僕が介護の仕事で経験したエピソードをまとめた本(代官山ブックス『介護芸人のコントな世界 』)を出したときに、倉田さんがやっていた対談連載に呼んでいただいたんです。話の中で「これを漫画化してくださいよ」と冗談で言ったら、良い感じの反応をしていただいて。帰り道でマネージャーと「社交辞令って感じでもなかったよね?」と相談して、あらためてお願いしたところから始まってます。
介護芸人「マッハスピード豪速球」のさかまきさんと漫画家の倉田真由美さんによる介護コミック『お尻ふきます!!』が2024年1月11日KADOKAWAより刊行されました。
介護の見方が変わる“まるでコントな”エピソードの数々は、さかまきさんが実際に介護の現場で経験したり、介護仲間から聞いたりしたあるある話がもとになっています。暗く捉えられがちな介護をポップに描いた本作の出版までの道のりの話題を通して、お二人が抱く介護への想いを伺いました。
最初に、おふたりで漫画をつくることになった経緯から聞かせてください。
僕が介護の仕事で経験したエピソードをまとめた本(代官山ブックス『介護芸人のコントな世界 』)を出したときに、倉田さんがやっていた対談連載に呼んでいただいたんです。話の中で「これを漫画化してくださいよ」と冗談で言ったら、良い感じの反応をしていただいて。帰り道でマネージャーと「社交辞令って感じでもなかったよね?」と相談して、あらためてお願いしたところから始まってます。
倉田さんが原作付きの漫画を描くのはこれが初めてだそうですね。
そうなんです。そういう意味で本当に新鮮でした。さかまきさんだったから実現しましたね。漫画を描いたことがないとは思えないくらいめちゃくちゃ良いネームがどんどん上がってきて、すばらしかった! 手描きで絵もしっかり入ってて。私、自分でネームを描くときにここまで丁寧にやらないです。
ありがとうございます。僕が書いた本を「どうぞ漫画にしてください」って感じだと最初は思っていたんで、ネームから自分でやることになってめちゃくちゃ不安でした。
すぐ絵に落とせるレベルのものが上がってきたから、本当にすごいと思いましたよ。だから私は本当に作画担当で、漫画化しているのはこの人なんです。すごい人と組ませてもらいました。
本作はさかまきさんの体験をもとにしながらも、新米介護士のウメを主人公にしたフィクションです。なぜこの形式にされたのでしょうか。
さかまきさんのエッセイをそのまま基にすると、実話なので登場する利用者さんが具体的などなたかということになってしまうんですよね。それを勝手に漫画化するのは難しいので、完全なフィクションのほうがいいね、と。それで「じゃあ主人公も男性じゃなくて女の子にしよう」となりました。
決まってから、主人公をどんな子にしようかすごく困ったんですよ。それで自分が働いている施設の施設長と飲みに行って相談しました。そのときに「正直、『介護をやりたい!』みたいな女の子はあんまりいないよね」と言われて、「たしかに」と思ったんですよね。仕事モノの漫画だと主人公が高い志を抱いていることが多いじゃないですか。でも「介護王に私はなる!」みたいなキャラクターはリアルじゃないなと思ったんで、成り行きでやることになっちゃった感じを出したくて元ギャルの設定にしました。
実際、ウメちゃんみたいに20代女子は結構いるんですか? 何歳くらいがボリュームゾーン?
30代くらいですかね。今働いているところは大卒で入ってきた若い子も3人くらいいますけど、全体的には中年の女性の方が多い印象はあるかもしれません。
でも介護をする上では男性のほうがいい場面も結構ありますよね。
めちゃくちゃあります。1人で車椅子に載せるのも力が要りますからね。
女性のほうがいい場面もあるし男性のほうがいい場面もあるし、どっちもいないと難しいよね。
漫画の中では、女性スタッフの手にキスする利用者さんをウメちゃんが拒否するエピソードがありましたね。
そうそう、私、セクハラの問題はさかまきさんに描いてもらいたいことのひとつだったんです。世間一般だったら問題になるようなことが介護の現場では普通にあったりするじゃないですか。我々はそれをどう受け止めるべきなのか、なかなか難しいと思う。さかまきさんはそこも含めてうまく描いてくれるから、介護現場の実情もちゃんと出していきたいなって。
実際、全然ありますからね。デリケートな問題なのでどう描いたらいいかというのはあるけど、包み隠さず描きたいです。
漫画だから描けることってやっぱりあるんですよ。『だめんず・うぉ~か~』では暴力男の話を結構描いたんですけど、どれも本当はかなりヘビーな話なんです。全然シャレにならないエピソードがいくつもあったんだけど、漫画にするとなんとなく読めてしまう。でも、実際にそういうことがあるんだと知ってもらうだけでも大きな意味があるから。
ただ、「ほら、大変でしょう」って話にはしたくないですよね。大変なことももちろんあるんですけど、そうじゃなくて「こういう見方をしたら」とか「こういうやり方をしてみたら」みたいな描き方になるべくしたい。そこは気をつけているところですね。
それぞれお気に入りのエピソードはありますか?
奥さんが一方的にたくさん話して旦那さんは「大丈夫」しか言わないご夫婦の話(第11話「だいじょーぶの立花夫婦」)は、漫画化が決まったときから「絶対描こう」と思ってました。
そうなんだ!
僕自身、誰かと付き合っててもあんまりしゃべらないんですよ。9割は彼女がしゃべって、聞き手に回る感じになりがちで。だからあのご夫婦を見ていて「最終形はこうなるんだ!」って、自分を投影してグッと来ました。
私は「世界平和」ですね(第23話「七夕の願い事」。介護施設の七夕行事では短冊の願い事に「世界平和」が多いというエピソード)。人間は最終的に我欲から解き放たれていくんだなって、切ない気持ちも込みで受け止めましたね。人間の在りようとしては良いことなんだろうと思いつつ、私はまだ我欲を手放したくないな〜(笑)。
「まだ我欲を手放したくない」って、なんですか、そのフレーズ(笑)。
倉田さんは介護や老いに関する対談連載を長く続けていらっしゃいますが、今は介護に対してどういう意識を持たれていますか?
この歳になると親や親族を介護している人も周りに出てくるし、どうやったって関わるんだと思うようになりました。完全に無縁な方ももちろんいるだろうけど、育児よりもはるかに全員が何かしら関わる可能性が高い世界だと思います。しかもその可能性は死ぬまで拭えない。それと、連載でいろんなお話をうかがう中で印象的だったのは、介護のプロの方がみなさん口を揃えて「家族以外の手を入れたほうがいい」とおっしゃっていたことですね。
それでいうと、実は僕、父親が最近ちょっと大変で。正月に帰ったときに要介護がついたんです。これまでは仕事だったところに、ついに身内の介護という現実がやってきた。父親に「尿パッド持ってきてくれ」って言われて、僕がやればササッと変えられるけど「息子にされるのは嫌だろうな」と思ってなるべく見ないようにしましたね。
そうだよなぁ。お互いが気を遣っちゃうんでしょうね。
仕事では他人同士だからできるけど、家族となると全然意味が違うんだなとめちゃくちゃ実感しました。
親子だからこそ相手の考えていることがわかって、抵抗を感じ取っちゃいますよね。やっぱり他人の手は絶対入ったほうがいいんだと思います。
その必要性を身にしみて感じましたね。あっ、父親にもこの本を渡しましたよ。「すごいな」って反応してくれました。
漫画の内容からは少し逸れますが、今の日本社会では「年をとる=迷惑をかけることが増える」というイメージが強い気がします。介護や老いに関して「周囲に迷惑をかけないために」というような謳い文句の書籍や記事は多いですよね。おふたりはこういった考え方についてどう思われますか?
介護士として言うと「迷惑かけちゃいけない」って意識自体がいちばん迷惑なんです。「迷惑かけちゃいけない」と思うから自分で立ち上がってトイレに行こうとして転倒したり、尿パットを自分で交換してしっかりつけられてなかったりってことになっちゃう。手を煩わせたくないからって自分でやろうとして、後々大変になるのはめちゃくちゃ“あるある”です。
なるほど、面白い! 事故にもつながるし、それは本当に迷惑になるね。
「呼んでください」っていくら言っても呼んでくれない人は多いんです。特に転倒は本当に怖いから、任せてほしいし「出来ないことは遠慮なくやってもらう」くらいの意識でいてほしいんですけど……。
めちゃくちゃ勉強になるな。そしてすごくわかる気がする。日本人の意識の中で「人に迷惑をかけないように」というのはかなり上位にありますよね。でも私はその考え方がそんなに美徳だとは思わないですね。誰もが迷惑をかけることもかけられることも両方の可能性を持っているんだから。
それに、いつどんな死に方をするか、年を取ってどんなふうになるかなんて全然わからないじゃないですか。そして現実に直面しないと人間の気持ちもわからないものなんですよ。だから「迷惑をかけないように」って先のことを考える意味はあんまりないと思います。
どれだけ想像してみても、いざというときの自分や家族の感じ方は全然別物かもしれない、と。
そうです。うちは今、夫が膵臓がんなんですね。結婚するときから「自分が病気になったらこの人はどうするかな」「この人が病気になったら自分はどうするかな」ってイメージはしていて、そのときは「もし夫が臓器移植を必要としても自分の(臓器)はあげられない」って考えていたんです。本人にもずっとそう言っていました。でも夫が病気になったら「この人が10年長く生きられるんだったら私の寿命が10年短くなってもいい」って思ったんです。こんなふうに自分の感情が動くんだ、と驚きました。やっぱり現実ってすごいですよ。
この作品をどういうふうに楽しんでもらいたいという理想はありますか?
まずはシンプルに読み物として楽しんでほしいですね。
うん、漫画として楽しんでもらいたい。すごくナチュラルに面白いキャラクターが出てくるんですよ。漫画ってやっぱり、キャラクターが面白いかどうかがすごく大事なんです。だけど自分の頭の中だけで創作していると、“めちゃくちゃ突飛だけど、それでいて具体的”なことって出てこないんですよね。その点、利用者さんたちのキャラクターの立ち具合はなかなかないでしょう。たとえばジローさんというなんでも着ちゃう利用者さんが出てくるんですけど、「なんでも着ちゃう人」っていわれたら「ダウンの重ね着でもするのかな」って思うじゃないですか。「毛布を着て座布団を頭に乗っける」なんて思いつかないですよ。これも現実のすごさですね。
たしかに、介護を始めたときに「こんな世界があるんだ、ファンタジーみたいですごいな」ってびっくりしましたからね。その感覚は自分が介護について書くようになったきっかけのひとつです。
今後、介護やこの作品に関しておふたりが抱いている展望を教えてください。
ドラマ化です!
僕はこの漫画が始まるときから「ドラマ化したい」ってずっと言ってるんですよ。
そうなったときに自分が出るためにキャラクターとして夜勤スタッフの“酒巻”がいるんですもんね(笑)。
そう、それなら俺がやるしかないから出演できるなって。原作者が出てたら面白いじゃないですか。実際、リアルな設定で介護をテーマにしたドラマはまだないと思います。ドラマから興味を持ってその職業を目指す人って少なくないので、プラスの効果があると思うんですよね。利用者さん役を俳優の方がどう演じるのかも観てみたい。
たしかに、認知症の方を演じるってかなり難しい役どころですよね。
ジローさんを演技派の俳優さんがやったらすごそうじゃないですか? 夢が広がりますね。
夢、広がるなぁ。いつか本当に実現したいですね。
介護の仕事の、伝わりづらい面白さ――”現役介護芸人”マッハスピード豪速球・坂巻さん インタビュー
2024年1月11日(木)発売
定価:1,430円(10%税込)
発行:株式会社KADOWAKA
判型:A5 正寸判、並製ソフトカバー
ページ数:160P 4C/1C
1986年、神奈川県生まれ。編集者、ライター。月刊誌「サイゾー」編集部を経て、フリーランスに。編集書籍に『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』「HiGH&LOW THE FAN BOOK」など。
斎藤岬(さいとう・みさき)さんの記事をもっとみるtayoriniをフォローして
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