ブラッド・ピット―老後に効くハリウッドスターの名言(10)


 

誰だって歳をとる。もちろんハリウッドスターだって。
エンタメの最前線で、人はどう“老い”と向き合うのか?
スターの生き様を追って、そのヒントを見つけ出す。

「僕は目下、休暇中で、思い切り滅茶苦茶に野蛮になりたいんだ。
 トータル・イディオット(究極の白痴化)を志している。
 すべてのことに真剣にならず、バカな男として、バカに暮らす。
 そういうブランクが僕には絶対に必要なのだ」
  ――『ブラッド・ピット インタビュー』
  (キネマ旬報 1995年 6月上旬号より引用)

ハリウッド最高のハンサム野郎、ブラッド・ピット。
セクシー&ワイルドで突っ走ってきた男の、秘めたる苦悩の日々とは!?

世紀末のセックス・シンボルのおもひで

「映画の中身は知らないけれど、このシーンは知ってる」どの世代にも、そんなアイコンがあるものだ。

たとえば『ティファニーで朝食を』(1961年)を見ていなくても、オードリー・ヘップバーンのポスターを知っている人は多いだろうし、『ターミネーター2』(1991年)を見ていなくても、「親指を立てて溶鉱炉に沈んでいく」シーンを知っている人は多いだろう。

現在35歳の私にとって、その感覚をリアルタイムで体験したのがブラッド・ピットであり、『ファイト・クラブ』(1999年)だ。

『ファイト・クラブ』は、ブラピ演じる危険なカリスマ、タイラー・ダーテンがカルト組織“ファイト・クラブ”を立ち上げ、過激なテロへと突き進んでいくサイコサスペンスである。男社会の危険性、資本主義への批判、暴力、セックス……その難解かつ過激な内容に反して、今のアラサー/アラフォーの間での『ファイト・クラブ』の知名度はズバ抜けたものがある(まぁテレビ番組の『ガチンコ!』の影響もあるでしょうけど)。

それこそ本作を見ていなくても、上半身裸でタバコをくわえたブラピを覚えている人は多いだろう。

本作のブラピは悪役だが、その見事に割れた腹筋と圧倒的なハンサム力は観客の心を釘付けにした。日本でもブラピ人気は爆発し、某ジーンズのCMでは「ご~まるさん~エドウィ~ン」と高らかに歌い上げていた。

多くの男性がブラピを目指し、当時は思春期真っただ中だった私の周りにも、『ファイト・クラブ』のブラピを目指して筋トレに励む者は多かった。まさにカリスマ、世紀末のセックスシンボルである。あれから20年以上の時が流れたが、ブラピは今なおハリウッドの第一線で活躍中だ。今回はセクシー現人神が辿ったブレイクへの軌跡、その秘めた苦悩と葛藤の日々、そして現在に至るまでの経歴を総ざらいしつつ、理想の歳の取り方について考えていきたい。

【10代~20代】そこのけそこのけブラピが通る

ブラッド・ピット、1963年生まれの57歳。ブラピといえば、圧倒的なハンサム力(ぢから)である。彼の端正な顔立ちは、少年時代から既に完成されていた。周囲の人々は幼いブラピを見ては「古代ローマの彫像にそっくり」と評していたという(どんな子どもだ)

周りから彫像扱いされる少年はいつしか野心を抱く。己のハンサム力がどこまで通じるか見てみたい……若きブラピはそんな野心を抱き、大学を卒業直前に親に「建築の勉強をするから」と大ウソをついて中退、俳優の世界へ足を踏み入れる(後にちゃんと「嘘です。俳優目指してます」と謝っています)。

やがてストリップクラブの店員のバイトをしていると、速攻でストリッパーがブラピに惚れて、知り合いの芸能関係者を紹介してくれた。かくして業界に潜り込んだブラピは、1987年から脇役をこなしながらブレイクの時を待つ。『処刑教室-最終章-』(1989年)などのB級映画で主演を張りつつ、TVドラマでも活躍。ハンサム力も衰えることを知らず、1990年には共演したジュリエット・ルイスと交際を始める。

ジュリエットも相当な顔面力を持つ人物だが、そんな彼女から見てもブラピのハンサム力は突出していた。曰く「ブラッドは特別よ。彼の寝顔を見ていると、ギリシャの神さまじゃないかと思うことがあるわ」寝ているだけで神様扱いされる男であるから、セクシーな役を演じさせたら注目を集めるのは当然であった。

20代も後半に差しか変えると、ブラピのハンサム力は1つの頂点を迎えた。『テルマ&ルイーズ』(1991年)や『インタビュー・ウィズ・ヴァンバイア』(1994年)など、セクシーな役柄を演じて話題を集める。そして1995年にはアメリカの雑誌ピープルが選ぶ「最もセクシーな男」の1位をゲット。自他共に認める世界で最もセクシーな男になったのであった。

【30~40代】世界No,1のワイルド&セクシーな男へ

かくしてセクシー現人神の座についたブラピは、『レジェンド・オブ。フォール/果てしなき想い』(1994年)でゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネート。ただのハンサムではなく、役者としての評価も高めていく。この頃には来日も果たしており、ブイブイ言わせていたブラピはインタビューの場にもシャツのボタンをヘソまで開けて現れ(ボタンの意味があるのか?)、冒頭に引用したワイルドな発言を残した。ワイルドでセクシーな風貌通りの私生活を送っていたのだろう。

そんなノリに乗っているブラピは運命の1本に出会う。

サイコサスペンスの金字塔『セブン』(1995年)だ。七つの大罪に見立てた猟奇殺人が起きて、ブラピ扮する若き刑事が犯人を追いかけるが……『セブン』は徹底的して非情かつ陰鬱な作品だ。監督のデヴィッド・フィンチャー自身も本作について「やってきた観客たちはちょうど処刑のために集められた小羊のようなもの」と語っている。この意地悪にもほどがある映画は世界的に大ヒットし、サイコサスペンスの新たな基準になった。

さらに本作はブラピに素晴らしい出会いをもたらした。監督のフィンチャーはブラピと話が合ったのか、続けざまにブラピを主演に起用する。それこそが『ファイト・クラブ』だ。公開当時の評判は決して良くはなかったが、ここでブラピが歯を抜いて演じたタイラー・ダーテンはカルト的な人気を獲得し、世界中の男を筋トレに走らせた。

私生活では1998年にジェニファー・アニストンと結婚し、まさに公私ともに絶好調のまま2000年代を迎える。しかし……。

【30~40代】歪んだワークライフバランス

ブラピはワイルドな性格だった。彼が俳優として成功を掴んだのも、そのワイルドさゆえである。己の顔面ひとつを武器に映画界に乗り込み、フィンチャーのようなエキセントリックな監督とも臆せず向き合った。

あの悪名高いワインスタイン事件でも、彼のワイルドさは良い方向に動いた。映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが女優たちに性行為を強要していたのだが、当時のハリウッドで巨大な権力を持っていたワインスタインに逆らえる者はおらず、被害者は泣き寝入りするばかりだった。女優グウィネス・パルトローもその被害に遭ったというが、このとき彼女の恋人だったブラピはワインスタインの事務所に乗り込み、「次に彼女に不快な思いをさせたら殺す」と直でシメたという。こうしたワイルドな性格は彼の魅力だった。

けれど、そうしたワイルドなスタイルと結婚生活の相性は最悪だった。

当初こそブラピとジェニファー・アニストンは「ハリウッドきってのおしどり夫婦」と評判だったが、徐々にブラピが独身時代に語っていた「思い切り滅茶苦茶に野蛮になりたい」という願望が結婚生活を破綻させてゆく。

仕事をバリバリ頑張って結果を出した。数々の超大作に出演し、スターとして世界中を巡る日々が続く。しかしその一方で夫婦の時間は減り、そのうえブラピは『オーシャンズ11』(2001年)で知り合ったジョージ・クルーニーやマット・デイモンらと飲み歩いた。

そして『Mr.&Mrs.スミス』(2005年)で共演したアンジーことアンジェリーナ・ジョリーとの浮気が決定打となり、ジェニファー・アニストンとの離婚が成立。いわゆる略奪愛、なおかつ人類の限界レベルでセクシーなカップルであるから、ゴシップ誌は大いに賑わった。しかし何だかんだで上手くいくのかと思いきや……ブラピもワイルドだが、アンジーもまた「若い頃はセックス中にナイフを使った」など、ワイルドな逸話を持つ人物。数年の交際を経て2014年に結婚するも、2016年にはあっさり離婚した。この離婚を機に、ブラピは更に酒に溺れたという。

繰り返すが、この間も俳優としての仕事は相変わらず絶好調だった。40を前に「肉体が朽ちる前にベストの体を提示したいと思った」と、『トロイ』(2004年)では筋肉全開のハンサム剣士を演じる。その一方でコーエン兄弟との『バーン・アフター・リーディング』(2008年)や、タランティーノと組んだ『イングロリアス・バスターズ』(2009年)など、作家性の強い監督たちとも組んだ。プロデュース業にも乗り出し、『マネーボール』(2011年)や、莫大な予算が投じられた史上最大のゾンビ映画『ワールド・ウォーZ』(2013年)など、常に注目作も主演し続けた。

しかし私生活はガタガタだったのである。飲酒量は増え続け、酒に酔って暴れることもあった。アンジーとの離婚の原因の1つも、ブラピの酒癖の悪さだったという。アルコール依存症で私生活はグチャグチャなのに、何故か仕事は順調で……歪な生活を送る中、ついにブラピは決心を固める。それは禁酒会への参加だった。

【50代】セクシー現人神の人間宣言

禁酒会はアルコール依存症の治療としてポピュラーな方法である。依存症患者たちが集まり、匿名で自分のことを語り合う。ブラピは酒を断つために、一般人に紛れて禁酒会に参加した。もちろんブラピが一般人に紛れるなんて不可能だ。何しろ世界一セクシーな男なのだから。参加者は全員が「あ、ブラピじゃん」と気がついたことだろう。しかし、誰もそのことには突っ込まず、ただの参加者の1人としてブラピに接した。

子どもの頃からギリシア彫刻扱いされ、世界一セクシーな男として注目を集めてきたブラピにとって、これは新鮮な体験だった。ブラピは当時をこう振り返っている。「僕はそんなのそれまで経験したことがなかった。誰もほかの人を批判したりしないし、だからこそ、自分も自分自身を否定したりしなくて済む。そんな安全な場所だと感じた」「自分の醜い側面を露呈するというのは、すごく開放的だった。とても価値のあることだよ」この体験はブラピの価値観を一転させた。1年半の禁酒会への参加を経て、遂にブラピは禁酒に成功する。現在もクリーンな状態を保っているそうだ。

俳優としてブラピは(失敗作はあれど)デビュー当時からずっと順調である。しかし、私生活が整ったのは本当に最近なのだ。今も彼は俳優として輝き続けているが、一方で過去の過ちについて口を開く、いわば人間宣言を多く行うようになった。生まれた時から神様扱いだった男は、50歳にして自身の過ちと向き合い、人間くさく生きている。

現在、彼は映画人として働く一方で、アンジーや子どもたちとの関係を修復しようと努力しているという。かつてのワイルドなブラピはもういない。しかし年相応に落ち着き、若い頃以上に充実した日々を送っているようだ。それは仕事の結果を見ても分かる。タランティーノと再び組んだ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)ではアカデミー賞助演男優賞を受賞。今まで何度も候補になっていたが、受賞はこれが初になった。またプロデューサーとしても『それでも夜は明ける』(2013年)や『ムーンライト』(2016年)と言った話題作を手掛け、今年の賞レースにも『ミナリ』(2020年)を送り込んでいる。映画人として、今が全盛期だと言っていい。何より本人もパーティー三昧だった頃よりも現在の方が幸せだと口にしている。

結局のところ「酒は飲んでも飲まれるな」。酒を飲むのは楽しいが、飲み過ぎた翌日は辛いものである。仕事とプライベートは別物として語られがちだが、実際のところ両者は地続きなのだ。そしてプライベートとは、鬱憤を晴らすだけの時間ではない。過去の生活を「自分を傷つけるためにやっていたんだ。逃避だったね」と語る彼を見ると、そんなふうに思えてならない。世紀末のセックス・シンボルは、令和の世の平凡なお父さんになったのである(まぁ相変わらず神がかったハンサムなんですけどね)。

最後はブラピがプライベートについて語った言葉で本稿を終えたい。かつて映画のために歯を抜いて、大スターとして世界を駆け巡り、私生活では「思い切り滅茶苦茶に野蛮」な時間が必須だと言った彼だが、現在ではこんなふうに語っている。

「何よりも家族が優先だよ。(中略)
 仕事に夢中になり過ぎて失敗した男として言わせてもらうけど、子供はとても繊細だ。
 すべてをありのままに受け止めてしまうから、しっかりと目を見つめて話を聞いてやり、
 どんなことも説明しないといけない。仕事モードのときはそれができなかったから、
 これからはもっといい父親になりたいと思っているんだ」
 ――「ブラッド・ピット53歳の現在──離婚、ドラッグ、禁酒、家族を赤裸々に語る」
 より引用

▽参考・引用元
・キネマ旬報 
1995年6月上旬号、1996年2月上旬号、2015年3月上旬号

・『いいねぇ! 素敵だね! 男優編』(1996年 淀川長治 テレビ朝日)

・『ブラッド・ピットの結婚狂騒曲』
(2005年 著・マーク・ラインスタイン/ジョーイ・バルトロメオ 
 中川紀子 訳 メディアックス)

・『アンジェリーナ・ジョリー 彼女のカルテ』
(2008年 著・ブランドン・ハースト 訳・長澤あかね)

・『ハリウッド・ガイズ スーパーインタビューブック』(1998年 集英社)

・ブラッド・ピット、酒に溺れた日々を振り返る。
https://www.vogue.co.jp/celebrity/article/2019-12-04-brad-pitt-anthony-hopkins-discuss-their-necessary-alcohol-struggles

・ブラッド・ピット、ドロ沼離婚で経験した孤独やアルコール依存の克服について語る
https://front-row.jp/_ct/17300231

・「ブラッド・ピット53歳の現在──離婚、ドラッグ、禁酒、家族を赤裸々に語る」
https://www.gqjapan.jp/culture/celebrity/20170827/coverstory-brad-pitt

2022/09/08

【連載】老後に効くハリウッドスターの名言

イラスト/もりいくすお

300年続く日本のエンターテインメント「忠臣蔵」のマニア。


 

加藤よしき
加藤よしき

昼は通勤、夜は自宅で映画に関してあれこれ書く兼業ライター。主な寄稿先はweb媒体ですと「リアルサウンド映画部」「シネマトゥデイ」、紙媒体は「映画秘宝」本誌と別冊(洋泉社)、「想像以上のマネーとパワーと愛と夢で幸福になる、拳突き上げて声高らかに叫べHiGH&LOWへの愛と情熱、そしてHIROさんの本気(マジ)を本気で考察する本」(サイゾー)など。ちなみに昼はゲームのシナリオを書くお仕事をしています。

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