「ヒプマイ」のラップは後輩にも教わる。キャリア40年以上の声優・速水奨さんが若手をリスペクトする理由

速水奨 朗読会 The Reading Show Act.10(2020年7月)

2019年にデビュー40周年を迎えた声優の速水奨さん。還暦を過ぎ、同世代の中には仕事のペースを落とす方々も少なくない中で、速水さんは「若い頃よりもいまの方が忙しい」と語ります。

2017年からは『ヒプノシスマイク』に神宮寺寂雷役で出演し、ラップに初挑戦。さらに2013年からは自身が代表を務める事務所を立ち上げ、若手声優の育成にも尽力されてきました。

そうして活躍の場が広がった背景には、若い世代との関わりが生きているそう。演じる以外に「教える」立場になったことで自分自身のキャパシティが広がり、さらに声優に求められる仕事の幅が大きく変化する現在、後輩とも積極的に関わり、学ぶようにしているといいます。

そんな速水さんに今回、年齢を重ねることも楽しみながら受け入れる姿勢や、若い世代と関係性を築き、バトンをつないでいく上で大切にしていることについて、お話を伺いました。

(取材はリモートで実施しました)

今回のtayoriniなる人
速水奨
速水奨 劇団青年座養成所、劇団四季を経て、1980年にニッポン放送主催「アマチュア声優コンテスト」でグランプリを受賞し、声優デビュー。アニメーション、洋画、CM、企業ナレーションなど数多くの作品に出演。
病院を舞台としたSFコメディ作品「S.S.D.S(スーパー・スタイリッシュ・ドクターズストーリー)」では、自らが原作・脚本を手がける、朗読のライブやディナーショーなど、アーティストとしても幅広い表現で活動している。

新しいジャンルは自分から味見して、「おいしかったよ」と若手に伝えたい

──速水さんは声優になる以前、劇団四季で俳優をされていて、たまたま知った声優コンテストになにげなく応募し、グランプリを獲得されたことが声優デビューのきっかけだったそうですね。もともと声優になりたかったわけでも、アニメが好きだったわけでもなかったそうですが、そんな声優のお仕事を40年も続けてこられた理由は何でしょうか?

速水
声優ってひとつの役を演じ続けていても、演じるうちにドラマはもちろん、周囲との関係性も変わっていきますから、定型というのがまるでない仕事なんですよ。だから飽きる暇がないというか、慣れる暇がない。

なので初めの10年くらいは、与えられた役をただ必死に演じているうちに過ぎていた、という感覚です。でも30歳を過ぎたあたりから、演じる楽しさにあらためて気付いたり、自分の演じるものを楽しんでくださる方がいるということが実感として分かってきたんです。

──それは、具体的なお仕事がきっかけになったんでしょうか。

速水
1990年から放送がスタートした『勇者エクスカイザー』という、「勇者シリーズ」第1作目のロボットアニメがありまして、その主人公、エクスカイザーを演じたことが大きな転機でした。たくさんのお子さんから声優・速水奨にではなく、エクスカイザー宛てのお手紙をいただいて。ああ、自分はいい仕事をしてるんだな、とその時強く思いましたね。

それからもっと表現の幅を広げたい、肉体を超えるような表現をしたいと感じるようになり、試行錯誤を繰り返していたら、気が付くと今日まで続いていた……というのが正直なところです。


──速水さんは、近年では『ヒプノシスマイク』でラップをされたり、同作でも共演している事務所の後輩・野津山幸宏さんと漫才コンビを結成してM-1グランプリに参加されたりと、一段と活躍の場を広げられていますよね。そういったさまざまなチャレンジができる理由はどこにあるのでしょう?

速水
やっぱり大きいのは、声優という仕事の質が10年くらい前とは大きく変わり、あらゆるジャンルのエンターテインメントとコラボレートする時代になってきたということでしょうか。昔であれば想像もつかなかったようなジャンルのオファーが、声優にくるんですよ。

僕はいま自分の事務所で新人の育成もしているんですが、いろんなジャンルにチャレンジできる可能性がある中で、やっぱり自分が率先して新しいことをやるべきだ、と思うんですよね。

例えば『ヒプノシスマイク』に関しても、「ラップなんかできないよ、いままでやってきてないんだから」と断ることもできるかもしれないけれど、僕が受けることで、後に続く人たちも僕の背中を見てくれるわけじゃないですか。新しいジャンルの仕事を前にしたらやはり自分がちゃんと味見をしてみて、「おいしかったよ」というのを伝えた上で、次の人たちにバトンタッチするべきだと思っているんです。

……さすがにラップに関しては、「できないよ!」「いやできます!」という応酬がプロデューサーとの間で何度か発生しましたけども(笑)。レコーディングはまだしも、まさかライブで歌うことになるなんて思ってもみなかったですよ。

Rakuten TV 速水奨&野津山幸宏の『今日、何読む?』撮影風景


──確かに、ライブは予想外ですよね……! これまで触れてこなかったジャンルに新しくチャレンジする上で、怖さや不安は感じませんでしたか?

速水
ないですかねえ……。僕はこの仕事にもちろんプライドは持っていますが、どこか虚業だと思っているような節もある、というか。「声優です」と言った時点で、自分自身に声優という呪いをかけているというか、「いい声でいいせりふを言わなければならない」と自分自身を縛っているような気がするんですよ。

その呪縛を解いてしまうことは簡単だけれども、あえてそのまま縛り続けていることをずっと楽しんでいるような気がしていて。だから正直、失うものもそんなにないし、怖さもあまりないんです。
 

──それって、40年以上のキャリアを重ねてきた方がなかなか思えることではないように感じます。

速水
でもね、声優ってやっぱり特殊な職業なんですよ。僕自身の名前がどうというより、常に先に立つのはキャラクターの魅力なわけです。そのキャラクターの魅力に声の魅力が加わり、人々の記憶に鮮明に残るような仕事ができればそれがベスト。それ以上でもそれ以下でもないので、速水奨の名前がどうというのはあまりないですね。

特にこの10年くらいは本当に、オファーされる役どころも多種多様で……。あまり知られてないと思うんですけども、あるゲームアプリで演じた「魚型のしょうゆ差し」の役とか、けっこう気に入っているんですよ。僕がこれまで演じてきたキャラクターにまつわるちょっとしたデータやイメージのようなものが皆さんの中にあるとして、その上にちょっと面白みをプラスする、みたいなことを楽しまれる制作の方が多くなってきた気はしますよね。
 

──役どころの幅がそこまで広がってきたのは、ご自身ではなぜだと思われますか?

速水
やっぱり、若い人たちに演技を教える立場になった、ということが大きいと思います。「現役の声優である自分が人に何かを教えるなんておこがましい」とずっと思っていたんですが、知人に声をかけてもらったのがきっかけで、12年ほど前から若手の方に教えるということを始めまして。

人に教えるためには自分の思考やテクニックを明文化する必要がありますから、それをするようになったことで僕の考えていることが周囲に伝わりやすくなって、自分自身のキャパシティも少し広がったのではないかなと。若い人たちと接するには、自分の心が開いていないといけませんから。その結果、周囲の方々も僕にいろんな役をオファーしやすくなったのかもしれないですね。

たかだか30年。「先輩だから」とふんぞり返っていたら、誰も寄ってこない

──若手の声優の方々と接する上で、意識していらっしゃることはありますか。

速水
僕はよく人と人との関係は常に50:50だと言うんですが、教える立場・教えられる立場の違いはあれど、相手には常にリスペクトを持って接したいと思っています。例えば若手に演技を教える上で声を荒らげるようなことはしません。一人ひとりにフィットする言葉というのは異なると思うので、ダメ出しをするときにも、ちゃんとその相手に届くような言葉を選ぶ、ということはずっと心がけてきましたね。いまの時代、いろいろな人たちが多様な価値観を持っているのは当然ですから。

けれど、ひとつの作品を複数の人たちが演じるにあたっては、いい作品にしていこうという連帯感はやっぱり強く持っていたい。でも、たかだか僕が20年や30年先輩なくらいで偉そうにふんぞり返っていたら、誰も寄ってこないと思うんです。

──「たかだか30年」、速水さんだからこそ言える言葉だと感じます。新人育成もするようになり若手の方と接する機会が増えたことで、速水さんの中で変化したことはありますか?

速水
以前は「若い人たち」とひとくくりに見ている時期もあったんですが、最近は一人ひとり考え方もスキルも違う個人だ、というふうに思うようになってきましたね。刺激を受けることも当然多いですが、密かに「でもここはまだ僕が勝ってるぞ!」と思うこともある。日々その繰り返しです。

逆に言うと、自分より先輩の方と仕事をすることもたまにあるんですけれども、先輩方にもあまりかしこまらず接することができるようになったかもしれないですね。最近は先輩のかわいいところを見つけて自分から話しかけたりもできるようになったんですが、昔は無理でした。僕はたぶん、若い頃よりもいまの方が人が好きです。

イベント会場にて(2021年2月)

──若い頃は、あまり人とコミュニケーションを取るのが好きではなかったんですか?
 

速水
まったく好きじゃなかったですよ。常に斜めから人を見てましたから。けれどここまで年齢を重ねてくると、自分に足りないものってもう、嫌と言うほど分かるんです。だから人に対しても、「こういう性格はうらましいなあ」とか、「なるほど、最初からこういうふうにしゃべればよかったのか」とか、素直にいいところが見えてくるようになりましたね。それに、かわいい大人になろうと思うようになってきたのも、歳を重ねてからだと思います。
 

──「かわいい大人になろう」というと?

速水
僕はいま「ごめん、これお願い!」って人に頼ったり甘えたりを普通にできるんですが、それも多分、歳を重ねていくうちに身に付けたことだと思うんですね。
仕事が楽しくなり、求められる役や演技の幅が広がってくると、その分これは難しいぞと思う仕事もどんどん増えてくる。肉体的・精神的な衰えも見えてくる中、やっぱりそれに向き合い続けるのは大変です。だから常に小さな悲鳴を上げて周りに頼りつつやっていくわけですが、頼るためにはかわいい大人でいた方がいいのかな、と。防衛本能ですよね、一種の。
 

──その「小さな悲鳴」というのは例えば、ラップにチャレンジされる際などに上げられるんでしょうか……?
速水
うん、ヒプマイの新曲を最初に聞くときは「誰が歌うんだよこんなの!」ってだいたい言ってますね(笑)。こればっかりは門外漢ですから、ラップが得意な事務所の後輩の野津山くんから教わることもあります。そういうふうに周りに頼ったり甘えたりしつつ、完全に白旗を上げるのはこの仕事を辞めるときでいいかなと思ってるんです。

肉体が老いても、「できなくなっていく自分」を楽しみたい

──いま「この仕事を辞めるとき」という言葉もありましたが、速水さんの年齢では、周囲の方々は徐々に仕事のペースを緩め始めるタイミングなのでは、と思います。その中で、速水さんがペースを落とさずにお仕事を続けられている理由をお聞きしたいです。
速水
年齢で言うと60を過ぎていますから、確かに同級生たちはみんなリタイアしたり、週に数日だけ働くという形にシフトしている人は多いです。でもありがたいことに僕は、若い頃よりいまの方が忙しくて……。「疲れたよ」とは思いつつ、忙しいこと、求めていただけることを楽しんでいるんですよね。

あとはやっぱり、最初にお話しした「背中を見せたい」という気持ちはありますね。これはうちの若手やスタッフ、業界の人たちにもそうですし、応援してくださるファンの方に対してもです。痩せ我慢してるわけではなく、「あの人があんなに楽しそうにしてるなら、自分ももうちょっとがんばってみようか」と思っていただけるようなひとつの材料に僕がなれればいいのかな、と。

──なるほど。業界の若手の方に背中を見せる、というお話でいうと、いま声優さんはこれまで以上にさまざまなスキルが求められるようになってきていて、きっと大変ですよね。
速水
『鬼滅の刃』の爆発的なヒット以来、声優がテレビに出ない日がないくらいですよね。でも、例えば(同作のキャストである)花江夏樹くんもドラマに出たり、下野紘くんもよくバラエティー番組に出たりしていますけど、無理して出ているような印象はまったく受けない。

彼らはもともと面白い人間ですし、単にそういうスキルや素質があって、オファーをいただけるから出演しているんですよね。ときどき、近年は声優がテレビによく出ていることに対して「どうかと思う」とおっしゃる方の意見も目にしたりしますが、僕らはあくまで楽しんでくださる方のために出るわけですし、それが難行苦行ではなく、楽しいから出ているだけなんです。

さまざまなジャンルの場に声優が呼ばれる機会が増え、要求されることも増えている。だからといってそれに応えられる人ばかりではありませんから、適材適所で、できる人、楽しめる人がやればいいと思っています。

撮影の合間に(2021年3月)

──速水さんご自身は、バラエティー番組への出演はいかがですか?
速水
僕は、本当は声優運動会だって出たいですよ! オファーがないだけで(笑)。パン食い競走とかけっこう得意なんじゃないかな。

……でも、これから自分が現役でどのくらい先まで突っ走れるかと考えていくと、やっぱり少しは見えてきますよね、ゴールラインのようなものが。キートン山田さんが『ちびまる子ちゃん』のナレーションをつい最近卒業されましたが、先輩たちのそういうゴールの仕方を見ていると、さすがに「あと30年現役で頑張るぞ」みたいなことはなかなか言えない。けれど、多少は老いに抗いたい気持ちもありますし、できなくなっていく自分を楽しみたいな、とも思いますね。

──できなくなっていく自分、というのは?
速水
例えば肺活量がそのひとつでしょうね。僕、2020年の夏ごろに、ちょっと衰えてきてるなと思ったんですよ。そこから筋トレを始めまして、なんか結果的に健康度が上がっちゃって。10年前より体も楽になって、もうちょっといけるなと、いまは思ってます。

……まあでも、人生の折返し地点は間違いなく過ぎているわけです。今後自分が老いていくとして、できればあまり人に迷惑をかけないで生きたいなとは思いつつも、人に助けてもらえるような自分でいたい、とも思っています。

自分の肉体が衰えていったら、どこかの地点で絶対に人の助けは必要になるわけですから。そうなっても笑顔で自分らしく振る舞えたらというのはいちばんの願いですね。肉体は衰えたとしても精神がみずみずしさを保っていれば、例えば将来介護してくださる方にも「ありがとう」ってきちんと伝えられると思いますし。


──いま、速水さんはご夫婦で会社を経営していらっしゃいますよね。老後の人生設計について、お二人でお話しされることはありますか?
速水
会社人としては、自分たちの事務所がこの先何十年と続いていく目鼻がつかないと、僕らはまだ引退できないね、とは話しています。夫婦としては望むことってそんなに多くなくて、年老いても毎日笑い合っていることができればそれでいいのかな、と思っていますね。あと、わが家では毎朝僕が朝食を作るんですが、料理のスキルをもっと上げたいなとか、いい食材を見つけたいなとか、そういうささやかな望みはありますね。

もう少し歳を重ねたらどちらかに介護が必要になることもあるかもしれないけれど、自分たちだけで抱え込まずに、あらゆる手段を使ってなるべく楽に生活していきたいね、という話はしています。自分たちの居住スペースはもう、車椅子になることも考えてバリアフリーにしていますよ。
 

──お話をお聞きしていると、速水さんは老いや衰えというものをあまりマイナスに捉えられていないのだろうな、と感じます。ご著書『速水奨 言葉に生きる、声に込める』(2019年刊行)の中では、「死」についてもあまりタブー視されていないということも書かれていましたね。
速水
そうですね。おそらくこれから僕がやらなきゃいけないことは、生きていくための知識と死んでいくための知識を、もっと得ていくことでしょうね。生きている間は貪欲にいろいろな知識や経験を蓄え、それを生かし続けたいですが、死にゆく人間がどうあるべきかということもこれから考えなきゃなと。

……僕、死への恐怖よりも「死んだらどうなるんだろう」っていう興味の方が強いかもしれないです。葬式はできれば素敵なホテルで、弔問のお客さまにシャンパンを振る舞いたいってよく言ってるんです。自分が生きていたことが皆さんの中で、ほんの少しでもいいから幸せな記憶であったらいいなと思うんですよね。
 

──とはいえまだまだ、いろいろなジャンルで速水さんのご活躍を見ていたいです……! 速水さんが今後、新しくチャレンジしていきたいことがもしあれば、最後に教えていただけますか。
速水
2020年のお正月、古今亭菊之丞師匠に指導をしていただいて落語を披露するという機会があったんですが、これがことのほか面白くて。今後も自分の中の趣味として続けていきたいな、と思っています。

声優落語天狗連祭り2020(2020年1月)

昔から口ばっかりで実現できていないんですが、本を読むことはずっと好きなので、小説はそろそろ書いてみたいです。あと、コロナの影響で最近はできなくなってしまったのですが、以前は小学校での朗読もよくしていたんですよ。朗読は自分のライフワークだと思っているので、今後もずっと続けていきたいですね。

取材・構成:生湯葉シホ
編集:はてな編集部
 

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