全国で介護サービス事業を展開するSOMPOケアでは、2022年より介護付き有料老人ホームをはじめとする居住系事業所において、『SOMPO流 子ども食堂』の運営を開始しました。
そのプロジェクトは現在、全国436施設にまで広がり(2023年6月末時点)、累計で約7,800食を提供してきました。最終的に約480カ所ある全事業所での運営を目指していると言います。
同社はなぜ子ども食堂の運営に力を入れているのか? このプロジェクトを始めたきっかけや推進の道のりについて、プロジェクトリーダーを務める地域包括ケア推進部・シニアリーダーの櫻井絵巨さんにお話を伺いました。
――御社が子ども食堂の運営を始めたきっかけについてお聞かせください。
昨年4月に弊社の鷲見隆充が新社長に就任しまして、その100日目にあたる7月に、全社一丸となって取り組む新施策『SOMPOケア 未来へのチャレンジ』を発表しました。
その際に掲げられたのが、「供給力向上と需要の抑制への挑戦」「もっと“働きがいを感じる会社”へ」「SOMPO流の介護を創る」の3つの成し遂げたい目標です。
『SOMPO流 子ども食堂』は、2つ目の目標である「もっと“働きがいを感じる会社”へ」を実現するための施策の一つとして、発案されました。
職員にとって働きがいの源泉とは、まず大切なご入居者さまが笑顔になって、心身ともに元気になっていくこと。そして自分たちの仕事が、地域にとって、なくてはならない“価値ある存在”として認識して頂く(求められるようになる)ことです。
子どもたちとの交流を通じて、ご入居者さまにさらなる楽しみや生きがいを感じられる豊かな日々をお届けするとともに、各事業所(ホーム)を地域住民の方々を含めた「多世代交流拠点」にしていきたい。そう考え、子ども食堂の運営をスタートさせました。
多世代交流を通じてご利用者さまの活力向上とお子さんの健やかな成長を応援したい。地域の交流の場を提供する事で地域を元気づけたい。介護のお仕事体験を通じて介護職を身近に感じてもらい、憧れの職業にしてもらいたい。そして職員がもっと働きがいを感じる会社にしたい。
これらによって、結果的に子どもたちの孤食や貧困問題の解消など、複合的な社会課題の解決につなげられたらと考えています。
――最初はどのような形でスタートしたのでしょうか。
昨年5月に社長直轄で、先進的な取り組みや共通の課題を解決するためのプロジェクトである、WCA(Washimi Challenge Academy)が発足しました。同年9月から全国から選抜された22人のホーム長(一期生)とともに、SOMPO流子ども食堂にチャレンジを始めました。
最初は、練習の意味合いもあって、職員の子どもたちに参加してもらうことに。「職場で働く親の姿を見てもらう」という意味も込めて、スモールスタートしました。
事務局としても現場に足を運び、メニュー表やランチョンマットなど開催に必要なツールの作成や、施設の献立を作るSOMPOケアフーズ社との協議等を繰り返しながら伴走しました。WCA一期生のホーム長達は、試行錯誤しながらも0の状態から本当に素晴らしいそれぞれの子ども食堂を作り上げていってくれました。
――子ども食堂では主にどんなメニューを提供していますか。
ご入居者さまとお子さんたちは、感染状況やオペレーション上可能な場合、一緒に食事をとれるよう同じ献立を提供しています。
スタート時は、事務局や現場と、日頃お食事を提供しているSOMPOケアフーズ社との思いの調整がなかなか難しく、ご入居者さま向けの通常メニューをお出ししていました。
すると、現場の皆さんから「もっと子どもが食べやすいメニューにしたほうがいい」との要望が挙がったため、メニューに関するアンケートを実施することにしました。メニューの候補にそれぞれ「×」「△」「〇」「◎」で回答してもらい、人気の高い「◎」と「〇」のメニューだけを子ども食堂で出すことにしました。
平成生まれのお子さんにはお寿司や唐揚げ、ハンバーグが好評でしたが、やっぱり一番人気はカレーです。鷲見社長がお気に入りのカレー屋さんの味を再現するべく、SOMPOケアフーズ社と相談しながら、子ども向けの辛くないレシピに改良を重ね、ようやく子どもたちに喜んでもらえるSOMPOのカレーが出来上がりました。
特にカレーは、ご入居者さまも好きな方が多くて、いつもよりたくさん食べてくださいます。
――現場で試行錯誤しながら、どんどんブラッシュアップされていったんですね。
そうですね。食事を担当するフーズ社のメンバーも、自分たちが開発したメニューをお子さんが召し上がる様子を現場に行って実際に見てくれ、ご入居者さまとお子さんが両方美味しく召し上がってもらえるように改良を試みたりしてくれました。
現場の厨房スタッフさんも、子どもたちが楽しく食べられるように、食器を工夫したりお皿に旗をつけたり、かわいいランチョンマットを並べたり。どうしたら子どもたちにも喜んでもらえるのか、チームであれこれ考えながら様々な工夫を重ねてくれました。
7月のSOMPOケア5周年にあわせ、SOMPO流子ども食堂カレーも出来上がりました。ご入居者さまにとってもお子さんにとっても思い出に残るカレーになれば嬉しいです。
――最初は職員のお子さんたちが中心だったとのことですが、いつ頃から地域の子どもたちも参加するようになりましたか。
早いところですと、トライアル1カ月後ぐらいから、地域の子どもたちを積極的に集めていたホームもありました。そこではホーム長自らチラシを持って、地域の学校や社会福祉業議会、他の子ども食堂や地域包括支援センターに足を運び、時には近くの公園や通りを通行される方に直接「子ども食堂をやっているのでぜひいらしてください!」と集客に励んでくれました。
施設の前にお散歩できるような小道や公園がある場合は、その付近に看板やのぼりを立てることで目に留めてもらいやすくなります。「看板のチラシを見てきました!」という参加者の方も結構増えており嬉しく思っています。
一度、参加してくださると、「すごくいい取り組みですね」と賛同して頂き、ご飯も美味しくて楽しかった!と口コミで広がるケースが多いです。
原則、子ども食堂の開催日は、「第2・第4土曜日」で設定しています。先着10食までご用意していて、お子さんは無料、付き添いの保護者は300円(税込)の実費をいただいています。
今では、キャンセル待ちが出るほど参加申込が増えている大人気の施設もありますね。
――それはすごいですね。子ども食堂では食事をする以外にどんなプログラムがあるのでしょうか。
プログラムの内容は各施設にお任せしていますが、基本的には多世代交流を行うため、お食事後にレクリエーションの時間をとっているホームが多いです。開催時間は、全体でおよそ2時間~2時間半ですね。
レクリエーションでは、子どもたちも楽しめる魚釣りなどのゲームやボウリング大会などを行います。暖かい季節は、屋外で花壇の整理や芋ほりなど、季節ごとにいろいろと趣向を凝らして企画しています。
レクの時間の中で、入居者さまが子どもたちに折り紙を教えたり、逆に子どもたちが入居者さまに「こうやってやるんだよ」とゲームのやり方を教えたりと、会話も弾んでいます。
また、介護のお仕事体験として車いすを押してお部屋までご入居者さまをお送りしたり、食事の配膳や下膳をお手伝いしてもらったり、特殊入浴などの設備をご案内したりもしています。
子どもって、とても素直なので、初対面のおじいちゃんおばあちゃんにも「見てみて! これできたよ!」などと話しかけてくれ、すぐに打ち解けてくれますよね。
――それは入居者の方々もうれしいでしょうね。
そうだと思います。例えば、日頃口数の多くないご入居者さまがお子さんと熱心に将棋を打ち、対話を楽しんでいらっしゃったり、普段は表情を変えない方が笑顔になってお子さんに話しかけていたりと、次回を大変楽しみにしていらっしゃるエピソードもありました。その姿を見た職員たちが、「〇〇さんて、本当はお話が好きな方だったんだ!」と、驚いたそうです。
ほかにも、こんな出来事がありました。いつもは車椅子で移動されている方が、子どもがボウリングしている姿を見て、「自分もやってみたい!」と、車椅子からスクっと立ち上がったんです。
そして、2、3歩歩いて、ボールをコロコロと両手で転がした時には、ホーム長もナースも「えーっ!?」とびっくりして。私もその場に居合わせていたんですが、思わず皆で涙が出るほど感動しましたね。
その方は、施設に往診に来ているドクターのお母さまだったのですが、ホーム長がお母さまのご様子をお伝えしたところ、ドクターが「子どもの力は本当にすごい。これが医者にできないことなんだよな」と、感慨深げにお話しされていたそうです。
――子どもたちとの触れ合いが、そんな奇跡を起こしてくれるとは驚きです。
本当にそうですよね。そうした奇跡の場面が全国の施設で起きているのは私たちが目指すご入居者さまの生活の質の向上にも通じ、喜ばしいことです。
例えば、いつもベッドに寝て部屋にこもりきりだった方が、子ども食堂が始まってから起き上がれるようになって、何日も前からプレゼントを準備して心待ちにされているとか。
ある方は、趣味のカメラを持参して参加してくださり、撮影した写真をすぐに現像して、子どもたちにプレゼントしてくれるなど皆さん、それぞれ来てくれた子どもたちを喜ばせたいと、昔の趣味や特技を思い出しながら準備をしてくださいます。
ご家族からも、「母のあんなに嬉しそうな笑顔を久々に見ることができました」といったお声を沢山いただくようになりましたし、職員もその方の意外な一面を知る機会にもなっています。
――きっと子どもたちとの交流が〝生きがい〟をもたらしてくれるんでしょうね。参加する子どもたちは、どのぐらいの年齢層が多いですか。
子ども食堂では、18歳未満(高校生まで)とさせていただいていますが、小学校の低学年~中学年のお子さんが最も多いです。中には、1歳未満の乳幼児のお子さんを連れてきてくれることもありますね。
一緒に参加する保護者の方も、祖父母世代の入居者の方々に優しい言葉をかけてもらって、ホッとした表情を浮かべている場面もよく見かけます。
時には子育ての悩みを施設のベテラン職員に聴いてもらって、スッキリしたご様子で帰られることもあります。子どもたちだけでなく、保護者の方たちにとっても、憩いの場になっているかもしれません。
――子ども食堂の活動は、職員の方々のやりがいにもつながっているのではないでしょうか。
それは大きいと思います。入居者さまの中には、職員に対してなかなか心を開いてくれなかったり、お身体の状態が目に見える形で改善されなかったりすることもあります。
そうした方々が、子どもたちとの触れ合いによって、どんどん明るく元気になっていく。それが職員にとって大変嬉しいことですし、大きなやりがいになります。
また、子ども食堂の集客やプログラムの内容などは、各地区の本部ごとの子ども食堂推進担当者にフォローをして頂きながら、基本的には各ホームの運営に任せています。
ホーム長をはじめ、介護職員やナース、事務職員、食事を担当するフーズ社のスタッフ、お掃除のパートスタッフまで、チーム全体で力を合わせて子ども食堂を運営していると聞きます。
限られた時間と人員で通常業務がある中で開催当日まで皆で準備をして、入居者さまと一緒に子どもたちをドキドキしながら迎える。無事に大成功した時には、やり切ったという達成感が得られます。現場からは、「今までにないチームの一体感を味わうことができた」という声をよく耳にします。
――職員の皆さんのやりがいにつながったことで、「離職率の低下」にも影響を及ぼしていますか。
昨年スタートしたばかりですので、数字で変化の指標を表すのは難しいのですが、あるホームからは、「『辞めたい』と言っていた職員がもう少し頑張ってみたいと踏みとどまってくれた」という報告や他の介護事業者にお勤めの保護者の方が介護の仕事を辞めようと思っていたが子ども食堂に参加してもやる気を取り戻し、当社に就職したいと仰って頂き採用に至ったとの報告事例や、子ども食堂が始まってから離職者が出ていないというホームもあり、一定の良い影響があるのではないかと考えています。
プロジェクトを運営していく中で、自然と職員同士の絆も深まりますので、それが働きやすさや居心地の良さにもつながっているのではと思います。
また、参加してくれた子どもたちに、食事の配膳の手伝いをしてもらったり、入居者さまの車椅子を引いてお部屋に連れて行ってもらったりなど、職業体験の機会も設けています。
それは、子どもたちに介護職という仕事をもっと身近に感じてもらい、「介護職を憧れの職業にしてほしい」という思いがあるからです。
実際、職員は介護の仕事やケアの仕方について子どもたちに説明していく中で、改めて「人の命を預かる尊い仕事だ」ということを実感するのではないでしょうか。この仕事への誇りを持つ、弊社では「介護プライド」と呼んでいますが、そうした素晴らしい心の態度を持つ職員が多い事が当社の誇りでもあります。
――子ども食堂を通じて、地域との連携が強くなったなどの事例はありますか。
これまで地域連携があまりできていなかったのが、子ども食堂をきっかけに地域の方々と仲良くなって、お互いの会合に参加し合うようになったという実例もありますね。
ほかにも地域のボランティア団体の方々が太鼓の演奏に来てくれたり、「子ども食堂でぜひ使ってほしい」と手作りの竹とんぼや野菜などを寄付してくださったり……。地域の皆さんからの支えは、ホーム長や現場の職員にとってもモチベーションにもつながっていると思います。
――子ども食堂を運営していく上で課題や難しさはありますか。
課題は集客とオペレーションの面でしょうか。日常業務がある中で行いますので、開催にあたって集客を行う、さらに当日運営に係るスタッフが必要となります。
事業所によっては開催に向けて職員のシフトを工夫したり、ご入居者さまの入浴時間を調整したり、本部の子ども食堂担当者が現場にお手伝いに行ったりして、対応しています。
社長自身も、「レクは毎月開催しなくても良い。食事を一緒に食べて交流するだけでもいい」と伝えてくれていますが、現場の皆さんはご入居者さまと来てくれたお子さんを楽しませようと毎月多世代交流のレクリエーションを行うよう工夫してくれています。
大事なのは、ご入居者様の笑顔ため、お子さんの健やかな成長のためにまずはやってみる、チャレンジすること。可能であればご入居者さまにも運営側の役割を担って頂く、そして自分達が楽しんでやること。それが社長の考えの根底にあります。
実際、運営が上手くいっている施設は、ホーム長や職員が「次はこれをやってみよう!」と、地域や職員を巻き込みながら色々なアイディアを出し合って楽しみながら取り組んでいます。
中にはお子さんが苦手な職員もいるため、関わり方は各ホームで工夫してくれています。
これから、運営が上手くいっているホームの取り組み姿勢やノウハウを全国の施設に横展開したいなと思っています。
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
まずはSOMPO流子ども食堂を10年、20年と続けて行くための仕組み作りをしたい。
子ども食堂を支えてくれる〝仲間〟も増やしていきたいです。
最近は全国の子ども食堂を支援している、「NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ」さんと協働ができないか対話を始めました。
お互いのリソースやノウハウを活かし合いながら、よりよい子ども食堂の形を築いていけたらと考えています。
また、子ども食堂に来てくれた子どもたちに贈るお土産についても、介護用品の通販サービス「スマート介護」を手がけるプラス社などに協賛いただいています。お土産品をはじめ、レクリエーションのコンテンツについても、他社さまから協賛いただくなどして、より充実させていきたいと思っています。
そしてSOMPOグループでは、ホールディングス全体でSOMPO流子ども食堂を全面的に支援してくれています。
現在、SOMPOグループの職員にボランティアとして参加してもらうトライアルが始まりますし、お子さん連れで親子参加してもらうことも。また「シニア人材」の皆さまに活躍して頂けないか、等の検討をしております。この形がうまく展開できれば集客や人員不足の課題もカバーできるかもしれません。
子ども食堂という一つのプロジェクトをきっかけに、グループ会社をはじめ、地域社会など、助け合いの良い循環が生まれてきています。この良い循環をどんどん広げていき、将来的には他の介護事業者にも子ども食堂を実施してもらい、高齢者と子ども達、職員、未来社会にとって良い取組を続け、日本の介護を変え、日本の素晴らしい未来の実現にも貢献できたらと考えています。
地域の子どもたちと入居者が触れ合う「SOMPO流 子ども食堂」、 笑顔の一日をリポート
日経ホーム出版社(現・日経BP社)にて編集記者を経験した後、2001年に独立。企業のトップから学者、職人、芸能人まで1500人以上に人生ストーリーをインタビュー。働く人の悩みに寄り添いたいと産業カウンセラーやコーチングの資格も取得。12年に渡る、両親の遠距離介護・看取りの経験もある。介護を終え、夫とふたりで、東京・熱海の2拠点ライフを実践中。自分らしい【生き方】と【死に方】を探求して発信。
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