほど。あと、近所の人とのつながりですよね。母親に普段何しているのか聞いたら、家にずっといて、家事をする以外は座ってテレビを見ているような感じで、人との交流があまりなさそうで。公民館でやっている編み物や陶芸のイベントに行きたい気持ちはあるものの、公民館まで片道4kmくらいあって、出かけるのがなかなか難しいみたいです。
小菅:そうですね、地域のサポート制度として、例えば高齢者や障害者に向けたタクシーチケットの助成事業なんかをやっている場合があります。
あとは全国各地に拠点のある社会福祉協議会という組織が、ボランティアの送迎サービスを提供していることがあります。
こういった高齢者の移動に関する支援の情報は、各地域の「地域包括支援センター」に集約されているので、ご自宅に一番近いセンターで、外出支援に関するサポートがないかを確認していただくのがいいですね。どんなサービスをどういう条件で利用できるかは、お住まいの地域によって違うので。
――なるほど! そういうサービスがあること自体知りませんでした……。
地域の高齢者のための相談窓口である「地域包括支援センター」については、下記の記事で詳しくレポートしています。
「地域包括支援センター」は何をしてくれるところ? 将来の遠距離介護に備え、不安や疑問をぶつけてみた――先ほどの話とつながりますが、最近は普段の買い物程度の外出機会もなくなってきているようです。ちょっと前までは自転車でスーパーに行ったりしていたんですが、片道2kmもあるので、もうそろそろ自転車は危ないから止めてくれと。今は何か必要なものがあったら、三男に頼んで買ってきてもらっている状況です。
小菅:なるほど。必要なものを言えば買ってきてもらえるというのはすごく恵まれた環境なんですが、一方でお母さんが外に行く機会を減らすことにもつながっているんですね。この状態がずっと続くと活動量がどんどん低下して筋力が衰え、それにより足元のふらつきが生じ、転倒のリスクが高まる可能性があります。
なので、できれば「一緒に外出する」という方向に持っていけたらいいなと思います。車でお母さんのところに行って、一緒にスーパーに行って、ご自身で買い物をしていただくと。
――なるほど。買い物に限らず何かを食べに出かけるとか、見に行くとか、そういう機会を増やした方がいいですね。
小菅:そうですね。ちなみに私の母は75歳で今も現役で仕事をしているんですが「対価がある仕事をする」ことは社会性やモチベーションにもつながりますし、介護予防に非常に有効だと考えています。
あと、母は昔から登山が好きなので、いい登山靴をプレゼントしたことがあるんです。もう昔ほど高い山に登ることは難しいとしても、いい靴があることで「登れるところまで行ってみよう」というモチベーションになったらいいなと。
――なるほど⋯⋯うちも、もうちょっと母親自身が自分で動きたくなるような口実というか、そういうことを探した方がいいですね。
小菅:遠出でなくても、近場のレストランに行くなどでも全然いいと思います。「こうしないといけない」というような正論をぶつけるんじゃなくて、いかに本人の意欲を引き出すか、というところがポイントだと思います。
入れ歯をして好きなものが食べられるようになれば、外食が楽しみになります。さらには外で食事をするために出かける機会が増えることで、自然と歩行や立ち座りの動作が増え、足腰が鍛えられます。そうした活動は足元のふらつきの改善にもつながります。そうすれば、お母さんの生活の質は今よりもっと上がるんじゃないかなと思いました。
――意外と食べるんですよ、うちの母親。前も餃子の王将に連れて行ったとき、餃子とチャーハンを一人でペロッと食べていましたから、歯がないのに。意外と健啖家(けんたんか)なんだなと。
小菅:食欲があるのは素晴らしいことです! 年を取るにつれ、食べられなくなる人の方が多いですからね。
――もう一つ、大きな不安が「お金」です。将来もし寝たきりになったり、認知症が進んだりしたとき、必ずお金が必要になってくると思うんですけど、うちの母親は貯金や保険による積み立てといったものが全くないので⋯⋯。
小菅:なるほど。例えば現状、弟さんが代わりにお買い物をされたときのお支払いとかって、どうしているんでしょうか?
――年金からだと思います。2カ月で10万ほどの年金があり、その中から家賃、水道代、光熱費、食費などを出していて、弟がその管理をしているんです。
小菅:なるほど。そうですね、今の日本の制度はすごくしっかりしていて、例えば高額な医療費がかかった場合に一定の限度額を超えた分が払い戻される「高額療養費制度」や、介護に関しても負担が一定の金額で済むようになる「高額介護サービス費」といった制度があります。
「高額療養費制度」など入院・医療費の負担を抑える公的制度については、下記のページで詳しく解説しています。
【知らなきゃ損!】入院・医療費の負担を抑える公的制度「高額介護サービス費」については、下記のページで詳しく解説しています。
高額介護サービス費とは!?知っておきたい払い戻し制度や申請方法なので現状は、例えば入院費用がむちゃくちゃに跳ね上がって、それを全額自己負担で⋯⋯ということはほぼないです。ただ「今もらっている年金に対して、支出がどれぐらいでどういう内訳になっているのか」については、一度ご兄弟でしっかり確認された方がいいとは思いますね。
――たしかに。実際、弟に任せっきりになってしまっているところはあるんですよね⋯⋯。
小菅:そうですね。これはよくある介護の問題で、親御さんに一番近いご家族に、やはり負担が偏ってしまいがちなんです。
もしかしたら、実は弟さんがお買い物以外にもいろいろと支援していることがあって、知らず知らずのうちに不満をためていたりするかもしれません。そういう不満は、雪だるま式に増えていくんです。
――返す言葉もないです……やっぱりちゃんと支出を確認して、足りない部分のお金を出していくとかしかないですよね。
小菅:そうですね、もちろんそれも大事なんですけど、意外と見逃しがちなのが「ありがとう」を伝えることなんです。頻繁にお母さんのところに行ってくれている弟さんに対して、労いの言葉をちゃんと言えているのかどうか。これ、結構重要なんですよ。
経済的な支援をどれだけしたとしても、なんだかんだで直接支援している方がやっぱり大変なんですよね。
――確かに⋯⋯ありがとうというのは、まあ言ってはないですね⋯⋯。
小菅:あと、金銭的な支援はもちろん非常に助かる部分ではあるんですが、例えば介護に関する情報収集は西村さんの方でやるとか、そういう遠距離でもできる後方支援の方法を探るのも一つの手段だと思います。
小菅:最後にあらためて、私から3つ、西村さんにお伝えしたいことがあります。1つ目は「なるべく兄弟3人で、お母さんと直接連絡をする機会を設ける」というところですね。
――一応、頻繁にやり取りするわけじゃないですが、兄弟3人のLINEグループはあるんです。ただ母親を参加させるとなると、LINEはもちろん、そもそもスマホが使えなくて⋯⋯。
小菅:なるほど、お母さんに無理に新しいこと覚えてもらう必要はないと思います。電話などでも全然大丈夫なので、弟さんだけじゃなく、離れて暮らす西村さんもお兄さんも、お母さんと直接電話で話す機会を設けられるといいと思いました。
やっぱり、弟さんを通してお母さんの様子を聞くと、そこにはどうしても弟さんの意見が入ってきてしまうんですよね。
週1回の電話だけでも、生活や体調の変化を感じられる部分はあると思うんです。それにやっぱり、定期的に連絡をくれる息子がいたら、お母さんはうれしいと思うんですよ。
また、日頃の連絡頻度が低いと「困った時にSOSを出しづらい」という問題もあります。高齢者は、限界になるまで相談してくれないことが多々あるんです。
――なるほど。電話するきっかけがないと言い訳しがちですが、もし何かあったらと考えたら、そうも言ってられないですね。
小菅:そうですね。そして2つ目は「健康状態のチェック」です。先ほど出た入れ歯やふらつきの話もありますが、お母さんには現状、かかりつけの病院などはないでしょうか?
――病院には行ってないですね。おそらく。
小菅:であれば、地域で高齢者を対象にした健康診断を行っていたりするので、そういったところに足を運び、つながりを作れたらいいなと思いました。
そしてさらにその先の話になりますが、将来的に延命治療をどうするかなども、ご家族で意思決定をしておくことが結構大事かなと。その際は、ご本人の意向を尊重しながら、家族全員で共通認識をもっておくことが、いざというときの判断や後悔のない選択につながるのではないかと思います。
――なるほど。そういう話をちゃんとするためにも、日頃からのコミュニケーションが重要になってきそうですね。
小菅:まさにそうです。そして3つ目は「介護関係者とつながっておく」ということです。
よく「介護は突然始まるから、何かあったときのために備えよう」なんていわれますが、介護保険制度ってすごく難しいので、おそらく事前に勉強しようとしても多分頭に入ってこないと思います。
だからこそ、介護が必要になった時にすぐ頼れる介護の関係者とつながっておく方がよっぽど重要じゃないかと私は思っています。
そう考えると、やはり先ほども話に出た地域包括支援センターの窓口に相談するのが第一だと思います。
――地域包括支援センターって、どういうふうに相談に行けばいいんですか?
小菅:例えば、今のお母さんの状況を伝えて「一応近くに弟や叔父さんがいてくれるけれど、それぞれに仕事があったりもするので、家族の代わりにサポートしてもらえるサービスはないですか?」と聞いてみてもいいと思います。それこそ、先ほど出た送迎サービスの話なんかちょうどいいですね。「お母さんの外出機会を作りたい」という相談を、ぜひしていただきたいと思います。
――今、検索したら、うちの地域の地域包括支援センターのWebサイトまですぐたどり着きました。こういう仕組みがあること自体まったく想像の範囲外だったので、とても勉強になりました。
小菅:よかったです。やはり、お母さんの身体機能の維持。これがものすごく重要かと思います。やることがいっぱいになってしまいましたけど、全部を西村さんお一人で担うんじゃなくて、ぜひ兄弟間で相談して、分担していただけるといいかなと思います。
今回、小菅さんのお話を聞いて、これから取り掛かるべき項目をあらためて以下にリストアップしてみた。
特に今回、母親がまだ自分で動けるという事実に甘えて、弟に任せっきりになってしまっていたという点にあらためて気付き、非常に反省すべきところだと感じた。
まずは、素直に「任せっきりになってしまって申し訳ない」と言うところから⋯⋯というのは分かっているんだけれども、やっぱり恥ずかしい気持ちはある。とはいえ、そうも言っていられない。まずは母親を歯医者に連れて行くという段取りの相談から始めたいと思う。
編集:はてな編集部
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