全国の介護現場の声を吸い上げ、制度改革や職員の処遇改善につなげるなど業界全体の発展に力を注ぐ、一般社団法人全国介護事業者連盟・理事長の斉藤正行さん。
自身も老人ホームやデイサービスの現場で利用者のケアや管理運営にあたってきた、介護のスペシャリストだ。
そんな介護業界の専門家である斉藤さんに、ご自身の親の老後についてどのように考えているのか? また、介護のプロの視点から、「よい老人ホームの見分け方」についても語ってもらった。
――長年、介護事業に携わってきた斉藤さん。ご自身の親の老後についてどのように考えているのか、聞かせていただけますか。
斉藤
両親ともに健在で、父はまもなく78歳、母は73歳になります。2人ともまだまだ元気ですが、年代的に少し心配な部分も出てきました。遠方に暮らしているため、体調面など常に気にかけてはいますね。
これは僕自身が介護の現場をよく知っているからだと思いますが、もし将来的に両親に介護が必要になった場合は、真っ先にプロに相談し、適切なサービスにつなげたいと考えています。
今の日本においては、外部の介護サービスを利用することに対して抵抗感や罪悪感を抱く人が少なくありません。でも、「介護のプロがサービスをする」=「家族が介護を放棄したこと」には決してならないと思うのです。
家族には家族にしかできないケアがありますし、一方でプロにお任せしたほうがいい部分もたくさんあります。ときには、父母が付き合いのあるご近所さんの力も借りたっていい。介護は一筋縄ではいきませんので、“皆の総合力”で支えていくことが重要だと思います。
ただ、これはあくまで僕の考えであって、親も同じ認識とは限りません。大事なのは、子どもの側がどう過ごしてほしいかではなくて、親がどう過ごしていきたいのか。親の希望や想いに沿った生活が維持できるよう、サポートすることに尽きるのかなと思います。
――となると、親の想いにじっくり耳を傾ける必要があるでしょうか。
斉藤
そうですね。親と対話することが大切ですが、難しいのは親が必ずしも自分の本心を話してくれるとは限らないということです。
例えば、子どもに迷惑をかけたくなくて、「自分たちで何とかするから、わざわざ地元に帰ってこなくていい」とか、「介護が必要になったら施設に入るから」などと、本心ではないことを口走る可能性もあります。
ですから、親が発した言葉をそのまま額面通りに受け取っていい、わけではないんですね。
本当はどうしたいのか? どう想っているのか? 親の「潜在ニーズ」を引き出すことが肝心です。
――それはなかなか大変そうですね。
斉藤
はい。一朝一夕にはできないので、時間をかけて対話を重ねていく必要があると思います。
例えば、「さっきはこう言っていたけれど、本当はこう想っているんじゃないの?」と、深掘りしていったり。
それでも、本人は「いやいや、そんなことないよ」と本心を言ってくれない可能性があるので、「もし、こういう状況になったらどう? 僕たち(子ども)のサポートが必要なんじゃないかな?」というように、様々な場面を引き合いに出しながら掘り下げていくと、本音が出やすいかもしれません。
特に介護が必要な状態に陥ってしまうと、余計に本心が言えなくなるケースが多いです。
「本当は住み慣れた自宅に居続けたいけど、子どもに負担をかけられない」とか。「本当は行きたいところがあるけど、誰かに連れて行ってもらうのは気が引ける」というように、小さな望みさえも引っ込めてしまいがちです。
だからこそ、親が元気なうちに「本当はどんな老後を過ごしたいのか」をお互いにすり合わせておけるとベストです。今後、介護状態になったとしても、希望に沿った生活に近づきやすくなります。
――親の老後について切り出しづらいという声も多く聞こえてきますが、切り出し方のコツはありますか。
斉藤
例えば、「最近、友人の親御さんが入院したんだけど」とか、「最近、終活関係の本を読んだんだけど」といった話題をきっかけに、「自分もお父さん(お母さん)の老後について改めて考えてみたんだよね」と切り出すのも一つの方法です。
「急に改まって何よ」と、はぐらかされる可能性もありますが、そこで話題を変えずにしっかりと向き合う時間を持ったほうがいいですね。そのほうが後々、お互いにとって良い結果につながります。
と言いつつ、自分がちゃんとできているかというと、偉そうなことは言えないのですが(笑)。
――ついつい先延ばしにしたくなる話題ですが、早い段階で親と対話をすることが大切なんですね。
斉藤
親との対話もそうですが、介護が必要になった場合もぜひ「早期対応」をおすすめしたいです。
当たり前の人間感情なんですが、親が介護状態になると、今まで自分を育ててくれた恩や愛情から、「今度は自分が助けたい!」と介護を一身に背負ってしまう方が非常に多いです。でも、それは親にとってかえってマイナスになるリスクもあるんですね。
家族とはいえ介護のプロではないので、いわゆる素人が下手にかかわり続けると、ケガにつながったり、認知症の症状が進行してまったりするケースも多いのです。
――そうなんですか。認知症の症状が進行するとは驚きです。
斉藤
認知症の中核症状には「短期記憶の障害」というものがあります。5分前、10分前の記憶が抜け落ちてしまうので、お昼ごはんを食べたのに「ごはん、まだか!」と言ってしまうんですね。
でも、認知症に関する知識がないと、「さっき食べたでしょ!」「何言ってるの?」と、ついつい責めるような口調で返してしまう……。それが繰り返されると本人の中で混乱が生じて、症状がどんどん悪化してしまいます。
風邪をひいたら咳や頭痛がするように、認知症も短期記憶の障害をはじめとした様々な“症状”が出てくる。その特性を理解した上で、適切に対応することで進行を緩やかにすることができます。
もちろん家族でも認知症への理解を深めれば対応できるようになりますが、どうしても家族の場合、感情が先に立ってしまいますからね。プロに早い段階で入ってもらったほうが、親御さんにとってもプラスと言えます。
――在宅での介護ができなくなり、いよいよ老人ホームへの入居を検討することになった場合、どのように選んでいくといいでしょうか。
斉藤
老人ホームと言っても千差万別で、特別養護老人ホームから有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)など様々な種類があります。
さらに同じ種類の老人ホームでも、会社(法人)によって施設のつくりもサービスもまったく異なりますし、同じ会社でも、Aという施設、Bという施設でカラーがぜんぜん違います。
まずは老人ホームの「種類」→「会社」→「施設」という流れで見ていき、それぞれの特徴や良し悪しを調べながら絞っていくといいと思います。
一般的に、施設を選ぶ際は、「立地」「価格」「施設のハード環境」「職員の接遇」を見て決める方が多いのではないでしょうか。
でも、長年介護事業に携わっている僕からすると、その視点だけでは残念ながら不十分です。あくまで感覚値ですが、それらは判断材料として「30%」ぐらいの重要度です。
――たったの3割ですか。むしろ、その4つのポイントだけで十分見極められると思っていました。では、残りの7割の重視すべきポイントとはいったい何でしょうか。
斉藤
「介護サービスの中身」です。
例えば、職員の介護のスキルが高いかどうか? 利用者一人ひとりに寄り添ったケアプランの作成や実際のケアができているかどうか? などです。
実際、利用者や家族への愛想はいいけれど、スキル不足の職員が多い施設も少なくないのです。
腕のいい寿司職人さんが、えてして頑固で愛想が良くない人が多いように、スキルが高くて優秀な職員さんもきびきびしていたり、対応がそっけなかったりしますからね。応対が元気で明るいとか、好感を持てるからと言って、必ずしもいい施設だと断言できません。
――目に見える部分だけで判断しないほうがいいということですね。
斉藤
そうなんです。これは金額面でも同様に言えることなのですが……。老人ホームに入るためには、入居金や月々の居住費・食費など「入居にかかる費用」のほかに、「介護サービス費」というものもかかってきます。
ところが、「介護サービス費」は自己負担額が1割程度(介護保険を利用した場合)と、「入居にかかる費用」に比べて低いことから、重視する度合いも下がってしまいがちです。
でも、本来重視すべきなのは、施設が国から9割の報酬を受けている「介護サービス費」の部分。ぜひそこにも目を向けて、その施設がどのぐらい介護サービスに力を入れているのかを見極めていただきたいです。
――なるほど。とはいえ、その施設がどのぐらい介護サービスに力を入れているのか、判断するのは至難の業だなと……。見極めるためのヒントはありますか。
斉藤
おっしゃる通り、ご家族だけで判断するのはなかなか難しいかもしれません。
まず前提として、ケアマネジャーさんや老人ホームの紹介センターなど、施設に詳しいプロや専門家に相談しながら、総合的に判断をしていくことをおすすめしたいです。
ただ、ある程度、その施設の介護サービスの良し悪しを見極めることはできますので、その方法をお伝えしますと……。
例えば、ヒントになるのが、その施設の「離職率」です。いい職員が集まり、いい職場環境が整っている施設は、「辞めにくい」というのが事実としてあります。
一方で次から次へと退職者が出ている施設は、まずいい人材が流出している恐れがありますし、スタッフもなかなか育ちません。職場環境や人間関係が良くないことも考えられ、それが利用者へのサービス低下につながりかねないと言えます。
ですので、施設見学の際などにその施設の「離職率」について聞いてみるといいでしょう。もしかすると、はっきり答えてくれない可能性もありますが、大事なポイントですので、遠慮なく投げかけていただきたいです。
――なかなか聞きづらい面もありますが、後悔しないためにはグッと踏み込んだほうが良いのでしょうね。ほかにも見極めるためのヒントはありますか。
斉藤
職員のシフトを確認するのも一つの方法です。
施設のフロアに「シフト表」を貼り出しているケースもありますが、もし貼っていない場合は、「職員さんの勤務体制はどうなっていますか? できればシフト表を見せてほしいです」と伝えてみるといいかもしれません。
専従の職員が交代で勤務しているなら良いのですが、シフトに入っている人がバラバラで、1週間に1回しか来ないようなパートさんや派遣職員で構成されている場合、一人ひとりの利用者さんへのケアが行き届いていない可能性が高いです。
また、夜勤専門の職員を置いている施設も多いのですが、それもあまり好ましいとは言えません。というのも、夜間の時間帯と言えども、日中の利用者さんの状態をしっかりと把握した上でケアする必要があるからです。
もちろん夜勤専門の職員を置いているからといって、ケアが行き届いていないとは言えないのですが、施設見学の際に「夜勤専門の職員は置いているのか? その場合、利用者さんの日中の状態はどうやって把握しているのか?」についても確認してみるといいでしょう。
これは難易度が高いのですが、利用者さんの「ケアプラン(介護サービス計画書)」を見せてもらうという方法もあります。
――ケアプランですか。それはどういったものでしょうか。
斉藤
ケアプランとは、利用者さんに対してどのような介護サービスを行うのか、介護に関する具体的な内容をまとめたものです。
ケアプランは、国への介護報酬請求のために必要な書類でもあるため、施設によっては、報告のためだけに形式的に作成している場合もあるんですね。
本来は、利用者さん一人ひとり異なるケアプランでなくてはならないのに、全員ほぼ同じ内容だったり、内容が乏しかったりするケースも少なくありません。
これは守秘義務の問題もあるので難しいかもしれませんが、例えば利用者さんの名前を伏せてもらった上で、「ケアプランをいくつか見せてほしい」という依頼するのも手です。
1人分だけだと比較ができないので、10人分見せてもらえば、その施設の介護サービスの実態は把握できるでしょう。
ただ、こういった込み入ったことを施設に聞くのは気が引ける部分もあると思いますので、可能であればケアマネさんに同行してもらうといいかもしれません。
――施設見学の際に、利用者さんが日中どのように過ごしているのか、レクリエーションの充実度などを見ていくのはいかがでしょうか。
斉藤
いいと思います。ただ、レクリエーションに関して言えば、画一的なプログラムになっていないかを見ていく必要があります。
全員でボール遊びをしたり、塗り絵や折り紙をしたりする施設も多いですが、本当に利用者さんが望んでやっているのかなと疑問に思うことが多々あるからです。
「機能訓練や認知症予防のため」など目的が明確ならいいのですが、特に目的もなく行われている場合、利用者さんもやらされ感になってしまってつらいのではと思います。
本来、老人ホームは居住空間ですから、日中はそれぞれ自分の好きなことをするなど、思い思いに過ごせることが第一です。
究極を言いますと、よい施設は、一人ひとりの生活スタイルを尊重して必要な介護サービスを提供しますが、ダメな施設は効率化を重視して、全員に同じサービスを提供しています。
老人ホームは親が人生最後の時間を過ごすかもしれない大切な場所になりますので、あわてて決めずにじっくりと比較検討していくといいでしょう。
よい老人ホームを見極めるためのヒント |
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日経ホーム出版社(現・日経BP社)にて編集記者を経験した後、2001年に独立。企業のトップから学者、職人、芸能人まで1500人以上に人生ストーリーをインタビュー。働く人の悩みに寄り添いたいと産業カウンセラーやコーチングの資格も取得。12年に渡る、両親の遠距離介護・看取りの経験もある。介護を終え、夫とふたりで、東京・熱海の2拠点ライフを実践中。自分らしい【生き方】と【死に方】を探求して発信。
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